店の真実
「きょうこ。 ここが例の店だ」
あれからしばらくオレとあゆむの二人で薄暗い路地を歩き、たどり着いた薄暗い路地裏にある小汚い作りの店を前にして、あゆむは真面目な表情を浮かべながら言い切った。
ここが目的の場所だと。
「――ここがねぇ……?」
オレはそう言うと、うさん臭そうにポツリ渋面を浮かべると、スーツ姿のあゆむの顔をジッと見つめた。
――絶対にロクな物が出ないでしょ? と思いつつ。
その店は、メインストリートから一本奥に入った薄暗い路地にあり、時代から取り残されような猫の額ほどの広さのうす緑の洋館風の作りだった。
だが、店の入り口は白いペンキが剝げてボロボロ。
その上、ショーウインドウ、そして中にあるお菓子のサンプルにはホコリのかぶっており、外にある黒板の看板の塗装は剥げていた。
そして、看板には『すごい美味い』とか『ヤバイ美味さ』といったチョーク書きの文字が並び、どうみてもロクなお菓子を売って無さそうな店だ。
どう見ても、一見さんは逃げ出すレベルの店構えだ。
――もっとも、この辺りに店を構えると言う事は、酔っ払い相手にボロイ菓子を高値で売りつけるなら丁度良いくらいの店なんだろうけど。
「こう見えても、この店がタウンサイトの最新版で紹介されている店だ」
「ほぉ……」
オレはそう言うと、目をぱちぱちさせながら思わず店を二度見した。
何度みても、何処からどう見ても、タダのくそボロの店にしか見えないんだけど……。
「――お前には、マダ判らないかもしれないな」
あゆむは目を細め、オレをみながら表情をゆるめ、そう言うと、さらに続けてゆく。
「この店は、コスメとかネイルサロンとか載っている女性向け街情報サイトに、最近何度も載り始めた店だ。
そんなタウンサイトにまだ興味ないお前が、この店の事を判らなくても仕方ない」
あゆむは優しい声色でそう言うと、
「――自分のヨミが正しければ、今回もこの店にハエが現れるはずだ」、と真顔で締めくくり、イケメンに鋭い表情を張り付け、店に周りを見回してゆく。
「情報誌に乗っていた店と、ハエが一体何が繋がりなんだよ?
本当にここに出るの?」
オレは目細め、あゆむの表情と店を交互にみつめた。
いくら何でも、コレは都合よすぎでしょ? と。
――あゆむは何か気が付いたようけど、頭の悪いオレにはドーナッツやらケーキやらカヌレの繋がりが全く見えてこないんだけど……。
自分が気が付かない何かの繋がりがあるの?
ハエが出るにしても、本物の昆虫のハエなら、こんな小汚い店になら飛び交っていてもおかしくないけどさ……。
「蝿が食レポに上げたスイーツは、ドーナッツにしろ、ケーキにしろ、全部同じ女性向け情報サイトの最新版で一押しのモノだった」
あゆむはそう言うと、真顔で、「蝿が此処に現れた可能性はある」、と自信を込めて言い切った。
「へぇ……。
……あゆむは男なのに、そんなタウンサイトの事よく判るな」
オレはあきれ顔になると、ため息交じりに、あゆむの女性誌まで網羅する情報網に思わず感心していた。
――もっとも、最初の時にコイツにつけれたら下着の一件もあるし、そんな事も調べるのも仕事の一環なんだろうけど、其処まで詳しいとはねぇ……。
――全くもって変態的に仕事熱心だこと。
「……昔からの抜けないクセでな……」
オレの表情から何かを感じたのか、苦笑いするあゆむはそう言うと、目を細めながら言葉をにごした。
「なるほどね~。
あゆむも、必死でモテるために、色々調べた時代があったんだね~」
「そういう事にしておこう」
オレがニヤリと口角をあげ返事を返すと、あゆむは表情をフッとゆるめた。
彼のその表情から、言葉をにごす理由が何となく理由が判ってしまったからだ。
モテる為に、必死で女性向けのタウンサイトを読み込んで、頑張っていた時代があったと。
――どんなイケメンも、モテは一日にしてならず。 そんな感じかな?
「……詳細は黙秘するがな……」
あゆむはそう言うと、表情を戻していた。
――やはり、か。
「だけど、どうやってアイツを見つけるのさ?
