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才能の意味

 小梨と二人、夕方の商店街を歩く。

 長身の彼の腕を軽くもち、スーツ姿の小梨とセーラー服の自分の男女二人並んで歩く姿はどう見てもデートの現場だ。

 コイツからイケメンで出来る男のオーラが出てなければ援交を疑われる現場だろうけど、彼の凛々しい表情からか、やましい雰囲気は微塵も無い。

 お陰で自分に主婦や学生達からの矢やら銃弾のような羨望や胡乱な視線が突き刺さっていた。

 自分に針山の様に刺さりまくる痛いような視線に耐え切れそうにない。


 「ちょっといいかな?」

 「どうした?」

 「周り見た方が良くない?」


 耐えきれなくなったオレは思わずつんつん周りの惨状を指さした。

 このままじゃ、明日は確実にヤバい噂が広がりそうだ。

 知り合いに見られた日には、クラスでほぼ晒し者状態の村八分になり兼ねないのに……。


 「そんなもの、気にするな」

 

 小梨は鼻で笑い、此方をちらりとも見ずに他人事のように素知らぬ顔のままクールに歩き続ける。

 ――コイツは確実に戦場のような、張り詰めたこの空気には気が付いて居る筈なのに……。

 何が悲しくて、こいつと腕を組んで歩かなきゃならないんだよ。

 はぁ、明日は歩いているだけで石でも飛んできそうな予感がする。

 

 「少し離れて歩いても良いかな?」

 「ん?」


 彼の腕を掴む自分がそう言うと、彼はちらり此方を見ながら、クールな表情のまま邪悪に口角を歪める。

 

 「オレは構わないが……」


 そして、小梨は含みの有る表現で更に何か抜かそうとしていた。

 その表情から凄まじく嫌な予感……確信がした。

 ――この表情のアイツは何時もロクな事を言わないのだ。

 その確信に思わず自分の表情が硬くなる。


 小梨は、オレのその表情を知ってか知らずか、商店街の自販機の陰や、路地の入口に視線を移しながら怪談を言うようなトーンで更に続けた。


 「こんな死角の多い商店街はハンターの絶好の狩場だと思うがな、お前が奴らに裏路地に引き込まれたら……」

 「!!」

 

 何という縁起でもない事をコイツはお抜かしになった。

 こっちはマジでそんな事を言われるとシャレにならないのに……。


 「襲われたら、死んじゃうんだよ!!」


 気が付けば、余りの恐怖に思わずパブロフの犬のよう条件反射で、小梨の腕にダッコチャ○のように腕にしがみ付いていた。


 「それが嫌なら、そうしてるんだな」


 赤面し耳まで真っ赤になった火を噴きそうなオレの表情を見て、コイツは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 ――言わずとも、周りの視線がマスマス痛くなる。

 どうやらここまでの事は、全部奴の計算ずくだったらしい。

 鬼だ!

 ――まあ、小梨はイザとなればオレを地獄に叩き込める閻魔大王の様な立場なんだけどな。

 こうなった以上、自分が彼の腕にしがみ付く惨状を知り合いに見られてない事を祈るだけ……。

 と思いつつ周りを見渡す……。


 「ぁ……」


 余りの悲劇に思わずオレは変な声をあげ、整った顔も台無しな表情を浮かべていた。

 近くに其処に居たのは、クラスメイトであるアースクエイクこと、松本の母親だ。

 ドラックストアの店員の彼女は白衣を着たまま、買い物袋を持ちえっちらおっちら、地響きを立たそうに歩いていた。


 後は彼女が此方を気が付かない事を神に祈るだけ……。

 

 「熱いねぇ。

 杏子ちゃん、デートかい?」

  

  ――やっぱり、ダメでした……。

 こちらに気が付いた彼女はニヤニヤしながら此方のほうを見つめていた。


 「いえ、違うんです!」


 オレは必死で否定するが、傍から見ればそう見えるよなぁ

 小梨の腕にひっしと寄り添う少女、どう見てもバカップルの現場だ。

 ――真相は全く違うのに。


「そうかい、そういう事にしとこう。

 うちの娘もそんな良い虫がついたよいのねぇ、うちの娘には悪い虫さえ着かないよ」


 この危機的状況を小梨はクールに鼻で笑う中、ニヤニヤする松本のおばさん。

 最悪の時に最悪の事が起きる時にはおきるものなんだよねぇ……。

 今回一番会いたくない人に有った感じがした。

 何せ、この人の別名は人間アンプ(増幅器)着き放送車。

 何時も話に尾ひれがついて半魚人になるんだから、明日がマジで恐ろしい。

 明日あたりホテルに行ったとかその程度まで広まってそう。

 ――これ以上ない悪条件に思わず、オレはがっくり肩を落としていた。


 そして彼女(松本)は更に無遠慮に更に続けてきた。

 ――毒針で急所を突く様な一言を……。


 「よっ色男。 例の(ブツ)あるのかい?

