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闇よりの襲来

 「貴様、ココにを何をしにきた??」


 あゆむは、いきなり現れた北村に不機嫌を隠し切れないようだ。

 射るような険しい視線で、白いジーンズにだっぽりした白いシャツ姿の侵入者を見据え、不機嫌ありなりな声色で更に続けた。


 「今日、オフの筈だ」

 「えぇ、そうですよ?

 ――でも、そんな事はどうやっていいやないでっか、 それよりも……」


 北村は、あゆむの不機嫌を気にする素振りすら見せず、ゆっくりかぶりをふり、受け流すように口角をゆがめ邪悪な笑みを浮かべてみせた。

 ぞっとするほどのおぞましい笑みだ。

 そして、その視線は真っ直ぐオレに向け、


 「京子ちゃんは、何時も小梨さんと一緒なんですねぇ、仲が良くてうらやましい限りですわ。

 こちらも、そんな甘えん坊のかわいい娘を恋人にしたいですなぁ」


 まるで獲物を見るような細い目つきで、ボカロのように抑揚をつけず、たんたんとした口調で語りかけてきたのだ。

 ―――この男……何を考えているんだ!? オレは、北村から向けられる異様な眼差しに戦慄を覚えた。

 先日のゆうなの事件の後に続き、また現れた彼の存在にもだが、それ以上にヤツの目付きには狂気じみたモノを感じたからだ。

 それはマトモナ人間の視線ではなかった、端的に言えば心の奥にあるどす黒い衝動を理性で無理やり押し殺している、 そんな狂気をはらんだ視線だった。


 ――こいつ、まさか……。


 嫌な予感が脳裏を過る中、オレは気が付けば あゆむの背後に隠れていた。

 

 「北村、私たちに一体何の用だ?」


 あゆむは、オレから手を離さず、目を細める北村に向き直ると、(きたむら)は判りやすく表情をゆがめ再び口を開いた。


 「あ~あ。京子ちゃんに嫌われちゃったかなぁ?

 ――何度も言いますけど、今日、自分は小梨さん達に別に用なんて、ありまへんわ」

 「じゃあ、何が目的だ」

 「タダこの店のラスク目当てに来てみたら、店の前にたまたま二人が居ただけですさかいね」


 「ラスクをわざわざ、この店まで買いに ?」


 オレは、あゆむの背後に隠れたまま、声をだして思わず聞き返す。

 ラスク、それはココの店で一番安い商品だ。

 しかも、ここのラスクは市販のラスクとほとんど変わり無いクオリティだから、こんな場所にまで わざわざ買いくる必要が無いはずだ。

 けど、こいつは此処の場所に来ているってことは、ラスクはおまけで、何か別の目的があるはず。

 じゃあ、こいつの本当の目的って一体何なんだろう……。


 「ええ そうでっせ。 ココの店のお菓子は、()()()美味しいやからね」

 「……どれも?」


 北村は返事を返すと、目を細め店の看板にめをやり、独白のように、ゆっくりため息交じりに言葉をつむぎだした。

その言葉を聞いて、オレの心臓が大きく跳ね上がった。……まさか! オレの中で一つの仮説が生まれると同時に、(北村)は言葉を続け出した。


 「しかし、こんなボロっちい店にまで小梨さんが来るとは予想外やねん。 

 まったく金持ちの考える事はようわかりませんわ」


 北村はショーウインドウ越しに店の中を見渡しながら、だれにいうともなく嫌味を言うと、最後にもう一度店内を一通り見渡してからあゆむに視線を一瞬、戻す。


 「あんさんみたいな金持ちは、欲しい物は店にわざわざ行かなくても、家でいちゃついているうちに、ボトムズたちのデリバリーでスグに何でも手に入るんやろ? 

 ――良い身分でんなぁ……」


 そして、寂しいそうな視線を遥か遠くのビル群の稜線に移し、


 「かたや、貧乏人連中は欲しい物があってもスグには手に入んのですわ。

 じっと待ち、しばらくたった後、みじめにドブネズミみたいに泥だらけで地面をはいずりまわり、それでようやく手に入るんですわ」


 彼はそう言うと、ビルの一角をじっと見つめ、「けどな」、と短く言葉を区切り、


 「ドブネズミみたいな生活をする貧乏人連中と、人間らしい生活をする金持ち連中は何がちがうんでっか? 

