普通の天使の暮らし
「ソレって、どう言う感じなんだよ?」
オレは、由紀にたずねた。
天使が悲惨、ヒサンっていうけど、ちゃんと聞かないと、どの程度のヒサンな生活か判らないしね。
――オレの場合も、獄卒が四六時中つきまとって、イケメンにいいよう体を弄ばれていた前の生活も、人によっては悲惨とも言えるだろうしね。
もっとも、オレが天使じゃない普通の女の子だったら、レディースコミックみたいに またとない ご褒美だろうけど……。
感じ方は、人それぞれだろうし。
「悲惨な天使の事をセンパイが其処まで聞きたいなら、ボクの知ってる天使のことを話すけど、
――結構エグい話だから気分悪くなっても知らないよ」
由紀は、何一つ表情を変えることもなくそう言うと、テーブルにある紅茶カップのコハク色の水面をじっとみつめ、以前、面識のあった天使の事をワイドショーの事件を話すように、あっけらかんと語りだした。
「ボクが知ってる天使は、アリスさんを含めて3人だったかな?」
「3人って、おもったより天使にされた人が居るんだね」
オレは気が付かなかったけど、天使ってオレの周りに由紀を含めると4人も居たんだ。
意外と周りにお仲間が居たんだな……。
「レイプ殺人で「性犯罪者更生プログラム」に処されるって、性犯罪が厳罰化された昨今ではそこまで珍しい事じゃ無いからね。 だから天使にされた娘はソコソコの人数はいるよ」
彼女はそう言うと、視線を窓の外の景色に移し、「けど」、と短く言葉を継ぐと、
「気をつけて見ないと、天使にされた娘が、天使かどうか分からないだけだよ」、と締めくくった。
「そうなの?」
しかし、由紀から聞く新事実。
天使の娘は、見つかりにくい、と。
オレが思ったより、天使にされているかどうか? は、分かりにくいのかもしれないな。
――もっとも刻印を見られたり、ハンターサイトで名前が載れば、一目瞭然なんだろうけどね,
「普通の天使は、自分が天使である事を隠して一般市民にまぎれこみ、普通の女の子のフリをして、委員長も真っ青なくらいな地味ファッションで、ひっそり息を潜めて暮らしているからね。
余程、そっちの方面に詳しい人じゃないと判らないと思う」
「なるほどね……」
「そもそも、だれでも分かるように 自分から「私は天使ですよ~」と偉そうに言いふらせる人は居ないよ」
「たしかに、そうだよな……」
オレは、由紀の説明に思わず頷いた。
たしかに由紀が言うように、自分から天使(元犯罪者)ですよ~と武勇伝のように宣伝するヤツは居ないよな。
普通の神経を持っているなら、ハンターに狩られたくないから、ノアのように、分厚いメガネをかけたような凄まじい地味恰好して、質素に暮らし、犯罪者である天使ということを隠してこっそり生きるだろうし……。
――そして、何より自分の犯してしまった罪に向き合い、殺めてしまった娘を思いながらひっそりと反省の日々を過ごすだろうから。
「でも、ボクから見れば天使にされている娘が、天使かどうかはイッパツで分かるんだけどね」
由紀はそう言うと、テーブルに頬杖をつきながら目を細め、嬉しそうに言葉を継いでゆく。
「――天使にされた娘が、いくらよく女性たちの中に溶け込んでいても、細かい仕草からくる違和感は消しきれないからね。
丁度、南極にシロクマが居るかんじかな? 分かる人から見ればイッパツでバレちゃうよ。」
由紀は、クスクス笑いながら目を細め、自慢げに説明する。
違和感から、天使かどうかわかる、と。
「へぇ~。
仕草からの違和感は消せないんだ……。」
オレは彼女の説明に思わず感心してしまった。
コイツには、天使かどうか仕草から判る、と。 そういえば、ゆうなも同属の天使ならスグに判るとか言ってたな……。
彼女は瞳や髪の色がうんぬん言っていたけど。
「そりゃそうだよ。 幾らごまかしても、記憶が消えない限りずっと生きてきた元の体のクセからくる違和感は何処からともなく にじみ出るからね。
その中でも天使にされた明日香さんは、特に凄まじかったな……。
――モットも、アレは問題外だったかもしれないけど……」
目を細めながら、ため息交じり、半ば呆れ加減で、「明日香さんは酷かった」と語る由紀。
「その人は、一体、ドンナ感じだったんだよ?」
由紀が、ひどかった言うのだから、余程凄まじかったのだろう。
女の子なのに、普通に「オレ」とか、男言葉で話すくらいかな?
