闇より災厄 歩の真実
「これは、お嬢さんに一本取られましたわ」
北村はそう言うと、かるくこうべを振り、茶髪をゆらしながら、フッと鼻で笑う。
コイツがこのままどこか行ってくれると助かるけど、今までの態度からいくと、そんな生さやしいヤツじゃないのは判ってる。
目的のためなら、どんなひどい手段でも使ってくる、そんなヤツだ。
もし、自分があゆむの前から動くと、コイツはさらに非道な言葉を言って、あゆむを追いつめてゆくのは判り切っている。
だから、あゆむとココから逃げるのが一番だろう。 けど、カレは崩れ込むようにへたり込んでしまっている。
「……」
だから、オレは動けない。
北村に、ビビッてるのをさとられないように体の震えを押し殺し、震えるあゆむを背にしたまま、無言のまま強い視線で彼と向かい合う。
「――失敗した後、どうフォローするかが、大事。
確かに、お嬢さんの言う通りですねん」
北村はそう言うと、「じゃあ」と短く言葉を区切り、オレの背後で隠れきれず、あたまを抱えてへたり込み、コドモの様に震えるあゆむを、糸のような細い目で見すえた。
「じゃあ、小梨さんが、この失態をどうやって埋め合わせるのか楽しみにしてますわ」
「……」
「そっちが何も思いつかないなら、早くあっちの世界に逝って、それでもなお、あの娘に詫び続けてはどうでっか?」
「…………」
「男に戻ったあの娘にあなたの体で詫びれば、泣き叫びながらレイプされ、挙句、死んだあの娘の因果応報と言う感じで、丁度いい感じっしょ?」
北村は目をほそめて刺すような冷たい視線であゆむをみつめ、冷徹な言葉を投げかけると、勝ち誇るようにニヤリと口角をゆがめ悪魔のような笑みを浮かべる。
「……」
「あゆむ!?」
オレが振り返ると、あゆむは北村の暴言がクリティカルで刺さったのか、ぼう然とした表情を浮かべ、無言のまま、目を見開き、じっとオレをみつめた。
それは今まで見たことない、今まで見た中でひどい表情のカレの表情だった。
「もうやめてあげて! もうあゆむを責めないで!」
気が付けば、北村に向かい、オレは叫ぶような声を出していた。
ーー出してしまっていた。
もうこれ以上ボロボロにされるあゆむを見ていられなかったから、先のことは考える余裕なんてなくなっていた。
それが、本心だった。
「お嬢さん、それはできまへんな、客観的な事実と道理を言ってるだけですさかい」
「事実と道理?」
「そうでっせ。
ーー誰かを犯した罪は、犯した者の体でのみ償える、
ーー誰かを殺した罪は、殺した者の命でのみ償える。とね」
不気味な笑みを浮かべあゆむを見据える北村は、今度は、オレの方へと向き直り話しかけてくる。
「それが世間の道理でしょ?
ーーそれの何か間違ってまっか?」
その言葉には確信を込めたような口調でいった。
その瞳からは、狂気じみた光を放ちながら……。
まるで、獲物を見つけた肉食獣のようにオレを見据えてきた。
目には目を、歯には歯を。
北村は受けた害に対して、同等の仕打ちをもって報いろ、そういう考えなんだろう。
コイツのルールから行くと、レイプ殺人犯であるオレは、誰かに犯され、殺されて、初めて償える。
ーーそういう事だ。
そうなると、コイツはオレが天使であると分ると、平然と犯して殺す筈。
ーー怖い。 体が震えそうになる。
だけど、オレも恐怖を押し殺し、強い視線でコイツを見据えながら言い返す。
「ーー死んで命で償えるって、間違ってるよ」
本心だった。
罪人の命が奪われても、殺された娘が生き返る訳じゃない。
残された人には、ただ、今まで、憎んでいた対象が消えるだけで、消えない悶々とした思いが残るだろうから。
ゆうなを殺され、号泣していたイモ男を見ていて心底そう思った。
あれは償いなんかじゃない、ただ彼に悲しみをさらに増やしただけだった。
「ーーだれも、そんな事を望んで居ない筈だから……」
オレは、北村の邪悪な視線を真っ向から受け止め、睨みつける。
視線と視線がからみつき異様な雰囲気になってゆく。
「ふぅーん、なかなかいい目しとりますなぁ」
彼は、オレを足首から、頭のてっぺんまで体中をなめる様なイヤラシイ視線でみつめ、さらに続けた。
「自分の前に立つ女は大抵そういう目をするんですわ、そんな娘きらいじゃありまへんわ。
不誠実なコイツを捨てて、自分の所にきまへんか?
