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上流階級の感覚、庶民の感覚

 「アレは一年くらい前の事だったな……」

 

 由紀は、そう言うと事件の事をしゃべり出した。

 事件(ボストン茶会)の事は彼女もあまり言いたくないのだろう、彼女のしかめっ面をした表情から良くわかる。

 「……」

 一方のあゆむの方は、事件の事は既にリサーチ済み、そして、内容は余り聞きたくない事らしく、頬をぽりぽり掻きながら、イケメンな面に似合わないバツ悪そうな表情を浮かべている。

 そんな微妙な雰囲気の中、由紀はテーブルにある紅茶を一口飲み、「ふぅ……」、と覚悟を決めたようにため息一つ吐くと、事件の真相を語りだす。


 「洋菓子店『ボストン』ってあったでしょ?」

 「そういえば、美味しいと評判の店だったよね、オレも食べた事あるよ。

 ――いつの間にか、話に出なくなったけどね」


 由紀が話に出した、洋菓子店『ボストン』は、知る人度知る穴場的な地方の名店だ。

 自分も、お袋がたまにボストンのブランデーケーキなんかのお菓子を買ってきて来てくれていたから、知っていた。

 親が店のお菓子を買って帰ると、オレは遥かアパート前から匂いに気が付き、ネコのようにニャーニャ鳴き、現物を食べた瞬間、「こんなおいしい物がこの世にあるのか?」と、滂沱の涙をながしたものだ。

 もっとも、最近は色々ありすぎて、食べる機会すらも無かったのだけどね。


 「あの店、あの事件のおかげで店主がやる気を無くして、店をしめたんですよ。

  ――近所のみんなも楽しみにしていた、評判の店だったのに……」

 「ぇ……、閉店したの?」


 オレは一瞬で目が点になる。

 まさか、あの店が無くなるとは、予想外だったからだ。

 味も良くて、値段もお手頃価格の近所の人気店なので、何が有っても しぶとく生き残りそうな店だったし。


 「レナと悪役令嬢の二人が店で偶然鉢合わせて、一個のマカロンがきっかけになって、あげく、店が閉店になる大惨事が起きたんですよ」


 「マカロンごときで、店が潰れるか普通?」


 顔をしかめ語る由紀に、オレは思わず目を細め、ツッコミを入れていた。

 ――怪しい。 マカロンがいくら高価なお菓子とは言え、たかがお菓子だろ? マカロンごときで、店がつぶれる大惨事が起きるかよ?

 

 「懐かしいな……、アレは不幸な事件だった……」


 そう思っていると、あゆむは目を細め、そう一言呟くように言うと、遠い目をしながら更に言葉を継いだ。

 

 「あの当時、彼女たちは、

 『富豪の道楽に付き合わされる事は、大災に遭ったのと同じだと思え』、『貧乏人に人権は無い。 

 此方がいくら下々の民に被害を出そうとも、全て金で解決できる』と、当時は本気で思って居た。

 ――らしいからな……」

 と、小梨は言葉を濁すと、バツ悪そうに頬を掻きながらしめくくった。


 「絶対に大災じゃないだろ……」


 某鬼のように傲慢不遜な事をお抜かしになるあゆむに、オレは間髪入れずツッコミを入れていた。

 どう考えても富豪のエゴに付き合わされる事は、天災じゃなくて、どう考えても人災だろ……。 ブルジョアが庶民の迷惑を考えないアホウな事をやらなければ済む話なんだから。

 由紀も、同じ意見なのだろう、うんうん、と首を縦に振っていた。


 「天災じゃないですよ、アレはあきらかに人災です。

  ――札束でハタかれた挙句、店で好き勝手なことされるほうはたまらないですよ……」


 彼女はそうはっきり言い切ると、 更に事件の事を語りだした。


 「事の起こりは、レナと悪役令嬢が陳列ケースに並んでいたラスト一個のイチゴのマカロンを取り合ったのが最初なんだ」


 「そんな事、たまにあるよね」


 店にある商品ラスト一個、欲しい人は二人。

 そうなると、エンリョの塊になるか、欲望のまま取り合いになるか、の二択。

 でも、負けられない相手なら選択の余地はない。 

 問答無用、仁義なき戦いの争奪戦になることは言うまでもないだろう。


 「1個のお菓子をめぐって二人のビームの出そうなにらみ合いの後、マカロンの早取りになって、手の早さからレナが悪役令嬢に負けたんだ」


 「……」


 オレの脳内に、その時の様子がありありと浮かんできた。

 深紅のドレスを身に着けた悪役令嬢(木戸亜由美)が、にらみ合う 真白の令嬢(朽木怜菜)を前にして、空手の突きのような疾風の速さで、お宝(マカロン)をかすめ取ったのだろう。

