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闇の邂逅 前編

 アレから小一時間。

 今、制服姿のオレとスーツ姿のあゆむの二人は、例のお菓子屋(ワシントン)を出て、川沿いのLEDの青白い街灯が照らす歩道を二人横に並んでトコトコ歩いている。            

 行き先は、二人の住処であるマンション。

 街路樹が並ぶ川沿いの歩道は、町の中心部に近いせいか、遅い時間だが帰宅するリーマンとか、カップルで人通りは結構あるようだ。

 流石、市内と言う感じかもしれない。


 「あゆむ。 カヌレ、儲かったね~」


 そんな中、オレは自分が大事そうに抱いている茶色の紙袋を、満面の笑顔を貼り付けながら、じっと見ていた。

 袋の中身はカヌレ。この紙袋は、あの後、お菓子屋の店主が二人に持たせてくれたものだ。

 ――賞味期限寸前とは言え、良いラムの香りが漂っている。

 だが、一方のあゆむは紙袋をちらりみると、顔をひきつらせイケメンに似合わないような渋面を浮かべながら、「私たちはコメディアンか、新種の地上げ屋か……」、とポツリ、グチをこぼすが、あの姿を店内で見せたら仕方がないとおもうんだけど……。


 「二人が店内でイチャツク姿をアレだけ見せたら、ある意味そうなるよねぇ~」


 オレは、そう言うと小悪魔のように口角を上げ、あゆむの不機嫌そうな顔をジト目で見つめた。


 「確かに、そうだったな……」


 言葉をにごし、恥ずかしそうにほおをポリポリ掻くあゆむ。

 そう、あの後も抱きしめなられたオレが あゆむが食べようとするお菓子をキスで奪い合うと言うような、典型的なバカップルのような事が数回続いたのだった。

 ――しかも他のヨッパの客が、店内をチラ見しては、おれ達を遠慮してか きびすをくるりとかえす連中も出る中で。

 殆んど罰ゲームのさらし者状態で、有る意味営業妨害だろう。

 否。 これは間違いなく営業妨害だ。


 そんな訳で、最初は ほほ笑ましく見ていた店主も、最後には苦笑いになり、最後には声を震わせながら、この袋をオレの前につき出して、


 「二人の仲が良いのは分かった。

 続きはコイツを使って、家でもベットの上でも好きなところで、口でも胸でもマタでも好きなところに挟んで存分にやってくれ。

 ――悪いが、そろそろ閉店時間なんだ」、と白衣を揺らしながら目尻を少しひくつかせ、廃棄するお菓子をダシにして二人の背中をおしながら 店から追い出しやがった。


 まあ、ヨッパあいての書き入れ時に、他の客が気兼ねして入れない状態なら、有る意味当然だけど……。


 「今、冷静に考えればそうだが……、この私がタダで貰うとは……」


 イケメンに似合わない渋い表情で、袋をみながらグチをこぼすあゆむ。

 どうやら、タダでお菓子が貰えたのが お気に召さないようだ。


 「考えたら負けだよ、もらえたら勝ち」


 オレはニヤリ口角を緩めると、きっぱり言い切った。

 ――貰えれば勝ち。と。

 パンの耳とか、この姿にされる前はパン屋でよくタダで貰ってたしね。

 で、家に帰って、揚げパンの耳とかで美味しくいただいて食費を援けていたしね。

 そんな訳で、我が家の家訓は「もらえたら勝ち」、だったのだ。


 「そういう問題か?」

 