――まあ、その程度ならギリギリ許される範囲かもだけど。
と思ってると、彼女は、オレが予想した以上の凄まじい事を抜かしだした。
「明日香さんは、まんま、下品な男だったよ」
「マンマ下品な男~??」
オレは、彼女の説明に目を見開く。
「――あの人は電車で座る時でも、前の男の体の時のクセのまま、スマホ画面をじっと見つつミニスカの制服なのに大また広げ、更には、ぼりぼり太ももを掻きながら座っていたから……」
「凄まじいね……」
「でしょ~? しかも、普通は穿いてる体育の短パンすら穿いてなかったから、あの人の施設での支給品だった綿の白パンツ丸見えだったよ。
おかげで、女子の連中からは、ヒソヒソ噂され、変な目で見られてたしね……。
――そりゃバレルよ」
「……」
オレは、由紀のあきれながらの説明に目を丸くして頷きながらも、次の言葉が出てこなかった。
流石に、彼女が其処までとは思わなかったからだ。
これは、バレルバレない以前の問題だろ?
しかし、ハンターサイト覗かなくても、コンナ感じの細かい仕草からばれるのか……。
――否。
あんな下品な感じでやれば、元男の天使というのが隠してもイッパツで判るよなぁ……、
――いや、この場合、モロオヤジのような仕草だから、隠す以前の問題かもしれないけれどな。
そもそも、その人は何も隠していなかったのかもしれないな。
「まあ、あの人は論外としてもね――」
由紀は呆れ顔で、そう言うと、ふぅ、と息を吐き、
「普通、天使にされた人はアンナ感じで、みんな男っぽいからね」、と半ば、あきれたようにしめくくった。
「そうなんだ……」
由紀はそう言うけど、自分が知ってる天使は、コイツやゆうなを含め、みんな本物の娘より女の子らしかったんだけど……。
まあ、生存バイアスがかかって、周りに残っただけなのかもしれないけどね。
ゆうなは、長く天使をやって居たと聞いたからね。
「天使の リハビリ(女性化訓練)は、保健の教科書に載ってるような、女性の体の成長とか、実生活から役に立たない事ばかり教えられるから、あんな感じになるんだよね。
――絶対、社会に馴染ませる気は無いような事ばかりね」
彼女はそう言うと、かるく目を細めながら、小さく笑みを浮かべて、紅茶のカップを指でピンっと軽くはじくと、コハク色の水面がゆれ中身がすこしテーブルにこぼれ落ちる。
「レイプ犯が女性の体に変えさせられ、社会復帰のリハビリも形式だけ行って、
その後、こんな感じで いきなり世間の荒波に ほうり出されると、どうなると思う?」
「……シャバになじんで、日常生活するだけでも大変だと思うよ。
自分もこの体に馴染むのに、結構かかったしさ」
由紀の問いに、オレの施設での出来事を思い出していた。
あゆむに会うまでのほんの数週間、ショーツは良いとしてブラとかの着替えもロクにできなかったからな……。
着換えようにも渡されるのが女物だけで、男物が無いし、仕方がないから、白衣の下はショーツにキャミだけを着ていたっけ?
