鬼に金棒、小梨にセーラー服?
「――事態が飲み込めた」
公園の中、タイツ姿の小梨はオレを正面から軽く抱きしめながら、イケメンの顔をしかめ、
「優衣が迷子、そして探しているゆうなも、お前とはぐれた。
――と言う事だな」
と、締めくくった。
「大体、そんな感じだよ」
オレは抱きしめられたまま、彼の顔をじっと見つめながら、顔を赤らめ、返事を返した。
街中にある、人通りのそこそこある言う事も有り、周りの視線が痛い。
――恥ずかしげもなく、変な仮装をしたバカップルがいちゃつくな、と、そんな感じの視線だ。
「あゆむ……」
「何だ、きょうこ?」
恥ずかしそうに顔を赤らめるオレに、小梨は、何の事かわからないのか、首を軽く傾げる。
「ちょっと、いいかな?」
オレは小悪魔のように、悪戯っぽい表情を浮かべると、彼の顔をみながら思った事を更に、一言付け加えた。
「あゆむなら、同じ仮装でも、タイツに かぶりものじゃ無くて、ミニスカセーラー服の方が良かったかもね。
――絶対、にあうと思うよ」
セーラー服姿の北村をみて、ふと出た言葉だった。
――暑い中かぶりものするよりはマシだろうから。
確実に涼しいし、何よりイケメンのあゆむなら確実に似合いそうだ。
「貴様。
――それは一体、……どういう意味だ?」
あゆむは、おれの言葉をを聞いた瞬間、気配が変わった。
表情を強張らせ、なんて事をさせようとするんだ?
そんな雰囲気だった。
「この暑いのに、かぶりものは蒸れるでしょ?
仮装が、ミニスカセーラー服でも良いなら、そっちの方が涼しいよ」
あゆむは、オレの口からその言葉が出た瞬間、表情をフッと緩める。
そして、「阿呆」、と短く言うと、
「この恰好は、仮装イベントに潜入するためのボスの特命だからな」と、らしくない呆れ顔を浮かべ締めくくった。
成程、先ほどの北村のセーラー服の意味が繋がった。
あの人も、お仕事の為、女装してイベントに潜入、と言う訳だね。
――お仕事とはいえ、かぶりものか女装……、
こんなに暑いなら麦わら帽子の短パン、それか武者装束でも良いのに、そんな恰好をわざわざチョイスするとは、あゆむのいる組織は変態だらけだな……。
「昨日ホテルで会った北村さんは、ミニスカセーラー服のコスプレだったけど、あゆむもソッチも選べたんでしょ?
あの人は、結構似合ってたよ」
「――アイツが!?」
オレが見たことを、あゆむにそのまま告げると、
「そんなバカな!?」、と、顔に一筋の汗を浮かべ、声を震わせながら返事を返していた。
きっと、予想外の事態だったのだろう、普段は見せない焦りの表情だ。
「あゆむ、どうしたの?」
「女装の訳はない。 アイツなら、朝からずっと丼のコスプレをしている。
山田とコンビを組み、二人で任務中だ」
あゆむは、そう言うと、公園の外をじっと見つめた。
彼の視線先、公園の外の歩道に居たのは、カレーパンと、ドンブリのコンビ。
――否、カレーパンと牛丼屋のような丼の被り物を……以下略、だった。
「北村は、あの丼なの?」
「ああ、そうだ。
――多分、途中までは、な」
小梨は、なにか感づいたのか、目を細めながらそう言うと、何かの合図なのか、握りしめた手をスッと上げた。
その姿は、タイツ姿とあいまって、まるでアンパ○チだった。
イケメンのあゆむには似合わないポーズだ。
こんな時に、やって欲しく無かったな……。
抱きしめられているオレまで、恥ずかしくなる。
「あゆむ……。
それって、すごくかっこ悪いよ……」
オレが顔を赤らめ、俯き加減でポツリと思った事を言うと、やっている本人も恥ずかしかったらしい。
「私も好きでやって居るのでは無い」、と、あゆむは声を震わせながら返事を返し、
「――定年間際のボス位の年となると、コスプレのネタがこの位しか思いつかないらしい……。
自分たちに用意されたコスプレの備品が、自分を含め、アノ被り物の数々だ」
と、イケメンの顔に目尻をヒクつかせ、片手にもったアンパンのかぶりものを見ながら、
「この合図も、ボスが決めた物だ」、と、忌々しそうに締めくくった。
あゆむは不機嫌そうに言うけど、お上から支給される備品や合図って、大体そんな物だよね。
警察の芋臭いバイクでも何でも、デザインガン無視の何時までも使える実用一点張りのシロモノばっかり。
――コスプレの道具も、言わずともなんだろうねぇ……。
しかし、彼の口から出たのは、予想外の言葉だった。
――ドンブリのかぶりものが、北村だと。
じゃあ、さっきのセーラー服の女は一体だれ?
