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幻想の終わる時


 「うわぁぁぁ!!」


 小梨と二人、朝焼けの街を走り抜け、フェリミスの美術室の前についたオレの耳に飛び込んで来たのは、ゾウの雄たけびのような野太い絶叫。

 人間がこんな声を出せるとは思えない、怒り、悲しみ、絶望、様々な感情が入り混じった叫びだった。


 「――!!」


 オレは息を切らせながらドアをガラリと引くと、教室の中の様子が目に飛び込んできた。


 「……ゆうな……」

 

 オレは美術室に一歩踏みこむと、声を失い、茫然と崩れるように座り込んでいた。

 其処に広がる幻想的なほど美しく、それ以上に凄惨な光景が広がっていたからだ。

 それは、まるで前衛芸術のような光景。


 ――銀髪の全裸に剥かれた天使は、床に絨毯のように真紅の花びらが散らされた室内で、オブジェの様に、吊るされていた。

 彼女は全裸のまま声を出せないように口をテープで塞がれ、後ろ手を束ねるように縛られた挙句、天井の梁に伝う配管から延びるロープによって、後ろ手を束ねるように縛られて、ぶら下げられられていた。

――その姿は、まるでうつろな表情の銀髪の天使が、うつむき加減で豊満な胸を張り、背中あるツバサを広げているようにも見える。

 そして何より凄惨だったのは、体にを貫く狂気(凶器)だった。

 彼女の背中から胸を貫くように刺ささり、血がしたたり落ちる、1メートルはあろうかと言うナイフ。

 ――それは、薄く、細く、そして長い、刃だった。

 鈍色に光る狂気に貫かれた彼女は、ゲームのワンシーン、薄幸のヒロインがラスボスに不意打ちされ、背中から剣で貫かれる様な光景だった。


 そして、足元に視線を移すと、ゆうなの足元に縋り付き、泣きじゃくるゆいの姿。

 

 ゆうなの首に視線を移すと、安そうな銀の鎖がかかり、それに繋がれた安っぽいうす青のメモが見える。

 ――メモには、蝿の真紅の刻印が刻まれていた。

 ハエの羽には海賊旗のようなドクロマークがついた禍々しい刻印だった。

 そのメモ用紙を更に見ると、「強姦殺人犯――、処刑完了。 Byベルゼバブ」、と、優奈の前の名前と、犯した罪名、そして処刑したハンターの名前が書かれたプラスチックの札がかけられ、ただ静かに揺れる。


 彼女は、まるでフィギュアでも展示するように晒されていた。

 

 「うっ!!」


 オレは次の瞬間、部屋の中に立ち込めた異様な臭いに表情を歪める。

 それは、以前のオレなら嗅いだことのある臭いだった。

 ――イカ臭い男と女がアレをした時の臭いだ。 

 

 その光景をみて、オレでも彼女に、ここで何があったのか、直ぐに判った。

 ――ハンターに襲われて、自分の罪を償わされたのだ。

 幼いわが子の前で、陵辱の果てに、命を奪われて。


 その光景に、山田は壁に背中をあずけ、体を丸めるようにして座り込み、虚ろな表情で、ただ頭をかかえ、

 「うそだ、嘘だ、ウソだ……」、と現実から目をそらすように呟いている。

  

 ――幸せな家族のまぼろしが、現実に引き戻され、ガラスのように粉々に砕け散った光景だった。


 オレはこの時、自分の天使であると言う意味、

 ――極刑にされて居ると言う事を、やっと理解した。

 今まで、観察者のあゆむが何時も傍に居て、自分でも天使と言う立場は判った()()()()()()、違う。

 ――()()()()()()()()()()()()


 でも、本当は、そんなに甘い物じゃ無かった。


 ――メメントモリ。

 天使エンジェルにとって、自分の最悪の死はスグ傍にある。

 何時、こんな感じで殺されるかもしれない、と。

 オレは、何時も考えないようにしていた事実、(自分は天使、何時かこんな風に殺される存在)

 その現実を無慈悲に突き付けられ、力なく崩れ落ち、震えが体を包んでいった。

 ――鏡に映る自分の顔をチラリ見ると、可愛い顔も台無しになるくらい真っ青になり死人のように見える。


 ――自分とゆうなの立場が逆でも、おかしくなかったから……。

 もしかしたら、ほんの少し歯車が狂っていたら、あの場所で吊るされて居たのはオレだったかもしれない。

  

 体の力が抜け、ポケットから何か落ちるのが分かった。

 その時、オレはあゆむが言っていた言葉の意味を、オレはやっと理解できた。


 ネズミやアヒルのコスプレで街を闊歩するイベントを企画したのは煙幕だろう。

 ――「まつりに行きたい」、とせがむ優衣を、人ごみの中に連れ出すために。

 そして、電子レンジで電波障害を起こすのも同じだろう、ゆいをはぐれさせ、連絡をとれなくさせるためだろう。

 ――面白いネタを見る為に、優衣を誘拐するための蠅が巧妙に仕組んだアイツの勝ち筋。


 そして、優衣を餌にして、難攻不落である本命のゆうなをおびき出し、

 そして、この場所で無残に処刑して晒し者にする。


 ――それが、ベルゼバブの言う ・・・祭りだった。

 

