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不運の基準

 それは一年前の夏の事だった。


 オレは頼みの住み込みバイトを切られ、更にはスマホの課金ゲームアカウントが凍結され、駅において置いたチャリも盗まれると言う三重苦。

 生活の糧と住処を一気に失い、移動の足まで失った不運続きの天中殺のような最悪の帰り道、一人でムシャクシャしながら暑い夜道を安アパートまで帰るとき天使に出会ってしまったのだ。


 天使のような姿をした毒饅頭に。


 此方に一人で歩いてくる大学生くらいの長身の彼女は薄手のブラウスを無防備に身に纏い、長い手足、すらっとしたボディ、セミロングの髪をして、整った顔は何も寄せ付けない凛とした美しさだった。


 挿絵(By みてみん)

 彼女が街灯のスポットライトに照らされる様は、まるで女神が地上に舞い降りような光景だった。

 街灯の下でも一目で判る高そうなブランド物で身を固め一目で苦労知らずのお嬢様だと判った。

 地を這うオレたちとも住む世界が違うとも直ぐに判った。

 こんな時だから、オレにも少しくらい幸運が有っても良いと思った。

 こんな時だからこそ俺に来た、天からのチャンスだとも思った。


 そう思った次の瞬間、俺は行動をおこしていた。

 

 だが、綺麗なバラにトゲはがある。

 その言葉どおりだった。


 食べ終わり、ネカフェに逃げ戻ったオレを待っていたのは、ポリだった。

 彼女がこっそり俺に特上の毒を仕込んでいたのだ。

 行為の最中、オレの服に自分のスマホをこっそり仕込んでいたのだ。

 結果、位置情報の分かったオレはあっさり捕まった。


 そして、綺麗なバラのトゲには猛毒があった。

 逮捕された俺に待っていたのは 彼女が体を張って仕込んだ更なる遅効性の猛毒だった。


 通常の場合、オレ程度の犯罪で初犯、更に殺人も犯していないなら、通常はレイプ《リベンジ》法は適用される事は無い、普通実刑、運がよければ執行猶予程度だ。

 三食つきのセキュリティー完璧の寝床確保、そうたかを括っていた。


 だが、甘かった。


 彼女はその後、海峡にかかる橋の上から、きちんと整えられた靴を残して姿を消した。

 そして暫くして海岸で彼女のボロボロになった服が発見され、彼女の漆黒オーダーメイドのショーツに付着していた血液をDNA鑑定すると、着衣は彼女の物と確認される事により、状況判断から木戸あゆみの死亡が確認された。

 潮流により彼女の亡骸はバラバラになり魚のエサになったのだろうと……――まあ、ありがちな話だ。


 ただそれで終わりでなかった。


 靴の隣に一通の封筒が残っていた。

 それは彼女の遺書、その手紙が彼女の残した命をかけた最後の猛毒だった。


 滂沱の文面が週刊誌に流出し、犯罪者許すまじと世論を動かす事となったのだ。

 それにより、彼女の死亡は強姦関連死と認定された。

 そして、世論の後押しと言うジャンプ強パンチ、ババアの裁判長と言う近立ち強パンチ、そしてトドメとなった俺の自爆と言うサマーソルトキックの3連コンボにより、俺の処罰を一発KOの有りえない位の厳罰方向へ向かわせたのだ。



 「お前が裁判の時に

 『()()()レイプだろ、あの女を犯したら後で彼女が勝手に死んだけだ』

 と言ったのが決め手だったな、くっくっくっ」


 机に涙目でつっ伏すオレを横目に、小梨は表情を変えずクールに鼻で笑う。


 「笑うな!

 人の自爆がそんなに面白いか?」

 「ああ、面白いな……」


 小梨はきっぱり言い切った。

 そして遠い過去を見るような視線を浮かべながらぞっとするほどの冷たい笑みを見せる。

 

 「――お前のような阿呆で身の程知らずの犯罪者が恐怖に怯える姿は特にな」


 「ホントお前は良い性格してるよな…、

 お前、何時か地獄へ堕ちるるぞ」


 オレは横目でチラリ小梨を見つつ、思わず涙声で呟いた。

 コイツは本当に性格が極悪、モットーはオレ()の不幸は鴨の味らしい。

 顔に似合わず、さながら火傷に芥子を塗りこむ、かちかち山のウサギも真っ青な性格の悪さだ。

 

