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終わりの始まり

 テーブルを挟んで朝食を食べる、オレと小梨。

 今日のメニューは、あゆむお手製のベーコンエッグ、焼きたてのトースト、そしてカップになみなみと注がれたコーヒーだった。


 「おいしい……」


 朝食のパンにかじりついたオレは、子供の様に表情を緩め、おもわず歓声をあげる。

 パンは表面はカラり、中はしっとりいかにも高級そうな代物だったからだ。自分がいつも食べる特売品の物だとこうは行かない、バサバサでぼそぼそだもの。

 そして、ベーコンエッグに食べすすめると、卵も黄身の味が濃くすごくおいしい物だった、

 これは、食べたことは無いけど、ブランド玉子かもしれない。 ベーコンも言わずとも。

 シンプルな料理だけど、何時もオレが食べるの物とは、段違いの美味しさだった。

 ――きっと、どれもあゆむチョイスのブランド品だろうと思いながら食べすすめると、先に朝食を食べ終えたあゆむは、コーヒー片手にイケメンな表情を緩め、じっと此方をみつめていた。


 「……」

 「ん? 何見てるの?」


 彼の熱い視線に、オレは思わず胸を隠す仕草をする。

 イケメンの小梨を前にして、自分の漆黒のレースショーツにネグリジェと言う、恥ずかしい姿を穴が開くほど、見つめられるのは耐えらなかったから。

 

 「その仕草、お前も随分、その姿にも馴染んできたようだな」


 あゆむは、テーブルに頬杖をつき、うれしそうに話しかけてきた。

 

 「なじんだぁ?」


 彼の言う事が、なにの事か判らず、ベーコンをくわえたままキョトンとするオレ。

 一体、どういう言う意味だよ?


 「ああ、その姿に馴染んで来たと思ってな。仕草からも判る」

 

 小梨は、目を細めながら、笑顔を浮かべる。

 あゆむがそんな表情をした時は、昨日の件と言い、だいたいロクでもない事の前触れだ。

 ――昨日は、あゆむは、オレがねてる間に、「体中を調べていた」と、お抜かしになったし。

 いや~な予感が立ち込めてきた。

 

 「…… 一体、どういう事なの?」

 

 オレは、表情を強張らせる。

 

 「判らないなら、アホウにも判るように教えてやろう」


 あゆむはそう言うと、スッと椅子から立ち上がり、スッとオレの背後に歩み寄る。

 何をするつもりだろ?

 

 「こういうことだ」

 「――!!」


 オレは突然の胸を掴まれる感覚に、体中に電撃のような衝撃が走り、体をよじりながら、出す気の無い甘い声を、本能的に出してしまう。

 ――自分に、その気は無いのに。

 気がつけば、小梨がオレのバストを、背後から唐突に掴んでいたのだ。

 しかも、慣れた様子で。


 「イキナリ何をするんだよ?」


 恥ずかしさの余り、顔を赤らめながら、思わず、あゆむの手を払いのけ、腕を縮める仕草をする。

 小梨は、オレが胸を隠す仕草に、オレの可愛い顔を満足そうに眺めていた。


 「思ったとおりの、いい声、反応するじゃないか」

 「……もしかして、その為に胸を掴んだの?」


 オレは胸を隠しながら、しぶーい顔をした。

 幾らなんでも、これはやり過ぎでしょ? 唐突に少女の胸を揉んだら、普通なら犯罪だよ? ワイドショー物だよ?

 そうおもって、小梨の顔をじと~っと見ていると、彼は表情緩めながら返事を返す。


 「そうだ、そうでもしないと、お前には判らないだろうからな。

 少し前とは、随分違うようになったものだ」


 「えっ?」


 小梨は、少し前とは、オレが違うと言ってきた。

 言われてみれば、前の時は叫び声をあげ、こんな甘い声を上げなかった気もする……。

 それが、あゆむが言う『馴染んだ』と言う事かもしれない。

 そんな事を考えて居ると、あゆむは真顔で更に言葉を継いだ。


 「きっと、昨夜がきっかけとなったのだろうな、良い傾向だ。

 ――天使の中でも、きっと極上に仕上がった来たのだろうな」


 小梨は、満足そうな表情で、腕を組み、良い傾向で仕上がって来たとお抜かしになられた。


 しかし、仕上がるって事は……。

 ――復讐者が、望む方向に行っていて、オレの命日も近くなっているって事じゃん。


 これはヤバイいんじゃない?

