ダークサイド ロウ
山田と北村の二人と別れて数時間たった。
真上にあった太陽も傾き始め、茜色ががった光を照らし始めていた。
流石に暑かったは町中も、夕日で茜色に染まる中、秋のような涼しい風も吹き始めている。
既にイベントは終わったらしく、街はいつもどおりの平静を取り戻していた。
――もっとも、通信障害でちょっとのゴタゴタは、未だに街のいたるところであるけど。
「くっ、二人とも、一体何処に行ったんだ?」
小梨は、イケメンの顔を引きつらせ、焦りを露わにする。
あゆむも、あの恰好は流石に恥ずかしいのか、コスプレから、朝出かけるときに着ていたジーンズにTシャツ姿と言うラフな格好に着替えていた。
そんな夕暮れ近い街の中を、オレと小梨の二人はずっと優衣と優奈の二人を探していた。
――だが、ゆいもゆうなも見つかる気配すらない。
ただ、焦る気持ちだけが空回りしていた。
「あゆむ。
――やっぱり、人手を増やした方が良いんじゃない?」
オレは、あゆむの隣で、彼の顔をじっと見ながら、ポツリと呟いた。
本心だった。
通信障害も収まらない中、此処まで探しても見つかないなら、少しでも人手を増やし、人海戦術で探した方が良いのは決まっているから。
「それが出来れば苦労はしない」
あゆむは苦い表情で短く返事を返し、
「だが――……どうやら、人手が半人なら増えそうだ」と、歩道の先を見つめていた。
「半分?」
何の事か分からず、おれが首を傾げ、あゆむの視線の先を見ると、
其処に居たのは、垂れ眉、垂れ目の情け無さそうなジーパンにTSの男。
たれまゆの男は、こちらに気が付いたのか、電子ペーパーのメモ片手に小走りで此方に向かってきていた。
「お……小梨さん、ヤット見つけた。
更新の内容は此処で、ついでに通信障害の原因もわかって、繋がらないのも解決した、って速報でやってた」
彼は、小梨にメモを見せ内容を説明する。
彼の顔のつくりそのものは、あゆむと似て悪くなさそうなんだけどね。
だけど、同じような服を着ていても、あゆむから立ち込めるような、猛烈な覇気が無い。
――こいつは、優しいかもしれないけど、全然頼り無さそうだ。
「このたわけっ!」
小梨は、鬼の形相で、なさけない顔の男を一喝し、更に言葉を継いだ。
「博之、通信障害が終わっていたのなら、コイツで何故知らせない?」
あゆむはポケットからスマホを取り出すと、コンコンと指さした。
「小梨さんが、メモを見せろと言ったから……。
――しかも、通信障害が収まったのは、ほんの数分前だよ……」
ひたいに汗をながし、必死で事態の説明をする博之。
しかし、小梨は言い訳を「この、アホウがっ!」の、一刀のもとに切り捨て、不満そうな表情で更につづけた。
「博之、昔からお前は機転が利かないな。
――そこは機転を利かせろ。 この非常時、数分が明暗を分けるかもしれないんだぞ?」
あゆむに、アホウだの、たわけと責められ、情けない顔が更に意気消沈し、へにゃっとなり、更に情けない顔になる。
これは泣く寸前かもしれない。
「泣くなよ、誰だって失敗はするんだから」
――確かに小梨の言う事は正論だけど、同情を禁じ得ない。
オレは、思わず彼を慰めてしまっていた。
「ありがとう……。
――もしかして、君が小梨さんが、前、話していた娘なの?」
オレの事に気が付いた博之は、恐る恐る訪ねてきた。
恐る恐るしなくても、自分はあゆむの様に嚙みつかないのにね……。
でも、こんな時は自己紹介が最優先っと。
「自分は、『荒川 杏子』です」
オレは自己紹介すると、かるく会釈する。
「僕は、『木戸 博之です』
博之は自己紹介しながら、オレの顔をみて顔を赤らめた。
まさか、コイツはオレに……。
――自分に、そんな趣味は無いんだけどねぇ……。
「ひ・ろ・ゆ・き……」
次の瞬間、トーンを落とした声と、鋭いあゆむの視線が博之に突き刺さる。
確実に殺気が篭った鋭い視線だった。
「ごめんなさい!」
次の瞬間、博之は面目も何もなく頭をさげ、あゆむに謝罪をする。
――ダメだこりゃ、前の自分でもここまで情けなくはなかった。
どうせ選ぶなら、あゆむの方が、断然いい。
そう思うと、オレは、いつの間にかあゆむの二の腕をきゅっと抱きしめていた。
「そうだったよね……」
おれとあゆむ、二人のラブラブな姿に、博之はさらにしょぼんとする。
――仕方ない、君にも似合いの人がいるさ……、きっと。
「『今晩のオカズの材料ゲッッッッツ!
