帰り道にて
由紀の所でのドタバタから小一時間。
今、オレはあゆむの隣に寄り添いながら、二人の住処であるマンションまで歩いている。
制服姿のオレとスーツ姿のあゆむの二人の歩くレトロな町並みの狭い道は夜遅いせいか静まり返り、青白いLED街灯の下、自分達しか見当たらない。
二人の足音だけが、暗い夜道にコツコツひびいている。
「……」
「……」
何時もなら、あゆむがオレをからかう目的で怖い話をして、オレがその話にまんまと震えあがり、最後にはあゆむの腕にしがみつくような、そんな抜群のシュチュエーション。
だけど、今はオレとあゆむの間には会話どころか視線を合わすこともなく、二人ともただ黙々と歩いている。
あゆむがフェイトと一緒にいた浮気現場のような事や、オレが由紀に一方的に押し倒されていた一件を含めて、自分から彼に話しかけれるような雰囲気じゃ無かったし、一方のあゆむも何か思う事があるのか、腕を組んだまま表情を固め、話しかけにくい空気を漂わせていた。
そんな訳で、二人の間には微妙な空気が流れている。
「あゆむ。 ちょっといいかな?」
永遠に続きそうな、とげとげした居心地のわるい空気を壊したのはオレだった。
足をとめ、覚悟を決めると、「すぅ」、と小さく息を吸い込み、真顔になると彼の眼をじっと見つめながら口を開いた。
「どうしても、聞きたいことがあるんだ……」
――このままあやふやで済ませてはいけない事、どうしても彼に聞いてハッキリさせて置かないといけない事があるから。
「何だ?」
小梨もオレの真面目な表情に、何か察したのだろう。
彼はそう言うと、足を止める。
そして、あゆむも真顔になりオレの顔をじっと見つめる。
聞こえるのは遠くに消える町の雑踏と、耳元をふきぬける風の音だけ。
みつめあう二人、ただ二人の髪だけが風にたなびいていた。
――青い街灯の光の下、ほんのひと時の沈黙。
「……さっき、あゆむがフェイトさんと居るのを見ちゃったんだ……」
そんな永遠の沈黙を壊したのはオレからだった。
死刑判決か無期懲役かの判決が確定する前のような張り詰めた空気の中、オレはフードコートの一件について、勇気を出して切り出し始めた。
「……あゆむと あの人の関係って……」
――オレは、彼の答えがどういう答えであっても、受け入れる覚悟だった……。
自分では覚悟はできていた、筈。
――けれど、体は正直だった。
いつの間にか自分の体はプルプル震え、声も震わせながら喋っていた。
「彼女とは、同僚というだけだ」
オレの問いに、あゆむは安心したようにイケメンの表情を緩めつつ、ハッキリそう答えた。
――ただの仕事の上の付き合いだけだ、恋人では無いと。
「――良かった……」
オレは彼の話を聞き、ふぅと胸を撫でおろす。
――死刑判決でなくて良かった、と。
そして、緊張から解放されて、自分は気が付けば制服のまま ぺたんと女の子すわりで地面にへたり込んでいた。
「紛らわしい事をするなよ、まったく……。
オレは本気で心配したんだから」
オレはあゆむの顔を見つめながらドクを吐きながらも、気が付けば自分の頬にあたたかいものが流れるのが判った。
――フェイトさんがあゆむの彼女でなくて良かった。 もしあの人とあゆむを取り合うことになったら、絶対に敵わないだろうから。
そうしたら、オレの未来は真っ暗に……。
「阿呆」
あゆむは短くそう言うと、オレの涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ため息まじりの半ばあきれ顔でみながら、更に続けた。
「お前が何を勘違いしているのか知らないが、先ほどの件は任務の一環でしかない。
私が彼女に頼んでいたコイツの受け取りと、彼女に頼まれていた服の受け渡しをしただけだ」
あゆむは真顔でそう言うと、スーツの胸ポケットからSDカードを取り出した。
ケースに入った真っ黒なカードには、白いシールが張り付けてあり『部外秘』、と書いてあった。
「……そういえば、そんな事やってたよね……」
オレはそう言うと、赤面しながら表情を歪め、思わず目を細めた。
そういえば、あの時フェイトさんが彼に何か渡していたような感じだったよな。
今回は、オレが深読みしすぎて、自分の心配し損の上に、オレの勇気を出して聞き損の自爆だってことか……。
――このままだと、オレが恥ずかしい思いをしただけの丸損だよな……。
ついでに気になってきたことも聞いてみるか、色々あった今なら、彼の本心が聞けそうだったから。
「――じゃあ、この際だから あゆむにもう一度聞いてみたいんだ」
「何だ?」
オレが真顔であゆむの顔をみつめながら問いかけると、あゆむも真顔になる。
「あゆむと あの人の関係は同僚と言うだけなんでしょ?」
「そうだ」
あゆむは短くそう言うと、表情をゆるめる。
「――じゃあ、オレとあゆむの関係は……?」
本心だった。
彼とは、何時も一緒に暮らしていて、恋人のように接してくれるし、何よりオレが困ったときには何時も助けてくれる。
あゆむは、「死ぬまでお前の観察人だ」といつも言うけど、これはただの「天使と観察者」、という関係じゃないのは オレにもその位はわかる。
だから、この際にもう一度聞いて置きたかった。
彼の本当の思いを。
「……そうだな……」
あゆむはイタズラっぽくそう言うと、座り込むオレの瞳を見つめたまま、膝を折りながら、スッ、と姿勢を低くしてきた。
二人の顔の距離が近づいてゆく。
「目を閉じて居ろ、阿呆でも時期に分かる」
「うん……」
真顔のあゆむの言葉に、オレは素直に目を閉じる。
――ほんの数秒も無かったはず、けれど、自分には数時間にも感じる瞬間。
オレの顔に、かれの温もりが空気越しにも伝わってきた。
――そして、あゆむの答えを待つ。
「小梨さん、取り込み中みたいだけど、ちょっとよいかしら?」
オレの耳に聞こえてきたのは、澄んだ声。
まるで鈴を転がす様な、心に響く様な、けれど、何処かで聞いた事が有る様な声だった。
「だれ?」
「……」
オレとあゆむ、二人同時に声の方に振り向くと、二人の側に居たのは黒のコートを着たロングの銀髪をした女性。
其処に居たのは、先ほど話していたフェイトだった。