 ――同じ人間っしょ?」


 「……」


 「なのに、ボトムズたちの弱者同士で奪い合う鬼畜の生活を送るを横目に、

 かたや金持ち連中は、亡者タチの奪い合いですら、稼ぐネタとして使われ、金を奪われてゆくんですわ。

 ――ただ、ボトムズに生まれたと言うだけでね」


「…………」


 あゆむは、北村の言葉に、イケメンの表情を固めたまま何も言わず無言のままだった。

 その沈黙は、肯定を意味しているように思えた。


「…………」


 オレは、二人の会話を聞きながら、表情をこわばらせ、胸の奥が痛くなるような感覚を覚えていた。

 自分は何時も投機で失敗していた おふくろを見ていたから、その意味が痛いほどわかった。

 ――金持ち連中は、豊富な資金を元にして、ファンドマネージャの顧問がつき、安全な投資対象に分散して投資し、着実に配当や利子で稼いでいる一方、 貧乏なオレのお袋は一発逆転を夢見て、なけなしの金を仮想通貨とか、レバレッジを掛けた金融商品へとセールスマンに言われるまま投捨していた。

 ――最後には、大暴落して何時もお金がほとんどなくなる、投機では無くお金の投棄のようなものだったけどね。

 でも、その一方で、金融商品を売りさばく元締めは、手数料で確実に稼いでいたからね。

 その利益は、結局配当とかとして、金持ち連中の元に行ってたんだろうな……。

 そう思うと、おふくろは連中の肥やしにされたのかもしれない。


 北村は、冷酷な表情を浮かべ、更に続ける。


 「なぁ、知ってますか?

 ――金持ち連中に、金を奪われるだけなら、マダましな方だって事をね」


 そして、その瞬間、オレは背筋に冷たいモノを感じ、体が震え出すのを止められなかった。

 ――こいつ、この前のゆうなの事件の犯人だ!! オレは、確信していた。

 こいつがやったに違いない。

 オレは、直感的に目の前の男の正体に気付き、恐怖で足がすくんでいたのだ。

 

 「持たざるものたちは、持ってる連中に、自由を奪われ、尊厳を奪われた挙句、

 ――最後には命さえ奪われて、消えていくんですわ」


 北村は、そう言い放つと、あゆむの反応を楽しむかのように薄ら笑いを浮かべる。


 「私は、お前の言っている事が理解できない」


 あゆむは、真顔で北村に言葉を返すと、少し間を置き、言葉を続けた。


 「金持ち達に金が有るのは、金に対して正しい投資の知識を持ち、正しい資金運用をしただけの結果では無いのか?

 ――奴らは何も違法な事をしたり、道徳や倫理に反する事は居ない筈だ。」


 「へぇ~。 正しい知識ねぇ……。

 で、あんなことをしても違法や倫理に反していないとはねぇ……。」

 

 その瞬間、北村の目に暗い炎がともり、さらに続けた。


 「小梨さんにも分からん事があるんやねぇ。

 ――それは残念でんなぁ……」


 北村は、そう言い捨てるとあゆむの肩に手を乗せ、そのまま彼の体を引き寄せ、耳元で何かを囁いた。


 「知らないなら、教えてあげまっせ。

 ――ヴァージニアエクスプレスって、サイトの事を聞いたあるっしょ?」

 

 北村がささやいた言葉が、オレの鼓膜に届いた。

 ――ヴァージニア、エクスプレス。 

 それはオレが男だった時、よく見ていたサイトだった。 

 少女たちが、お金と引き換えに体を売るために利用しているサイトだった。

 今は閉鎖されたけど、所謂、ピンクサイトという物だ。

 モットも、オレは彼女たちを買うだけの余裕はなくて、結局は、メールの交換だけで売春サイトとして一度も利用する事は無かったのだけどね。


 「……愚かな女たちが、わずかな金に目がくらみ、体を売るために利用しているサイトだな」


 だが、あゆむは、わずかな怒気をはらみ、サイトの事を一刀両断にする。

 ――愚かな女たちが、わずかな金に目がくらみ、体を売るためにサイトを利用してた、と。

 だけど、メールを交換してたオレは知ってる。

 彼女たちは、好きでそんな恥ずかしい事をしてるわけじゃない。 生活やおしゃれするためにイヤイヤ 「パパ活」や体を男に売っていたからね。

 金持ちであろう あゆむにとっては異世界の事なんだろう。

 でも、そんな体を切り売りする、極限の世界は存在するのだ……。


 「……よくご存じで」

 北村は、そう短く言葉を区切り、

 「小梨さんはもしかして、そのサイトを使って少女を買った事あるんでっか?」


 と、言葉に、微かな怒気をはらみ尋ねた。

 ――オレには、コイツの怒気の意味が判らなかった。

 男なら、そんな事をしても、少しくらいならスルー出来るんじゃ無いのかな?

