地獄に仏なんて嘘、居るのは……。
「荒川さんの寝顔も可愛い~」
オレは甘い声にうっすら 目をあける。
「えっ?」
オレは予想もしない光景に、思わず驚きの声を上げた。
自分の目の前にあったのは、大接近した北島の整った顔。
――ブラとショーツと言う下着姿の彼女は、オレの顔のそばで、これでもかというくらいの笑顔を浮かべていた。
「……北島、その恰好は?
それより自分は、どうして此処に?」
ぼんやりする頭で、あたりをきょろきょろみわたす。
オレは、制服のまま、どこかの部屋のソファーの上に寝かされており、笑顔を張り付ける北島はランジェリー姿のなぜか腕のリストバンドはそのままで、オレの体に覆いかぶさるように体を重ねていた。
――つまり、オレは彼女に押し倒されている状況だ。
「荒川さん、気が付きました?」
北島はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら、手で口を拭うようなしぐさをして、更に続けた。
「――ここは私の住んでいる部屋ですよ、あの後大変だったんですから……」
「大変だった?」
「うん、荒川さん覚えてません?」
「……たしか……」
オレは、彼女の言葉に自分のぼんやりとする頭で、カスミのかかった記憶をたどりだした。
「……カフェでお前と飲んでいて……」
そうだ、北島とカフェに居て……。
それから二人でカルアミルクをのんで……、
――それから……。
「……」
――ヤバい、オレのそれからの記憶が完全にすっ飛んでる!!
おもわず、かおがひきつった。
またヤッチャッタ、と思いつつ。
「その表情何も覚えてないんですね~」
北島はそう言うと、オレの記憶がすっ飛んでいるのを知ってか知らずか、あの時の事を顔をかるくしかめながら説明し始めた。
――オレが聞きたくもないことを。
「荒川さんは、テーブルにうつぶせになって、わんわん大号泣したんですよ。
――カルアミルクをがぶがぶ飲みながらね……」
「……」
オレは彼女の説明で、あの時の事を何となく思い出してきた。
たしか、茫然自失のような状況で、彼女に進められるまま、カルアミルクを何倍も飲まされたんだったっけ……。
「さっきのは、『カルアミルク』ってカクテルです、
思ったよりアルコールが強いのに、荒川さんはあれだけ飲むんだから相当効いたでしょ?」
オレの胸の上で満面の笑みを浮かべる北島。
「じゃあ……、さっきのはお酒?」
この時やっと、悪い頭でやっと理解する。
――コイツに、カクテルで酔いつぶさせられた、と。
「一服もったな……」
オレは、弱々しい声をあげた。
――酔いのおかげで満足に声も出せず、弱々しい声をあげてしまったていた。
「荒川さん……完全に油断してましたよね?」
北島はオレ姿をみて口角を緩めながら、笑顔で更に言葉を継いだ。
「女の子を襲うのは、男だけだとは限らないんですよ。 其処まで可愛いなら、女性からも気をつけないとね。
――でも心配しないで下さい。 女の子が襲うときは、男みたいにヒドイことはしませんから。
それに、此処は楽器が演奏できるように防音使用の部屋だから、アナタが好きなだけ声を上げても大丈夫」
北島はそう言うと、オレの胸の上で満面の笑みを浮かべ、
「あなたも、ぬぎぬぎしましょ」、と、言いながら彼女は慣れた手つきでオレの制服のブラウスのボタンを上から一つづつ 外し始めた。
「ちょっと……」
少しずつ服をぬがされそうになるオレは、声を震わていた。
この娘に襲われるなんて予想外だったし、想像もしていなかった。
考えたら、まさかの大ピンチかもしれない。
「もしかして、荒川さんこんなの始めて?」
「……」
彼女の問いかけに、顔を赤らめながらプイと視線をそらせ、無言で返事を返す。
でも、体だけは震えることで、問いかけに正直に答えていた。
――初めてだと。
「その表情、初めてみたいですね」
北島は、オレの態度と赤らめた表情を見て色めき立ちながら、
「――だけど怖がらなくていいですよ、私が優しくなぐさめて、あんな彼氏の事なんて忘れさせてあげますよ。
宝塚の男役みたいなキザ男なんて、ろくな物じゃないですから」
と、北島は今風の可愛い顔を ほんのちょっぴり顔をしかめて、締めくくった。
「そもそも、あゆむは彼氏じゃ無いし……」
オレは彼女の問いかけに、否定しながら顔を赤らめながら横を向く。
あゆむと居るのは、償いのため。 つまり半ば強制みたいなものだから……。
相思相愛、普通の恋人みたいにそんな関係じゃない……。
――オレとあゆむの二人は天使と観察者。
なりたくても、そんな関係になれないのだから……。
「強がってもダメですよ」
北島は強い口調で否定すると、
「荒川さんが二人を見たときの寂しそうな表情、そして、視線。 それは確実に失恋した時の顔だったから……」
「失恋した時の顔?」
彼女に言われて初めて気が付いたかもしれない。
オレは、自分でも気が付かないうちに、そんな表情をしてたんだ。
この娘にも気がつかれるくらい。
「でも、大丈夫」
彼女は優しい表情を浮かべると、
「私が優しく慰めてあげるから、あなたは なにも心配しないで目を閉じていてね」
「……」
「そうだ、最初はキスからだったよね」
由紀は、オレの右手を彼女の左手で封じると、「これからは由紀と呼んでね」
、と言いながら、横を向いたままのオレの顔に自分の顔を近寄せてきた。
彼女の顔が近づいてきて、あゆむにされた時のような安心感も何もなく、自分の体の震えが大きくなるのが判る。
――怖いっ!