 床に落ちたのはスマホだった。

 落ちたはずみで拡大されたフォントで、・・・の意味が、ようやく意味が判った、

 ・の所は、極小フォントで 優 奈 血 書いてあった。


 つまり、――優奈血祭り。

 天使であるゆうなを処刑するのがメインのフェスティバルだった。

 其処の二文字が、自分の名前 (杏子)でも全く不思議じゃなかった。

 ただ、恐怖だけがオレの全身を包みこみ、激しい悪寒に座り込んでいた。


 どの位たったのだろう。

 そんなに時間は経っていなかったと思う。

 オレが、気が付けば、美術の教室には、騒ぎをかぎつけた女生徒たちがチラホラ集まり始めていた。

 そして、遠巻きに吊るされた天使を冷やかに見ていた。

 

 「噂の天使? 例の事件の性犯罪者よね? 」 

 「女性の敵、人間の屑、殺されて当然よね」

 「――いい気味よ」


 その時、オレの耳に聞こえたのは、ゆうなに対する聞くに堪えない言葉だった。

 彼女たちの数人は、野次馬の人垣のなかアカラサマに冷ややかな視線で罵倒し、嘲笑している。

 表に出さない娘たちも、無言で冷ややかかな視線をゆうなに投げかけていた。


 ――だれも、何もしようとしない。

 目の前に、吊るされたクラスメイトが居るのに。


 たしかに、アリスは居るのか居ないのか分からないような存在感の薄い娘だった。

 けれど、たしかに昨日まで普通に接していたクラスメイトだった娘だ。

 なのに、なのに、クラスメイト達は、彼女が天使と分かった途端、掌を返したように冷酷な態度を取っていた。

 ゆうなは、天使と判る前と今でも、何一つ変わっては居ない筈なのに。


 「もうだれか、救急車を呼んでるの?

 呼んでいないなら、誰か呼んで!」


 ただ一人、クラス委員長の望愛のあを除いて。

 彼女は、毅然とした態度で口を開いていた。

 だが、彼女の言葉に動こうとする生徒たちは誰も居ない、

 関わり合いになりたくない様子だ。


 「……」

 「……流石優等生よね……」

 

 人垣の中に紛れ、ノアに対し、冷ややかな視線と言葉を送るのが判る。


 「もういい分かった。

 私が連絡する……、――あの人の事何も知らないくせに……」


 彼女はそう言うと拳を握りしめ、眼鏡の奥に今まで見たことないような雰囲気を漂わせていた。

 殺意にも似た気配をしている。

 まわりの空気が痛い。


 「まあ、これは仕方ありまへんな~」


 そんな中、軽い口調の声が耳にこびりついた。

 一度聴いたら、二度と忘れようのない声だった。


 「北村?」


 オレが声の方を向くと、人ごみのなか其処に居たのは、北村だった。

 彼は、表情一つ変えず、吊るされた天使に冷やかな視線を投げかけ、


 「あの子は天使っしょ?

 ――殺されて当然な娘ですさかい、来るべき時が来ただけしょ?

 いずれこうなるために、無駄に生かされる訳ですから」


 慇懃な態度で「アーメン、ご冥福をお祈り申し上げます」と、礼をすると、すっと部屋から去ってゆく。


 ――確かに彼の言う事は間違って居ない、けれど……。

 自分は受け入れる事は出来なかった。

 あの 子供の為に命を懸ける ゆうなが、殺される意味が。

 

 「阿呆がっ! 」


 突然、怒声が部屋に響き渡る。

 それはオレより遅れてきた、小梨の一喝だった。

 イケメンらしくない、鬼の形相をしたその一言で、部屋中が静まり返った。


 「山田、何を呆けている!!」


 彼は何か確信があるような表情だった。


 「――まだ、終わって居ない」

 「終わっていない?」


 小梨の声に、泣きつかれた優衣を抱きしめていた山田は顔をあげる。

 ――芋の様な顔に生気が戻って居るのが判った。

 

 「ああ、ナイフで一突き、その程度で人は簡単に死なん!」

 

 小梨は、そう言うと、「どけ、邪魔だ、クズどもがっ!」、と、険しい表情のまま、女生徒のひとがきをかき分け、アリスに歩み寄よる。

 「――この娘なら尚更だ」、と真顔で短く言うと、

 あゆむは、吊るされたままの彼女にささった刃におもむろに手をかけ、刹那の早業でナイフを引く抜くと、 天使の体がビクンと動き、傷から血がしたたり、アリスの体が生への渇望をみせた。