 「その言葉そっくり犯罪者のお前に返す、あっちであの女がまってるぞ」

 「くぅ…」


 小梨は感情を込めない声でサラリと返す。

 オレも痛いところを突かれると返す言葉がない。

 まさしくその通りなのだ。


 「しかし、マサカあそこまで見事に自爆すると此方も興ざめだったが、

 『()()()』と言った瞬間、法廷の空気が凍ったぞ」

 「アン時は、激昂して思わずポロリと本音が出たんだよ……本音が」

 「本音、ふっ……そうだろうな」


 オレの『本音』と言う言葉を聞いて小梨は目を細め小さくそして邪悪に口角を緩める。


 「奴らはお前の口から一番知りたかった言葉(本音)を聞けて、検事は笑みを浮かべ、お前の弁護人は青ざめるなか裁判長は閻魔の形相をしていたからな、簡単に本音を吐くお前のような阿呆は前代未聞だ」

 

 小梨は机に伏すオレを横目に目を細めクールに鼻で笑う。

 

 「笑うな!

 ――はぁ、あの時は思い出したくない。

 あの木戸亜由美って女は遺言でオレを復讐の為にフェリミス女学院に通わせるってどんな捻じれた性格と金銭感覚してるんだょぉ、殺るなら一思いに殺せよな……」


 そう、おれがあの時、そう抜かしたお蔭で悔悛の意志無しとされ、世論の後押しもあり、被害者女性の遺書にあった願いどおり、オレには異例の厳罰である極刑、性犯罪者更生プログラム、更正とは名ばかりの極刑(死刑)である通称 レイプ《リベンジ》法が適用された。


 ()()()()()()()()()であるはずの俺は、()()()()()()()()()()()()の烙印をおされ、茫然自失のうちに上告期限を過ごす事で、自動的に判決が確定する事となった。


 そして医療刑務所にてナノマシンの注射を受けた自分は、そのまま数ヶ月の長い眠りに落ちた。

 そして、意識を取り戻した時はこの体になっていた。

 暫く、生活などのリハビリを過ごした後、お嬢様学校として有名なフェリミス女学院に入学する事になった。

 ――彼女の人生を追体験させられるために。

 そして今、お嬢様学校として有名なフェリミス女学院の女学生として普通に高校生活を送っている。

 一見、学び舎の近くで、優雅に一人暮らしをする可憐な女性として。


 そして、生活に馴染んだ頃にバッサリ奈落の底へ叩き落すのだ。

 彼女の遺言通り、天国から本物の地獄へ。

 自分の脳内イメージに彼女がSMの女王様の様なエナメルのスタイルで悪魔の持つ様な槍を持ち、腕を組みながら地獄の釜を指差しながら、

 「恭介、早くコッチへいらっしゃい、じっくり可愛がってあげるわよ!

 おーっほっほっほ!!!」

 そんな風に彼女が胸を張り高飛車に笑う姿が浮かんだ。

 ――昔、古いアニメでみた光景だ。

 もっとも、獄卒はブルドックで亡者は猫だったけど。



 「…アイツは鬼、復讐の鬼とかしてるよ」


 オレは彼女の遺した底なしの復讐心に思わず体をふるわせた。


 小梨はそんな俺の震える様子をクスクス小さく笑う。


 「おまえにとっては大金でも、そんなもの彼女の家族にとっては些細な金だ」

 「あれがハシタ金ぇ?」


 泣き言を言う俺に、小梨はハシタ金とさらりと言う。

 生活費に学費など等、どう見積もっても安い、高い外車が買えるくらいの金はつかってるだろ?

 俺の数年分の生活費より遥かに高いんだけど……。

 

 「彼女は国内でも有数の財閥、木戸家の令嬢だったからな。

 木戸家には使い切れない位の金は、配当、利子として何もしなくても転がってくる。

 金、コネそんな物が幾らでもあるんだ、ただ無いのは……」


 彼の言葉を遮るように俺は思わず喋りだしていた。


 「なんでそんな物が、ボディーガードも無しで有り難味もなくそこ等に転がってたんだよ?

 普通あるか?

