負けないもの
「小梨さん、緊急の要件よ」
いい雰囲気になっていたオレとあゆむの前に現れたフェイトは、整った顔に似合わないイタズラっぽい笑顔を浮かべながらウインクをした。
この人は、どうやらオレたち二人に甘い空気が漂っているのが判っていて、あえて声をかけたらしい……、
――これは確実に確信犯だな……。
「……」
そう思うと、オレはジトッと恨めしそうにフェイトを見ながら、食事中にエサ皿に乗ったエサを下げられた猫のように、悲しそうな顔をしていた。
あゆむから折角の本音を聞くチャンスが、すね毛だらけの足が生え遥か彼方にドカドカ走り去るのを感じたからだ。
確実にいい答えが貰えそうだったのに……。
この人、頭が良いのだけど、その分 子供のようにイタズラ好きなのかもしれないな。
――周りは良い迷惑だよ……。
「――フェイト、一体何だ?」
あゆむも同意見なんだろう、スッと立ち上がりオレから顔を離すと、不機嫌な表情を浮かべ、此れでもない位に不満そうな声で彼女に返事を返していた。
誰でも、お楽しみの所を邪魔されると、そりゃそうなるよなぁ……。
こんな状況になれば、温厚なブッタでも一発目でブチ切れるだろうし。
「お楽しみの所を邪魔して悪いけど、小梨さん、私の要件は2つよ」
フェイトは笑みを消し、真顔になると、澄んだ瞳であゆむを見つめながら、更に言葉を継いでゆく。
「一つ目。 貴方に頼まれた例の調べ物の件だけど、病院で調べた彼の電子カルテには改竄の跡は無かった。
――だけど、内容が綺麗すぎて逆に違和感があるわね」
「……まさか?」
彼女の言葉に、あゆむは目を見開き表情を固める中、フェイトは 「アナタの想像通りよ」、と静かにうなずくと、「彼の出生からのカルテには、必要な事だけしか記録されて居ない。
――しかも、入院時には、退院までドクターが指示した時間に、毎回一分も違わずキッチリ同じ時間にお薬を飲み、採血をうけ、そして当初の予定通りに退院していたわ」、とフェイトはクールに締めくくった。
「――なるほど……」
あゆむは鋭い表情で、腕を組みながら遠くに見えるビル群の夜景に目を向け、
「――コレが、明日香が話していた例の件か……」、と、彼は何か納得したように締めくくった。
「あゆむ、どういうことなの?」
オレは二人の会話に付いていけず、頭の上に「?」マークが浮かび上がってくる。
あゆむは彼女の話を聞いて理解できたのだろうけど、頭の悪い自分には出来る訳はない。
出来たら苦労はしないのだけどね。
「カルテの改竄がコードレベルから高度に隠蔽され、改竄した痕跡すら消されている可能性が有り、それをする必要がある何かがあった。
そう言うことだ」
「……」
あゆむはさらりと説明するけど、オレは更にクビをかしげた。
彼の難解な説明はオレの頭は理解できるわけでもなく、更に混乱し、さっぱり何が何やら状態になっていった。
――自分は二人と違い、そこまで頭が良くない訳だしね。
「杏子ちゃん、不完全こそが人間と言う事よ」
フェイトは、子供を見るような優しい視線でオレを見つめ、
「人間である以上、機械のように予定通りには出来ない。
――けれども、あの記録はそうなっていた。 つまり、コレはきっとねつ造された記録と言う事よ。
つまり、あの病院には、そこまでして隠したい何かが有る……、
――そう言う事ね」、と締めくくった。
フェイトは、オレが理解出来ていないのは織り込み済みのようだ。
子供でも分かるように分かり易く説明してくれて、自分はやっと二人の話に追いつけた。
――あの病院には秘密がある、と。
「「あの病院には隠している何かがある」、までは何とか理解できたかな……」
オレは表情を曇らせ、呟くように返事を返した。
……この人は、流石、デザイナーズベイビーというだけあって、頭いいよな……、オレの何倍良いんだろ?
