プライドの価値
「泉さん、本当にごめんなさい」
遥は、テーブルにあたまを擦り付ける様に、ノアへ向かい深々と頭を下げ続けている。
派手な娘がテーブル越しにとはいえ、自分より年下のセーラ服の少女に頭を下げるつづける光景はトンデモなくシュールな光景だ。
だけど、オレはその姿を見て少しだけ違和感を感じてしまった。
何故なら、彼女は、先ほどあゆむが言っていたような娘ではなかったからだ。
あゆむは彼女の事を、
ーー自分が面白ければ、周りの迷惑関係なく好きなこと事をやる、自分勝手で天上天下唯我独尊なトラブルメーカーだ。
と、言っていた。
だけど、目の前にいる娘は現実問題として、今、依頼主であるノアに向かい頭を垂れている。
失敗した時、自分の非を認め恥も外聞もなく謝罪できるって事は、なかなかできるものじゃ無い。
プライドが高く、自分勝手で周りの迷惑関係なく好き勝手やる悪役令嬢のようなコには、謝罪って無縁な物だからね。
ーーかくいう自分もそうだったし……。
そんな人間が恥も外聞もなく謝罪する時は、ただ一つしかない。
ーー謝罪した事より、もっと知られたくないことを追及されないために、頭を下げてコレだけの追求で済まそうとしてる時だけ。
「……」
ノアもその事に気が付いたのだろう。
彼女は「ありがとう、幸村さん」というと、急に真顔になりメガネを光らせた。
ーーオレはノアの その表情の意味を知ってる。
彼女の優秀な頭が、相手が隠している何かを見抜いた瞬間だ。
つまり、この場合、遥が何かを隠している事に気が付いたという事だろう。
「幸村さん、やっぱりアナタはお兄ちゃんが言ってたような人ね」
「えっ?」
遥は、ノアに「お兄ちゃんが言ってたような人ね」、と唐突に言われ、テーブルに張り付けていた顔を上げると、整った表情をとめた。
どうして、そんな事を言うの? そんな表情だった。
「--いつも自分を悪者にして、他人のためには自身が傷つく事もいとわない人。
ーー例え、それが後で自分が恨まれる事になっても……ね」
「!?」
ノアの言葉を聞いた遥は、ハッとした表情を浮かべると、慌てて両手を振った。
「ち、違うわよ! アタシはそんな大層な人間じゃないわよ。 この仕事は自分が好きでやってるだけだしね。 それにロッカールームにはメモリーカードも何もなかったんだから……!」
遥は、首を左右にふり、冷や汗をかきながら たどたどしい言葉で全力で否定するけど、誰が見ても分かるような痛々しい骨まで透けるような白々しいウソだった。
「優しいあなたが、私を気遣って本当のことを教えてくれないのは判る」
ノアはそう言うと、「ーーけど、私は本当の事が知りたいの」、と言うと、静かにまぶたを閉じ、覚悟を決める様に静かに言葉を吐きだす。
「ーーどんな結末でも良いから、本当の事を教えて」
「……」
ノアの覚悟を決めた表情に、遥の表情が曇り、事実が余程言い出しにくい事なのか彼女はうつ向いたまま、言葉を失った。
そして、そのまま静かな店内に沈黙の時間が流れてゆく。
この娘は、面白半分でやっているシティーシーフではなく、自分が護りたいモノの為に必死で手をよごしてまで頑張る、「ダーティーヒーロー」、これが彼女の本当の姿なのだろう。
後ろ指をさされ、自分が恨まれても、大切なものを護るためには自身が傷つく事もいとわない。
きっと彼女の護りたい物は、明日香の妹であるノア。
遥は、ノアの心をまもるために、残酷な結果をウソをついて言葉をにごしているのだろう。
ノアみたいに自分では強いと思っている娘に限って、心は脆いものだからね。
その遥が、どうしても妹には伝えれない事実を、妹であるノア本人が聞いているというやるせない状態。
