メンタルゲージの戻させ方
「少し、このままで居させて……」
オレはキッチンでレナの事を聞き、恐怖のあまり青ざめた表情のまま、あゆむのそばに席を寄せ、彼にもたれ掛るように体を預けていた。
「温かい……」
彼から伝わるぬくもりが、少し冷えたオレの体にじんわりと伝わってきて、恐怖でガリガリ心底消耗した自分のメンタルゲージが回復するのが判る。
彼に甘えることで回復するって事は、いつの間にか、あゆむの隣のこの場所がオレの定位置になって来ているのかもしれない。
――男のあゆむの隣がオレのベストポジションなんて、自分の気のせい、だと思いたいけど……。
「仕方ないヤツだ……」
あゆむの方はホスト並みのイケメンの面を緩めながら、まんざらでも無い表情でオレの背中を大きな手のひらで、さすってくれる。
彼の温かさ、何気ない優しさが心にしみてくる。
「……少し、落ち着いたかも」
彼の細身だけど、筋肉質で大樹のような頼りがいのある胸に体をあずけて、やっとひと心地を付けた気がした。
「……ありがとう……。
――あゆむ……」
オレは無意識のうちに表情を緩めると、甘い言霊をはいていた。
――そんなつもりは無かったのに。
カベにかかった姿見に視線をやると、其処にはホスト並みのイケメンのあゆむの胸に、子供のように無防備な表情で体を預ける可憐な少女のオレの姿が映っていた。
ほとんど恋愛小説に出てくる激アツカップルの姿だ、その姿にオレもほんの少し恥ずかしくなって、顔にほんのり赤みを浮かべる。
――でも、そんな雰囲気がなんか心地いい。
「お前に言われる筋合いはない、コレも仕事の一環だからな」
一方のあゆむも、まんざらでもなさそうな様子だ。
本心を隠すようにクールな表情のまま、事務的に返事を返すけど声のトーンで機嫌が良いのが判る。
――コイツのこんな本心を隠す性格は、出逢った頃から変わらない何時もの事だけど……。
オレにも、あゆむが少しづつ変わって居るのがわかる。
「ふ~ん……」
由紀はオレとあゆむのやり取りをニヤニヤしながらみて、一言そう言うと、二人の表情から何か感じたのか小悪魔のように表情をゆがめていた。
――なんか、コイツに誤解されたかもしれない……。
「な、なんだよ?
誤解するなよ、自分たちは、そ、そういう関係じゃないから!」
小梨は、目を細め表情を緩めるオレは声を詰まらせながらクビを左右にブンブン振るが、由紀は表情を緩め、あゆむをツンツンと指さしながらクスクス笑っていた。
「まあ、そう言うことにして置きますね」
「?」
オレが何事かと、あゆむの方を見ると……。
「なっ!!」
あゆむは、オレの肩に裏から手を回していやがった。
――誤解がさらに広がってるのに……。
「私たち二人は、こういう関係だ」
あゆむは表情を緩めると、クスクスわらいながら、片腕で抱きしめてオレをかっちりホールドしてきやがった。
「……まあ、間違いではないけど」
オレは渋面を赤くしてポツリ言葉をはいた。
――コイツの関係は、観察者と天使だから、コイツに捕まっている状態と言えば間違いでは無いけど、
そばから見ると、激アツのカップルにしか見えないのだろうけどね。
「杏子さんも随分落ち着たようだし、これからもう一人の方も話すよ」
由紀はオレのメンタルゲージが回復したのを見計らったように話を戻してきた。
――あゆむに抱きしめられたまま、聞くわけには行かないよな……。
オレがあゆむから離れようとすると、
「あ、杏子さんはそのまま聞いた方が良いかもね」
由紀は真顔でそのままで居てと言いやがった。
――何故??
オレがクビをかしげると、由紀は更にエライことを言い始めた。
「レナよりヤバいのが悪役令嬢だったんですよ。
――何せ、性格もヤバいし、何より物理的にヤバかったんですよ……。 聞くも恐怖、語るも恐怖の帝王、それがあの悪役令嬢(木戸 亜由美)だったんですよ。
今、彼女を思い出すだけでも恐ろしい、レナの話を聞いただけで震えが止まらない杏子さんなら、悪役令嬢の話を聞くだけで漏らしちゃうかもですよ……」
由紀は真顔で表情をこわばらせていた。
これはマジでビビってる表情だろう。
「そんなに?」
「アノ二人がばったり出くわした日には、店が文字通り修羅場になっていたからね……。
――じゃ、気をしっかり持って、恐怖体験を聞いてくださいよ」
あゆむが顔をひくつくのを知ってかしらずか、由紀は悪役令嬢の事を話し出した。
――恐ろしい話になりそうだけど、メンタルゲージも回復したし、あゆむの傍に居れば何とか恐怖も耐えれそうだ。
よし、聞く準備は出来た。
木戸亜由美の事を頑張って聞こう。
切りが良いのでここで投稿します。
残りは早めに仕上げるので、乞うご期待っ!