 ――自分の物を誰かにとられるのが、何よりも嫌いですわ、と言う感じで。

 同時に、手の速さで負けたレナの「きぃ 悔しい!」、とハンケチを食いちぎりそうな悔しそうな表情も。

 イメージで言うと、主婦たちの半額総菜の壮絶な争奪戦が近い状態だろう。

 傍から見れば、よくやるなと思うけどね。

 けど、本人にとっては、メンツをかけた死活問題だったりするのだ。 舐められたら負け、次からはガンガン横から奪われる、と。

 そんな事を思って居ると、由紀は半ばあきれ顔で、さらに話をつづけた。


 「そうしたら、レナが悔し紛れの捨て台詞で、

 『そんなボロ菓子、其方に譲って差し上げますわ。 彼氏の一人も居なくて、男のようにガサツに食べ漁る貴女にはお似合いですわよ』、

 と、先制攻撃を悪役令嬢に仕掛けたのがウンの尽き、

 『それを負け犬の遠吠え、と言うんじゃないの? 本当は食べたくても、懐の都合で そのお菓子(マカロン)しか手がでないんじゃない? 頭を下げて、『木戸様、哀れで惨めな庶民の私にお菓子を譲ってくださいませ』、と言えば考えなくも無くってよ』、

 と、彼女に高笑いしながらの強烈なカウンターを食らっちゃったんだ。

 

 「……凄い状況だね……」


 二人のイタイ、否。 痛すぎるやり取りで、一瞬にして店の空気が剣呑なものに変わり、雰囲気が張り詰めたのだろう。

 想像するだけで二人の間に火花がバチバチ飛ぶのが判る。

 あゆむは、彼女が真紅に着飾って店に行けば、一瞬にして空気が凛として変わったって言ってたけど、実際のところは店の雰囲気が悪くなって、客は逃げ出し、店の格はストップ安に暴落したと思う。

 家族向けのほんわかした店が、西部劇の酒場のようにヤバい空気になった様子が目に浮かぶようだ。

 それだけでも迷惑極まりないのに、二人のやり取りには更にその先があったようだ。

 由紀は、頭を押さえながら言葉を継いでゆく。


 「レナも負けず嫌いだったから、

 『お気遣いなさらずに。 此れは手始め、こんな安物のボロお菓子程度なら幾らでも食べれますわよ』、と言うと、悪役令嬢も、

 『あら、偶然ですわね。 此方も此れからが本番ですわよ、とことん付き合ってあげますわ。 持ち帰るのは無しですわよ』、と強烈に切り返して、売り言葉に買い言葉で二人がヒートアップ。 

 その後、お互い意地の張りあいでマカロンを注文し合い、いつの間にか木戸さんとレナのマカロンの大食い対決になって、店のマカロンを食べつくしドローになったんだよ」


 「……」


 悪役令嬢と、性格の悪いヒロインが嫌味を言いあいながら、凄まじい量のマカロンを頼む様子が目に浮かんだ。

 ――、その後の惨劇も。

 二人とも目を白黒させながら、山のように盛られたマカロンを食べつくしたのだろう。

 高級品をガツガツ食い漁る二人に対する庶民のヘイトも関係なしで。

 おそるべしは上流階級の見栄の張り合いだ。

 何を考えてるのだろ?、と、庶民のオレの感覚では思うけどね。


 「マカロンの大食い対決って言うけど アレって確か結構高価な物だったよね?」

 「半分づつマカロンの生地を焼き、上手にピエを出させ、其処にクリームとか挟む手間のかかるお菓子だからね。

 種類によるけど、2~3個でバーガーセットを食べれる位の高価なお菓子だよ、それを文字通り皿に山盛りだよ」

 「金額を考えるだけで恐ろしいね」

 「でしょ……それを無造作に山盛りにして食いあさるんだよ。 しかも、『こんな安物』、やら、『本場の足元にも及ばない』、とか文句を言いながらね。 おかげで店主のおじいさん、半ば涙目になってたよ」


