空虚の意味
あの事件から数週間たった。
オレは、あれから小梨の部屋から出ない事が多くなっていた。
そもそもベットの上からも動いていないのだけど。
「……酷い顔だな……」
オレは小梨の部屋のベットに寝転がったまま、夜景の映るガラスに写った自分の姿を見て、思わず呟いた。
其処には、パイプベットの上にだらしなく寝転がる、だっぽりしたあゆむのシャツに包まった、元可憐だった少女が居た。
目は落ちくぼみ、茶髪もボサボサ、覇気はまるで無い、例えるなら幽霊の様な風貌をしている。
――これが今の可愛い顔も台無しになったオレの姿だ。
「でも、仕方が無いよな……」
オレはガラスに写る自分に向かい、自嘲気味につぶやいた。
それも其の筈だ。
アレだけ食欲旺盛だったのに、ご飯を食べるのはホンのちょっぴり、小鳥の餌程度を一日に一回。
その位しか食べないのだから、この姿になるのも当然の結果だと自分でも思う。
「太らなくなったブタは……」
オレの背後から、何時もの声が聞こえた。
オレにはその主は判っている。
――ガラスに写るのは、オレの背後で腕を組み、イケメンの顔を歪め、嫌味を言っているあゆむだ。
「……ロストエンジェルにでもすれば?」
オレは無表情のまま、小梨に背を向け、呟くように返事を返し、更に言葉を続けた。
「あゆむ、お前の好きにしなよ。
――何なら、レイプ物のAV女優出演でも構わないよ」
本心だった。
――もう、どうなっても良いや、と言う諦観だった。
どう足掻いても、オレの最後に辿りつく結末は決まって居る。
――それは、彼女のような惨めな死。
それが、変わらないオレの未来だから、もう何もしたくなかった。
息をするのも、一呼吸すら面倒な、そんな感覚だった。
「彼女達を馬鹿にするな」
オレの言葉を聞いた小梨は、吐き捨てるように言うと、
「貴様のような顔で、更には、鳴かないカナリアに価値は無い」
と強い口調で締めくくった。
「……」
どうやら、オレはレイプ物のAV女優にすら成れそうにない。との事だ。
そう思うと、思わず白い毛布に包まり、顔すら出さず、あん饅頭のような状態になっていた。
――全く、無価値な自分が嫌になる。
「……貴様がこのまま衰弱死する事は、この私が許さない。
――その時は、この私が口移しでもして、無理矢理食べさせるから覚悟しておけ」
「……」
何時も言う小梨の嫌味にも、今日は返事をしない。
普段は、もう少し反論するのだけど、今日はやる気すら起きなかった。
――体の力が抜けてゆく感覚に、自分のすぐ傍まで死神の足音が迫っている感覚だった。
「貴様の好きにしろ。
――だが、今日は貴様に客が来ている」
あゆむは其れだけ言うと、寝室から去って行った。
――本当は、こんなオレに優しくしてくれている彼に、「ありがとう」、と感謝の言葉でも言うべきなのだろう。
だけど、だけど、其れすら言えない自分がイヤになる。
「初めまして、杏子さん」
澄んだ声が聞こえた。
まるで鈴を転がす様な、心に響く様な、けれど、何処かで聞いた事が有る様な声だった。
「だれ!?」
オレが声の方に毛布の隙間から覗き込むと、其処に居たのは漆黒のスーツに身を包んだ、ロングの銀髪をした女性。
濃いサングラスをしているが、顔の輪郭から整った顔立ちで有る事は、間違い無さそうだ。
丁度、かつてのゆうながサングラスをかけたら、そんな姿になるのだろうか?