カヌレ買う客全部が容疑者だったら、町中のヨッパが犯人だよ?」
オレの言葉を聞いて、あゆむはニヤリと口角をゆるめた。
「ここの店はこう見えても、たびたびあのサイトに出ている。
――そして、今日気が付いたんだが、ハエの食レポで出ていたお菓子はここの店の事が数回あった」
「へぇ……」
オレはまたしても、あゆむの情報網に舌を巻いていた。
――よくお菓子の事が判って居られること、と。
「――あの時、フルーツケーキのワンホールを買い、そして、その前のドーナッツ、更に前の時に出ていたマドレーヌを買った客がハエの可能性が高い」
「なるほど、一理あるね」
あゆむが言うように、犯人を調べるのは、購入から引いていくのは基本だよね、
そこで調べてみれば、ダレが買ったかわかるよね。
そして、その購入履歴が重なったヤツがホシだと。
――道理だね。
「じゃ、いくぞきょうこ」
「うん」
そうしてオレとあゆむの二人は店に入って行く。
”
「――いらっしゃい」
オレとあゆむの二人が店のドアを開けると、シャラン、と軽やかなスズの音が響き、次の瞬間どこかで聞いたような男の声が聞こえた。
「……」
「……」
声の主をみつけたオレとあゆむの二人は、思わず声を失った。
其処に居たのは、パテシエが着るような白衣を着、ヒゲをたくわえ、柔和そうな表情を浮かべた小太りの初老の男だったからだ。
「……たしか、ボストンの……」
オレは彼をみながらポツリそう言うと次の言葉が出なかった。
――オレが好きだったお菓子屋「ボストン」の店主がこんなところに居たからだ。
まさか、こんなところで合うとはねぇ……、世界は狭いよね。
あゆむは既にリサーチ済なのかと顔を見て見ると、イケメンに似合わないような渋面を浮かべながら気まずい雰囲気を漂わせていた。
――イメージで言うと、バイキングで荒らしまわった店に、いけしゃあしゃあと再入店するような表情だろうか?
「良く知ってるね。 自分の記憶にないけど、お嬢ちゃんはあっちの店の馴染みだっけ?」
店主はオレの発言に軽く首を傾げながら、そう言うと、ガハハハッ、と快活に笑い、
「ちなみに、あっちは少し休業中だよ。 今は、こっちの立て直し中、バカ弟子が予想以上のポンコツでね……」
、と店内に居た紺色を着た情けない顔をした中年のスーツ姿の男に厳しい視線を送った。
「……師匠、すいません……」
次の瞬間スーツ姿の男は、恥ずかしそうに頭をポリポリ書いていた。
「そうなの?」
店主の口から聞くボストン閉店の新事実。
いや、閉店じゃない、タダのお休みか……。
「あっちの店しめたの、お菓子を食い荒らす迷惑な客が来たからじゃなかったの?」
「あ~、あの娘たちか……」
店主はそう言うと、あの時をおもいだしたのか笑顔を浮かべ、
「懐かしいねぇ、あのふたりが店のマカロンを全部食い尽くして、更にカヌレを殆ど食べたんだっけ?
