絶望の先の先
夕方近い、ボストンのカフェスペース。
オレと由紀の二人しかいない静かな店内、テーブル越しに向かい合って座る由紀は紅茶を一口飲み干し、射るような視線でオレを見つめると、今風の可愛い顔に真顔を浮かべた。
――そして唐突に、「センパイは何も分かってないようだけど、『人を支配する』」ってどういう事か判る?、と尋ねてきた。
「……」
オレには、由紀に言われた、言葉の意味が判らずに首をかしげる。
底辺民の自分には、そもそも人を支配するって考えた事すらも無いし、お互いノラ猫みたいに、勝手気ままにやらしとけば良いんじゃない? そんな感じだからね。
オレのイメージで支配と言うと、首輪をして、鉄格子のなかで犬みたいに飼う感じを言うのかな?
「センパイのその表情、やっぱり何も判って無いみたいですね」
そんな事を考えていると、由紀はかるく目を細め、オレの無知を憐れむように俯き加減で言葉を続け、支配の事を語りだした。
「――人を支配すると言うのは、ラノベでありがちな性奴隷のように首輪をつけて鉄格子のなかに入れて飼う事だけじゃないんだよ」
「……そうなんだ……」
「一見自由に見えても、主人様が、カレの意志のまま、支配される人の思考とか、好みになるように誘導して、自分の思うような色に染め上げて行く事でもあるんだよ。
――支配されている娘が かりそめの幸せの中にいて、自分が支配されていう事にも、気が付かないようにね」
由紀は、静かに目を閉じ、首を少しかしげると、一つの可能性を言い出した。
「こんな場合、復讐者はセンパイを、「自分好みの着せ替え人形みたいにしたい」、と、言う感じじゃないかな?」
「……」
「その為に、ほんとに何も知らない子供みたいなセンパイを自分好みの娘になるように じっくりイロンナ事を教え込んで、自分の思うような娘になるよう、攻略するつもりだと思うよ。
――たまには 意地悪しながらね」
「…………」
オレは由紀の言葉で、昨日の事を思い返していた。
学校も休みだった昨日は、家にいたあゆむが、
「今日は、以前話していた、例のお仕置きの日。 お前の苦手なテーブルマナーの練習をさせる、覚悟しておけ」
とか、満足そうに抜かして、夕方から郊外のフレンチレストランまで二人で行ったんだっけ。
おまけに店に行く前には、プレゼントとして渡してきた薄いブルーのエレガントなドレスに着替えされられたんだった……。
――しかも、プレゼントしてきたあゆむ本人が、漆黒のレースで出来た大人のランジェリーをオレに手取り足取り着けさせると言う念の入りよう。
しかも、あゆむはオレが漆黒のレースのブラとショーツを身に着けさせられ、小悪魔のような姿に顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿を、イケメンの表情を緩めながら、
「やはりお前には、その恰好と恥ずかしがる表情はよく似合う。 これはご褒美ものだな」、と、満足そうに抜かしやがっ……、
否っ。
アイツは抜かしただけじゃなかった。 その後、ご褒美と言って、あゆむは恥ずかしがるオレのアゴをぐいっと持ち上げて、クチビルを奪い、次の瞬間、オレのバストを唐突に、背後から右手で抱きしめるように優しく掴み、
さらには左手は太股に沿わせていた。
「ひぅっ!」
そしてオレはイキナリの刺激に思わず、出すつもりの無い声をあげてしまっていた。
レディースコミックじゃないし、どう考えてもコレハご褒美じゃないでしょ、タダのセクハラの現場。
否、 犯罪の香りがしていた。
「これがご褒美なのぉ?」
声を震わせるオレに向かい、あゆむは、いつの間にかじっとり湿っていたショーツの中まで指をずり入れてきた。
流石にやり過ぎ……。
「ん……」
オレは、なれないシゲキに顔が真っ赤になり、唇を強くかんで、思わず出しそうになる声を押し殺していた。
「嫌がってるんのか? 貴様の体は、涙を流して喜んでいるようだがな」
「……」
オレが振り返ると、コイツに知られたく事を知られ、顔から火を噴きそうになる自分の顔を、小梨は表情をゆるめながら満足に見つめていた。
その後、されるがままのオレに、アイツはキスをしながらブラやショーツの中まで同時に指を入れて来ると言う、学校の連中がエロ会話で話題にしていた三所攻めと言う高等テクまで披露しやがったんだ。
「…………」
気が付けば、昨夜の恥ずかしい光景を思い出し、耳まで真っ赤になっていた。
――今冷静に思い返せば、あんな事は自宅とは言え普通の恋人でもありえないよな……。 殆ど、レディースコミックのワンシーンだったな……。
思いだすのも恥ずかしい回想で、顔どころか耳まで真っ赤になって来るのが判る。
「センパイ、何あかくなってるんです?
――もしかして、あの人と何か思い当たる事ありました?」
由紀は、恥ずかしがるオレの顔を見て、クスリと笑った。
なんとなく、オレとあゆむの間に何があったのか雰囲気で察したようだ。
「ちょっと昨日の事をね……」
「何があったんです?」
「ちょっと耳を貸して、恥ずかしくて大きな声じゃ言えないからさ……」
オレが由紀の耳元で昨夜の事を話すと、彼女は目をぱちくりさせながら、
「――ボクも、さすがに其処までとは思わなかったよ……。
いくら自分たちが人権の無い天使とは言っても、ボクがそんな事を されたら確実に暴れて抵抗するな……」、としみじみ言い終わった。
「……」
由紀はそう言うけど、オレの場合は、あゆむに抵抗しようにも……、
ううん、違う。
――抵抗しようとしたら、ショーツに入れられたようとしたあゆむの手を払う位、オレにも幾らでも出来たはずなのに、されるがままになっていた。
そして、レストランに行く前、あゆむと二人で見晴らしの良い夜景のムード満点の駐車場で立ち寄った時のキスは、むしろオレからアイツに誘ったんだった。
――あゆむの腕に手を回して、「こんな場所だと、普通キス位するんじゃない?」 って言いながら。
以前なら、そんな恥ずかしい事は、死んでも言うつもりは無かったのに……。
今は、自分でも気が付かないうちに、自然と言うようになっていた。
――もしかして、オレがいつの間にか変わってきてる?
……オレは天使で、アイツは男なのに……。
「――でも、それって死刑囚である天使としては、凄く幸せな事かも知れないよ。
恋人のように扱って貰えるセンパイは普通の天使の暮らしじゃないからね」、
と由紀は紅茶カップの琥珀色の水面を見つめながら、「普通の天使の生活は、前に見た事あるけど「悲惨」の一言だからね……」、と しみじみと語り終えた。