あゆむに逢ってからは、バストが崩れると言って、初めてジュニアブラをつけさせれ、その後しばらくしたら、今度は普通のワイヤー入りブラに変えられ、ジュニアブラはそつぎょうしたけど。
あゆむが居なかったら、ずっとノーブラのままで、いただろうしね。
――其処に関しては、あゆむに感謝するしかない……。
しかし、今改めて考えたら、あゆむが教えてくれたことは、女の子の事に関して恐ろしく実践的な知識だったな。
成長期の下着の選びかたから、言葉遣い、化粧の方法、トイレの作法に、果てはナンパされそうになった時の対処法まで。
彼は男だというのに、まるで自分が体験したような経験に基づいた言葉は、実に狡猾で実践的だった。
……まあ、アイツは変態的に仕事熱心だから、その方面もシッカリ女子寮でも潜入して調べたんだろうけどね。
――考えたら、アイツは自分でもレオタードを着たと言っていたし、骨のズイまで倫理や常識がねじれてやがるな。
其処は今に始まった事じゃないから、気にしないけどね。
「センパイが言うように、普通の人って自分達みたいに この体になかなか馴染めないから、日常生活するだけですごく大変みたいなんだよね」
由紀は、そう言うと、真顔で言葉を区切り、小さくため息一つ吐きながらも、さらに続けた。
「おまけに普通の天使には、人権も無いから生活保護も無い。
更には、住所も戸籍も信用も無い犯罪者だから、まともな働き場もない。
復讐者が天使の生活資金を出すこともない。
――生活の糧が無い、無の三連星なんだ。
これで、どうやって生きて行けというんだろうね?」
「そうなんだ……」
「そうだよ。 衣食住の心配のない天使の自分たちが、天国に居るみたいに特別なだけだよ。
――もっともボクの場合、今までつちかった自分の人徳の賜物だけどね」
胸を少し張り、優越感交じりに語る由紀。
しかし、彼女から初めて聞く天使のふところ事情。
――天使は生活の糧を得る手段が全くないと。
考えてみれば、オレの場合、復讐者が望む復讐をするために、オレが暮らしていくお金を出してくれて居るから、生活に困らず気が付かなかったけど、普通に考えると、うらみがある憎い相手に、『なぜ、生活費を更に出さないといけないんだ?』って事になるよなぁ……。
逆に、遺族は、犯人から慰謝料をよこせと言いたいだろうし。
むしろ、犯人には二度と会いたくない、犯罪者である天使には街で泥水をすするような貧困の揚げ句、自分は手を下さずに苦しみながらのたれ死ね。 と言いたいかも知れない。
――もっとも、それが普通の遺族の感情だろうし。
「まあ、死刑囚である天使には、生活の困難を痛いほど体験させて、そして貧窮の絶望の果てに のたれ死にでもさせるのが、この刑罰(リベンジ法)の本当の趣旨かもしれないんだけど」
――「でも」、と由紀は短く言葉をくぎり、
「誰かの人生を奪った天使(レイプ殺人犯)でも、生存本能ってあるから、自分がいきのびる事をそう簡単に生きる事を諦められないんだよね。」、
由紀はそう言うと、ポケットをつんうんと指さし、
「でも、その為には、何としてでも生きて行くため、自分の生活費を稼がなくちゃいけないだ」
「それは、痛いほどわかるよ」
オレは由紀に、ウンウンとうなずいた。
おふくろは、シンドイのに、幾つものパートを掛け持ちしていたからね。
そんなに働くのも、ひとえにオレを養うための、お金の為だった。
クモに住みカスミを食べる訳じゃないので、人間は綺麗ごとじゃ暮らしていけないのだ。
――お金は大事なのだ。
「だから天使は、訳ありでもすぐに住み込みで働ける、清掃、風俗……、
――そんな最底辺の場所で、自分の正体を隠してこっそり働いて、細々と生活の糧をえてるんだよ」
「たしかに、そうなるよね……」
由紀は、真顔のまま表情一つ変えず、「でも」と短く言葉を区切り、たんたんと続けた。
「雇う側もこちらが訳ありと言うのが判っているから、彼女たちは搾取の対象にされるんだ」
「ひどいな……」
「清掃とかしていても、最低賃金以下は当たり前、研修名目で給料天引き、なんかもたまに聞くしね。
――知ってる天使で一番酷かったのは、風俗で研修と言って、店長に本番ヤられそうになったって、話かな?
流石に、その娘も耐え切れずに、店を逃げ出したみたいだけどね」
「…………」
オレは、天使の余りの過酷な暮らしに声を失う。
自分も最底辺に居たかから分かるけど、そんな所で働くとなると、上は威張り腐り無理難題を吹っかけて、下はそれを聞くしかない、家畜同然の関係になるよな……。
まさに、「社畜」と言う言葉の意味が、あの当時は痛いほど良くわかってたからなぁ。
しかも、人権も無い天使と言う弱みがある以上、未払いがあっても泣き寝入りするしかないだろうしね。
天使の場合は、オレより更に厳しいのだろうな。
「それだけでも結構悲惨なのに、その人の悲劇には、まだ続きが有ったんだよね」
由紀は、そう言葉を区切り、その後の彼女の事を語りだした。