それに、頭だけじゃない、顔だって小顔で美の理想の顔だし、髪も銀髪でながれるようにサラサラ、スタイルだってモデル以上かもしれない……。
それに比べて自分は全部、この人に確実に負けてるよな……。
そう思うと、胸の奥が苦しくなってくる。
「杏子ちゃんが判ったところで、二つ目の件だけど……」
フェイトはオレの表情から何かを察したのか、憂いをおびた表情でそう言うと、何か思う事があるのか、紫の澄んだ瞳であゆむをじっと見つめながら言葉を継いだ。
「私たちは、「タダの同僚」、それだけの関係じゃないわよね?」
「……」
彼女の言葉を聞いて、あゆむのイケメンの顔に汗を浮かべ表情が険しくなる。
今までに数度しか見たことのない、焦りと不安が入り混じった表情だった。
「――あの時、二人で秘密を共有したのでしょ?」
フェイトはそう言うと、真面目な顔をしたまま此方に銀髪をゆらしながら、つかつかと歩み寄り、あゆむを顔をじっと見つめたまま彼の方へ顔を近づけてきた。
この時、やっと彼女の真意を理解する。
あゆむとこの人は恋人関係で、オレたち二人がいい雰囲気になって居たのが判っていて、あえて声をかけたのは、あゆむとオレをくっつけさせない為だったのだろう。
――つまり、あゆむとフェイト、二人の仲を壊させないための手段、だと。
その瞬間、背中に冷たい物が走り、同時に胸の中がカーッと熱くなる。
「――あゆむ」
オレはあゆむ声をかけると、立ち上がりざま、驚きの表情を浮かべた彼に腕を回しつつ、自分からキスをしていた。
そして、オレは彼とフェイトの間にはいると、体を震わせながら強い視線で彼女を見つめた。
「あなたに、あゆむは渡さないっ!」
――本気で争うことになったら、勝てそうにない……、
頭だけじゃない、顔だって、スタイルだって……、きっと腕力でも負けると思う。
それ以前に、自分は天使、争う以前の問題だろう。
――だけど、だけど……。
彼を思う気持ちはだけなら、負けない、ううん。
――誰にも負けたくない、彼女にあゆむを渡したくない。
それは、オレの本心だった。
「……ふ~ん、杏子ちゃんの気持ちはそうなのね」
フェイトはイタズラっぽい笑みを浮かべながら、オレとあゆむの姿を交互に楽しそうに見つめ、
「アナタが何を勘違いしてるのか知らないけど、私は既婚者で子供までいるのよ。
私は夫と娘を愛しているから、小梨さんとそんな関係になる訳はないわ」、と指を左右に振りながら笑顔を浮かべながら締めくくった。
「――えっ?」
オレは彼女に言葉に、かわいい顔も台無しになるくらいのアホ面を浮かべていた。
どうやら、自分の誤爆らしい……、
顔どころか耳まで真っ赤になってゆくのが判る。
――いたずら好きなフェイトさんに、またいっぱい食わされたかもしれない。
「彼女の言う通りだ。
――あれを誤解するとは、流石、たぐい稀なアホウだな」
表情を緩めたあゆむは、そう言うとため息交じりの呆れ顔を浮かべつつも、まんざらでもない表情を浮かべていた。
どうやら彼はオレの突然の告白に、驚きつつも内心は嬉しいのかもしれないな。
「アホウで悪かったね……」
オレはそう言うと、恥ずかしの余り、くるりきびすを返し、真っ赤になった顔をあゆむの胸にうずめていた。
自分の顔に細身だけど、筋筋の頼りがいのある感触が伝わってくる。
――同時に、「――お前がアホウなのは、今更だろう?」、と言うあきれ混じりにいいつつも、オレの頭を優しくなでる感触も伝わってきた。
――自分でも、あゆむの胸にオレの顔をうずめると言う、傍から見ても凄まじく恥ずかしい状態になってるのが判る。
傍から見れば、夜の路地で美少女がイケメンに抱き付いていると言う、サカリついているお楽しみの真っ最中にみえるかもしれない。
「杏子ちゃん。 今のは、確かにアナタの勇み足ね」
フェイトは声色を緩めながらも、
「――でも、さっきのは、あなたは凄く素敵だったわよ。
きっと私にはきっと真似が出来ないから。
杏子ちゃん、自身を持ちなさい。
――あなたは磨けば、誰にも負けないくらい光り輝くダイヤの原石だから」、と締めくくった。
「……」
あゆむの胸から顔を上げ、ちらりフェイトの方を振り向くと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「フェイトさん?」
「……」
オレに気づいたフェイトは、かぶりを振るとクールビューティな表情を浮かべ、表情を消していた。
――この時、オレは何となく理解する。
きっと、さっきの一件は、彼女がオレに自分の価値を教えてくれるためにやってくれたんだと。
もっとも、イタズラ好きなのも間違いないだろうけどね。