 

  「私をみくびるな。そんな事をする程落ちぶれて居ないッ!」


 あゆむは、怒気交じりにキッパリと援交のことを否定する。


 「金の無い後輩が、そのサイトを面白半分に使い、気軽に「ウリ」をやろうとしてしてたので、

 その娘と一晩ファミレスで話して、収入源となる真面目なバイトや、スマホなどの出ていく金の都合を考え、資金繰りがつくようにして、その娘の体を売るのを諦めさせたことがある……」


 あゆむは、売春を進めるサイトの事を良く思って居ないのだろう、軽く表情をゆがめながら続ける。


 「――だから、その忌々しいサイトの事を知って居るだけだ……。

 買う男の方も売る女の方も全く愚かな、連中たちだ」、と、あゆむは、苦々しくしめくくる。


 成程、そう言う理由ね。

 相談をもちかけられたから、そのサイトの事を知ってたと言う事ね。

 考えたら、女の体に興味ないあゆむが、エンコウに手を染めるって考えれないよね。

 少し反省。


 「成程。 いくらアナタでもそこまではご存じでっか」

 北村は、トーンを落とし、さらに続ける。

 「――じゃあ、彼女たちは、アソビでそんな事をしてる訳じゃ無いんでっせ?」

 「なんだと……」


 北村の言葉に、あゆむは目を泳がせるが、彼は確信したように淡々と続けた。


 「彼女らは、()()()()()()()()、体を金のある男に売って、日々のメシを食べてんでっせ。

 言いかえれば、金で彼女たちの尊厳を奪いとってるんでっしょ? 」

 「……」

 「――まあ、ギグワーカーが時間で食いものを金のある連中の所に運んで、時間を切り売りするのも、同じでしょうけどね。

 ――金が有るヤツらが、そいつらの自由を奪いとってるんでっしょ?」

 「…………」

 「そんなやつ等に、どこに自由な金があるんでっか? それが無ければ正しい知識もクソもありまへんわ。

 金持ち連中は、貧困層をそんな極限状況に追い込んでいても、違法や倫理に反していないとは、コレはご立派な考えでいらっしゃる」


 悔しいけど、コイツの言うとうりだった。

 おふくろは、パート掛け持ちのギグワーカーだったから 良くわかる。

 まさに、貧乏暇なしだったからね。

 バイトしかできない、少女たちならモットキツイのは想像に難くない。

 投資うんぬんより、その日を生きるのに精いっぱいなのだから。


 「……それは……」


 あゆむは、汗をうっすらかいて初めて言葉に詰まる。

 それを北村は鋭い視線で見つめ、勝ちを確信したようにつづけた。


 「ちなみに、あのサイトの元締めって、誰だったか しってまっか?

 あの有名な料亭のご令嬢。 朽木 怜菜でっせ」

 「なにっ?」

 「その金持ちのご令嬢が、サイトを運営し、不良連中を巻き込んで、真面目な少女たちを無理やり売春をさせたそうでっせ。

 金持ち連中はどいつもこいつも、貧乏人たちを食いものして、マッタクエグイ話でたまりませんわ」


 北村は、目を閉じて、ゆっくりかぶりをふる。


 「もっとも、アンタも同類でっしょ? そんな娘たちを金で相手の頬をはたき、自分の仕事の為に踏みつけにして、好きにやるんやさかいね」

 

 北村は、軽く肩を開き、オーバーな仕草で、やれやれと言う仕草をした。


 「貴様は、一体何が言いたい?」


 「……金持ちの道楽に付き合わされたあげく、なぶり殺しにされた生意気なアノ娘の事でっせ。

 ――確か、「泉 明日香」、と言う、名前でしたっけ?」

 

 「……」


 あゆむは、明日香と言う名前を聞くと顔を伏せたまま、体を震わせ黙って立ち尽くしている。

 オレは、その様子を見て、あゆむが今何を考えているのか想像できた。

 多分、彼は、かつての明日香の事を思い返し、悲しみに包まれているのだろう。


 「こんな人と組んだばっかり、男たちに凌辱され、挙句、殺されるなんて、ほんにかわいいそうな娘ですなあ……」


 「……否定はしない。 結果そうなったのだからな」

  

 あゆむは、俯いたまま、彼の言葉を肯定する。

 ――だが、腕が小刻みに揺れているのがわかった。


 「あゆむ、無理しないで……」


 オレは呟くようにそう言うと、あゆむを安心させるように、背後からカレの腕ギュッとつよく抱きしめる。

 自分の体に、あゆむの頼りがいのある腕の感覚が伝わってくる。

 けど、いつもみたいに自信たっぷりの感覚ではなく、ほんの少しだけ弱気になっているのが感覚でわかった。


 「……大丈夫だ……」


 オレが腕をだきしめると、あゆむの震えが少し収まったのが判る。


「――あの娘、天使といっても実は無実みたいなモノだったんでしょ?

 それを殺させるなんて、あんたもヒドイでんなぁ……」


 だが北村は、震えるあゆむを薄ら笑いすら浮かべながらみすえ、楽しそうなにあゆむの傷口をえぐるように言葉をつづけた。

 

 「あの娘は、自分から犯罪を犯したんですよ。

 つまり、ワザと罪を犯したんですわ」

 「!!」


 あゆむは、北村の爆弾発言に目を見開いていた。

 ――かつての相棒の明日香の真実に。

残りは早めに書きます。

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