ダークサイドプリンス?
「木戸亜由美は あんな些細な事でコイツを追い回したのではない。
――サークル絡みの一件だ」
小梨は真顔で由紀の話を否定すると、今度は由紀がバツ悪そうな表情を浮かべ、顔をぽりぽり掻きながら、汗をたらたら流し始める。
――やはり、か。
食い物の恨みや、メンツを潰されたと言っても、その程度の事でコイツをボコボコになるまで追いかけ回しはしないだろうしね。
そうなると、きっと、彼女も被害者だったのだろう……。 お気の毒に……。
そんな事を思って居ると、あゆむは苦々しい表情を浮かべながら言葉を継いでゆく。
「彼女は後輩の娘に付き添いを頼まれて、一緒にレイプサークルの幹部が出席するの話し合いの席に付き添ったんだ」
「話し合いの席?」
「彼女を頼りにしていた後輩が妊娠しているのが判ってな、その絡みだ」
凄まじい修羅場の光景が目に浮かんだ。
後輩がサークルのイケメンと付き合っていたつもりが、実は遊びで、最後にはハラボテ……。
――有りがちな光景だよな……。
それを親にも相談できず、頼れる先輩に頼んだわけか。
悪役令嬢には、相当カリスマもあったようだしね。
「彼女は最初静かに後輩の隣に座り聞きに徹していたんだが、泣きじゃくる後輩に向かい、
『はやいうちに堕ろせば? 今ならクスリでいけるよ』と平然と言ったボスの余りの外道ぶりに堪忍袋が切れ、外道の頬をテーブル超しに叩いたんだ」
「外道、というかそんな事を言うなんて人間のクズだね」
オレがシラーとした目で由紀を見ると、「レナにそう言えと言われていたし……」、と呟くように抜かすと、彼女はオレたちから顔を背けれるだけそむけ、バツ悪そうな顔をしてた。
――どういう事情であっても間違いなくコイツは外道発言を言ってるな……、もっとも オレも「レイプごとき」と言ったから、あまり言えた義理じゃないけど。
そんな事を思っていると、小梨は目を細めながら更に言葉を継いでゆく。
「反省せずに逃げようとするカスに、更にトドメのケリの一撃をいれようとしたら、外道の仲間三人が止めにはいってな」
「普通、そうなるよね」
「その連中を軽く叩いたら、不運にも全員キレイに顎や水月の急所にコブシや膝が入って一発で意識を刈り取られ、なかよく病院送りになっただけだ」
「……こわぁぁぁ~~~!」
これは絶対、不運じゃないだろ? 必然だろ?
彼女は極超音速兵器のような回避不能なコブシや膝を男たちの急所に次々と打ち込んだんだろう。
そして、その後の3連続で男がダウンする光景もアリアリと目に浮かんだ。
彼女が暴れる様子は猛獣だな、これは……。
「その隙にコイツはメンバーを置き去りにしてな。 我が身可愛さで、ひとり脱兎のように全力で逃げし逃げだしたんだ」
「……人間の風上にも置けないクズだね……」
オレがジトォっと由紀を見ると、彼女は立場が悪そうに顔をそむけたうえに、
「レナに『何があっても捕まるな。 捕まるくらいなら死ね』、
その位の気合で逃げてこいと言われたし……」と、呟くように言うと、バツ悪そうに更に頭をぽりぽり掻いていた。
――いうまでもなく身に覚えありだな……。
しかも幼馴染に責任転嫁してるしな……。 言うまでもなく こいつは、外道確定……。
「コイツの卑劣な行為に激怒した彼女は、逃げだした外道を追いかけて行き、看板の裏に隠れていたが、紙フクロを隠し切れずに居た奴を看板もろとも数回軽くはたいたが、不運にもコブシが板を貫き、その隙に、奴にはスルリと逃走をゆるしたんだ……」
「……とうぜんそうなるよね……」
というか、由紀が言ってる事は殆どマンマじゃん。
文字通り、ボコにされたんだな。
――まあ、コイツ悪いから、自業自得と言う感じだけどね。
「次にボスを追いつめたのはバリアフリーのトイレだった」
「……トイレ……」
「ああ、トイレに逃げ込んだんだ」
成程、逃げ場所としてトイレは悪くない……。
――けど、バレたら袋のネズミになるんだよね。
コイツは入る所を彼女に見られた時点で、終わったんだよな。
「そこで、こっちはスライドドアをけり開け、トイレの隅でガタガタ震えるコイツを文字通りつるし上げにして、改心させるため軽く叩いただけだ。
――もっとも、「ごめんなさい!」と、土下座をして謝るかと思った瞬間、四つんばいのままゴキブリのように逃げられ、あれ以来ずっと雲隠れしていたからな」
