あゆむの思い
「由紀、少し休ませて……」
オレはそう言うと、次の瞬間、カフェの席を勢いよく立ちあがり、カフェスペースを後にした。
行き先はトイレだ。
「……」
泣いた。
あゆむの事を思うと、涙が止まらなくなっていた。
何時も一緒に居るせいか、あのプライドの高いあゆむが、その時どう感じ、どんな表情を浮かべたのか、はっきりと想像することが出来てしまったから。
密告者をひとりにさせると言う、痛恨のミスをした時の焦り、憔悴。
姿を見失った彼女を必死で探した時の気持ち。
ベルゼバブに無残にさらられた明日香を見たときの喪失感と、ノアに問い詰められた時のやり切れない思い。
そして、悪夢のような失敗の時、一人で苦しみぬいた気持ち。
――本当なら、あの人がそばに居て慰めてくれていた筈なのに。
「あゆむ、ごめんね……」
壁に頭をおしつけるようにして、泣けるだけ泣いた。
あの人の事を分かったつもりでいたけど、全然わかっていなかった。
いつも一緒に居るのに……。
そう思うと、自分のなかに一つの決意が固まっていた。
”
「センパイ、大丈夫?」
顔を洗い、目を赤くして出てくると、由紀が心配そうな顔で立っていた。
「大丈夫。
でも、ちょっと、大急ぎで行きたい所があるんだ」
自分があゆむのそばに行ったところで、何も変わらないかもしれない。 むしろジャマになるかもしれない。
――でも、一刻も早く、あの事件で人知れず苦しんでいるあゆむのそばに居て、何かしてあげたかったから。
ううん、何もできなくても、ただ傍に居るだけでカレの慰めになるかもしれない。
そう思うと、オレは居ても立っても居られなくなっていた。
「ううん。 行かないといけない所が有るんだ」
あゆむの傍で慰めるなんて事は、オレの自己満足かもしれない。
そもそも天使である自分は、人を慰めれるような、そんな偉い立場じゃ無いのは判っている。
――レイプ殺人を犯し、ただ処刑される日を待つ罪人なんだから。
でも、どうしてもあゆむの隣に寄り添って、何でもいいからカレの力になりたかった。
それはまぎれもない本心。
――義務でも命令されるでもなく、自分の心の奥底からわきあがってきた思いだった。
「ふ~ん。 そういう事ね」
由紀はオレのマジメな表情から察したのだろう、整った顔に、にやにやした表情を張り付けながら、外をツンツンと指さた。
「今すぐにでも、あの人のソバに行きたいんでしょ? 」
「えっ?」
由紀が指さす先に居たのは、日が傾きかけた街をうろつく黒いスーツ姿の茶髪のイケメン。
そこに居たのは、あゆむだった。
彼は、イケメンな顔に似合わない不安そうな表情を張り付け、余程心配な事があるのか、店の前をうろうろしている。
一歩も違えば、警察に空き巣なんかの不審者としてドナドナされそうな光景だ。
もっとも、イケメンのあゆむがやってると、うろつく姿でさえサマになっている。
――恐るべし、カレのイケメン力。
と言うか、あゆむはオレを放置してると言いながらも、こそっり守ってくれていたんだ。
「あゆむのやつめ……。」
自分もハエがらみで、何かと大変なはずなのに……。
そんな事を思っていると、由紀は笑顔でつづけた。
「ここは自分が払っとくから、センパイはあの人の所にスグにも行ってきたらいいよ」
「良いの?」
オレがそうたずねると、由紀は小さく笑顔を浮かべ、
「例のサイトの件もあるしね」
「えっ?」
「あの書き込みの件ですよ。
でも、コレでボクが例のサイトに書き込みしてた件はチャラね」
、とスマホを指さしながらコイツは、悪びれる事も無くお抜かしになりやがった。
「ぉぃ……」
ここまで、ずうずうしいと次の言葉が出なくなるというもの。
まあ、コイツを責めた所で、今更、どうにでもなるものでもないし、好意に甘えておこう。
オレは、ツンツンとレシートを指さした。
「由紀、お願いするね」
「センパイ、ここは任せておいてください。
――あと、耳貸してね――」
「……」
オレに耳打ちする由紀の言葉に、オレは思わず顔を赤らめた。
――そうなんだ……。
「センパイは忘れてそうだけど、男なら付き合ってる彼女に言われて、アレが一番が喜ぶ事だからね。
――センパイがあんな態度をとったら、どんなカタブツな男でも一発だよ」
「由紀……アドバイスありがとう。 行ってくるね」
にやつく彼女のアドバイスにオレは軽くかぶりを下げると、由紀をのこし、ダッシュで店から駆け出し、勢いよくの店のドアを開けると、シャラン、と軽やかなスズの音が響きわたった。
続きは早めに書きますっ!