ハインドモードの真意
「センパイ。 これがハンター専用サイト「狩人の酒場」の天使リストなんだ」
「へぇ……」
真顔の由紀が見せてくれたスマホには、ハンター専用サイトがログインされ、サイト内には天使たちのリストがならんでいた。
彼女たちの上半身の画像がカードゲームのキャラのように載っている人物リストには、その人たちの出没場所、クセなどの情報が書き込まれており、中には済のマークが押されているリストもある。
まるで荒廃した世界を戦車に乗って、モンスを狩るゲームに出てくる賞金首リストのようだ。
――中には、懲罰協力金と書かれた金額が下に書き込まれて居るから、賞金首手配書のマンマかもしれない。
「レイプ協力金って?」
「これはね、捜査協力金みたいなものだよ――」
オレがレイプ協力金の事を尋ねると、由紀は顔色一つ変えずに説明をはじめた。
――彼女の説明では、レイプ協力金というのは、被害者から賞金をかけられた彼女達をレイプした証拠画像を送ると、被害者の復讐感情をみたせたという事で被害者救済団体からハンターに賞金が送られると言う制度だそうだ。
――セイシを問わずに。
その金額は、安い賞金の天使を数人でレイプしても、数回は夜の街で豪遊できるくらいの報酬だ。
特に連続幼女強姦殺人などの非道なことをした天使には、みんなからのクラウドファンディングのカンパも加わり、更に賞金額が一桁跳ね上がるそうだ。
過去にあった大金持ちの息女の場合、富豪が自腹をきって大金を払い、「この天使、レイプして殺した者に10億円」。 とかあったそうだし。
――どの小説の世界だ……。
ちなみに天使を自宅や何処かに長期間監禁し、定期的にレイプしてその度に賞金をもらうと言う、かつての飼育ネズミクジのような悪質な事をするハンターも居たそうなので、今は制度が変更され賞金が貰えるのが一度が限度になったそうだ。
何時の時代も、人間の考える事は変らないね。
意外なようだけど、変態相手に天使を売ることも無いようだ。
考えてみれば、わざわざ店に行き高い金を払ってまで、そんなプレイを楽しむより、変態がツアーを組んで そこ等に居る天使を狩ればタダだから、店としては商売として成り立たないよな……。
しかも、天使にドラックを打って、頭をめちゃくちゃにしてダルマ状態で飼う事もできないそうだ。
そんなことをしたら、天使に変成された体が持たずに、死んでしまうらしい。
やはり、何時の時代も商売は厳しいみたい。
ちなみに、
「パーツ(臓器)取りで、天使を狩る事は?」
と聞いたら「何時の時代?」と笑われた。
今は自分の体の細胞をブタなんかの家畜の中で培養して、保険適用で義歯を作る感覚で数ヶ月かかって臓器とかを作るそうだ。
それを使うから、拒絶反応の有る他人の臓器なんて何の価値も無いそうだ。
たまに、手違いで食肉店に臓器が流れる事はあるらしいけど、見なかったことにするらしい。
陶芸家で料理人みたいなあの人のように、違いの判る人間なんて少数だろうしね、
そんな訳で、臓器狙いで天使を狩る事は無いらしい、単に金銭目的や社会的承認欲求や性的快楽を満たす娯楽の一環と言う事らしい。
天使である自分達にとっては、まったくたまらない話だけど。
「これって……」
由紀の説明を聞いていると、見た事のある人物のリストに目が釘付けになった。
リストに載っていたのはプラチナブロンドの長い髪、そして虚ろな焔を秘めた赤い瞳、そして何より特徴的な整った顔に虚ろな表情を浮かべる女性。
天使だった、ゆうなのリストだ。
リストの下の段には、彼女の犯した罪状や、子供がいると言うプライベートの事が履歴書の職歴のように淡々とつづられていた。
安くない金額のレイプ協力金もかけられ、そして、彼女のその後の運命をしめす、済のマークも。
「……」
彼女の教室で無惨に晒された姿を思いだし、見ていてムネが痛くなる。
そんな情報だけで、その人たちの何が判るんだと言うんだ。