「……」
「今になって思えば、外人会長のようなあの逃げっぷりと、政治家のような身の隠し方はなかなかだった……。
――と聞いている」
あゆむは懐かしいモノを見るように、目を細めながら、苦笑いで話をかたり終えた。
軽くはたいたと言うけど、意識を狩らないように手加減して外道をフルボッコにしたのだろう。
で、土下座して謝るフリをした瞬間、油断してスルリと逃げ出した、と。
何処に隠れたかの興味はあるけど、逃げに対する執着と、そのスキルだけは凄まじいな……。
自分にも役に立つかもしれないから、一応何処に隠れて逃げたのか、聞いとくか……。
「よく逃げれたよな、どこに居たんだ?」」
「あの時は女子トイレに隠れたんだよ」
「女子トイレ~~?」
由紀は青覚めつつも、恥ずかしい顔で顔をぽりぽりかきなら女子トイレに隠れたとサラリと、ほざきやががった。
天使にされる前の話だから、つまり男で女子トイレに……。
――変質者と同類だな……。
「レナに言われたように女子トイレに逃げ込み、彼女から渡された紙袋に入っていた服に着替えて、恥も外聞も無く女装したからね。
――自分が女装したら、流石にあの娘も気がつかなかったみたいだよ」
「レナとあの時居た、包帯に眼帯した青髪の娘がお前か……」
あゆむは目を見開くと、何故か頬をひくつかせ悔しそうな表情を浮かべていた。
イメージで言うと、目の前に答えがあったのに見つけられなかった。 そんな表情だろう。
「うん、そうだよ。 あの姿はレナにも褒められた自分の十八番だから、結構似合ってたでしょ?」
「よくやるよ……」
由紀は頭をぽりぽり掻きながら、似合ってたでしょ? と言いやがった。
――こいつには恥も外聞もクソも無いのかよ……。
「恥かしくないのかよ?」
「恥より実益です。
――生存優先、最優先。
プライドなんかじゃ生き延びられませんから、あの後も街に出る時は、いつも女装のままだったんですよ」
由紀は真顔できっぱり言い切った。
――生き残るためには、恥も外聞もない、と。
「女装は恥だが役に立つ」、かよ……。
女装のままで、雲隠れして悪役令嬢の追跡をかわしていたって感じか……。
そうなると、木戸亜由美はサークルの被害者じゃないみたいだな。
「話を総合すると、お前はホントに彼女をヤってないんだな……」
「あの娘をレイプなんて、出来るわけないでしょ……」
由紀は怖い物を思い出したように、涙を浮かべながら、さらに言葉を続けた。
「アノ後、女装していた時に、彼女を一度ちらりと見たけど、指先ひとつどころか、鋭い視線があっただけで殺されそうになりましたから。
一瞬で、アッチが捕食者でコッチは食われる立場と判らせられましたよ」
「格の差だね……」
マジでこえぇぇ。
視線があっただけで殺されるって、伝説の化け物かよ……。
あゆむは、由紀の話を聞くと顔をヒクつかせていた。
――いくら何でも言い過ぎだ。そんな表情だった。
「そんな彼女をレイプなんて、酒で酔いつぶさせてもむり、ケタミンなんかの麻酔で眠らせても絶対に無理、麻酔が効く前にこっちが永眠させられます!!」
由紀は、彼女の恐怖を思い出したのか、無理無理と、首を扇風機のようにブンブン左右に振りながら涙ながらに言うと、こっちをジッとみつめながら、
「そっちは悪役令嬢をよくレイプ出来ましたよ……。
お気に入りの娘を人質にとるとかで弱みを握って、その後、スタンガンとか結束バンドとかクスリとか入念に準備したにしてもすごいですよ」
「それほどの事でもないけど……」
凄い事と言う由紀に、オレはそれほどでもないと、恥ずかしそう答えた。
自分は夜道で彼女に出会ったとき、甘いニオイに誘われて、焼き魚にさそわれる猫の様に、「にゃあ~」という感じで計画も何もなしで、彼女を押し倒し、本能に従って行動しただけなんだけどね。
あゆむは無言ではあるが、バツ悪そうな表情を浮かべていた。
――その表情を見て、今更ながら、恐怖がわいて来た。
われながら、よく襲いかかれたものだと……。
で、生還できたものだと。
知らないとは恐ろしいことだ。
「ただ、普通に押し倒しただけだよ……、お前でも出来たよ……」
「こっちは絶対に無理ですよ」
「何かあるの?」
「ボクが浮気をしようものなら、その夜此方がレナからもっと恐ろしい事に……」
由紀は何かを思い出したのか、痛そうに尻を押さえていた。
なんだろ?
