生存ルート 今後の方針
あれから数日たった。
オレは今、小梨のマンションのキッチンに、あゆむと二人並んでエプロン姿で立っている。
「あゆむ、オニオングラタンスープの玉ねぎ、こんな感じでどう?」
オレが皮を剥き、スライスした玉ねぎをあゆむに見せると、彼は思わずイケメン面を硬くした。
――なんて物を作るんだ、そんな表情だった。
「阿呆、貴様は其れを薄切りというのか?」
小梨は、ツンツンとまな板の上に乗った、不揃いな玉ねぎスライスを指さしていた。
自分で言うのも何だけど、切り方が悪いので、あゆむが言うように薄切りと言うより、乱切りと言う方が正しいかも知れない。
「――どうせ炒めるんだし、この位良いじゃん?」
オレが渋面になり、ポツリ言うと、あゆむは表情を緩め、
「そう言う問題では無い」、と言うと、彼はスッとオレの後ろに体を移していた。
「じゃあ、何なの?」
オレがこくんと首をかしげると、あゆむは、
「きょうこ、お前は包丁の基本を誰にも教えて貰って居ないようだな、
包丁を使う際の姿勢は、調理台と体の間に握りこぶし1つ分ほど空けるんだ」
彼は、そう言うと、オレのスッと背後から、抱きしめるような感じでオレの両腕をつかみ、正しい姿勢を教えてくれていた。
「あゆむ、何か恥ずかしいよ」
あゆむとの距離が0となり、彼の息づかいや、体温がダイレクトに伝わって来て、自分の顔が赤くなるのが分かる。
でも、その距離感が心地よい。
「お前のそんな顔が見たかったからな」
小梨はオレの恥ずかしがる顔を見ながら、満足そうにそう言うと、小さく口角を緩めていた。
「人をオモチャにするなよ……」
オレは思わず顔をしかめた。
けど、本気じゃない。
抱きしめられて、少し嬉しい自分がいる。
――もしかしたら、あゆむに惹かれているのかもしれない。
これが自分の日常になっていた。
あゆむに抱きしめられたまま。そんな事を考えつつ、この数日の事を思い返していた。
オレが墓所であゆむに、自分の決めたことを話してみると、彼は笑顔を浮かべ小さく笑いながら、
「阿呆、そんな事はお前に言われるまでもない」、と短く言葉を区切り、バリバリとオレを自分の腕から引きはがすと、
「――私は貴様が死ぬまで、お前の観察人だ」と真顔を作り言い切った。
つまり、彼にとっては、二人の関係は今までのままらしい。
けれど、あゆむは口ではそういうけど、以前に比べると変わってきているのがわかる。
あれから、あゆむはオレが何かやろうとすると、彼は今日みたいにいろいろ理由をつけて、手伝ってくれる。
そして、何より視線が以前とは違う。
昔は、殺気を放っていたのが、今は表情を緩め、優しい視線で話しかけてくる。
これは、歩がこっちに歩み寄ってくれているんだと思う。
――本当は、オレが憎くてたまらない筈なのに。
そんな彼には感謝の気持ちしか出てこない。
そして、いつの間にか、オレがあいつの側に居ることが心地よくなっている。
――ずっと、このままで居たい。
そこで、オレがあゆむの隣に居て、彼の支えになるための道筋を整理してみた。
その為には、まずは生き延びる事。
殺されてしまっては、支えも無いも無いからね。
自分が生き延びるためのキーとなるのは、復讐者、そしてルールも何も無視して天使を狩る蠅。
この二つだ。
ハンターも怖いけど、あゆむの話では復讐者からオレが放棄天使にされない限り、蠅以外の良識あるハンターから狩られる事は無いらしい。
そこで重要人物になるのが、自分の復讐者だと思われる小梨だ。
オレが反省の態度を見せ、変わり続けるなら、彼から見捨てられる事は無いはず。
そして、彼の傍に寄り添い支えになる。
鬼のように強いあゆむが近くに居る限り、ベルゼバブも手を出しにくいだろう。
自分ながら、一石三鳥の良いアイデアだと思った。
でも、オレは、今のままじゃ彼と釣り合いが取れない。
あゆむに、おんぶでだっこの状況だ。
こんな状態では、いつか彼に見放され、放棄天使になるかもしれない。
そうしたら、自分に待っている未来は、ゆうなのような、悲惨な未来しか思いつかない。
そうならないように、自分が彼と釣り合うようにしないといけないだろう。
その為には、あゆむに寄り添いながら、彼とつりあう様に自分を磨く。
おしゃれや料理、仕草などのもろもろ。
――まだまだ自分は未熟だと思うから、頑張るしかない。
そして、もう一つがアリスに頼まれた、あの娘の事。
あゆむから聞いた話では、芋男は墓地での一件もあり、完全に潰れてマッシュポテト状態になっているそうだ。
バラバラになった手紙を握りしめ、抱き枕をぬらし、布団から出れないと言う。
――わが娘、をほったらかしで。
今は、ノアがお世話をして居るから何とかなっているけど、彼を何とかして復活させないと、ゆいちゃんの件はどうにもならない。
自分磨き、そして、芋男を立ち直らせる。
その2つを、自分の今後の目標としていた。
――でも、あゆむへの思いは、義務や打算的な物?
自分の答えはマダ出てこない。