ーーどうせ一度も、このヒトから抱いてもらった事無いでしょ?」
北村は、あゆむの目を見ながらそう呟き、クスクス薄ら笑いを浮かべる。
「……どう言う意味だよ?」
オレは、その言葉を聞きながら、あゆむの顔をじっと見た。
そこには、まぶたをギュっと強く閉じたカレの顔があった。
たしかに、コイツは言うように、オレはキスはしてもらった事はあるけど、あゆむに体を重ねてもらったことない。
ーーだけど、それで、あゆむが不誠実ってどういう言う意味だよ?
「その表情、やはりですか」
北村は、オレの表情から、あゆむにまだ抱いてもらってないと察し、自分の考えが正しかったと確証を得たのだろう。
「おじょうさん、永遠に抱いて貰えない不誠実なヤツから、自分に乗り換えた方が良いでっせ?」
北村は、オレのほうに歩み寄り、アゴに向かって手を伸ばそうとする。
強引に、クチビルを奪うつもりだろう。
でも、あゆむ以外の男にそんな事をさせるのはイヤだ。
ましてやこんなヤツに。
自分は、本能的に、一歩後ろに下がっていた。
「……北村……。
……それは、許さん……」
同時、オレの背後で震える声がした。
振り向けば、あゆむが座り込んだまま、よわよわしい、けれど、必死な視線で北村を睨み付けていた。
だが、北村はあゆむの視線をものともせず、フっと目を細めゆっくりかぶりを振る。
「許さんもなにも、今のアンタでは話になりまへんなぁ」
「ーーな……んだと?」
「自分の目から見れば、アンタがどんなに強がっても所詮、男の格好をした女にしか見えまへんわ。
しぐさの端々を見れば、よく判りまっからね」
「……」
北村の言葉に、あゆむは沈黙する。
そんな事は、絶対に無いはず。
いつも一緒に暮らしているから間違いない。
ーーけど……、何か引っかかる所があってしまう。
だから、オレは北村に向かい、思わず聞き返していた。
「あゆむは女?」
北村は、オレの問いに、「そうですよ」と、首をタテにふり、
「その正体は、男に集団で犯され、ボロボロにされた体に「売女」と刻まれ、妊娠までさせられて、挙句、堕ろしてしまった少女っしょ?。
ーーそして、その後、公式には絶望の中で命を落とした哀れな存在や」
北村は、わき腹を押えつつ遠い視線で遠くを見つめながら、さらに続けた。
「それでもなお死にきれず、女で有る事に絶望し、少しでも男のようになりたくて男装してるんしょ?」
「……!?」
「そう考えると、実に悲劇的な話でっしゃろ? ま、この娘が本当にその程度かどうかは知りまへんけどね」
「あゆむが?」
オレは振り返ると、あゆむはただ静かに彼の話を聞いて居た。
「……」
だけど、体をギュっと縮ませたまま、体の震えは大きくなっていた。
たしかに、オレはあゆむにまだ抱かれた事はない。
――あゆむが、元女なら異様に女性のことに詳しいのも全て納得がいく。
じゃあ、もしかしてあゆむは、コイツが言うようにそんな悲惨な体験をしてるって事なの?
「自分は、ただ単に小梨さんの感想を述べただけですわ。
もっとも、その位で最悪とは言わんけどなぁ。 まだ中の下程度やねん」
北村は呟くように、そういうと、あゆむを見下すような視線でしめくくった。
自分の苦労に比べたら、あゆむをまるで苦労知らずの甘ちゃんをみるように。
ーーでも、集団レイプされ、きえない傷を刻まれて、堕ろした。 それ以上の悲惨な体験ってあるの?
「男に犯され、きえない傷を刻まれて、妊娠までさせられてしまったしまったのが中の下?
