才能?
住処のマンションから徒歩で20分。
自分が通っているフェリミス女学院は広大な敷地をもっている。
小さな山一つを切り崩した緑が多い広大な敷地に、コンクリ造りの棟がゆったり並び、中央には図書館や食堂などの付属施設が立っている。
イメージとしては、よくある地方大学が近いのだろうか。
もっとも、自分も話にしか聞いた事がないのだけど。
自分が住んでいるマンションから、古くからの商店街を抜け教室までの道のりも命がけ、
ハンターや復讐者を警戒しながら辿りとくと当然の事ながら精神はすり減ってしまう。
――結果……。
「ぐぉぉぉ……」
授業中、オレは教室で机に伏して教科書片手に唸りを上げていた。
窓際の一番奥から2番目、其処が自分の席である。
自分の前は松本こと、アースクエイク(あだ名)の巨漢の彼女が居るので、彼女の後ろになれば小柄な自分はすっぽり隠れてしまう。
――故に完全に先生達からは死角なのだ。
教室にたどり着くと、即座に机の上には枕用の分厚い別教科の教科書数冊を並べ、完全に安眠体制確立である。
アイツの話では、復讐者やハンターは授業の真っ最中に襲う事は稀だそうだ。
確かにそうだ。
露出狂でも無い限り、いきなり人前で致す事は出来ないだろうし。
もしやったら、ここに居るようなゴリラのような女子達にタコ殴りにされる事は間違いない。
そんな訳で授業中は恰好のお昼寝タイムと化していた。
”
「荒川さん、もう放課後ですよ」
惰眠を揺り起こすように落ち着いた声が聞こえた。
話しかけてきたのは分厚い眼鏡をかけ、真っ黒なセミロングヘアーをして、真面目にセーラー服を着用した、イカにもと言う風貌の委員長(とあだ名の)クラスメイト 泉 望愛だった。
彼女は箒片手に、胸を張り顔を引き攣らせていた。
「ふぁぁ、終わったの?」
思わず、寝起きのボケた頭、変顔 (寝癖つき)しわ着きのセーラー服で変な返事を返す。
自分が眠っているうちに、何時に間にか催眠音波を放つ古典の老講師の授業も終わっていたらしい。
放課後の教室の中は掃除当番の数人を残し閑散としていた。
「とっくの昔に終わってますよ、掃除をするから起きてくれませんか?」
「ふぁ~い」
彼女に促されて寝ぼけ頭のままフラフラと席を立つ。
その様子に掃除中の彼女の機嫌はマスマス悪くなったようだ。
目じりがひくひく引き攣っている。
「――まったく、何時も荒川さんはいつもいい加減な制服で来て、授業中は何時も寝てるけど、勉強やる気あるの?」
彼女のそういわれても、授業なぞやる気なぞ有ろう筈もない。
そもそも此処へも好きで通って居る訳ではないのだから
単にプログラムの一環だけだ、でもそれを真面目に言う訳にはいかず、思わず嘘をつく。
「一応はあるよ、たぶん、きっと……」
「ふ~ん」
自分が顔をぽりぽりしながらやる気のない返事を返すと、彼女は胡乱な目を向けてきた。
そう言われても、本気でやっても無理な物は無理なのである。
猫にワンと鳴けと言っても無理なように、世の中には出来ない事がある。
勉強にしても、コイツには才能の差で負けてる感がヒシヒシとする。
牛乳瓶の底メガネのがり勉と、如何にも頭の悪そうな茶髪の娘、しかも顔には枕のあとつき。
――見た目からして負けてる感がする。
「何ともやる気のない返事ねぇ、本気でやる気あるの?」
ノアの問いに、無いとも言えずに、顔をそむけ、外の景色を見ながら思わず本音をポロリと零す。
「自分はお前ほど才能ないから、やる気が起きないんだよ」
「私が才能? 馬鹿にしないで!!」
才能と言う言葉を聞いた瞬間、何時もは冷静なノアは声を荒げ烈火のごとく憤怒した。
自分が何か地雷でも踏んだか?
何も地雷らしきものを踏んだ覚えは無いので、思わず大きな目を見開き唖然とした表情をした。
「あなたは私を侮辱したのよ?」
「どうして、自分は何か悪い事でも言った?」
自分にはノアの言葉が判らない。
彼女は何もしなくても良い成績が残せる……自分とは違う頭の良い人間だろ?
思わず、首を傾げ、頭の上に?マークが点灯する。
その様子に彼女はため息交じりに言葉を吐き捨てた。
まるで何も解らない阿呆を見るように。
「まあいいわ……。
頭にヘリウムガスでも詰まってて、イザとなったら可愛く笑えば済まされる、貴女のように可愛く生まれた苦労知らずには判らないかも知れないわね」
ノアはそれだけ言うと放課後の教室を後にしてゆく。
「まてよ!」
其処まで言われて、黙って居たくは無い。
アイツには追いかけて文句の一つでも言わないと気が済まない。
頭にはヘリウムガスなど詰まっていない、普通に脳が詰まっているのだ。
もっとも、ロクでもないネットゲームの知識意外、何も詰まってないのは否定できないけど追いかけてゆく。
「話を聞いていたが、彼女が正しいな……」
彼女を追いかけた先、扉の前に居たのは小梨。
何時もの様にスーツをキリッと着こなし、出来る男のオーラを漂わせている。
しかし、何故今日に限ってコイツが教室の入り口廊下に出てきやがった?