 そんな高級品なら後生大事に金庫にでも入れとけよ!」


 机に伏したまま、ドンドン机を叩き、体を震わせ涙ながらに自身の余りの不運を嘆く俺を面白そうにニヤリとする小梨。

 こいつにとってオレの行動一つ一つがツボにはまるらしく、珍獣を見るように何時も面白そうにオレを見ている。

 極悪な性格だ。

 

 「同じ死ぬのでも、有名料亭の毒饅頭を食べて死ぬ方が、既製品の安い毒饅頭で死ぬよりよりマシだろ?」


 小梨は慰めるようにポツリ抜かす。

 だが、そんな物言われても慰めにもなる訳も無い。

 問題は其処じゃないのだ。

 

 「高かろうが安かろうが、死ぬなら同じだろ!

 そもそも饅頭は食い物、それに毒を仕込むなよな……確実に罠じゃねぇか」


 涙声でテーブルに伏しながら猛抗議をしつつ更に続けた。

 言わずには居られない、居られなかったのだ。

 あの時の不運を。


 「しかも包みを開けたら ふわふわとは程遠い、女子受けしそうな筋肉だらけのサバサバ系だぜ、

 今なら判る、どうせ食べるならほそくてふわふわ系を食べたかった……。

 ――人生初の1発目がゴリゴリ系のスジ肉饅に当たるなんて、何と言う()()なんだよ」


 「黙れ!」


 小梨は猛抗議する俺の『()()』と言う言葉を聞いた瞬間、真顔になってトーンを落とした声で呟いた。


 「貴様の其れごときで不運を語るな、判断の至らない自分の甘さを恨め」

 

 小梨は飲むのを止め鋭い視線を俺に投げかける。

 彼の視線は人間を全否定するような、恐ろしいほど冷たい視線だった。

 まるで狩人のような視線で見つめらると、おれは動けなくなった。

 コイツは一体過去に何を背負ってるんだ…。

 そう思わずには居られない程の威圧感を漂わせながら、彼は続けた。


 「――例え毒でも、罠でも、お前が食べなけば済んだ話だ。

 それを食べてしまったお前は、その証としてその姿にされたのだろう?

 違うか?」


 そして、青ざめるオレを前にして、小梨は感情の篭らない声で続ける。


 「そして、私はお前の態度一つで……その先を聞きたいか?」

 「……そうだった……よね」

 

 「お前の立場が判ればいい」


 小梨はいつの間にか身につけて居た黒い皮製の指貫グローブを優雅な所作で外すと、目を閉じ、

「ふぅ~」と息を深く吐きながら其れを床に無造作におとし、それをまた無意味に拾い上げると上着のポケットにしまい込んでゆく。


 「……何時もその事を忘れるな」


 彼は其れだけ言うと、何か思うことが有るのか 鋭い視線のまま静かにカップの水面を見つめている。


 そうだった、名店であろうとスーパーであろうと、食べた時点で死ぬ毒饅頭。

 彼が言うように、俺はあの時、其れを食べたのだ。

 欲望に負けて食べてしまったのだ。


 それはどう言いつくろっても変えられない事実、

 ――そして今自分が女性の体に変えられ、荒川(あらかわ)杏子(きょうこ)と言う新たな名前を与えられたのだから。

 そして、罪を償うためだけに天使エンジェルとして生きることが許されている。

 

 復讐する権利を持った者たちに、自分がやったようにいつか力ずくで犯され、そして殺される為に。


 「ごめんなさい……」

 

 俺はそう呟くと忘れそうになっていた事実を嫌でも思い出させられ、ふと時計に目をおとす。

 気がつけば時計は7時半を回っていた。

 小梨は何か思うことが有るのか、無言で静かにカップの水面から視線を動かさない。


 「そろそろ、学校の支度をしなきゃ……」


 俺は俯いたまま虚ろな表情でよろよろ椅子から立ち上がり、踵を返した。

 

 「そうだ、言葉づかいもこれでどうかな?」

 「言葉遣いはまあ良い、だが、昨日はブラと下着の色が有ってなかったぞ、それは普通合わせるものだ」


 彼は此方を見ずに、水面をじっと見つめながら返事を返した。


 「ありがとう、其処を直してから着替えるね」


 俺は彼の忠告通り寝室へ向かい制服へ着替え始める。

 ――今日を生き残るために、……生き残れる保証は何処にも無いけれど。

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