其れより下ってもうないでしょ?」
「――だから、お前はその程度の甘ちゃんなんですわ……。
人間のヤミに限度なんてないんですよ」
オレの呟くような問いに、北村が目を細め、冷たい言霊で無意識に呟いたのをオレの耳がとらえた。
その刹那、俺の体中を悪寒が包み込む。
それは、オレが今まで地獄の底だと思っていた事が、コイツが受けたことと比べれば、まだまだ天国の底だったと言うことがありありとわかったからだ。
こいつは一体どんな壮絶な体験をしてるんだよ……。
オレがそんなことを思っていたら、北村は説明を始めた。
「輪姦され、きえない傷を体に刻まれ、挙句、妊娠までさせられても、最期の最期には優しい白馬の王子様がみじめな境遇から助けに来てくれる可能性はありまっしょ?」
「――そうだよね……」
「そのチャンスがある限り、それは最悪と言いまへんわ」
オレは、北村の言葉を聞いて思わず息を呑んだ。
彼の言っている事は真理だ。
希望があれば耐えられる。
どんなヒドイブラックバイトでも、終了時間と言う希望がわかっているから頑張れる。
じゃあ、コイツのいう、優しい白馬の王子様がみじめな境遇から助けに来てくれる希望がなくなる瞬間って何なんだよ?
「……どんな時にでも、助かるチャンスはあるんじゃないの?」
北村はオレの話を目を閉じたまま聞き、息を吐き出すと覚悟を決めたように語りだした。
「たとえ話でもしましょうか。
ーー自分は女の娘と思っていた物語のシンデレラが、実は自分が男の娘だと判ってしまったら
どうやって、ハッピーエンドになるんでっか?」
「……」
「そうなれば、もうハッピーエンドもクソもないっしょ? 女装したまま初夜に王子様のケツでも掘れとでもいうんですか?」
悲しそうに北村は言葉をこぼし、更に続けた。
「ーーまあ、アンタのような可愛い娘には、一生わかりませんでしょうけどね」
たしかに、自分は娘と思っていたのに、実は男の娘でした。と言われたら、優しい白馬の王子様がみじめな境遇から助けに来てくれる希望がなくなる瞬間だろう。
ーー希望があれば人間は耐えられる。
だけど、其れすら打ち砕かれた時、人はどうなんだろう……。
それは、オレが一番よく知っている事だった。
ヤケになって、冥府魔道に落ちるだけだろう、ちょうど、オレがバイトを切られ、あの人をレイプした時のように。
「まあ、それは置いておいて、京子さん、コイツを捨てて自分の女になりまへんか?
コイツより、ずっと楽しませてあげまっせ」
北村は、軽くうでを開くと、オレを誘うように指先だけで手まねきしてきた。
ーー早く胸に飛び込んで来い、そんな感じだろう。
「――自分はあゆむが男でも女でも、そんな事は関係ないよ……」
だけど、オレはカラダを小さく震わせながらも、彼に向かい、強い視線、強い口調で言い切った。
「なにっ?」
北村は表情を変えた。
「あゆむは、あゆむと言う人間だよ。
自分はあゆむという人間が好きだから、それが彼が男や女になったところで、何が変わると言うの?」
「……」
「この人が男だろうと女だろうと、あゆむはあゆむ、何も変わらないでしょ?」
それはまぎれもない本心だった。
自分には、あゆむの性別なんて関係なく、いつもそばにいてくれるあゆむという存在自体が大事なのだ。
「ーー詭弁、でっせ。
永遠に抱いてもらえないヤツなんて、誰でも時期に捨てたくなりますさかい、自分に乗りかえるなら今のうちでっせ? 悪い話では無いっしょ?」
北村は、それだけ吐き捨てるように言うと、オレに手を伸ばそうとしてきた。
「女。ーーソレが何だ?」
だが、次の瞬間、力強い言葉と共に、オレの体が後ろに強い力で引き下げられ、抱きしめられるのがわかる。
「あゆむ?」
振り向けば、あゆむはいつの間にか立ち上がり、何時ものように強い目。
ううん、いつも以上に強い眼、イケメンに強い表情になって、オレを片手で力づよく抱いていた。
カレの あまりのカッコよさに、オレの胸がキュンとするのが判る。
