鏡の向こうに
「何だよ、この騒ぎは……」
オレは、街の異様な光景に思わず目を疑った。
小梨のマンションの前に広がるのは、澄んだ青空の下、2車線の小さな通りを埋め尽くす程のコスプレ達だった。
――短パンに麦わら帽子をかぶった、海賊王になりそうなコスプレイヤーや、ゴスロリの女性や、赤い服を着たネズミの着ぐるみ、鎧兜、果ては、クマのご当地キャラまで、その数は数え切れない位。
まるで、全国のコスプレ好きが集結したような感じだった。
さながら、ディ○ニーランドのパレードのような光景だ。
「杏子ちゃん、今朝からこんな感じだったわよ」
ゆうなは困惑気味に返事を返すと、銀髪をゆらしながら辺りをキョロキョロ見回し、
「今日は何かイベントでも有るのかしら?」
と、少し首をかしげながら言葉を継いだ。
「オレも、イベントなんて聞いてないけど……
――これじゃ探すのは厳しいよ」
オレも首をかしげながら、ぽつり、ゆうなに返事を返す。
この場所はオレもよく知ってる場所だ。
駅のメインストリートから一本ずれた通りで、博物館や大きな公園がある閑静な場所で高級マンションが林立する街のオアシスのような所。
普段は、近くの住人くらいしか通らないような場所だ。
なのに、今日に限ってこの騒ぎだ、……主催者は、一体誰だろ?
とにかく、誰が主催者か知れないけど、この騒ぎの中でゆいちゃんを見つける難易度はウォー○ーを探せ並みに高いそうだ。 人ごみに紛れたら、あの子をの背丈なら見えにくくなるし。
――もっとも、最初から難易度が高いのはわかっている。
管理人のジジイの話では、エントランスに居る銀髪の子供が大急ぎでホールから、とことこ通りに出かけて行ったのが、今から30分くらい前だったそうだ。
30分あれば、子供の足でも結構遠くまで行ける筈だから。
――保護して置けよ、と、突っ込みを管理人に言いたくなったが仕方が無い。
管理人を責めても、あの子の居場所がわかる訳じゃないからね。
こんな時は、あの子の行きそうな場所の情報収集が最優先……。
「ゆうなは、あの子の好きそうな物分かる?」
母親に聞いて、あの子の好きな物から、行きそうな場所を推測するしかない。
それでも、ほんの少し確率が上がるだけなんだけどね。
「そうね……。
そう言えば、今あの子のお気に入りのアニメが有ったわね……」
オレがたずねると、ゆうなは整った顔を赤らめ、上ずりながら、返事を返した。
どうやら、思い出したくもない、恥ずかしい光景を思い出したらしい。
そんなアニメなんだろ、子供がアニメ好きなのは普通でしょ?
「ふむふむ……、どんなアニメなの?」
そんな事を思いながら、オレが更に尋ねると、ゆうなは整った顔を火を噴きそうな真っ赤になる。
―― 何時もはクールな彼女が真っ赤になるなんて、一体どんなアニメなんだろ……。
ま、まさか、子供が見てはダメなアニメ!?
そんな事を思っていると、彼女は恥ずかしそうに声を小さくして、更に続けた。
「少女がセーラー服を着たキャラの戦隊物よ……」
セーラー服と言うと、プリキュ○か、セーラームー○のような感じかな?