「女同士を側から見るのは初めてだが、なかなか興味深いものだな」
オレがそんな事を思っていると、いきなり部屋の中によく聞いた声が響く。
「――あゆむ?」
オレが声のほうに振り向くと、其処に居たのは黒いスーツ姿のイケメン
部屋にいつの間にか忍び込んでいた小梨だった。
彼は、腕を組み、あきれ顔で、
「この阿呆には、優しくなんてそんな上等なものは似合わない。
一気に押し倒し、レイプするように乱暴に扱う方がコイツも喜ぶ筈だ」、と締めくくった。
「えっ!?」
由紀もあゆむの乱入に全く予想していなかったのか、彼女はこれでもかという位、目を見開き、
「――どうして此処にあなたが居るの!?」
由紀は、さっとおれとの間隔をはなすと、彼女は顔を真っ赤にして腕で胸を隠すしぐさをした。
――普通そうなるよな……、お楽しみの最中に何時の間に自宅に男が侵入していたら。
そんな時に部屋に入ってくるやつは、絶対に強姦魔とか泥棒とか、ロクでもないやつしか来ないだろうから。
「私は、ターゲットが居るなら、どんな場所へも入ることが、法律で許されている」
小梨はそう言って、イケメンの面に真顔で締めくくった。
たしかに、警察が泥棒が私有地に逃げ込んだのを見て、それを追わないという理由は無いよな。
捕まえるまで、地の果てまでも追いかけるだろうし。
――男がターゲットを追うためと言っても、無断で女性の部屋に侵入するのが、倫理や道徳の部分で正しいか どうかと言うとこは置いておいて。
そう考えると、コイツは倫理のところはねじれてやがる。
「きょうこ、お楽しみの時間は終わりだ」
小梨は、ニヤリと含み笑いを浮かべると、
「――家に帰ったら、お仕置きの時間だからな、覚悟しておけ」
と、小梨は真顔で締めくくった。
ヤバい! どんなお仕置き!?
――シャレにならない!!
「な、なにこれ!?」
そんな事を思っていると、部屋の中に悲痛な声が響く。
気が付けば、腕で胸を隠していた由紀は、下着の隙間から太股に流れ落ちる赤いものに青ざめていた。
「えっ、病気!?
――そんな事聞いてなかった」
「お前……」
オレは、真っ青になりながらしゃべるコイツの言葉に、一瞬にして酔いが醒めた。
――自分も少し前、まったく同じ事を言ったからだ。
ある日突然、下着が血で染まった時には、マジで死ぬかと思った。しかも真っ先に、小梨に助けを求めてしまったのは、悪い夢だったと信じたい。
その時、あゆむは、「貴様には来たか」と、複雑な表情を浮かべ、懇切丁寧に例のものも使い方を教えてくれ……、
否。 それどころじゃなかった。
――小梨は、風呂場でオレの体を隅々までキレイに洗って、しかも、懇切丁寧につけてくれやがった。
その光景は、今思い出してもおぞましい。
――だけど、今はそんなオゾマシイ事を思い出してる場合じゃない。
だから、この娘の言葉の意味がすぐに判った。
彼女がこんな時でもリストバンドを何時も外さない理由、そしてアノ日が来て「死ぬの?」青ざめている理由、と、さっきの言葉の意味。
そして、女子より女っぽい、不思議な感覚。
それらをふくめた、コイツから違和感しか感じない理由。
その理由は一つしかない。
由紀は、自分と同じ天使だからだ。
あゆむも彼女が天使であることは予想外だったのだろう、「……貴様は、まさか……」というと、目を見開き、鋭い視線で由紀をじっとみていた。
「お前のリストバンドの下をみせろ」
「いやっ!]
オレは、彼女のリストバンドを強引にずらした……、
「……」
何も無い。
――と思っていたらブラの隙間から見える上胸の所に、羽と禁止を組み合わせた刻印が見えた。
「殺さないで!!」
刻印をみられ、髪を振り乱し、死にそうな叫び声をあげる由紀。
――間違いない。
つまり、この娘は天使だ。
それ以前に、刻印をみられた由紀の表情、叫び声を見て聞けば占い師でなくても判る。
彼女の顔は、鏡で以前よく見たオレの顔。
つまり、処刑される寸前の怯えた顔だったからだ。
「お金なら幾らでもあげる、土下座でも何でもする。
――何なら、アナタのモノを、口でなら してあげてもいい、怜奈にも上手いといわれたから、アナタもきっと満足できると思う!
だから、命だけは助けて!!」
「落ち着いて!!」
オレは、髪を振り乱し、無様に命乞いをして叫び声を上げようとする彼女の口を、思わず手でふさいだ。
そして、空いてる手で、ゆっくり自分のリストバンドをずらし、下にある咎人の烙印を見せつけながら、彼女を落ち着かせるようにトーンを落とし、言葉をつづけた。
「自分も天使だから、安心して!」
「……」
オレの言葉をきいて、北島は表情を固め、途端に静かになる。
そして、お互いの顔をじっと見つめあう二人。
――お見合いではない、ただ言葉が出ないだけだった。
二人とも、天使と言うことは予想外だったから。
――まさに、堀の中の懲りない○々状態だった。
残りも頑張って早いうちにだします!