そして、あゆむはオレのアゴをもち、顔をあげさせると、強引にクチビルをうばった。
「!!」
予想外の展開に、オレはあゆむの背中に手を回し抱きついてしまっていた。
そして、そのようすを北村は、表情をゆがめ、いまいましそうな表情でみつめている。
「そもそも自分は男だ。 だが、私がもし、女と仮定しても何も変わらない。
ーー自分は自分だからな」
あゆむは、そんな北村にみせつけるように、オレを痛いほど抱きしめながら強い口調で言葉を継いでゆく。
「貴様は、『過去の失態はどう償うか?』 といったが、自分ができる事はアイツの意思を受け継ぎ、任務を遂行してハエを地獄に叩き落とすことだけだ。
ーーソレが私のアイツに対する償いの答えだ」
あゆむは強い口調で言い切った。
まるで今まで出なかった答えの確信を得たように。
ーー確かに、そうだよね。
残された人が出来るのは、居なくなった人の遺志を継ぐだけだから。
自分が死んで詫びるなんて、ほんとうの償いじゃないもの。
そんな事を思っていると、あゆむは鼻で北村をフッと笑い、さらにつづけた。
「北村。 貴様は、男の娘のシンデレラの話をしていたが、そんなモノは最悪フラグでは無く、ハッピーエンドのフラグだろう?」
「なんやて?」
北村は驚き交じりに聞き返す。
そりゃそうだ、男の娘のシンデレラがどうやって幸せになるんだよ?
そんな事を考えていると、あゆむは説明を続けた。
「麗人の王子を探せば良いだけの話だ」
「……」
北村は、あゆむのむちゃくちゃな理論に言葉を詰まらせる。
そりゃ、麗人の王子様を見つければハッピーエンドだけど、そんなモノめったに居ないでしょ?
そんな事を思ってると、あゆむはたたみかけるように、更に続けた。
「私なら、魔女に「女にさせるクスリ」を作らせ、初夜の寸前、王子の口にねじ込んで女にさせるだろうな。 そして、ベットの上で既成事実をつくり、二人仲良くめでたくハッピーエンドだ。 それに何か問題はあるのか?」
なんという、アグレッシブなシンデレラなんだよ。
女にさせられる王子はたまったものじゃないのだろうけど、強引だけど確かに解決方法だよな。
まあ、あゆむらしいといえば、あゆむらしい、強引な答えを出す方法だけどね。
そんな事を思っていると、あゆむは北村を見下げるような強い視線で見すえ、さらに続けた。
「貴様こそ、女の腐ったようなにおいがするぞ。 貴様の方こそ女だろう?」
「なんやて?」
あゆむの言葉に北村の気配が変わった。
北村は確信を突かれたように、刹那表情をとめ、片方の目じりをひきつかせる。
「やはり、か……」
あゆむはニヤリ微笑むと、勝ち誇ったような表情を浮かべながら、さらに言葉をつづけた。
「お前の細かい仕草や態度から女と言うのが よくわかるぞ。
どうせ、筋肉ダルマと呼ばれて男から相手にされず、挙句、後輩の娘にしか告白されない事に絶望し、そんな男の格好をしているんだろうな」
あゆむの言葉に北村の気配が更に変わった。
ーーなんと言う失礼な事を言うんだ、と言う表情だった。
「ーーそんなことは、ありゃしまへんわ……。自分は…」
北村はそこまで言うと、残りの言葉を飲み込んでしまった。
あゆむと北村の視線がからみつき、あたりの空気が異様になってくる。
「ーーは~い。二人ともストップ」
いきなり、澄んだ声が聞こえた。
まるで鈴を転がす様な、心に響く様な、けれど、何処かで聞いた事が有る様な声だった。
「フェイトか?」
「ーーババアのイヌめ」
声の方を振り向くと、そこに居たのは銀髪の美女。
フェイトだった。
「そろそろ止めておかないと、お互いヤバいのじゃない?」
フェイトが言うように、自分たちの周りには異様な雰囲気を嗅ぎ付けた人たちが集まり始めていた。
「今日は、引かせて貰いますわ。
この小泉のイヌめ」
北村がそういうと、フェイトは「にゃあ」、と一声鳴いた。
なるほどね、フェイトは、自由意志のないイヌではない、自由意志をもったネコと言うことかな?
その表情に北村は、何か感じたのか、おれ達の前からそそくさと逃げ出してゆく。