悪のカリスマ
「――そんな感じで、普通の天使が悲惨な暮らしなのに比べたら、自分たちは幸せだよね。
――やっぱ、自分の今までの人徳のたまものって感じじゃないのかな?」
「ちょっと良い?」
オレは、笑顔で自慢話を続ける由紀の話をさえぎり、真顔になってテーブルから乗りだり気味で彼女にたずねていた。
先ほど彼女が話していた二つの件が、魚の小骨のようにず~っと引っかかって居たからだ。
――男になりきれていない娘が、治療して本来の性別に戻れると言う、本来は不可能とされる女性から男性への転換の一つの可能性。
もし、それが出来るなら、もとは女性で今は男の北村が蠅の正体でもおかしくない。
――元女で、今男だった場合、その違和感は由紀には判るのかどうか?
もし分かるなら、今度アイツが居た時、彼女に会わせればハッキリする筈、アイツが元女かどうか。
元女だったら、アイツが蠅だという可能性が一気に高まり、ハエの正体に一気に近づけると言うことだからね。
そして、聞いてみたいもう一つは、蠅が天使に非道をする本当の理由。
コイツ(由紀)なら、美術室でのゆうなの姿を見た時の冷淡な態度から行くと、蠅と根っこの部分は同類と言う事で非道をする理由が何となく判るかもしれないからだ。
あゆむは、蠅が非道をするのは、自分のフォロワーを増やすためにやっていると言っていた。
――けど、まともな人間なら、蠅の動画のように、天使を幼いわが娘の前で平然とレイプし、その後、彼女を殺害して晒す鬼畜動画をUPしたら、一気に視聴者は離れるだろうし……。
なのに、ハエはそんな動画を流して、賛同者を得ている。
そんな鬼畜な光景をみて、自分には共感できるなんて自分には判らない感覚だ。 いつもの態度からいくと、あゆむもそうだろうし。
――でも、非道を見て、蠅の動画の再生回数が増えているのは事実だ。 自分には理解できなくても、事実は、事実。
自分には理解できないけど、事実は認めないといけない。
其処を理解するには、その感覚が判りそうな、アイツと根っこの部分が同じコイツに聞くのが一番早そうだからね。
「由紀には、蠅があんな事をする理由って理解できる?」
オレがしかめ顔でたずねると、由紀は間髪いれず答えた、「何となく わかるよ」と。
そして、彼女は表情一つ変えず、淡々と言葉を続けた。
「ボクもあの人の動画よく見ているけど、あの人はみんなの心の奥にある暗い欲望を燃え上がらせ、そして心に暗い物がくすぶっている奴らのカリスマになりたい。
そんな感じじゃないかな?」
「そんな人たちのカリスマに?」
「うん。 自分にやりたいことがあっても、事情があって自分自身ではやりたいことが出来ずに、もんとした物をため込んでいる人たちだよ」
「……」
「蠅は、そんな人たちの、自分ではやろうと思っても出来ない……、ううん、口する事すらできない ほの暗い欲求を、自分の代わりにやってくれるダークヒーロー、つまりそんな人たちのカリスマだよ」
「…………」
「――だから、蠅は、フォロアー視線でのサービスも欠かさないみたいだしね。 天使を責める時のカメラワークも気にしてるぽいからね。
そんな訳で、表だって応援はしないけど、いいねを押して、結構な投げ銭を投下してくれる隠れキリシタンみたいな熱狂的なマニアは相当いるよ」
「あんなヒドイ事をしても、どうして人気があるんだよ……」
由紀の説明に、オレは渋面でポツリこぼした。
本音だった。 天使になる前に、ちょこちょこ悪事をしてきた自分にもさすがに判らなかったからだ。
ゆうなを娘の前で凌辱して昇天させ、その後、彼女の亡き骸を人形の様に晒すなんて非道なことして、しかもそれを応援するなんて……。
――マトモナ神経をもった人間のやる事じゃないだろう。
そんな動画を娯楽でみる連中と、天使のどっちが極悪人なんだよ……。
由紀は、オレの表情から判って居ないと察したらしく、目を細め、詳しい説明をつづけた。
「センパイには、非道な事を応援する人たちのその気持ち判らないみたいだけど」
「判る訳ないだろ?」
オレはポツリと返事を返す。
そんな連中の気持ちなんて、判る訳もないし、そもそも判りたくもない……。
判ると言う事は、同類の部分があると言う事だからね。
自分にも、そんなダークサイドの部分があるなんて認めたくもない。
「もし、自分がどうしても手に入れようとしても、手に入らないものがあるとするでしょ?」
今まで淡々と話していた由紀は、一瞬表情を硬め、持っていたカップを震わせながらトーンを落としながら言葉を継いだ。
「それを持ってない人の前で、これでもかと見せつけて居たらムカつくでしょ?