まさか、双子か何か?
そんな事を思っていると、どんぶりとカレーパンが、ずかずかと此方に迫ってきた。
「小梨さん……」
胡乱な視線、カブリ物をしているから視線は判らないけど、胡乱な声で話しかけてきたのは、カレーパンだった。
否、……以下略。
カレーパンは、小梨を不満をあらわにしながら、更に言葉を継いだ。
「集合の合図を出したので何事かと思えば、自分たちにナンパした可愛い彼女を見せつける為に呼んだのですか?
こんな事をしている場合じゃないでしょう?
……今回のベルゼバブの件はどうなったのですか?」
矢継ぎ早に、不満だらけの声色で小梨に文句をぶつけるカレーパン。
余りの権幕に、黄色い汁がカレーパンの口から飛び出してきそうな光景だった。
たしかに傍から見れば、オレがあゆむに正面から抱きしめられていると言うラブラブシーン。
それを、お仕事中に見せつけると、そりゃそうなるよね。
――何をしているのか!? ふざけるな、と。
「落ち着け山田。
これも今回の件、ベルゼバブ絡みだ」
あゆむは表情を緩め、二人を順番に一瞥する。
そして、クールに「この暑いなか、かぶりものは大変だろう?
少し休憩でも、と思ってな」、と、言うとポケットから、何かの包みを取り出し、カレーパンと丼の前に差し出した。
よく見ると、それは塩分補給のお菓子、熱中症対策の時によく食べるアレだ。
「小梨さん、ふざけないでください!!」
隣の焼き物の様に沈黙を守る丼をよそに、激怒するカレーパン。
「ふざけては居ない」
小梨はそう言うと、山田と丼の二人の手のひらに、お菓子の包みをポンと乗せた。
「熱い最中、熱中症対策を考えるのは、リーダーの役目だからな」
「今は、そんな時じゃないでしょう!?」
カレーパンは強い口調でそう言うと、次の瞬間には被り物を脱ぎ捨てていた。
そこに居たのは、ジャガイモ、否。 ジャガイモのような顔を真っ赤にひきつらせた男、山田。
カレーパンの中身は、ホテルでゆうなと一緒に居た男、ゆいのパパだった。
「こんな時だからだ。
――暑さは判断力を鈍らせる、注意力もな」
「……」
あゆむは、わなわな震える芋の詰問を、さらりと切り返し、
「二人ともかぶりものをとって、少し涼んで休憩した方が効率がいい」
と、クールにつづけた。
モットモな意見をいうあゆむ。
確かに、暑かったら頭も回らないだろうしね。
「確かに、小梨さんの言うとおりですけど……」
小梨に正論を言われ、芋男はしかめ、バツ悪そうな表情を浮かべた。
――あたりの空気が悪くなる。
だが、そんな最中でも、丼は一言も喋らず、かぶりものを取る様子も無い。
――この暑い最中に関わらず。
ただ、丼を前後に うんうん、と、かしげるだけだった。
あゆむが言うのは正論だ。
だけど、非常時に頭を冷やして落ち着け、と言うのは酷な話だよね。
みんな、あゆむの様にクールで頭が良い訳じゃ無いから。
「山田さん、実は……」
とりあえず、この人には、今の状態を話して、手伝って貰ってもよさそうだ。
探すなら、人手は多い方がいいから。
オレが、ゆいが迷子、と事情を説明すると、真っ赤な山田の顔色が、どんどん青ざめていった。
ガラミ○人のような顔色だ。
「……ゆいが !?」
山田は、声を震わせ返事を返した。
今の状況が相当ヤバいのが、分かったようだ。
「――自分も探してくる」
芋男はそう言うと、次の瞬間には公園の外へイノシシのように猛突進してゆく。
かぶりものを被ったままで。
「まて、山田……」
小梨の止めるのも聞かず、暴走するカレーパン。
山田のまさかの暴走に、おれもあゆむも彼の背中を茫然と見守っていた。
「あ~あ、行っちゃった」