重い苦しい空気に、オレを含め、フェイトさんですら、真面目な表情のまま誰も何も言葉を出せない。
「だれが言ったか忘れましたが、人生はリセットボタンがなく電源ボタンしかない糞ハードのバグだらけのクソゲーや」
あゆむは永遠に続くと思えた重苦しい空気の中、突然、外の夜景を遠い目で見つめながら何の前触れもなく真面目な表情で訳の分からない事を言い出した。
「……」
「……」
「……」
「……」
オレを含めたみんなは、あゆむの発言の意図がわからず、キョトンとしている。
そんな中、あゆむはそんな事も気にする事無く、遠い視線のまま呟くように、会話を続けた。
「けど、そのクソゲーを全クリしたときに、「このゲーム楽しかったな」、と思える、そう思いたいんですわ。
ーーコレがアイツの口癖だったな……」
「あゆむ? 唐突にゲームの話持ち出してどうしたの? 」
あゆむはオレの問いに、「ああ、済まない」、と短く謝罪する。
そして、寂しそうな表情を浮かべながら、
「これは、アイツが、あの時も言っていた言葉だ」
「あの時?」
「アイツが、私の危険すぎると言う警告を無視して、ログのアドレスを頼りに、単独でハエがいるその操作元に行こうとした時だ」
「……あゆむは止めたんだ……」
「ああ、単独で敵地に潜入するとは、いくら明日香が元男とはいえ、危険すぎるからな」
あゆむは苦々しい表情でそう言うと、「だが」、と短く言葉を区切り、
「アイツは、スマホの画面越しに、
ーークソゲーを全クリしたときに、「このゲーム楽しかったな」、と思える、そう思いたいんですわ。 だから、オレに死んでも貫きたい男の意地ってモノを通させてください、こんな体になっても捨てきれない唯一のものですから。
アイツはそう言い切って画面を閉じると、私が来るのを待たず、ハエの元に向かっていったんだ」
「……」
あゆむはそう言うと、寂しそうな表情を浮かべ、
「あの時、私はアイツの言葉をハナで笑った。 アイツが言っていた「男の意地」を笑ってしまった」、「けど」、と短く言葉をくぎり、
「今なら、死んでも意地を貫きたいアイツの気持ちが、何となく分かるようになってきた」、と締めくくった。
「……お兄ちゃんらしいね」
ノアは、そんな彼の話を黙ったまま聞き終わると、静かに微笑みながら、懐かしそうに夜景を見つめた。
そんな彼女に、あゆむは小さくうなずく。
「そうだな。
明日香は、そんなヤツだったよ。 何時も、意地を通して不器用な生き方しか出来ない人間だった」
「……そうね……。アイツは何時も不器用なんだから。
ーーくだらない意地のため、こんなかわいい妹を残して逝くなんてね……」
あゆむの言葉に、遥はそう言うと、「不器用な生き方しか出来ないのが、男って生き物なのかもしれないわね」、と、赤髪をゆらしながら静かにかぶりをふる。
そして、ノアの澄んだ表情を見た遥は、安心したような表情で
「泉さん、さっきはウソをついてごめんなさい。これがお兄さんが隠して居た物よ」
と言うと遥は、自分のズボンのポケットを探りだす。
「これが明日香が廃工場に向かう前、更衣室の中に隠した記録媒体よ。
ーー中のデータも無事で、ゴミの処理記録の結果もきっちり残っているわ」
そう言うと、ケースに入った1枚の小さな漆黒のカードをテーブルの上に取り出した。
ーー明日香が隠していたメモリーカードだ。
「じゃあ、ハエへの手がかりも入っているんだな?」
あゆむは、メモリーカードを前にして、身を乗り出して遥に尋ねる。
だが、遥は伏し目がちに、「結果はあるわ。 だけど、問題は内容よ……」と、言葉をにごし、更に言葉をつづけた。
残りも早めに出します。