パンにミミあり
「失敗したなぁ……」
あれから小一時間経った。
小さな公園にたった一人で居たオレは、ベンチに座り込み、こなしの部屋が有るビルをうらめしそうに遠目に見ながら、ポツリ呟いていた。
――TSとキュロットスカートと言うラフな格好のまま。
「これを八方ふさがり、と言うんだよねぇ……」
今朝からの通信障害も収まる気配なし、あゆむの部屋に戻ろうにも小梨の部屋のカギは有る訳なし、
自分の部屋のカギは、あゆむの部屋に置いてある荷物に入れあると来たものだ。
あゆむに連絡を取ろうにも、通信障害で繋がらないし、打つ手なし。
――つまり、これは完全に部屋から閉め出しモード。
更に、ゆうなも見失うし、更には、ヤバそうな北村まで居ると言う悪条件のオマケつき。
「麦わら帽子を深く被って居るから、判りにくいと思うけど……」
オレは、そう言うと、ベンチに置き忘れていた麦わら帽子で、天使の証である茶髪を隠し、顔も見えない様にように深く被りなおした。
あゆむのビルのエントランスで待つことも考えたけど、自分を待ち伏せしているハンターが居た場合は、格好の獲物。
まだ、外の方が安全だろう。
――そんな不幸中の不幸の様な条件の中で、唯一の救いは忘れ物の麦わら帽子がベンチに有った事。
ハンター達に効果が有るかどうか妖しいけど、無いよりはマシだろう。
オレが此処に佇んでいても、顔や髪が見えなければ、ただ失恋した娘がベンチでボンヤリしてるだけ、と思ってくれるかもしれないから。
――ナンパされることはあるかもしれないけど、いきなりリストバンドをハグッて、押し倒すことなんかは、強姦魔じゃない限り無いだろうし。
ちょろちょろ動かない限りは、大丈夫と信じたい。
だけど、この場所であゆむか、優奈が見つかるまで家に戻れない、
ハンターが居るかもしれないコスプレだらけ街の中で、一人きりで締め出しと言う、絶体絶命の状態には変わりなかった。
――ただ待つのは、シンドイんだよね……。
悪い頭なりに、何か画期的な良いアイデアが浮かなばいかなぁ……。
――そんな事を考えながら、気配をころしてただひたすら待っていると、公園に入ってくる人の気配、そして何処かで聞いたような声が聞こえた。
「――その呼び方は二度とするなと、何度も言ったはずだ」
オレが「ん?」と、思い、声の方を向いて、ほんの少し、顔を上げると、帽子のつばの下ごしに見えたのは、赤いタイツを着たアンパンと食パン。
否、2種のパンのかぶりものをした、お腹が減っている人に顔を食べさせそうなコンビだった。
「ごめんなさい、お……」
ドカッ!
「私に、二度同じことを言わせるな、博之」
「ごめんなさい!」
食パンの隣に並ぶアンパンは、彼が喋るのを遮るように、裏拳で食パンをどついていた。
白い部分がひん曲がりながら、謝罪の言葉を言う食パン。
正義の味方が仲間割れする姿、否。
これはパワハラの現場だろう、優衣ちゃんのような子供には見せられない社会の暗部だな。
そんな事を思いながら、二人の様子を帽子超しに見ていると、彼らはオレに気が付かないのか、更に会話を続けた。
「ところで、一体何だ?」
腕を組み、偉そうな態度をとるアンパンを前に、食パンは体を震わせ、彼に怯えるような態度で、
「アイツの呟きに、新しい動きが有ったらしいよ」と、事態を説明した。
「阿呆!」
聞くや否や、一喝するアンパン。
――何処かで聞いたフレーズだな……。
「――そんな大切は早く言え」
「ぼくは何度も言ったけど……」
アンパンは涙声になる食パンを前にして、「言い訳は無用だ」と一刀両断し、彼は更に言葉を継ぐ。
「このアホウが!