 無いのならこっそり売ってあげるよ」

 

 凄まじい事を抜かす松本さんに思わず、自分と小梨も流石に顔を引きつらせる。

 ――そう見えるか普通?

 長身の小梨にひっしと腕にしがみ付き、寄り添うように歩く小柄な自分。

 まあこれからそのような所に行くと思われても仕方ない……――否。

 それだけは断固拒否したい!!

 そう思っていたら奴が流石に其れだけは不味いと思ったのか


 「いえ、大丈夫ですので」

 

 と目を細めながら、フッと鼻で笑いながらきっぱり拒否してくれた。

 その様子に、


 「そうかい、そうかい」


 ニヤニヤしながら松本さんはとんでもない事をお抜かしになった。


 「流石出来る男は準備がちがうねぇ!」

 「私たちは、そういう関係では無いので……」

 「そういう事にしておいてあげるよ、よっ色男、今夜は頑張りな!」


 流石のクールな彼も流石に彼女の毒舌トークにはタジタジになっていた。

 目じりがひくひくひきつっている。

 もうこうなった以上、此れは最悪の状態は避けれない事実らしい。

 明日、クラスでコイツ(小梨)とホテルに行ったと言う最悪の噂が広まるのは確定事項……。

 

 しかし考えてみたら、これ以上自分は悪くなる心配は無いと言う事だ。

 この状況なら後はやる事一つ!

 ――死なば諸共だよなぁ……。


 思わずニヤリと彼をちらりとみながら寄り添い、

 甘い声で


 「そうよねっ ダーリン♪」


 オレの爆弾発言を前にして小梨がイケメンも台無しに固まる中、松本のおばさんの口角が緩む。


 「そういう事かい! 

 マカやらマムシ入りのアレ買うなら値引きしとくよ」


 無遠慮に言うおばさんを前にしてコイツの出来る男のオーラが少し下がった気がした。



 「あの優等生(ノア)がバイトしてる?」

 「ああ、彼女は兄を喪ってからずっとな……」

 

 商店街を抜け、小梨と言われるがまま彼女の後を着いて行くと其処はフードコートにあるドーナッツ屋だった。

 有名な某チェーン店の一種だろう。

 店の奥で揚げられた色とりどりのドーナツが店先に並び、甘い香りを放っている。

 そこでノアは制服姿でバイトをしていた。

 店番をしている彼女の姿は、正に苦学生。

 今時いるかのような感じで、制服を着たまま空き時間には ポケットに突っこんであるメモ帳片手に暗記してる。

 

 「すごい」

 「私の言っていた意味が、判ったか?」


 店のカウンターから少し離れたところで話すオレと小梨。


 「何となく……判ったような気がする……」


 小梨がオレに見せようとしていたのは彼女の影の努力だった。

 鬼気迫る真剣な表情で頑張る彼女に思わず背筋が寒くなる。

 ――あの優等生の結果は才能なんて物じゃ無かった、執念にも執念を重ねた狂気にも迫る努力。

 それの積み重ね。

 思わず彼女に仏像の様な後光がさして見えてきた。


 「あ……。 お邪魔しちゃったかな?」


 気が着けば、ニヤニヤしながらノアが此方を見ていた。

 良く考えたら、小梨と二人でフードコートに来ていたんだ。

 傍から見れば、確実にデートの現場。

 ――真相はオレが強制に小梨を引き込んだ自爆テロだけど。


 「――そんな素敵な彼氏とデートなんて羨ましいなぁ」


 彼女は羨望の眼差しで此方をみつめていた。

 真相は自分が閻魔大王兼死神に付きまとわれているだけなんだけど……。

 しかし、言える筈もない。


 「誤解しないで、コイツとはそんな関係じゃないから!」

 