彼女のデザイナーズベイビーと言う出生の悲しみ、そして、命をかけてゆいを護ったゆうなの事なんて判るはずも無い。
そして、その下にリンクがつけてあった。
きっと、其れをクリックしたら、動画が再生されるのだろう。
――ありすの陵辱、そして刃でつらぬかれる最後の姿が。
「…………」
リストのリンクを見ていて、人間の悪意に心底胸糞が悪くなる。
天使の処刑は娯楽じゃないのに。
無残に晒された天使のゆうな、そして足元でゆうなにすがり付き、母親にわんわん泣きつくゆうなの子のユイ、その光景を呆然と見つめていた、復讐者の山田。
当事者たちは誰一人望んでいない、理不尽なその光景をみて心底思った。
刑の執行という名前を借りた ただの殺しだ、と。
でも、クラスメイトのような何も関係ない人たちにとっては、最高のエンターティメントなのだろう、
正義の実行の光景を見る事で、自分はそっちの人間じゃない、自分には関係ない、そいつらとは違う人間だ、と確認して自分の優位性を確かめれるから。
何時、自分がそっちに行くかもしれないのに。
「顔色悪いけど、先輩大丈夫です?」
リストを見ているうちに、真っ青になり、可愛い顔も台無しなくらいの最悪の顔色になっていたらしい。
説明していた由紀は、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫……、だよ」
オレは弱弱しく返事を返すと由紀は、「捜査協力金で話がずれちゃったけど、ここからが本題」、と真面目な顔で言葉を区切り、
「アリスさんのリストや、ノアの兄の明日香さんのリストは有るけど、自分達のリストは何処にも載ってないでしょ?」、と締めくくった。
「そういえば……」
由紀に言われて、飲み物を一口飲み干し、天使のリストをスミからすみまで見わわしててみた。
――自分のリストも、由紀のリストも何処にも載って居ない。
これって、一体どういう事なんだろ?
「リストに、自分や荒川さんの名前がないでしょ?
これって、このサイトから意図的に削除されてるって事なんですよ」
「えっ?」
オレは思わず声を上げる。
由紀から聞く、驚きの新事実。
自分がまさか、サイトにのって居ないとは予想外だったからだ。
「「えっ?」じゃないですよ。
「復讐者が自分以外に狩られないように意図的に隠してる。
最初から 手違いで、この部署(情報管理部)に書類を回さないと言う、通称「ハインドモード」にしてあるんですよ」
「何のために、そんな事を?」
「……そんな事も、まだ判らないんですか?」
由紀は、オレを見ながら心底呆れたようにため息一つ。
そして、あきれ顔で説明をつづけた。
「自分たちを護るためですよ」
「……」
「基本的にハンターはここのリストに載っている人しか襲わないんだ。
そうなると事故でマークを見られ無い限り、ハンターから狩れる事は無いんですよ」
「へぇ……」
「この画面ごしにみると、ARの応用で普通の天使は羽がついてみえるんですよ、その画面を確認してハンターたちは天使を狩るんです」
「なるほど……」
由紀の説明に思わず納得する。
確かに、本物の強姦魔でもない限り、いきなり天使らしい娘の服を剥ぎ取ろうとはしないだろう。天使をレイプしたつもりが一般の市民だった場合ヤバイだろうしね。
ミイラ取りがミイラになる感じで、今度はハンターが自分が天使にされてしまうし。
ハンターが、サイトでちゃんと天使を確認してから、狩るのは道理だね。
「自分達は、その人たちと違って、刻印を見られない限りマズ狩られないから大丈夫」
「確かにそうだよな……」
由紀が言うように、刻印をみられないと天使かどうか判りようがないよな。
つまり、黙っていたら誰にも判らないのだ。
何かで刻印がバレない限り。
「つまりセンパイは、余程、可愛がられてるんですよ」
「……」
由紀は表情を緩め、そして更に続けた。
「色んな意味で、ね」、と。