この雑踏の中、被り物をしている私に聞こえるわけ無いだろう」
と、言いながら更に食パンの後頭部を軽く小突き、
「さっきから何回も用が有るときは、メモを渡せと言っておいた筈だ」
と、更にアンパンは食パンを問い詰める。
「……そんなの、ぼくは聞いてないよ。
――同じかぶりもので、こっちも聞えないと思うんだけど……」
「なんだと!?」
食パンが涙声で返事を返すと、彼が聞いてない事に、不機嫌そうに頭を揺らすアンパン。
周りから、ゴゴゴという擬音が聞こえてきそうだ。
そして、アンパンは腕を組んだまま、肩幅に足を開き、上向き加減になり、さながら悪役令嬢が庶民を見下す様な体制で、更に言葉を続けた。
被り物の巨大な顔もあって、威圧感がハンパジャない。
「――貴様のかぶりものは何だ?」
「食パンだけど……」
泣きそうな声で、ポツリと返事を返す食パン。
アンパンは食パンの縁をツンツンと指さしながら、
「じゃあ、きさまの其処にあるのは、一体何だ?」
「それはミミだけど……」
食パンは、その先の展開が読めるのか、アンパンに泣きそうな声で返事を返していた。
「ミミが有るなら、聞こえるはずだ。
男なら、被り物があろうが無かろうが、つべこべ言わずに気合で聞いておけ」
「……」
二人の会話を聞いていると、悪役令嬢のように、むちゃくちゃな理論を通すアンパン。
食パンの被り物には、アンパンが言うように、たしかにミミがある。
――だけど、それで聞えるどうかは全く別問題だろう、穴が開いているミミじゃ無いのだから。
無茶な要求をされる食パンには同情を禁じ得ない……。
心底そう思いながら、聞き耳を立てていると、
「ベルゼバブ絡みになると、ムキになるのは止めた方が良いよ。
毎回、付き合わされる自分の身にもなってよ……」
食パンがそう泣きそうな声で言うと、アンパンは沈黙する。
しばしの沈黙の後、食パンはポツリと言葉を継いだ。
「あの娘の件があったから、少しはその気持ちは判るけど……」
「軽々しくその件に触れるな。
――貴様に、アイツの何が判る?」
「……」
アンパンは、食パンの言葉を重い口調で遮ると、更に言葉をつづけた。
「私の後ろに何時も隠れていたお前が、私に意見するようになるとは出世したものだな」
と、重い口調で返事を返し、
「確か、貴様が喋っていいのは、『はい』か『わかりました』だけだっただろう」
と締めくくった。
「はい」
怯える口調で返事を返す食パンに、アンパンは更に強い口調で、
「貴様は、近くのネカフェから更新の内容を確認してこい。
スグにだ」と、続けた。
食パンは泣きそうな声で、「わかりました」と言うと、公園の外へ走りだす。
――かぶりもの のままで。
年上の鬼姉に苛められる弟のように、理不尽な要求をされ、更にはどつかれながら、パシリに使われる食パン。
見ているだけで、気の毒になってくる。
一人っ子の自分に、こんな鬼姉が居なくて良かった。
そんな事を思っていると、アンパンがずかずかと此方に歩み寄ると、オレの顔を覗き込むようにしゃがみ込んで来た。
「!!」
ま、まさか、こいつがハンター!?
おもわず、帽子をさらに深くかぶろうとすると、「なぜお前が其処にいる?」
と、アンパンがお抜かしになった。
しかし、こんな場所にいるアンパンのコスプレに言われる筋合いはない。
――お前の方が場違いだろう、と思わずツッコミをいれたくなる。
「そんな凶暴なアンパンに、知り合いは居ないよ」
オレが帽子のつば越しに、胡乱な視線でポツリ呟くと、
アンパンは、「私だ」短く区切り、かぶりものを脱ぎ捨て、頭を左右にふる。
「……あ、あゆむ!?」
かぶりもの下にあったのは、ホスト並みの茶髪イケメンの面。
――小梨だった。
オレは、アンパンのまさかの中身に、次の言葉が出てこない。
其れだけイケメンなら、赤いタイツの姿でもカッコいいけどさ、そんな恰好をしているのは完全に予想外だった。
緊張から解き放たれ事もあって、彼の滑稽な姿に思わず笑いがこみ上げそうになってくる。
しかし、笑うわけには行かない。
――笑いをかみ殺し、かわいい顔を引きつらせながら、オレは言葉を継いだ。
「ぷ……、あゆむそんな恰好でどうしたの?」
「……仕事だ」
小梨は、何時もの様に、表情を変えずぶっきらぼうに返事をかえす。
今に始まった事じゃない、これは何時もの事だね。
そんな事を思っていると、あゆむは何か思うことがあるのか、真顔でオレの服を遠い目でみながら、「その服……、お前はあのチェストの中身を見たのか?」、と尋ねてきた。
きっと、今、オレが着ている服はきっとあの娘の服だったんだろう。
その言葉、その表情に、オレは、今は、今だけは、心の奥に仕舞っておきたかった記憶を思い出してしまった。
――小梨の大切な人は、あの娘だった、と。
「……うん……」
オレは小さな声でそう答えると、あゆむと視線もあわせず麦わら帽子をかぶったまま、震えながら静かにうなずいた。
――彼の顔がまっすぐに見れない。
見た瞬間、湧き出してくる罪の意識で、自分の心の何かが壊れてしまいそうだったから。
「私の失策だ」
と、オレの震える姿をみたあゆむは、悲しそうな表情でそう短く言うと、オレを正面から軽く抱きしめ、背中を優しく撫でながら、「アレは、お前が気にする物では無い」、と、慰めるように言ってくれた。
――彼は、全てを知っている筈なのに。
その優しさが、凄く痛い。
このまま、アイツの優しさに甘えたくなる。
自分には、出来ない事、許さない事なのだろうけど……。
「だが何故、きょうこ、お前が此処にいる?」
そんな事を思っていると、次の瞬間、真顔に戻った彼の言葉に、オレも現実に引き戻された。
感傷に浸る前に、オレにはやることがあったんだ。
街に出てきた理由、それは迷子の子猫を探すこと。
オレは、気持ちを落ち着かせるために深呼吸一つした。
「非常事態だよ、ゆいちゃんが……」
オレの「ゆいちゃんが……」と言う言葉を聞いたその瞬間、きっと、ヤバいイメージが浮かんだのだろうあゆむの表情が険しくなってゆく。
その表情に、オレも今の事態の深刻さを理解した。
――ただの、子供が迷子になったのじゃないと。
ううん、その時は、ただ、理解したつもりでいた。
天使の子供が居なくなった、その意味を。
あまりに長くなるので、ここで投稿です。
早いうちに残りを投稿するので、こうご期待。