小さな子供だと、ごく普通だよな、別に恥ずかしがる事でもない、と思っていると、ゆうなの次の一言で、衝撃の真相が判明した。
「それを、……パパ(芋男)と一緒に見るのが、好きだったわね……」
と、アリスは含みを持たせつつ、俯き加減で、恥ずかしそうに締めくくった。
「何となく分かったよ……」
ゆうなの表情から状況を察したオレは、おもわずしかめっ面になる。
オレの脳内に、あの芋男がゆいと一緒にアニメを見ながら、プリキュ○か、セーラームー○のフィギュアを恍惚の表情で撫で回すのイメージがふつふつと沸いてきた。
下手をしたら、芋男が似合わないセーラー服のコスプレして、キメ顔でキメポーズをして踊って居るかもしれない……。
――しかも優衣ちゃんと一緒に……。
男がミニスカセーラー服のコスプレ……、――これは紛う事なきHENTAIの姿だ。
彼女が恥ずかしくなるのも判る気がする。
「と、とにかく、そんな感じよ……」
「ありがとう……――その先は察するよ、何も聞きたくない」
銀髪をゆらし、整った顔を真っ赤にして説明するゆうなを前にして、心底気の毒になる。
この表情からいくと、彼の変態度は、オレの推測以上かもかも知れないな。
――でも、よくそんな人についていけるよな……。
「そうなると、セーラー服のコスプレねぇ……」
そんな事を思いつつ、彼女に言われて、オレはスカートと茶髪を揺らしながら、コスプレの人波をきょろきょろ見渡した。
そんなコスプレの居る場所に、あの子が居るかもしれないし。
――だけど、そう都合よく、セーラー服のコスプレが居る訳ないよなぁ……。
オレは、あたりをきょろきょろ見渡してみると、鎧兜、クマの着ぐるみ、短パンや、アンパンのコスプレは居るけど。
「そんなに都合よく……」
そんな事を思っていると、歩道にあるカーブミラーに目が付いた。
そこに目を落とすと、真紅のTSとキュロットスカートを穿いた美少女のオレ自分の姿と、プラチナブロンドの長い髪、青いタンクトップを身に着けた優奈の姿がうつっていた。
――同時に、何かの違和感を感じた。
口では言い表せないけど、胸がキュンと締め付けられる感覚だった。
オレは嫌な感覚に、さらに、ミラーを凝視する。
「……」
そうすると、鏡こしにセーラー服を着た長身の女性が一瞬、目に付いた。
――茶髪でショートヘアー、白いセーラー服に、ミニスカート、そして真っ白い手袋を身につけた、女性にしては男のあゆむ並みの長身のコスプレヤーだった。
セーラーウラヌ○と呼ばれそうな雰囲気だ。
なぜか、その姿にオレの胸は「お姉さま」、とキュンと、締め付けられる気がした。
――その気は無いのに……。
「!?」
だが、それは、女、否。
……――男だった。
彼は、ミニスカートにセーラー服をきっちり着こなしていた。
――何処で覚えたの知れないけど、何故かよく似合っている。 黙っていたら誰も彼が男である事に、気が着かないくらいのクオリティーの女装。
クールビューティー、そんなイメージが良く似合っている。
――下手したら、オレより女性らしいかもしれない。
だけど、だけど、アイツのツリ目、そしてなにより邪悪に濁った瞳は、一瞬だったけど、見間違える訳は無い。
あのセーラー服のコスプレは、間違いなく、昨日ホテルで出会った北村だ。
胸が締め付けられる感覚、これは胸キュンじゃなかった。
昨夜、アイツに話しかけられた時に感じた、心臓をわしづかみにされ、背中に冷たい物が走り抜けると言う、自分の命の危機の感覚だ。
顔色が一瞬にして青ざめ、背中に冷たい物がはしり、しゃがみ込むと自分の表情がカチコチに固まるのが判る。
――どうしてコイツが女装姿で此処に?
そう思っていると、セーラー服の北村は人ごみの中に溶けて行った。
「杏子ちゃん、顔真っ青だけど大丈夫?」
ゆうなはオレの顔をジッと覗き込んでいた。
「――無理しなくていいから、あなたは部屋に戻って居て」
「違うよ、」
オレはそう言うと、首を左右にブンブン振りながら、アイツが居た方向を指さしながら、
「昨日の北村さんが、セーラー服の女装姿で居た……」、と言うと、ゆうなも真紅の目を見開き、驚き混じりに其方の方向の人ごみを見渡した。
「杏子ちゃん、――何処にいるの?」
彼が居ない事に、首をかしげるゆうな。
オレはもう一度、北村の居た方向をじっと見つめる。
「――居ない……」
さっき確かに、アイツは居た筈。
――なのに、次の瞬間には人ごみに溶け込んで、分からなくなっていた。
「今は、良く似た人が沢山いる時代よ。
もしかしたら、人違いだったのかもね」
ゆうなは、笑顔で対応しつつも、辺りの人ごみの一挙一動に目を配り、警戒を怠らない。
流石、長く天使で生き延びてきただけの事はある。
「――優衣を見つけた!!」
ゆうなは真顔になってそう言うと、銀髪をゆらしながら、人ごみを華麗にかわし、一直線に走り出す。
「ゆうな、まって!!」
オレが言っても、彼女は待ってくれる訳はなし。
同じキュロットスカートなのに、自分はどんどん引き離される。
――早い!!
下手なアスリートより早い位の速度だ。
「……完全に見えなくなった……」
――あの人は、自分と同じ天使なんだけど、ドレだけの身体能力なんだ。
身体能力だけじゃない。
優奈は、この世の美の理想を体現したような容姿で、更にあの頭脳で、あの体力だ。
――あの人チートじゃないの……?
オレはそんな事を考えつつも、本気を出した彼女の体力を前にして、人ごみの中、一人取り残されてしまった。
――危険地帯にも関わらず。
余りに長くなるので、此処で一旦投稿です。
続きは早めに投稿しますので、こうご期待。