其々のRe
そして、あれから数日たった。
今、オレは、ノアと彼女に連れられたゆいの3人で、ゆうなの眠る場所に来ている。
――3人、それぞれの心の決着を着ける為に。
ちなみに、芋男にも声をかけたが、彼は部屋から出てこなかった。 ゆいの話では、パパは寝込んで出てこれないそうだ。
この場所を教えてくれた張本人のあゆむは無神論者らしく、「こんな所に出かけている暇は無い、優奈はそんな所に居る訳は無い」、と言い切り、この場所に来る事は無かった。
――そんな所が、彼らしいのだけど……。
そんな訳で、オレとノア、そしてゆいちゃん、この3人で墓所に来ることになってしまった。
「良い眺めだね」
「そうね、此処ならあの人も静かにねむれそうね」
オレとノアは、あたりの景色を見渡しながら、それぞれ口を開く。
――此処は街の中心から少し離れた、見晴らしの良い小高い丘になった緑豊かな墓所だ。
自分の目の前には、半円形の真新しい白い墓石、そして遠くにはビル群と更に遠くには、真っ青な海が見えている。
サクラなどが多く、眺めが良いので、街のオアシスと呼ばれそうな場所だ。
そして、ときおり秋を感じさせる、心地よい乾いた風が吹き抜けていた。
「それにしても、いい天気だね」
墓石の前に、真っ白いワンピース姿で佇むオレは、麦わら帽子ごしに空を見つめながら、思わず呟く。
雨上がりの夏空は、雲ひとつ無く、何処までも青く澄んでいた。
――まるで、オレの心に決着を着けに来た、今の自分の曇り空のような心境とはうらはらに。
未だに、『本当に此れで良いのか?』、と、ゆらゆらと不安定な天秤の様に揺れ動く、自分の決意。
――それを同じ天使だった彼女に報告すれば、きっとその決意が固まると思ったからだ。
「そうね、いいお天気よね」
制服姿のノアは、空を仰ぎ、メガネを光らせ短くそう言うと、
「過去に区切りをつけて、此処からもう一度始めるにはね」と言いながら、視線を足元のゆいに向けていた。
「うん……、わたしもがんばるから……」
真っ白いワンピースを着たゆいは、そう言うと、胸元に体が隠れるほどの大きな真紅の花束を抱きしめながら、母親の真新しい墓石を見つめていた。
墓碑には、『優奈 此処に眠る』と刻まれている。
「よいこにしていたら、またママにあえるのでしょ?」
彼女は、真紅の純粋無垢の緋色の澄んだ視線で、オレとノアの二人を交互に見つめていた。
ゆいは、母親のゆうなに、良い子にしていたら彼女にもう一度会えると信じて疑って居ないようだ。
「……」
彼女の無垢な表情に、オレは表情を曇らせ、やり切れない気持ちになってゆく。
――死んだ人に会えるなんて、そんな事は絶対に無いのに、一体誰がそんな無責任な事を教えたんだよ……。
この子が母親に逢えないと、真実がわかった時、この子がどれだけ悲しむと言うんだよ。
――サンタが居ないと判った時の比じゃないだろうし……。
でも、何時かは彼女に伝えないといけない事なのだけど。
オレがそんな事を思っていると、ゆいはオレの表情から何かを感じたのだろう、
「あえないの?」、と、しょんぼりしながら口を開いていた。
「ううん、そんな事は無いわよ」
ノアはかぶりを振りながらそう言うと、スッとしゃがみこみ、ゆいの視線まで腰を下ろし、
「そうね、ゆいちゃん。
あなたが良い子にしていたら、ママとは、きっとマタ何時か会えるわよ」、と表情を緩め、彼女を諭すような優しい口調でゆいに語りかけた。
――彼女らしくない、その場しのぎの嘘だった。
「うんっ!」
ゆいは、母親と会えるとノアに言われたのが嬉しくてたまらないのか、
銀髪を揺らしながら元気よく返事を返すが、ノアはメガネの奥に寂しそうな表情を浮かべ、「――でも、それはずっと、ずっと後の話よ」、と続けた。
「――ずっ~~~と、あと、なの?」
ノアの言葉に、ゆいは無邪気に首を傾げ、きょとんとした表情を浮かべる。
――頭の上に?マークが浮かんだような表情だった。
えっ、昨日もママと会ったのに、こんどはずっと会えないの? そんな表情だ。
彼女のあどけない表情を見ると、さらに辛くなる。
ノアも、同じだろう、沈痛な表情を浮かべていた。
暫しの沈黙が辺りの時を止める。
――ただ、風の音が静かに聞こえるだけ。
そんな中、再び時を動かしたのはノアだった。
彼女は重い口調で、「そうよ」、と短く言葉を区切り、
「貴女がちゃんと大人になって、そしてステキな恋をして、その人と子供を作って、
――そして、ゆいちゃんが、お婆さんになって寿命でこの世界から旅立ってからの話よ」、と泣きそうな声で語り終えた。
「……」