 オレのハジも外聞も何もない意見に、あゆむは顔をひつくかせる。

 だが、そういう問題だよ。

 ――武士は食わねど高楊枝というけど、プライドではおなかが膨れないしね。


 「――でもさ。

 あゆむって、ムキになって時々回りが見えなくなるよな……」


 オレがあゆむの顔をみながら、ポツリ口に出したのは本心だった。

 この前の天使の翼の壁画の一件にしろ、今回にしろ、何時ものあゆむらしくない行動だ。

 少し冷静に考えればわかるのに、些細な事でムキになってしまうとか、あの悪役令嬢(木戸亜由美)そっくり。

 ――まあ、似た性格だからつきあって居たんだろうけどさ。


 「……」

 「あゆむ?」


 あゆむが返事をかえさないと思ったら、彼の視線の先に居たのは、キジネコと若い夫婦。

 ネコはしっぽを振りながら、旦那がベビーカーを押した若いカップルに鳴きつきエサをねだっていた。

 暫く見ていると、あかちゃんを抱いた奥さんにせかされたのか、男の方が買い物袋の中にあった、ソーセージか何かを取り出しネコにエサをやっていた。

 ――どうやら、これは奥さんが主導権をにぎっている、「かかあ天下」だなこりゃ……。

 ほほ笑ましい光景に足をとめ、その光景を見て耳をすませていると二人の声が聞こえてきた。


 「この子は私達の結婚のきっかけとなったセンパイが可愛がっていたネコちゃんだから……。

 あの人が生きていたら、きっとエサをあげたはずだからね……」

 「そうだな……。

 ――あの人には、色んな意味でお世話になったよな……。」


 そう言うと、旦那はマユをヘニャっとさせながら、座り込んで、ネコにしんみりしながらエサをやっていた。


 「私たちがこうして結婚できてるのも、面倒見が良い先輩のおかげだからね……」

 奥さんの方も、表情を曇らせ悲しそうにポツリそう言うと、次の瞬間、顔を文楽のガフのように凄まじい形相に変えながら、トーンを落とし、

「あんな優しいセンパイを乱暴するなんて、許せない……」、短く言葉を区切り、

 「犯人の男は、天使にされていると言うし、アイツを見つけたら……」、殺気を込めた強い言葉で更に続けていった。


 「――お姉さまがやられたように、アイツを素っ裸にひん剥いてやって、前と後ろ二つのアナに両手をぶち込んでやって、奥歯をガタガタ言わせながら、お姉さまの墓の前で土下座させてやりたいわ……」


 と、凄い表情で、コブシを握り、恐ろしい事を、サラリと言いやがった。

 目を血走らせた表情から、本気の殺気がほとばしるのがわかる。

 ――彼女にとって大切な人を奪われた、やり場のない憤怒や悲しみがマグマのように湧き出すのが判った……。


 「……」


 ――コレが、犯罪によって大切な人を奪われ、そして、残された人たちの思いなんだ……。

 きっと自分が犯してしまったアノ人も……。

 そう思うと、自分のムネが締め付けられるように苦しくなってきた。

 ――コレが、自分が背負わないといけない罪なんだろう……。


 「にゃ……」


 オレが表情を曇らせ、そんな事を思って居ると、ネコも異様な雰囲気に充てられたのか夫婦から離れていくと、当然、夫婦も何事もなかったかのようにまた歩き出していく。


 「……」

 

 そんな修羅場の光景を、あゆむ何か思うことがあるのか、表情をゆるめて、その光景をじっと見つめていた。

 

 「あゆむ。 もしかして、知り合いだった?」

 「ああ、ちょっと思う事が有ってな……」


 言葉を濁しながら返事を返す、あゆむ。

 次の瞬間、その理由がすぐわかった。


 「あ、キジたんの方をみてたんだね」


 先ほどから夫婦に甘え、次にあゆむの足元にすり寄ってきたネコは、「キジたん」だったからだ。

 「キジたん」、と言うのはこの近くでは有名なキジネコで、すらっとした長いシッポ、狭いひたいにはクレセントのような白い毛が生えているのが特徴的なノラ猫だ。

 ――アルテミスと呼ぶ人も居たっけ? 実はオスなのに……。

 人懐っこい性格とチャーミングな見た目から、この界隈のアイドル的な存在だ。

 そういえば、オレも時々エサをやってたっけ。

 大の男がネコ好きで、ネコと知り合いとは、恥ずかしさもあって、大っぴらに声を大にして言えないだろうしね。


 「そんな所だ」


 表情を緩め返事を返すあゆむ。

 でも、あゆむが表情を緩めながらネコを見るのも判る。

 これだけ可愛いネコだもんな。

 しかし、あゆむがネコ好きだったとは意外だったな……。

 もっとも、ネコはネコでも巨大なライオンやトラの方が好みかも知れないけどね。


 「にゃ~にゃ~」

 ――すりすり


 そんな事をおもっていると、気が付けば、次にキジたんは もふもふの体をオレの足にすり寄せて来た。

 コイツには、前エサをやっていたオレの事が判るのかな?