――詳細は今夜のお楽しみ♪』――だと!?」
そんな事を思っていると、スマホの画面を確認したあゆむの顔色が変わる。
嫌な予感しかしないようだ。
そして、険しい表情のまま、次の更新を開いた。
「『今夜、銀髪の天使が地に落ちる』、
……繋がった、ヤツのターゲットはやはりコッチかっ!」
小梨は歯を固く食いしばりながら、近くにあった不法投棄された足元のレンジの残骸をけとばし、いまいまそうな表情を浮かべた。
「つながった?
――繋がったって、通信障害も、さっきまでのコスプレ騒ぎも、全部関係あるの?」
オレには、彼の言葉の意味が分からなかった。
思わず、首をかしげてしまった。
博之も何の事かわらないのか、あほうのような顔でぼうぜんとしていた。
「二人ともよく聞け、全ては、蠅が仕込んだ事だ」
小梨は、忌々しそうな表情のまま、何もわからないオレと博之に自分の考えを説明してゆく。
「……このコスプレ騒ぎ、これは奴が何も知らないコスプレ好き達も巻き込み、仕組んだ事だ。
そして、コイルを切り詰めた改造電子レンジを使った、通信障害も……同じだ」
気が付けば、あゆむは目尻を吊り上げ、目を見開き、青筋を立てた顔をしていた。
それは小梨が何時か見せた本気の殺意の表情だ。
「蠅……。
じゃあ、――僕は、前言っていた例の物を準備しておくよ」
沈痛な顔を受かべる博之の傍で、自分には、その表情の意味が分からなかった。
――例の物って何なんだろ……?
「ああ、至急頼む。
後、――私が前話していた、アイツに連絡を取って呼び寄せろ。
連絡先はコイツだ、金はいくら使っても構わない」
小梨はそう言うと、スマホをいじって、博之にメールか何かを飛ばしたようだ。
「判った」
博之はそう言うと、情けない顔を、すこしキリっとさせ、足早に何処かに走ってゆく。
「全部、蠅の仕業と言うのは判ったよ。
……じゃあ、アイツの一体目的は何なの?」
未だ、全部がつかめないオレは、あゆむに思わず訪ねていた。
只のいたずらにしては、手が込み過ぎているからね。
「この全て目的は騒ぎに紛れ、ゆいを誘拐する事だ」
小梨は、イケメンの顔に感情を無理に消し、落ち着いたトーンで淡々と説明を進めてゆく。
「まさか誘拐?」
「そうだ」
「じゃあ、何の為に、あの娘を誘拐するの?」
おもわずオレの頭に浮かんだのは、「幾らなんでも、それは考えすぎだろ?」
という言葉だった。
未成年者を誘拐したら、厳罰なのはオレでも知っている。
アイツも其処までのリスクを犯してまで、彼女を連れ去る理由が見つからないしね。
「目的なら、ある」
あゆむは落ち着いた口調、否。
感情を殺し、わざと落ち着かせた口調で、淡々と自分の考えを口に出してゆく。
「天使であるゆうなに、裁きを受けさせるためだろう」
「裁き?」
「アリスは警戒心が強く、どんなハンターも今まで狩る事が出来なかった」
確かに、優奈は天使にされて長い間生き延びている。
彼女の頭の良さと、警戒心の高さのたまものだ。
「そんな彼女に、娘である優衣を使い処断を与える……、
――つまり、又鬼のように子供を囮にして、ゆうなを狩る。
つまり、ゆいに地獄を見せ、叫び声を上げさせる事でアリスをおびき出す、ということだ」
「……あの、ゆうなを?」
あゆむは、険しい表情のまま、淡々と、自分の恐ろしい考えを口に出してゆく。
――子供を囮にして、ゆうなを狩る、と。
オレは、余りの外道ぶりに思わず聞き返していた。
確実に在り得ない、と思いつつ。
「……ああ、そうだ」
小梨は忌々しそうに、短く言葉を区切り、
「人は何か大切なものが出来た時、最も無防備になる。
大切なものを護るために普段できることが出来なくなり、最も危険で浅慮な選択を選ぶ。
――頭のいい優奈はなら尚更だ」
真顔でそう言う小梨。
「……」
自分の場合、何時も本能に従って、安易で浅慮な選択を選んで居るのだけど……。
ゆうなの場合、今回のように一人で危険な人ごみに走りこんでゆくなんて、頭の良い彼女らしくない行動だ。
きっとそれが、最も危険で浅慮な選択。
だけど、彼女を責める事は出来ない、自分でもきっとそうするだろうから。
――人間だもの。
「……その為、その為だけにあの子をさらったの!?」
「そうだ」
声を震わせる、いや、余りの恐怖に体まで震わせていた言葉に、
小梨は、オレを落ち着かさせようと、ギュッと強く抱きしめると、
