テラスの目撃者
「杏子ちゃん、今までの話を聞かれたかも」
フェイトはまじめな表情で、オレに話しかけてきた。
彼女は人通りが少なくなった夜の商店街にある、閉店したカフェの2Fテラス席を見つめている。
「えっ? どうしたの?」
意味の分からないオレは、うなずきながらも、矢継ぎ早に返事を返す。
だが、あゆむはフェイトの言葉の意味が判るのか、フェイトの視線先をみつめながら、
「遥か……」と、ふきげんそうに言うと表情を厳しくする。
オレも彼の視線先を追うと、其処には赤いショートヘアで黒い革ジャンとミニスカの女性が、店をしめたカフェの2Fのテラス席から、にやにや楽しそうにこちらを伺う姿があった。
寂れた街にはには全く不釣り合いな、ツヤのある派手な娘だった。
「あゆむは、あの娘と知り合いなの?」
「……ああ知ってる。
知ってるも何も、あの娘は、幸村遥と言う名前で、この界隈なら知らないヤツは居ないくらい色々有名な娘だ。」
「あの娘はそんなに有名、なの!?」
オレはあゆむの言葉の意味が判らず、軽くクビをかしげる。
ーー有名って、どうせろくな事じゃ無いんだろうけどね……。
悪役令嬢(木戸あゆみ)にしかり、あのヒロイン(レナ)にしかりだしね。
どうせ、あの娘も同類なんだろな……。
「ああ、色々武勇伝の絶えないな……」
あゆむは不機嫌を隠そうともせずそう言うと、あきれ顔で彼女の説明を始めた。
「彼女は、幸村遥。
表向きは大手建設会社の一人娘。 いわゆる、良い所のご令嬢だ」
あゆむは、そう言うと、「だが」、と言葉を区切り小声でさらに続けた、
「この娘のウラの顔も知っている。
ーー何でも調べると有名な「自称」情報屋だが、実際は視野が狭く、自分が面白ければ、周りの迷惑関係なく好きなこと事をやる、自分勝手で天上天下唯我独尊なトラブルメーカーだ。」
「天上天下唯我独尊なトラブルメーカーねぇ……」
忌々しそうに、「あの娘は有名なトラブルメーカーだ」、締めくくったあゆむ。
だけど、悪役令嬢もヒロインのレナも似た様なものだったものなんでしょ?
そんな事を思ってると、彼女にも声が聞こえたのか、テラス席から、ずかずかと不機嫌を隠そうとせずにこちらへやって来た。
ーーまさか、あゆむに何か文句を言うつもりなの?
そんな事を思っていると、彼女は、そのまま自分たち3人に視線を合わせることもなく、オレたちのスグそばを通り過ぎる。
その通り過ぎざま、あゆむの耳元で彼女の口から呟くような声をオレがとらえた。
けど、その声は、確かに「お久しぶり、お姉さま」、と言っていた。
「……」
彼女の言葉にあゆむは表情をこわばらせながら、何か言おうとするが、遥は振り返る事もなく、「おしあわせにね」、と口ずさむように言うと、そのまま足早に街の中に溶けてゆく。
「……あの娘は、どこまで知って、アイツは一体何をするつもりだ?」
あゆむはふきげんな声色でそう言う。
だが、フェイトは、「小梨さん、私が心配してるのはそれだけじゃないわよ」、と、静かに銀髪をゆらし、かぶりを振りながら目を細めて言葉を続けた。
「思いつめた表情の彼女と数日前、カスパール病院の近くで出会ったわ」
「あのカスパール病院か……」
あゆむは、病院の名前を聞き、何か心当たりがあるのか、唸るような声を出した。
「そうよ、明日香が調べ、レナも務めていた、カスパール病院」
フェイトはあゆむの言葉を肯定すると、さらに言葉を続ける。
「色々黒い噂の絶えない、今はなくなってしまったメルキオール孤児院、バルタザール研究所と同じ系列の3賢者医療法人の所よ」
フェイトはそう言うと、目を細め、遠くの街並みを見つめながら更に言葉を継いでゆく。
「そして、ノアの兄の明日香と親交があったあの娘(遥)も同じ病院をコソコソ探ってるわ。
あまり考えたくはないけど、ノアと幸村が一緒になって、何かの目的のために動いていると考えた方が自然ね」
ノアがカスパール病院の近くに居た。
彼女は病気なんかしていない、それなのに病院の近くいたということは、フェイトが言うように、ノアは何かを掴んで動き出したと考えるのが自然だろう。
ーーそれはつまり……。
彼女は兄である、明日香から託されたモノを手に入れ、そのデーターの中身からハエの正体に気がついたのかもしれない。
そして、自分で目的を果たすために、ほかの人に邪魔されたくないから情報を出さないと考えると自然だろう……。
そして、兄と親交のあった遥と組んで今何か動いている。
そうなると、その彼女の目的と言うのは……。
「まさか!? ノアは、自分でアイツ(ハエ)と決着をつけるつもりなの?」
あゆむに抱きしめられ居るオレは、思わず思ったことを口に出していた。
「……そうかもしれないわね。 あの娘の気持ちは痛いほど判る。
もし、自分の灯である、大切な娘が明日香のようにされたら、私は決して許さない……」
フェイトはそう言い切ると、クールビューティな顔に冷酷ともいえる表情でトーンを落とし、
「その時、自分なら法も何も関係なく、どんな非道な手を使っても、犯人を追い詰めてこの手で殺す。
私なら、きっとそうすると思うから」
フェイトは、こぶしを握りながら冷たい表情でそう締めくくった。
ーー自分の娘を傷つけた犯人は、どんな手を使っても殺す、と。
これが彼女の見せた本質だろう。
「……」
フェイトの強い言葉、今まで見せたことなかった冷酷な表情に、自分の背中に冷たいものが走るのが判った。
これは、臆病風だ。
ーーこの人には逆らってはいけない、オレにそう感じさせるには十分な威圧だった。
でも、確かにそうだよね。
大切な人をひどい方法で殺されたら、だれだって復讐してやりたい。
そう思うのは普通の感情だと思う。
いくら優等生で、理性と道徳と倫理の固まりのようなノアでも、大好きだった兄(明日香)をあんな風にされたら、犯人を自分で復讐してやりたいと思うのは普通の感情だと思う。
自分たちは、機械じゃない、感情がある人間だもの。
だれだってノアを責める事は出来ないだろう。
「確かにそうかもしれないな……」
あゆむはフェイトの言葉を肯定すると、「だが」、と強い口調で言葉を区切り、
「そんな事は、法の下では許されないことだ。
それに、明日香も妹が犯罪に手を染めるような事は望んでいない筈だ」
「そうだよね。 明日香さんが望んでるのはきっと妹の幸せの事だからね」
ーーオレは、あゆむの胸に顔を埋めながら、心の中でつぶやく。
本心だった。
ノアが手を汚すことなんて、明日香さんも望んでいないだろうしね。
そのために、今はただ、自分にできる事を考えるしかないのだ。
オレは、あゆむの胸で涙を拭いながら、覚悟を決める。
「わかった、すぐに連絡してみる」
「えぇ、それがいいと思うわ」
オレの言葉に、表情をいつものクールビューティに戻したフェイトは大きくうなずく。
それを見て、オレはスマホをポケットから取り出すと、早速ノアにメールする。
すると、間髪入れずに、返信が送られて。
ーー内容は、「バイト終わった所なので、市内のファミレスで会いましょう」。との事だった。
「バイト……終わったあとなら会えるって」
そして、オレとあゆむとフェイトの3人は、ノアの待つファミレスへ向かう。
残りを早めに出しますっ!