まさか、痔か?
「恐ろしい事?」
「彼女の性癖、倒錯嗜好あったから……、僕を紙のドレスで女装させて……」
「その先はいい」
オレは、尻をおさえながら渋面で語る由紀の言葉をさえぎり、気の毒そうに肩をポンポン叩いた。
何となく、その先が見えてしまった。
レナという娘は、男性に女装をさせて辱める行為を通じて性的快感を得る女性かよ……。
聞いてるこっちまで、なんか痛くなる……。
「察するよ……」
ブルジョアには、普通では満足できなくなって変態が多いというけど正にそれだな……。
レナの事を話しにくい理由がやっとわかった。
こんなのが有ればそりゃ話せないよな。
女装やらされてりゃ、コンナ体にされても不自由はないよな。
女らしい謎も解けた。
「そういう事か」
小梨は、話を聞いて笑いをかみ殺していた。
由紀の話を総合すると、コイツはレナに首輪でもつけられて、飼いならされている感じだな。
いや、彼女の意のままに動く操り人形、糸が切れたら全く動けないと。
マユをへにゃっとして情けない顔をしたのが、由紀の本質か。
こりゃ、襲うも何も無いな。
レナがクリオネという意味が良く判った。
可愛い姿で油断させて、油断した所をバッカルコーンを出してエサをばっさり。
コイツは、幼いころからクリオネにがっちりかじり付かれ、養分を吸われているエサのミジンウキマイマイだったのだろう。
話を聞くだけで気の毒になる。
つまり、例のサークルもコイツはただのお飾り、真のボスはレナだろうな。
今までグレーゾーンで捕まらなかったのも、腹黒いボスのお陰。
でも、ボスが居なくなって、ブレーンの居なくなった小物のコイツは、ボスが倒されたゴブリン軍団のように混乱し、なにをしていいのか右往左往しているうちにあっさり捕まったと。
それならつじつまは合う。
「――そういう事だったのか、アイツが絵図を書いたのか。
どうりでこの前の恐慌でペンペン草が生えるほど没落した老舗料亭の実家に、いつも此方と張りえるほど金があったわけだ」
あゆむも全てを理解したのだろう。
苦笑いで話を聞き終えると懐かしいものをみるように 何ともいえない複雑な表情をしていた。
これは和解だろう。
もう済んだことらしい。
なるほどね。
煮え湯を飲まされあったけど二人とももう居ない。
すべては終わったことってわけか、今更どうなるものでもなし。
ヒロインの家は確かに元は名家のお金持だったらしい。
けど、そのお金は無尽蔵に生まれてくるわけではない。
時には汚い事もして資金源にしていたようだ
奇麗事じゃやってけないんだよね。
そう思っていると、由紀は表情を曇らせながら、
「あの時も、レナに金になりそうな面白いものを仕事中に見つけたからって、夜中に病院まで呼び出されたんだよ。
パジャマのままでいいから大急ぎで来い、って。
病院に着いたら凄くキレイな看護士に案内してもらって、自分が呼ばれた部屋に入るやいなや気を失って、気がついたら彼女は乱暴された末に死んでいた。
しかも、彼女の中と凶器からはボクのDNAが……、しかも病院にはそんな看護師は居ないって言うし……」
泣きそうな顔で由紀は語り終えた。
話を総合すると 確実にコイツはレナ殺害は無実?
で、縁談の乗り換えの件は?
「いいとこの縁談は?」
「親が勝手に木戸さんに乗り換えようとしただけですよ」
「へぇ……」
「そもそも、ボクはそんな筋肉達磨を食べるような悪食じゃ無いですから。
親は彼女とくっつけたがってましたけど、いくらなんでも、そんな人と婚約が決まった日には、女人禁制の禅寺に入って仏門に入ります」
「ちょっと言いすぎだろ?」
思わず顔をしかめた。
いつの間にか、凄い表情を浮かべたあゆむは由紀をみながら、オレのあたまをなでていた。
自分もそんな事が判っていたら食べるはずも無いんだけどね。
闇鍋だったから……。
「でも、凄いですよね。
どういう理由であっても、あの人に襲いかかれるんだから、
そして、ちゃんと生還できたんですから、その勇気と行動力だけは尊敬できます。
先輩と呼ばせてください」
由紀は尊敬の眼差しでオレをみていた。
そんな事で尊敬されてもこまるんだけど、とにかく、オレに弟分が出来た気がする。