彼女も幼いながら、母親のゆうなとは、もうこの世界で会えないと察したのだろう。
「きのうみたいに、ゆめでもよいから、ママにあいたな」
ゆいはそう言うと、ノアに教えられたとおりに神妙な面持ちで胸に抱えていた花束をたどたどしい手つきで墓に捧げ、胸に手を置いて死者へ黙祷を捧げていた。
真っ白な墓石には、ゆうなと生き写しのゆいの姿が映りこんでいる。
「私達も……」
「そうだね」
ノアに言われ、オレとノアの2人はずっと胸に抱えていた花束を手向けた。
小さな真紅の花々が束ねられたものだった。
ゆうなに似合いそうな花だ。
「わっ!!」
突然の風にゆいは小さな声を上げた。
3人の間を一陣の風が抜けてゆき、墓所にあった花束の真紅の花弁を紙吹雪の様に天空へ吹き飛ばして、見る見る小さくなってゆく。
蒼天には白銀の光を放つ蒼穹の月が輝くなか、ゆいは銀髪をたなびかせ、真紅の花弁の行方をまるで母親の魂のようにじっと追い続けていた。
アリスの償いの答えは、きっとこの娘だったんだろう。
奪ってしまった命の代わりに、新しい息吹を遺してゆく。
実に合理的、彼女らしい償いの答えだった。
――けれど、完全なようでも彼女の計算は合っていないんだ。
あの人には、一人足りないんだ……。
銀髪をたなびかせ、じっと花びらを追う彼女の姿を見て、やっと自分のゆらゆらと不安定な天秤の様に揺れ動いていた決意が固まってゆく。
自分の償いの答え、そして灯火の意味が。
――其の為にも、あの場所に行かないと。
「此処からは……一人で行かせて」
オレが真顔でそう言うと、ノアは黙って頷いた。
――きっと、彼女にはオレが何をするのか判っているのだろう。
ただ、黙って頷いてくれた。
――そして、あの場所へ向かう。
”
そしてオレは、制服に着替えを済ませ、先程の墓所から少し離れた丘を登ったところにある静謐な森の中にいた。
目の前には、見上げる程、巨大な墓石があり、黒御影で出来た、立派な墓石には木戸家と書いてあった。
あゆむから聞いた木戸家の墓所だ。
――つまり、あの人の眠る場所だ。
「あの時はごめんなさい」
オレはそう言うと、持ってきた二本目の花束を墓に供え、頭を地面に擦りつけるように土下座をしながら言葉を継いだ。
「きっとあなたは、オレを許さないと思う。
――けれど、自分の罪を償う為に、ほんの少しだけ時間と、ワガママを許して下さい」
彼女への、あの時の行為、そして、此れから自分が決めた事に対する、彼女への心よりの自分の謝罪だった。
――きっと、オレがこれからやろうとする事は、彼女が生きて居たら、道義的に許される事じゃ無いだろう。
けれど、これが自分の出した答え。
「貴様の様な阿呆が、此処で何をしている?」
土下座したオレの背後で、聞いた声がひびいてきた。
「――どうして、あゆむが此処に?」
オレが振り返ると、其処に居たのは、何時ものようにスーツ姿の小梨だった。
きっと、オレの事を少し離れた所から、ずっと見守ってくれて居たのだろう。
彼は、腕を組みながら、土下座するオレに、胡乱な表情を浮かべていた。
「杏子、それは此方のセリフだ。
貴様が木戸家の墓地で土下座したと思えば、その表情。
―― 一体何が有った?」
あゆむは、オレが柔和な表情で、強い目になった事に驚きを隠せないようだ。
「あゆむ、前、自分が……決めた事があると言ってたよね」
「ああ、――今は内緒、と言っていたな」
「その答えを、今言うよ。
――お願いだから、今は目を閉じて」
「……何をするつもりだ?」
あゆむは、オレの言葉に、イケメンの顔を引きつらせながらも、目を閉じてくれた。
「その答えは……」
オレはスッと立ち上がると、そう言いながら柔和な表情を浮かべ、彼の傍に歩み寄った。
その答えは……。
「――これからも、宜しくお願いしますね」
そう言うと、背伸びしてキスをする。
「……」
オレは、驚きの表情、だけど、笑みを浮かべるあゆむの腕に手を回し、だっこちゃんのように抱きついていた。
――これが自分の決めた答えだった。
自分が、奪ってしまった、あの娘の代わりに、あゆむの隣に居て彼の支えになる。
――そして、ゆうなのように……。
それは、自分勝手な事は判っている、そして、あの娘も許さないと思う。
――けれど、それが、自分の決めた自分の償いの答え、そして。今の灯火。自分の生きる意味。
何も、目的も無く、殺される為にだけに生きるのは辛いから。
気がつけば、真紅の花弁が澄んだ青空に舞い散っていた。
閑話を挟んで、ここから後半戦始まります~。
蠅との決着、もう一人の天使、そして、あの人達の伏線も回収して行くので、こうご期待~。
気合入れて書きます!!