真実のその先
夕方近い、ボストンのカフェスペース。
オレと由紀の二人しかいない静かな店内は、二人の会話も途切れて静かな時間が流れている。
「……」
サイトに目を通し終えたオレは、うつろな目をして半ば放心状態でイスに座ったまま、テーブルの上に置かれたスマホをぼんやり見つめていた。
まさか、オレの事が此処までボロクソに書かれているとは思っていなかったからだ。
昔、自分は、ゆうなの犯罪をフルボッコにする、悪意、殺意、敵意の固まり、と言うしかない代物のサイトの内容を信じて、無責任に叩く投稿をした事も有った。
その時は判らなかったけど、オレが同じように書かれた今なら痛いほど判る。
まとめサイトに載ってる情報はすべてじゃない。 むしろ読み手に受けそうな ほんの一部の部分をクローズアップして抜き出していると。
でも、オレは、そんないい加減なサイトなのに、そんな事も知らずに尻馬に乗った連中たちと無責任に書き込んでしまっていたけど。
――彼女の、複雑な家庭環境なんかの裏事情も全く知らずに。
「……そう考えると、犯罪者のオレにアンチサイトが作られたのもある意味 必然かよ……」
オレは、泣きそうな声でそう言うと、コップの水を一口飲み干した。
冷たいものがノドを通り過ぎて、緊張しすぎてカラカラになった口のなかをうるおす。
張り詰めた精神が、ほんの少しだけ落ち着いて悪い頭が少しだけだけど、クリアになって行くのが判る。
――確かにオレは悪役令嬢(木戸 亜由美)に非道をした。
だけど、見ず知らずの人から目を付けられて、ここまで書かれる理由ってあるのかよ……。
まったく訳が判らないよ……。
「犯罪者を叩く投稿は、アクセス数稼げるからね」
由紀はオレの表情から何かを察したのか、オレに呟きに目を細めながらぽつり返事を返す。
そして、紅茶を一口飲み干すと、自分の考えを口に出してゆく。
「「犯罪者を叩くことで、自分が正義の側にいるってことをたしかめたい」
そんな義憤って感情がみんな心の奥底にはあるからね。 そんな感情が思わずサイトを閲覧させて、書き込みを応援してしまうらしいよ」
「その感覚、オレも何となく判るよ 」
オレはうんうんと頷きながら、由紀の意見に同意する。
何せ、自分も似たような感情で、書き込みをやった事あったから。
「でも、それは本当の義憤じゃないんだよ」
真顔になった彼女は、オレの言葉をきっぱり否定する。
そして、はるか遠くを見るような遠い目をしながら、ショーウインドー越しに見える街の景色に目をやっていた。
其処には、時代から取り残されたような、薄黒く汚れたボロイ街並みが見える。
「貧困や、差別、格差……。
――そんな自分じゃどうしようもない不満。 心の奥底から湧き上がる怒りを、自分より下の存在であると信じる犯罪者を叩くことで解消してるだけなんだよね」
「……」
オレは、由紀の言葉でゆうなの話していた事を思い出していた。
――犯罪者へなら、何をしても良いと言うある種の狂気ね。
明日に希望のない者達が、更に弱者をさがし、不満の吐け口として、最弱者である天使を叩く構造なのよ。
ゆうなと由紀、ふたりの話を聞いた、今なら判る。
オレが書き込んでいたのは義憤じゃなかった。
自分じゃどうしようもない、社会の底辺民だった不満をサイトにのった犯罪者に、心のまま感情をぶつけて居ただけだった、と。
「だけど、何も考えない愚民はそんな事は気が付かずに、サイトを作った人の思うがまま踊るカモになる。
――レナが、何時もそんな事を言って居たよ」
由紀はオレのスマホに目を落とすと、
「ボクが、このサイトを見る限り、作者の目的は明確だよ」
「何だよ?」
「世論を煽って出来るだけセンパイの心証を悪くして厳罰にする。
出来れば、天使にして同じ彼女と屈辱を与えて、手を汚さず合法的に殺すのが目的だったと思うよ」
オレの顔をみた由紀は、目を細めて憐れみの表情で、そう言い切った。
――この書き込みは、オレを殺すのが目的だった、と。
「……何のため……」
泣きそうな表情のオレは、その先を言おうとして言葉を止めた。
――オレを殺そうとするのは、殺された彼女の復讐のためだろう。 オレをレイプして殺し、もう居ない彼女の無念を晴らす。
――そんな事は判り切っている。
そして、その相手と言うのは、木戸 亜由美と深い関係にあった人間だろう。
つまり、小梨しか居ない筈……。
「でもね、今は最初の目的が変わって来て居ると思う。
殺すつもりなら、天使の体になじませるリハビリに半年もかけないよ」
「そうなの?」
由紀から聞く、天使の体になじませるリハビリの新事実。
自分の半年って、例外的に長いんだ……。
――そう言えば、リハビリの時にあゆむが文字通りつききっきりで、オレの着替えの事とか、天使の体の事とか手取り足取り色んなことを教えてくれたっけ……。
「そうだよ、殺す娘のために色々教える必要は無いしね。
天使には最低限の事だけ教えるから、よくかけて2~3ヶ月だよ。半年って初めて聞いたかも」
「へぇ……」
「ボクの時は1週間も無かったですよ。
リハビリの時、ワンピースの裾をまくって教官におしとやかにお辞儀をしたら感心されて、逆にゴリラのような婦警たちに『女らしい仕草の手本になってくれ』、と頼まれたからね」
「……」
「リハビリに半年も手間をかけたと言う事は、復讐者が殺す気は無い筈だからね。 逆にセンパイを守りながら、ずっと可愛がっておこうと言う感じだと思うよ」
真顔で締めくくった由紀の話を聞いて、あゆむの態度の意味がやっと分かった。
オレは、この世界にたった一人で、殺される為に放り出されたと思っていた。
でも、実は違っていた。
何時もあゆむに護られていた。
あゆむは、本心では亜由美を死に追いやったオレのことが憎くてたまらないはずなのに……。
それをおくびにも出さず、オレを恋人のよう接してくれている。
あゆむと過ごしたホテルの出来事や、何気ない日常の景色が頭に浮かび、胸がきゅんとしてきた。
――自分は天使で、あゆむは男なのに……。
「センパイ、それだけじゃないですよ。
決定的なのはコレです、ここはハンター専用サイトだけど、コレをよく見てくださいよ」
由紀はそう言うと、自分のスマホを見せ付けた。
開いていたのは、小梨が見ていた物と同じサイトだった。
長くなりそうなので、ここで投稿です~。
後半は早めに出します、こうご期待っ!