カレーパンの隣に居たドンブリは、否。
吉○家のような、ふた付きドンブリのかぶりものをした男は、此処にきて初めて口を開き、
そして、「今更、焦って探しても、どうなる物でも無いでしょうに。
しかも、かぶりものをしたままで……」
そういうと、両手を軽く広げ、あきれたようなポーズをした。
そして、
「――だからマヌケと呼ばれるんだよ……」
と、丼が蚊ほどの小さな声で呟くのを、敏感になっていたオレの耳がとらえた。
「……」
オレが目を細め、胡乱な視線で丼を凝視するが、彼は気づく様子は無いようだ。
丼は更に、声色を変える事も無く平然と、
「あんな子供なら、もう何処かでよく眠っているでしょうに」、と締めくくった。
「何っ?」
その瞬間、小梨にはドンブリの言葉に何か引っかかるものがあったようだ。
一瞬、表情をとめ、目を見開く。
そして、丼をタカのような、鋭い視線で貫き、
「眠っている……――だと?」
と、強い口調で丼を問い詰める。
「ええ、――この祭りで、遊びつかれて、ね」
あゆむの表情の変化に、ドンブリはキョロキョロあたりをみまわしながら、言葉を付け加え、被り物を取り、さらに言葉を継いだ。
「――しかし、ババアの命令とは言え、朝からこの恰好だとたまりまへんわ」
茶髪を振りながら、メンドクサソウに言葉を吐いたのは糸目で吊り目、まるで狐のような男。
丼の中身は、あゆむの言ったとおり、中身はホテルに居た男、北村だった。
その瞬間、あゆむの表情がこわばる。
――そんな、馬鹿な、と言う感じだろうか。
「まさか、朝からずっとそんな恰好だったの?」
それは、思わず、驚き交じりにおれが口に出してしまった言葉だった。
でもさっき、女装で居た筈だよね?
――まさか、人違い?
「そうですよ、昨日のお嬢さん」
北村は、そう言うと、たいぎそうに、首を左右にふりながら、言葉をさらに続けた。
「今日は、ずっと変な被り物で山田と一緒に居ましたよ。
休みに呼び出されるわ、変なコスプレさせられるわ、悪質ハンター逮捕とはいえ、たまりまへんわ」
北村はそう言うと、表情を緩め、ため息ひとつ吐きながら、更に言葉を継いだ。
「まあ、この通信障害のさなか、焦って探してもどうなるもので無し、ぼちぼち頑張りまっせ。
あのこを見かけたら、私からも連絡しますさかい」
彼は、そう言うと、くるりときびすを返そうとした。
彼の話から行くと、この人は芋男とずっと居たらしい、かぶりもののままで。
そうなると、さっきのアイツは人違い?
とりあえず、一緒に、ゆいを探してくれると言う事は、見た目より良いヤツなのかも?
人を見た目で判断してはいけないと、そんな感じだろうから。
偏見をなくし、改めてみると、中々の好青年に見えてくる。
「お願いするよ。
ゆうなも探してるけど、はぐれちゃうしさ……」
オレが、顔をしかめ、あゆむの傍でぽつりと呟くと、その瞬間、彰の顔が愉悦に歪んだ。
自分が今まで見た事も無い、オレの背中が凍るほどの、ゾッとする邪悪な笑顔だった。
――もっとも、蚊ほどのはかなさで、表情を消したけど。
「アリスが?
――まさかあの頭の良い娘が、子供ごときでこの雑踏の中を探しに?」
北村は、目に暗い焔をたぎらせ、軽い口調で返事を返してきた。
「あの娘も頑張っているなら、
――ボクも本気を出さないと、ね」
そう言うと、スッと、ドンブリの被り物をかぶりなおした。
「山田先輩を追いかけますわ」
そう言うと、芋男を足早に追いかけてゆく。
「……」
「あゆむ、どうしたの?」
「なんでもない、私の考えすぎか」
オレと北村のやりとりを見ていた小梨は、ドンブリの背中をジッと凝視していた。
残りは、早めに投稿します。