――こっちは、やりたくても、できないのにのさ……」
「それは……」
瞳に暗い物をともした由紀の問いに、オレは表情を曇らせ言葉を詰まらせた。
どうやっても、自分には手に入らない物があって、それを見せつけられていたらオレもいい気分はしないだろうな。
――丁度、貧乏時代のオレがスーパーで定価の品物を買って居た人をみて「ブルジョア死スベシ、慈悲は無し」、と言って居た時の心境だろう。
手に入らないなら、いっそのことそんな品物なぞ無くなってしまえ、むしろ買える連中なんか、売り物の高級牛肉と一緒にグリルされてしまえ、と思っていたと言う心境だろう。
あゆむと一緒に暮らす今じゃ、忘れてしまっていた天使にされる前の、みじめな感覚だった。
「その表情、ボクが言う意味が何となくわかったんでしょ?」
「何となくね…」
オレの言葉で笑顔にもどった由紀は、短く言葉を区切り、
「そんなミジメな気持ちを「羨望」って言うらしいんだけど。
自分がどう頑張っても、どう足掻いても届かないなら、いっそ持ってる奴らがそれを失い、自分と同じになればいい。
――むしろ、地獄に落ちてしまえ、と思う人も居るんだ」
彼女(由紀)はそう言うと、整った顔の口角をほんの少し緩め、更に言葉を続けた。
「蝿は、周りから見ているだけでムカつくような人たち。
――例えば、ラブラブなカップルや親子3人で水入らずな幸せな一家、美男美女で優しい兄妹とかを自分の代わりにめちゃくちゃにして、地獄に叩き落し、みんなの心の奥にある暗い衝動を叶えてくれるから人気があるんだよ。 だから、蝿はみんなから神とよばれてるんだ」
「神……」
「そうだよ、「神」。 神ってみんなのこうあって欲しいと言う、望みの象徴なんだよ。
――だから、アイツはみんなの暗い希望を集めた、言うなれば「暗黒神」なんだろうね」
「暗黒神……」
「そうだよ、心に暗い物をかかえた人たちの悪の救世主。
ボクも表立って言わないけど、実はあの人の動画を楽しみにしてたりするんだよ。
――今回はどんな風に天使が処刑されて、幸せから地獄に叩き込まれて、正義の実行が行われるかと、ね」
「ぉぃ……」
オレは、由紀のテレビドラマでもみて感想を言うような、無邪気な悪意に表情をくもらせた。
――天使の処刑はドラマのようなエンタメじゃない。
処刑された天使たちの家族にとっては、どんな事情があっても大切な人を喪う事にかわりないから……。
それを面白おかしく扱っていいわけはない。
「それに、ボクや女性には関係ないけど、男の場合は動画を見るメリットはそれだけじゃ無いんだよ」
「それって、一体何なんだよ?」
だけど、オレの気持ちを知ってか知らずか、由紀は上機嫌で更に続けた。
「男が動画を視聴するメリットは、動画の中で協力者募集があって、それに応募すればオコボレで天使をヤれる実益も有るから、手伝いたい信奉者は少なくないんだ。
――ノーリスクでレイプが出来るチャンスってめったいない僥倖だからね。
自分が捕まるような事はしたくない、けど、いい思いだけはしたい。 身勝手だけどそれが人間なんだろうね。
そんな人間の身勝手な暗い欲望を満たさせ、そいつらのカリスマになって蠅自身の歪んだプライドを満たすのが蠅の目的 だと思う」
「お前は、蠅の事が良く分かるよな……」
オレは半ばあきれながら呟いた。
やはりこいつは、根っこの部分はハエと同類な感じなんだろうな……。
――実際に動く動かないだけの違いだけで。
「レナがやっていたサークルも、人間の身勝手な暗い欲望を満たさせるという意味ではハエのフォロアーと根っこは同じだしね。 自分もそんなサークルに居たから、なんとなくリーダの目的はわかるよ」
なるほどね、根っこが壊れた物どうしなら何か通じるものが有ると言う事か……。
――もっとも、今は亡きサークルのボスだったレナの方がハエ(ベルゼバブ)に考え方は近かったのだろうけどね。
「でも、明日香さんの場合は、少し違うのかもしれない」
「違うの?」
「あの時は、何時もフォロアーを意識するあの人も、フォロアー関係なしでグロ動画を流して居たんだ」
「へぇ……」
「そのせいで結構フォロアーが減ったからね。 あの時は別の目的が有ったのだとおもう」
と、 由紀は真顔で締めくくると、自分の考えを言い始めた。
きりが良いのでここで投稿。
早めに残りは書きますっ!