「そうやって、その人は地味な生活してたから、最初は大丈夫だったけどね……。
――とうとう最後には、犯すのが趣味のハンターに、面白半分でレイプ協力金目当ての天使狩りツアーが開かれ、数人がかりで狩られ(レイプ)ちゃいましたけどね。
――まあ、その天使も誰かをレイプしてるから天使にされて居る訳で、自分が無理やり犯されても自業自得なんだろうけどね」
「……」
由紀は、まるでドラマのシーンでも語るように、あっけらかんと語り、オレの耳元で囁くように小声でさらに続けた。
「その時、ハンターサイトにUPされたその娘の動画を見たけど、 彼女のバイトの帰り道、3人の男ハンターにつかまって、公園にある公衆トイレに引きずられて行き、
「お願いだから、ヤメロ!」と言う彼女の懇願もマッタク聞く耳持たず、男たちに口に布をねじ込まれたあげく、腕をおさえつけられ、むりやり泣き叫びながら犯される光景は、殆んど成人コミックの状態でしたよ」
「……」
オレは、表情を止め、余りの事に言葉を失った。
此れが天使のリアルだと。
天使にされた極悪人と言っても、何も感じない血も涙もないモンスターじゃないのに。
その人だって悲しい時には泣いたり、失敗したら恥ずかしくて顔をあからめたりする自分たちと一緒のごく普通の人間の筈、なのに、どうしてそんなヒドイ事が出来るんだよ……。
――もっとも、彼女を押し倒した自分が言える義理じゃないのだろうけど……。
でも、そう思わずには居られなかった。
「センパイは、「なぜ?」って思ってるでしょ?」
そんな事を思ってると、由紀はオレの表情から何かを察したのか、追加の説明を始めた。
「ハンターにとって、気丈に抵抗する天使をムリヤリレイプするのは、小説によくある捕虜となった女騎士を犯すシュチュエションに近い、らしいからね。
マニアには人気あるみたいだよ」
自分は関係ないように、平然と言う由紀の言葉に、オレは ゆうなが言っていた言葉を思い出していた。
――犯罪者へなら、何をしても良いと言うある種の狂気ね。
天使をレイプしたハンターたちも、なにかの拍子に、自分も天使に落とされるかもしれない。
其処の境界は、紙一重なのに。
「その娘なんだけど、その時はそこまで危険な人物とマークされていなかったみたいで、
その時はマワされただけで、白目を向いて気絶して、股間から白濁色の液体を垂れ流しているズタボロの恰好の体液まみれで、トイレに放置されていましたけどね。
――その時の彼女が見せた、希望を失ったマジックで塗りぶしたような目は今でも忘れられないね。
モットも、天使が乱暴した娘もそんな目になってたんだろうから、その人がそんな目にあっても自業自得なんだろうけどね。
――イヤなら最初からヤらなきゃ良い訳だしね」
由紀は、平然とそう言うと、その天使の最期を語りだした。
「その天使は、その後そんな事が何回があって、その娘は性格が変わったようになったんだ」
「どうなったんだ?」
「動画をみたけど、彼女は地味だった今までとは違って、派手な服装になり、刃物なんかの凶器やガソリンを集めるような危険な行動を繰り返し、ハンター達から危険な放棄天使と認定され、時期に、正義の実行が好きなハンターに襲われて背後からクスリを嗅がされ意識を失い、そのまま何かの注射をされて、その人は痛みもなく公園のベンチで眠るように昇天していましたよ。
――もっとも彼女が昇天されても、更生不能の凶悪犯である死刑囚の天使に、いずれ来るものが、来ただけなんだけどね」
由紀は、表情変えることなく平然と締めくくった。
――来るべき時が、来ただけ、と。
由紀は、その天使は自分とはマッタク違う極悪人で、自分とは芯から違う人間のように言うけど、
その娘も、ただの人生の歯車の噛み合わせで過ちを犯し、天使にされても最初は、更生しようと頑張る普通の感性をもった娘だったのかもしれない。
――生きる為に、万引きとかの犯罪に手を染めて居なかった訳だしね。
けれど、彼女が社会に搾取された挙句、ハンターに何度もレイプされ、生きる希望をうしない、自棄になって、死なば諸共とそんな事を始めたのだろう。
――ハンターによって、天使が修羅に芽生えたのだ。
もし、あの天使が、ハンター達に犯されずあのままでいたら、きっと普通の市民と同じだったのかもしれない。
強姦しようにも、出来ないわけだしね。
逆に、ゆうなのように、芋のような受け止めてくれる人間が居れば、彼女のように慈愛に満ち溢れた人になれていたのかもしれない。
人間は変わる生き物だから。
もっとも、人生に「もし」は、無いのだけど。
「でもね、この人も「明日香さんに、比べたら幾らかはマシだったと思う。
木漏れ日の漏れる公園のベンチの上で痛みもなく、眠るように昇天出来たからね。
――引き換え、あの人の最期は凄かったからね……」
由紀は、今まで平然としていた顔をしかめてそう言うと、もう一人の天使の事を語りだした。
余りに長いので、ココで投稿します~。