――アレは自分のとっては、良い思い出だよ」
、と笑顔で遠くを見るような視線で締めくくった。
「そうなの?」
「アレはパテシエ冥利に尽きたよ。
未熟な自分が作ったお菓子を、あの娘たちはボロクソに言いつつも、お菓子を口に居れた瞬間、笑顔を浮かべながら、美味しそうにむさぼるように食べて頂けたんだから、あの時は流石に涙腺がゆるんだね」
店主は、過去の武勲を語るような口調で、胸を張り自慢げにその時の事を嬉しそうに語り終えた。
なるほどね、お菓子をぼろクソに言いつつも、食べた瞬間の表情はごまかせない、と言う事か。
――美味しい物を食べて、苦い表情を浮かべるのは難しいだろうし。
そうして、お客様にお菓子を山ほど食べて頂けたら、パテシエは作りて冥利に尽きるというかんじだね。
「……確かに、あの時のマカロンとカヌレは美味しかった……。
――と聞いて居る」、と、気が付けば、あゆむはつきものが取れたような表情でポツリこぼしていた。
「あゆむ、どうしたの?」
「――個人的な事だ……」
あゆむはオレが尋ねると、表情を何時もの真顔に戻し、更に言葉をつづけた。
「店主に聞きたい事があるんだ……」
あゆむはそう言うと、例の件を聞き始めると、スーツ姿の店番は店長を見ながらクビを少しかしげ、
「――あの雨の日って、ココではケーキのワンホールなんて全部売れ残った日じゃなかったでしたっけ?」、と尋ねると、店主は顔をしかめながら、「――たしかその日は、全部ケーキのワンホールが売れなかった日だった」、と忌々しそうに締めくくった。
あゆむが更に尋ねるが、ドーナッツの時にしても、殆ど同じ答えだった。
――その日は、その種類のドーナッツは売れていないと、と。
「――あゆむの推理は、大外れなんじゃない?」
オレはうさん臭そうな目で見ながら、あゆむをジッと見つめた。
――アイツの正体が簡単にわかったら、苦労はしないよな……。
「……」
あゆむは、バツ悪そうな表情を浮かべると、唐突に「お菓子を少々貰うぞ」、と言い、店内の陳列棚にあったマカロンやカヌレを何個か手に取ると会計を済ませはじめた。
――これは、お菓子でオレを買収する算段かっ?
まあ、良いけどさ。 美味しい物が食べれれば勝ちだしね。
「さて、このお菓子を……」
あゆむはニヤリ表情を邪悪にゆがめ、マカロンの包みを慣れた様子であけると、案の定、オレの目の前に差し出した。
「おっ!」
コレは食べれるチャンスかも!
あゆむも良いとこあるじゃん……。
と、思いオレがお菓子をかじりつこうとすると、あゆむはお菓子をサッとオレの目の前から引き、サッ、と自分の口の中に入れやがった。
――ひでぇ……、鬼だ。
「お前が、食べれるとおもったか?
……貴様に食わせるとは、一言も言ってないからな」
「ぉぃ……」
あゆむは食べ終わると、満足げにぬかしやがった。
その様子にオレは思わず渋面になる。
「さて、2個目を……」
あゆむはそう言うと、今度はカヌレの包みを開け、またもやオレの目の前の差し出した。
「――今度こそ……」
オレがカヌレに手を伸ばそうとした瞬間、あゆむはもう片手でオレのむねのあたりを腕もろともぎゅっと抱きしめ、動きを封じ込めにかかってきやがった。
ぎゅっと抱きしめられたら、当然。手が動かせないよな……。
それ以前に、人前でだきしめられ、恥ずかしさで顔が真っ赤になってくる。
――鬼だ、コイツは……。
「――これで、お前は食べれないだろう」
あゆむは満足そうに表情を緩めると、オレの口の前でカヌレを踊らせはじめやがった。
美味しそうなラムの香りだけが、オレの前に漂う。
「むぅ……」
オレは思わず不満たらたらの表情をうかべながら、ジト~っとあゆむの顔を見つめた。
――だが、あゆむはオレに食わせる気はない様だ。
口の近くに持って来ては、遊ぶようにスグに遠ざけている。
「……」
店主の方に視線をずらすと、彼らは、熱々のバカップルを見るような感じで愉快そうに見ていやがる。
――食わせてやれと言う気はさらさらないようだ。
「……さ~て、コイツも私が頂くとするか……」
あゆむが愉快そうにお菓子をオレの口元からひき、自分の口にくわえた瞬間、そのチャンスはやってきた。
「――油断大敵だよ、あゆむ」
オレは ニヤリ口角を邪悪に上げると、自爆テロなみの作戦を決行する。
「片手で抱かれて腕は動かせなくても、首から上は動くんだよねぇ」
オレはそう言うと、あゆむがくわえていたカヌレに、ヒョイと首をのばしてかじりつく。
当然、キスをするような感じなったけど、食えれば勝ち。
――何ともいえない優越感が漂う。
「……」
あゆむの方も、いきなりキスをされ、目を見開き、イケメンに、ほんの少しの驚きと、まんざらでもない様子で満足そうな優しい表情を浮かべていた。
――この様子は、どうみても傍から見たら、熱愛のバカップルに間違いないだろう。
真相は違うんだけどね。
――店主たちのオレたちを見てクスクス笑いが聞こえるけど、気にしたら負け……。