 「ごめんね、今日は何時ものモノが無いんだ」


 オレはそう言いながら、しゃがんでキジたんのもふもふの頭をなでてやった。


 「にゃ~にゃ~」


 キジたんは鳴きつつもエサがもらえないのが判ったのか、うらめしそうにこっちを見ながら、別の人へ歩を進めていた。

 今度は魚肉ソーセージでも もってくるよ。

 

 「ぎにゃ!」


 次の瞬間、きじたん は叫びながら逃げていった。

 ネコが逃げ、そこに転がっていたのはコーヒーのポーションを逆さにしたようなこげ茶色の物体。

 ――カヌレだ。

 ネコにそれがあたって逃げたらしい。

 ひどい。 ネコをイジメるなんて人間のやる事じゃない、極悪人だ!

 あゆむも、気に障ったのか ムッとした表情を浮かべていた。


 「何するんだよ?」

 「ネコにエサのカヌレをやりたかったんですけど、……手元が狂ったようですわ」


 オレの抗議に返事を返したのは、真っ黒なパーカーを着、フードを深く被ったヤツだった。

 そいつは左手に黒い指貫手袋をして、無地の紙袋をもちながら、オレたちの前まで歩をすすめ、ぽつり呟くように言葉をつづけた。


 「まあ、たまにはそんな事もありまっせ。許してくださいな」

 「……」


 オレは目を細め、不信感ありありにそいつを見つめた。

 ネコがカヌレを食べるか、普通? 

 カヌレが好きなのは、ネコはネコでも、ネコ違いだと思う。

 コイツは、絶対にワザとネコにカヌレを当てたんだろ……。


 「……」


 フードの人間は、オレの表情から何かを感じたのか、薄ら笑いを声に乗せながらさらに言葉を続ける。


 「――でも、この方がアイツのためだったかもでっしょ?」

 「――どうして……?」


 オレは、思わず呟くように尋ねるが、あゆむはその言葉の意味が判るのか、無言ではあるが複雑な表情を浮かべていた。

 だけど、オレには その言葉の意味は理解できなかった。 

 ネコにカヌレを当てた方が、キジたんの為、と。


 「世間知らずのお嬢さん。 あなたに判らないのなら、教えてあげまっせ。

 ――人の悪意を知る大切さを。 自分が痛い目にあう前に、人を信じない事、人間は怖い物、と教えてあげる事も大切な社会勉強なんでっせ……」

 

 フードの男は、そう信念を込めたような強い口調で言い終わるとフードをあげ、ゆっくりかぶりを振った。

 

 「おひさぶりですね、可愛いおじょうさん」


 其処に居たのは、茶髪で糸目で吊り目の人物。

 なにより特徴的なのは、人間を全否定するような暗い焔を目に浮かべていた。

 ――コイツは、この前ホテルで会った北村(きたむら) (あきら)だ。


 「……」


 彼の言葉に あゆむは何か思う事があるのか、感情を殺し無表情をつらぬく中、オレは言葉を失い表情を曇らせた。

 コイツの言葉に反論する言葉が見つからなかったからだ。

 人の悪意、人を信じない事、人間は怖い物と言うことを知る事は大事、と言うのは、何時も連帯保証人にされて何時も貧乏くじを引いていたお袋を見ていて、身に染みて判っていた。

 ――人間は善意の固まりじゃない、むしろ悪意だらけだと。


 「その表情、お嬢さんにも理解してもらえたようですな」


 オレの表情を見て、北村は勝ち誇った様な表情を浮かべ、さらに言葉を続け、


 「しかし、小梨さんとこんな場所であうなんて、しかも杏子さんと一緒なんて奇遇ですなぁ」


 コメディアンのような調子で言い終わると、彼は死んだ魚のような目に暗い焔を焚きながら、苦い顔で茶色い何かを袋から取り出してかじりつく。

 だが、オレはかじりついたそれが何かスグに分かった。

 ――コーヒーのポーションを逆さにしたようなのあの形と色、そして豊かなラムの香り――カヌレだ。

 今食べてるし、前回も見たから知っていた。

 もっとも、前回はコイツのせいで食べ損ねたんだけどね。

 でも、ちょっとだけ香りが薄いかもしれない。

 ――自分が食べてるのと同じくらい。


 「――」


 そう言うと、北村は、オレにも聞こえない小声で、何かつぶやくように言うと、かじりかけのカヌレを苦い顔で食いちぎっていた。

 

長くなるので、前後2つに分けました。

後編は、早めに投稿します。

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