「私は、フェイトブライトです」
彼女はそう言うと、サングラスを取り去り一礼した。
フェイトの素顔は世の中の美を理想にしたような顔で、瞳の色は紫水晶のような澄んだ紫。
――感じとしては、有名な小説のハーフエルフのヒロインと呼ばれそうな雰囲気。
瞳の色は違うけど、彼女にそっくりの女性だった。
「……ゆうな……さん!?」
彼女の姿に、オレは毛布から身を乗り出し、思わず呟いた。
――死んだはずの、優奈が目の前に居る感覚だったからだ。
「いいえ、違うわ」
フェイトはそう言うと、軽く目を閉じながら、頭を左右に振り、
「――よく色々な人に間違われるけど、私はフェイトよ」、と整った顔をいたずらっぽく小さく歪め、オレの問いを否定した。
――自分は、ゆうなでは無いと。
そして、彼女はオレの考えを読んだ様に、オレが疑問に思っていたことを口に出してゆく。
「私が、あなたが知っている『有住優奈』という女性と良く似ている理由、
それは、私はアリスさんと同じで、デザイナーズベイビィだから」
「デザイナーズベイビィ?」
オレは、初めて聞く言葉に思わず彼女に聞き返した。
――デザイナーズベイビィ、って一体なになんだろう、と。
そんな事を思っていると、向こうは其れすら織り込み済みのようだ、フェイトは表情を変えずに、オレにも判るよう、要点をかいつまみ、デザイナーズベイビィの事をクールに説明して行った。
「杏子さん、『デザイナーズベイビィ』、と言うのは遺伝子改変で、親が望むように理想の容姿、知性、性格になるように作られた人間をデザイナーズベイビィそう呼ぶのよ。
まるで、親が望むオーダーメイド製品を組むように」
フェイトは悲しそうにそう言うと、少し俯き加減で、声のトーンを落とし、更に言葉を継いだ。
「自分はその当時のトレンドタイプ 『モデル ミカエル』だから、自分とよく似た人が世界には3人どころか、3000人は居るわ。
まるで、大量生産の工業製品みたいにね。
――だから、私とアリスさんが、容姿や性格がよく似てるのかも知れないわね」
フェイトはそう言うと、長い銀髪をサラリと揺らす。
――ゆうなとそっくりなクセだった。
そして、彼女は何か辛い事を思い出したのか、体を小さく震わせながら、更につづけた。
「そして、私が生まれて少し経ったころ、また新しいモデルのデザイナーズベイビィ、『モデル ガブリエル』が現れたわ。
――もっと良い容姿、高い知性、そして、より従順な性格をしたデザイナーズベイビィよ。
それを知った私の親達は、また新しい子供を作ったわ、丁度、最新のスマホに買い換えるようにね」
そう言うと、フェイトは悲しむの色を濃くし、悲しそうに声を震わせながら、更に言葉を継ぐ。
「どんなに沢山自分とそっくりな人間が居ても、
――私という人間は、自分だけなのにね」
彼女の言葉の意味。
――どんなに沢山自分とそっくりな人間が居ても、フェイトという人間は、自分だけなのにね。
野良の粗製濫造の粗悪品である自分には、その言葉の意味は判らない。
でも、彼女に何が起きたかは容易に想像できた。
今まで全て彼女に注いでいた愛情を、その後に生まれた子供に注ぎ込み、使い終わった旧モデルの製品のように、放置されたのだろう。
――丁度、スマホを買い替え、使い終わったようなスマホのような扱いを親から受けたのだろう、彼女はモノじゃないのに。
――デザイナーズベイビィと言う前に、一人の人間なのに。
「……」
オレは、彼女の話を神妙な表情で聞き、考えて居た。
その時、小梨が話していた、以前の彼女の性格、ゆうなの悲しみの意味を理解した気がした。
彼女は、自分を受け入れない世界に空虚な感覚を持ち、人間を生きている物として見なくなっても不思議じゃない。
――そして、犯してしまった過ち。
その開いていた、彼女の空虚を救ってくれたのが、あの男と娘のゆい、と理解した気がした。
「そうなんだ……」
何となく引っかかるものがあったけど、納得してしまった。
「でも、フェイトさん、貴女がどうして此処に?」
でも、此処に彼女が来る理由が考え付かなかった。
彼女が来客……!?
そんな事を思っていると、フェイトは寝室のドアの所をつんつんと、指さした。
「小梨さんに頼まれたの」
「何を?」
あゆむがこの人に何を頼んだんだろ?
そんな事を思って首をかしげていると、次の瞬間、凄まじいものが聞こえた。
「杏ちゃん 何を考えて居るの!!」
女性のオレに対する怒号と罵声。
思わず、直立不動になり、自分の愚かな行動を謝罪したくなるような、迫力のある声だ。
「!!!」
おそるおそる声の方を向くと、其処に居たのは、オレがあゆむ並みに恐れる人が居た。
――制服をきたままやってきた、クラス委員長のノアだった。
残りは早めに投稿します。
こうご期待!