 顔をしかめながら語りおえた由紀。

 店主も涙目になるよな。 手間暇かけたのを粗末に食い荒らされ、あげく、『こんな安物』、やら、『本場の足元にも及ばない』、とか文句を言われたらね。

 二人は、まさに災害のようなお客だったのだろう。

 

 「そんな事があって店主はやる気を無くして店を止めちゃったからね……」


 「それは一部違うな、引き分けではない」


 苦笑いのあゆむは腕を組み、由紀の話に訂正を加えてゆく。


 「あの後、更に延長戦のカヌレ勝負になって店のカヌレをホボ注文しつくし、結局は、レナが食べきれなくなって、泡を吹きながら青い顔してイスごとひっくり返って白いドレスがめくれ上がり、恥ずかしげもなく真っ黒な下着を露わにして目をまわし負けたんだ」


 「……」


 「此方はカヌレを食べつくし、余裕の態度で飾ってあったリンゴを一玉持って、一口かじりついた時のアノ女のハンケチを食いちぎりそうな悔しがる表情は今思い出しても痛快だった。

 今思えば、若さゆえの過ちだったが。

 ――と、聞いている」

 

 懐かしいものをみる様に頬をぽりぽり掻きながら、遠い視線で語るあゆむ。


 しかし凄まじい世界だ。

 二人の女の意地の張り合いで店のマカロンを食い尽くし、ドローになったと思ったところで、例の悪役令嬢がトドメのカヌレ勝負に持ち込み、ヒロインに完膚なきまでに敗北感を植えつけたのだろう。

 木戸亜由美が、真紅のドレスを着て腕を組み見下すような姿勢で、お菓子の食べすぎで床で目を廻すレナに、

 「その程度しか食べれないとは、上品であられること。

 けど、これからの時代、そのように古いしきたりに縛られていては、そちらの家の未来も明るくないですわね」、と 高笑いする光景がありありと目に浮かんできた。


 周りから見ると、帝王がご馳走を食べきれないくらい食い漁り、下々の民はそれをガラス越から羨ましそうにタダ見るだけと言う世紀末の乱世の様子だろうけどね。

 自分もその場に居たら、「コッチは、マカロン1個分で一日食いつなぐのに、高価な代物をがつがつ食い漁りやがって、死ねブルジョア!」と思い、店に火をかけてブルジョア諸共カヌレのように焼いてやろうとホノ暗い感情が沸きあがったのは間違いない。

 マカロンどころかカヌレまで食い漁ったと言うから更に悪いよな……。


 話を聞いて由紀が言っていた2大巨頭の意味が良く判った。

 庶民から見れば、はた迷惑きわまりない、地獄のような光景だ。



 

 「たしか、そうだったよね」


 由紀は顔を強張らせると、さらに続けた。


 「その後が、レナの腹黒さによる真の恐怖の始まりだったんだ」

 「?」

 「丁度その時、レナが呼び出した僕が何も知らずに店に居たのを見つけ、

 『遅い、クズっ! 早く助けなさい』、とボクを呼びつけて助け起こさせると、

 『木戸さんには年頃にもなって、ドレイ(彼氏)の一人も居ないなんて、お気の毒にねぇ。

 どうせ未通女なんでしょ? 人の心配する前に、そちらの家の心配をしたほうがよろしくてっよ。

 いくら後輩の娘にはモテテも、女同士では家の繁栄には繋がりませんからねぇ。 お~ほっほっほ!!』、と、レナが真っ青な顔で勝ち誇ったように高笑いをした時、彼女は自慢げにもっていたりんごをスポンジを潰すかんじでバギャン、とそりゃ木っ端微塵にしたんですよ」

 「リンゴを?」

 「うん、リンゴをね。 彼女は手加減したようだけど、ぼくの目の前で いともたやすく握りつぶしたんですよ。

 ――あんな芸当、女性でできるのは彼女だけです。

 きっと あの時の事で未だに、

 『坊主憎けりゃ、ケサまで憎い』という感じで、目を付けられたのだと思うよ」


 由紀は、半ば震えながら語り終える。

 そりゃ、そんな恐ろしい光景をみたらそうなるよな、しかも追いかけられたと言うしね……。

 自分もその場に居たら、震えて逃げだしたのは確実だろう。

 気が付けば、あゆむは由紀の話を聞いて、顔をヒクヒク表情を歪め、「前半はあながち間違っていないが、後半は違う」、と小梨は彼女の話を否定すると更に説明を続けてゆく。

長くなったのでここで投稿。

早めに残りを出します!


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