「ちょ、お前が何故此処に?」
「--お前と別件の仕事だ、上に許可は取ってある」
彼は何時ものように表情を変えず事務的に答える。
「あ~そうですか、監視者のお仕事ねぇ……、
そんなシッカリした職業なら女子高への視察許可もあっさり出る訳だ」
冷たい視線で、ちらりと彼の方を見つつ、更に続けた。
「才能のある奴らは卑怯だよな、何もしなくても出来るんだから
そんなお仕事をやってるお前もどうせ同類だろ?」
思わず本音をポツリ呟くと小梨は小馬鹿にした表情浮かべ鼻でわらう。
此方を阿呆を見るような視線を向けてさらに続けた。
「才能。
――お前にその言葉を吐けるほど、才能の事、そして彼女の事を知っているのか?」
「どういう意味だよ?」
小梨に『才能』やノアの事を知っているかと言われても、ある程度しか判らない。
才能って奴が有れば何もしなくても上手くやれるし、彼女はそれが有るレアな人間なんだろ?
――その程度だ。
「その表情、貴様は何も解ってない」
「あ~そうですよ、自分は何も解らない阿呆な人間ですよ」
「だろうな、だから貴様の為に助け船を出してやろう。
――彼女のバイト先にいけば阿呆でも判る」
オレの頭の上に?が飛び交うのを察したのだろう。
小梨は上から目線で『バイト先に行けば判る』と助け舟を出してきやがった。
簡単に言うけど、此方はいつハンターに襲われるか判らない身の上だ、簡単に行くともいえる筈もない。
「自分が途中で襲われたら、どうするんだよ?」
思わずポツリ呟くと、小梨は無表情に屠殺場の動物を見るような視線で感情を込めず返事を返してきた。
「それ以前に、太らなくなったブタは……」
コイツは豚の話を持ち出しやがった。
つまり、オレが変わらなくなったら、復讐のやり時と言う事か、
そりゃそうだよなぁ、
猫に小判の価値を判らせて、猫が小判を大事にし始めたら取り上げて絶望を与えるのが趣旨。
猫が猫のまま小判の価値が解らろうともしないなら、生かしてとく理由は無いと。
くそ、これは完全に負けた気がした。
此れはまさしく、『行くも地獄、行かないは速攻で地獄』
――こうなれば、やる事は一つだよな……。
「行けばよいんでしょ? 行けば!」
「ああ」
「行く途中に殺されたら、化けて出るからな……」
投げやりに言うオレに小梨はニヤリとするとポケットから、独鈷と何処かの神社のお守りを取り出した。
「……化けて出たら、オレが今度はちゃんと地獄に叩き込んでやる。
――あの女に土下座して謝ってこい」
勝ち誇った表情の小梨。
腕を組み高飛車に笑いそうなポーズで此方を見据えていた。
その表情に思わず自分はがっくり肩を落とす。
くぉぉぉ、ここまで対策するか普通……。
「負けたよ、どこに行けば良いんだ?」
「二駅先にあるションピングモールに入ったフードコートだ、彼女は其処でバイトしていた筈だ」
小梨は何故か彼女のバイト先まで知っている。
ストーカーかよ、変態だからそうに違いない。
きっとそうだ、うん。 思わず自分でも納得する。
「良く知ってるな」
「詳細は黙秘する」
「あ~そうですか、てか言いだしっぺのお前は来るんだよな?
来ないと言うオチは無いよなぁ?」
「行くつもりは無いが、何のつもりだ?」
彼は何時ものように事務的に答える。
――世の中、そうは問屋が卸さないんだよなぁ……。
こうなれば、死なば何とやらだ。
「此処は女子高、で目の前に居るのは男。
つまり、自分が一声出せばどうなるか……ニヤリ!」
自分の口角が邪悪に歪むのが判る。
「くっ卑怯な」
小梨はオレの作戦に思わず顔を引き攣らせる。
勝った!
勝利の余韻に思わず笑みがこぼれた。
「作戦勝ちと言え、勝ちは勝ちだよ」
「……仕方ない、ちゃんと案内してやるからオレの腕を離すんじゃないぞ」
「……そう来るか……」
強烈なカウンターを食らった気がした。
何が悲しくてコイツの腕を捕まえて動かないと行けないんだよ?
「さあ行くぞ」
小梨に案内されながら、オレは強引に連れてゆかれる。
行先は二駅先にあるションピングモールに入ったフードコートだ。