 自分は思わず首を扇風機の様にぶんぶん横に振り否定する。


 「――急用だ」

 「え? 待てよ!」


 小梨は何か見つけたのか、全速力でフードコートを後にしようとしていた。

 コイツはまったくこんな感じで、自己中だ。

 

 

 「――帰り道、アイツらに襲われたら化けて出てやるからな……」

 自分がぽつり言うと、


 「――今は、貴様の相手をしてる暇はない」


 小梨はそれだけ言うと、何処かに走り去ってゆく。

 

 結果……。

 自分だけがフードコートにぽつーんと取り残されてしまった……。

 ――此処に連れて来るだけで来てどうしろと言うんだよ……。

 

 「彼氏逃げちゃったね……、

 ――私もそろそろバイト終わるし、折角来たのだから残り物で良ければ何か食べる?」


 ノアはオレのいたたまれない状況を察したのか、ドーナッツを進めてきた。


 「いや……そんなのじゃ無いから!」

 

 自分が顔を赤くしてそれだけ言うと、ぐぅ~とお腹が悲痛な叫びを上げて来た。

 ――確実に聞かれた、ヤバい。

 そう言えば、昼時間も寝ていてご飯食べてなかったんだよなぁ……。

 恥ずかしさで更に耳まで赤さが増した気がする。


 その様子にノアは小さく微笑みながら


 「食べて行きなさいよ、残り物だけど美味しいんだから」

 と言うと彼女が神仏に見えてくる。


 「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうね」


 自分は思わず頭をぺこりと下げていた。


 「じゃ、杏子ちゃん、着替えるからその辺りで少し待っててね」

 

 彼女(ノア)のバイトが終わったようだ。

 ノアは制服に着替えて手には小さ目めの紙袋が持たれていた。


 「おまたせ~、結構貰って来たから二人でたべよう!」


 笑顔でドーナツを勧めるノア。

 でも、その前にオレは思わず頭を下げていた。


 「さっきはゴメン、自分が間違ってた、才能なんて言ってごめん」


 そう言うと自分は更に頭をぺこりと下げ更に続けた。

 「大した男……ううん、()だった」


 こっちの言い間違いにも関わらず、ノアはふっと眼鏡の奥の表情を緩める。


 「こっちこそ言い過ぎたかも、ヘリウムガスが詰まっているって言ってごめんね。

 ――でも頑張ってみないと貴女の才能が可哀そうよ」

 「才能が?」

 

 彼女の言葉に思わず頭の上に?マークが浮かび首を少し傾げる。

 そんなもの有るのかよ?


 「そうよ、そんなもの誰にだってあるんだから。

 その芽を枯らしたら勿体ないでしょ?」


 ノアはレンズの奥にある澄んだ瞳でオレを見つめながら、才能について語る。

 

 「自分にもそんな物有るの?」

 「杏子……――自分を信じないと、どんな芽も伸びないわよ?

 才能が有るから頑張るんじゃない、才能があると信じて頑張るから才能が後からついてくるの」

 

 彼女の言葉を聞くと、何故か自分の喉に引っかかっていた何かが、

 すとんと胃袋へ落ち込んでいく気がした。


 「そうだよね……真面目にやってみるよ」


 自分がそう言うと、ノアは口角を緩める。


 「じゃあ、熱いうちに此れを食べようか?

 ――でもスタイル良いんだし、太ったら勿体無いか」


 ノアは済まなそうにドーナッツを勧めて来た、

 しかし自分は静かに首を横に振っていた。


 「ううん、 頂くよ。 

 ――食べないと頭回らないからね」

 


 その後、彼女と二人店の裏口の階段に腰掛けてドーナッツを頬張ていた。

 何か話そうと、ちらりと横を見ると彼女はコブだらけのドーナッツ片手にこんどは電子ペーパーのメモ帳を見つめ、また何かを暗記している。

 凄まじい努力だ。

 気が付けば、自分はじっと彼女の姿を凝視していた。


 ノアが言う様に自分に才能の芽なんてものが有るのか無いのか判らない。

 ――けれど、彼女のひたむきに努力する姿勢。

 それは男とか女とか超えて人間として尊敬に値するものなのだろう。

 恋愛感情抜きにしてコイツは尊敬したい、そして自分も頑張ってみたい。

 

 、純粋にそう思った。

 

 

 次の日、アースクエイクの朝の挨拶、背中タッチが凄まじく痛かったです。

 ――違うんだから嫉妬はやめて欲しい…。


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