「アイツは、きっとその為だけにな……」忌々しそうに締めくくった。。
――ゆいに地獄を見せる。
その言葉に、昔、怖いもの見たさで見た、西部劇のシーンが浮かんだ。
森に逃げ込んだ主人公に対し、彼の娘をよく見える広場で陵辱の限りを尽くし、悲鳴を上げさせることで、彼をおびき出す、というものだった。
普通の神経なら、目を背けたくなる非道の光景。
オレはあどけないゆいの笑顔が浮かび、それが無残に踏みにじられる光景が目に浮かんだ。
――いくら天使の子供とは言え、あの娘に何の罪は無いのにね。
生まれてくる子供には親は選べない訳だから。
余りの不条理に、心底、人間の底なしの悪意に嫌気がさして来る。
でも、それも人間のダークサイドの一面なのだろうけど。
――もっとも、彼女に非道をして、天使の体にされた自分が言えた義理じゃないのだけど。
「法を犯そうが、倫理に反しようが、道徳を踏み外そうが、自分が捕まらなければ何でもやる。
蠅はそんなヤツだ」
あゆむは表情を歪め、アイツの行動パターンを読んでいるのか、忌々しそうに吐き捨てた。
「……そんな事をするハンターって、人間以下のクズだね……」
思わずオレが溢したのは本心だった。
そんな事は、血の通った人間のやる事じゃないから。
さんざん悪い事をしてきた小悪党の自分でも、流石にそんな事は出来ないだろうし。
「確かにクズばかりだ」
小梨は、忌々しそうに吐き捨て、「だが」、と短く区切り更に続けた。
「クズであるハンターにもルールがある以上、あの娘は普通のハンターは襲わない。
普通の天使ならいざ知らず、あの娘が、更に罪を重ねる事など、一般市民より低いだろうしな、防犯の為に急いで処刑する理由は無い」
あゆむはそう言うと、更に言葉を継ぐ。
「――なにより、仲睦まじい彼女達を見ると、いくらハンターとは言え、心のどこかでブレーキをかけてしまう。
いわば、冤罪が疑わしい死刑囚のような、不可触のようなもの、
――いや、無期に減刑され、仮釈放されている死刑囚のようなものだ」
たしかに、実害が有るほうから叩くのは道理だからね。
バッタと蚊が居たら、実害のある蚊を真っ先に叩くだろうし。
それが、実害も無い、見た目も良い蝶だったら、叩く事すらためらうだろうから。
「――だが、蠅は違う」
小梨はそう言うと、暗い焔を目の奥にたぎらせた。
――何時か見せた本気の殺意の表情を浮かべ、
「アイツは、そんなヤツを憎んでいるのか、真っ先に狙う。
――手段を選ばずな」
つまり、鬼畜のようなヤバい奴が、手段を選ばずゆうなを狙っている、と言う事じゃん……。
これは、人海戦術で探さないと確実にヤバい気がする。
「じゃあ、警察に……」
「無駄だ」
オレの深く考えもしない意見に、小梨は感情の篭らない声で返事を返した。
――無駄、だと。
そして、彼はその理由を口に出してゆく。
「殺される天使の子供が居なくなったと言って、本気で動くと思うか?
――そもそも、誘拐されたと言う証拠が無い。 証拠がなければ、あいつ等も動けない」
「……そうだよね……」
「そうなると、 ――せいぜい迷子の捜索程度だ。
『パトロールのときに気をつけます』程度だろう」
確かに、あゆむの言う通りだ。
脅迫状なんかの証拠が有れば別だけど、ただの迷子ではサツも本気では動けないだろうし。
後は、文明の利器に頼るだけ……。
「スマホに連絡を入れてみたら?
それに、位置情報で場所は判らないの?」
「阿呆に言われるまでもないない、既にやっている。
ゆうなの方は、とうの昔に電源が切られていた、ボスには既に連絡を入れてある。
お前は、私の家で隠れていろ」
テキパキと返事を返すあゆむ。
――さすがに手際がいい。
だけど、どういう理由か、探す人数が少ない……。
――探す人数が少なすぎる、これじゃ探すも何もない。
「このまま戻れと?」
「何?」
「自分は、別のハンターに襲われたら殺されちゃうんだよ」
その瞬間、あゆむは目尻を少し緩めた。
その意味は、分からなかったけど。
「それに、このあたりの場所なら、裏道も何も良く知ってるから、案内なら出来ると思う」
オレの言葉を聞いた小梨は、深くため息を吐いた。
「……仕方ない、私から離れるな。
杏子、お前にも手伝って貰うぞ」
「任せて」
オレは、そう言うと大きくうなずいた。
そうして、効率も何も無い、二人の捜索が始まった。
始まってしまった。
続きは、早めに投稿します。
こうご期待っ!