閑話 花弁の行方
あるビルの一室。
月明かりだけが照らす薄暗い室内、茶髪で痩身の人物が青白いおぼろな光に照らされていた。
――顔は暗いので良く見えないが、その人物は、男性だろうか?
その人物は、下着とシャツと言うラフな格好で腕を組み、忌々しそうに、壁に3枚張られた写真の一つを凝視していた。
その写真には、山田とゆうなとゆいの家族三人のが写っており、ゆうなとゆいの場所に、漆黒のダガーナイフが突き刺さっている。
「あのカスっ、使えねぇ……、
――ガキをアイツの前の前で犯して最後に殺し、自分の娘が殺される光景を突き付け、絶望の表情を浮かべさせるのが、ショーの最高の見せ場だろ?」
その人物は、忌々しそう呟くようにそう言うと、ドン、と机の天板をこぶしで叩きつけ、
「それを、あのカスが必死で娘をかばうあの女の情にでも、ほだされたたか?
――土壇場で、ゆいを殺すどころか、レイプもせず、ビビって逃げてるんじゃねぇぞ……」、と不機嫌な声色で締めくくった。
その人物の隣にあるスチール机には、白銀の光に照らし出された蠅の仮面、そして茶色のクスリ瓶が丁寧に置かれている。
――足元には、無造作に脱ぎ捨てられた、ぐちゃぐちゃのセーラー服と白い手袋などが、バラバラになったハンカチと共にゴミ袋に入っていた。
「……だから、全て自分の筋書き通り行って、あのマヌケの大切なものをぶっ潰し、更に過去最高のアクセス、そして、「いいね」も記録しても、オレ様の心の乾きは、一向に満たされねぇんだよ……」
グシャっ!
薄暗い部屋の中に、カラカラになった真紅の花弁が踏みつぶされる音が木霊する。
「まあいい、オレ様は警戒の厳しいヤツを狙い、捕まる様なリスクの高い事は、やらない主義だ。
……次は、コイツだ……」
その人物は、そう言うと、ナイフを、路地裏での小梨と杏子の熱愛シーンが映った壁の一枚に投げつける。
――そしてナイフが命中したのは、写真の杏子の場所だった。
隣には、ノアと小梨、そして茶髪の生意気そうな女性の写真にもナイフが刺さっている。
「お前だけ、お前だけは……、マトモに戻るなよ……、寂しいじゃないか……ブラザー。
――ふふっ、あははははっ!!!!」
その人物は顔に手を覆いながら、狂ったような乾いた笑い声をあげる。
――手の隙間からは、一筋の光る物が見えた。
「―― 一緒に地獄へ堕ちようぜ、兄弟。
……俺達、悪魔の住処は、地獄と相場はきまってやがる」
暗い部屋の中には、狂ったような甲高い笑い声が響き続けていた。
”
宵闇の墓地にも、真紅の花弁が風に乗って運ばれていた。
其処に居たのは、まっ白いゆうなの墓石の前のいる二人の人物。
スーツを着たプラチナブロンドの美女と、寝間着のままのブサメン男。
――フェイトと山田だ。
「貴女は、なにをするんですか……」
彼女の足元には、ばらばらになった無数の手紙があった。
そして、まっ白い墓石には、ハイヒールと思われる鋭い靴跡がいくつもある。
「此れは、タダの物よ。
――幾ら眺めても何も、変わりはしないわ」
墓石をハイヒールの踵でSMの女王様のようにぐりぐり踏みにじっているフェイトは、強い口調でそう言うと、足元に散らばるその手紙をサングラス越に、一瞥する。
「……」
「あなたは、こんなガラクタに縛られるような人じゃない筈です、――あなたには残された人がまだ居るはずよ。
その娘のためにも立ってください」
フェイトの言葉に、パジャマ姿の山田はよろよろと立ち上が……、
れなかった。
起き上がろうとして、そのまま崩れ落ちてゆく。
――だが、視線だけは彼女を、強い視線で凝視していた。
「たしかに君の言うとおりだ。
けれど、ゆうなとの大切な思い出に、土足で踏み込んだ貴女を許す事は出来ない」
次の瞬間、彼のひとみには、暗いながらも、焔がともっていた。
――憎悪のような憎しみを絞り出すような、視線だった。
「私は許されなくていい」
だが、フェイトは山田の表情をみるとフッと表情をゆるめ、そう言いうと、くるりと背をむける。
「……何故?」
訝しげな表情を彼女に向ける山田。
「……あなたに生きる気力が戻れば、私は恨んでもらっても構わないわ」
フェイトは、さんぐらすをスッと持ち上げていた。
レンズに溜まった銀の雫が落ちていた。
「――恨まれるのは慣れているから……」
彼女はそう言うと、銀髪をなびかせながら墓地を後にしてゆく。
墓地には、ただ冷たい夜風が吹き抜け、天空には銀の月が浮かび、呆然とする山田を照らしていた。
もう一話閑話を挟んでから、本編に戻ります~。