 ――彼女がまだ生きている証だ。


 「……急所を外し、じっくり苦しめる残虐な奴の仕業に助けられたな。

 この出血量ならまだ望みはある」

 小梨はそう言うと、彼女の傷口に白い板の様な物を挿入し、天使の背中の傷を挟むように押さえつけると、徐々に血の流れだすのが止まってゆく。

 それは、自分の目を疑うような、魔法の様な光景だった。


 「あゆむ、一体それは何なの?」

 「これは止血の為の「吸収性局所止血材」と言うものだ」

 「吸収性局所止血材?」

 「これは、傷の中で止血剤が膨らみ、物理的、凝固系の両方で止血すると言う物だ。

 ――……私に2度の失態は無い」


 あゆむはオレに答えながらも、テキパキと処置をつづけ手が止まる様子は無い。

 次に、ポーチの中から取り出した瞬間接着剤のようなもので、背中の赤い血が滲む傷口を塞いでゆく。

 ――同じように、胸の方も止血してゆく。

 何処で覚えたのか判らないけど、淀みも迷いもない、医者も真っ青な流れるような処置だった。


「――応急処置は終わった」


 あゆむは、傷の処置が終わった優奈の傷に包帯を巻き終わると、フゥと息をつき、


 「山田、泣くのはその娘が死んだその後でいい。

 ――確立は高くないが、間に合うかもだ」

 「小梨さん、……その言葉を信じて良いのか?」


 山田は、小梨の言葉に半信半疑の表情を浮かべていた。


 「ああ、確実とは言えないが、……腕のいい奴を知っている」


 小梨はそう言うと、窓越しの校庭に目を落とす。

 オレも其方を見ると、其処に有ったのは、クアッドコプター。

 ――と、隣には走りすぎで疲れたのか、例の情けない男がへばっていた。


 「移送用の手段も、私が校庭に手配しておいた。 

 ――空を飛べば、救急車を呼ぶより余程早いからな、

 これは時間との勝負だ」


 あゆむは、落ち着いた口調で淡々と説明してゆく。


 ――小梨はすでに薄々感じていたのだろう。

 こんな最悪の結末になるであろうことを。

 おそらくは、蠅の更新があった時、すでに。


 考えてみれば、更新があった時に博之も手伝わせても良かった。

 だが、あゆむは恐らく、それでは何も変わらないと弾き出したのだろう。

 半人前が一人増えた所で、狡猾な蠅の前にふたりは見つからない。

 だから、狩られた後のアリスを助ける別の手段を練っていたのだろう。

 オレがあゆむに甘えている最中に。


 「小梨さん、恩に来ます」


 小梨の言葉に、山田の顔に生気が戻る。

 戻りすぎで、顔を真っ赤にしながらアリスに駆け寄ってゆく。


 「どけ!!」


 駆け寄った山田はアリスを拘束から解放し、ぐったりとした彼女を抱きかかえると、

 自分のコスプレで、くるみ鬼の形相で教室の外へ駆け出してゆく。

 ――象の突撃の様な前に、群集がわれてゆく。


 だが、小梨は外にあるクアッドコプターを、腕を組んだままジッと凝視していた。


 「あゆむは、いかないの?」


 「行って、どうなる?

 ――私には、まだ仕事が残っている」


 オレの問いに、あゆむは行かないと言った。

 確かに、それはそうだけど……。

 ――こんな時は、一緒に行っても良いんじゃないの?

 優衣ちゃんも居る訳だし……。


 「自分は行くよ」


 彼女の奇跡を信じて、芋男と優衣と共に行く事になった。


 ”


 ついたのは、巨大な病院の屋上のヘリポート。

 其処に待機していたのは、白髪の医師とその後ろに控える若い医者と看護士の面々。

 その数、十数人。

 まるで白い○塔のような光景だ。


 「木戸様より、話は伺っています」


 「準備が出来ていますのでその娘をこちらの担架に」


 山田は言われるがまま銀髪の天使を担架にソット乗せると、深々と頭を下げる。

 凄まじい速度で、ストレッチャーは運ばれてゆく。


 ”


 手術室に明かりが灯り、数時間。

 山田とゆいとオレの三人は待合の椅子に座り待っていた。


 頭をかかえ、不安そうな表情を浮かべる山田の傍で、ゆいも不安そうな表情で「ママは? ママは?」

 と、芋男のズボンを引っ張っている。

 だが、芋男はそれどころじゃないようだ、ただ頭をかかえるだけだ。


 そんな中でも、あゆむは姿を見せることは無なかった。

 一体何を!?

 そんな事を思っていると、突然、手術室の表示灯が消えた。


 奇跡を望まずには居られない瞬間。


 「……残念ですが……」


 だが、部屋から出てきた白髪の医師は、沈痛な表情でかぶりを左右にふる。

 つまり、3番の選択肢。


 ――現実は非情だ。

 奇跡なんて起きやしない。

 

 「うぉぉぉぉ……!!!」


 山田の絶叫。

 そして優衣を強く抱きしめ、号泣する芋の姿があった。

 それは、一つの道が終わった瞬間だった。

続きは早めに投稿します、こうご期待。



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