 今度は、もう少し、なじまない方向で……、否。

 それはもっとヤバい筈、太らなくなったブタはすぐに殺処分だった。

 昨夜、あゆむは、殺すだけが方法ではない って言っていたけど、それはきっと少しずつ、変わっていくオレに対して言った言葉なのだろう。

 生かさず殺さず、イタブリながらじっくり償わせる為に。

 けれど、かれは、オレが変わらずに、以前のままになれば、一番簡単な償わせ方をとるのだろう。

 ――オレを速攻で復讐者に引渡し、その命で償わせる。


 前門の復讐者、後門の観察者(小梨)

 行くも陵辱END、行かないなら速攻でコイツに捕まって陵辱END。

 つまり、両門陵辱END。

 全く救いが無い状況だ。

 イクは極楽往生と言っていた、某一揆の方が余程マシな状態。


 ――何か手を捜さないと、これは八方塞りじゃん……。

 残る最後の手段は 昨日聞いた微かな希望。

 それに賭けるしかない。


 「昨日の言っていた事があるじゃん?」

 「何だ?」


 オレは、可愛い顔に涙を浮かべながら彼の手を握り、わらにもすがる思いであゆむに尋ねた。

 

 「――昨日、あゆむが話していた、『転生リンカーネイション』って、一体何なの?」


 「……あれか」


 あゆむは、オレの言葉に目を泳がせた。

 彼の表情が、みるみる曇ってゆくのが判る。

 ――きっと、返事に困って、今答えを考えているのだろう、きっとこれは聞いたらマズイ事だったのかもしれない。


 「お前の好きなコイツの事だ」


 小梨は唐突に、閃いたようにそう言うと、そそくさと寝室の隅へ行き、チェストをガサゴソ探ると、一冊の小説を取り出した。

 ――タイトルは、○職転生と書いてあった。

 オレでも知っている、超メジャーな小説だ。

 あゆむは、本を片手に半ば呆れ顔で説明を始める。


 「死んだ後なぞ、誰にも判りもしないのに、それを議論する事すら、つまらんくだらん。

 そんな物を信じる、お前のアホウ加減には、まったく話にならんな」


 そういうとあゆむは手を広げ、ふかくため息を吐く。

 こりゃダメだ、の仕草だろう。

 其処まで、アホウと言われると、オレも反論する気も起きなくなってくる。


 「……」


 自分は、ただ、ムスリとした表情を浮かべるだけだった。

 小梨は、イケメンに似合わないような呆れ顔のまま、畳みかけるように更に言葉を続けてゆく。


 「――だが、死後の世界が有ると信じ、宗教のようななぐさめの挙句、出るのが妄言虚言の類、コイツのような話だ」


 あゆむは取ってつけたような話を持ってきた。

 明らかに言い訳臭い。

 昨日は天使でも、何とかなりそうな雰囲気だったのに。


 「昨日の話は?」


 おれは思わず、小梨に顔をしかめて食い下がると、

「ただのリップサービスだ」と、彼は間髪入れず返事を返してきた。

 ……む、むごい……。

 一瞬でも、生き残れる希望を持った自分が、浅はかさだった……。

 そう思っていると、あゆむは、泣きそうになっているオレの顔を見つつ、満足げに更に続けた。


 「極刑に処された天使が、生きのびようと考える事すら、あさましくおこがましい。

 ――ただ貴様は、復讐者によって陵辱の末、絶叫を上げながら、ただ殺されれば良んだ」


 小梨は目を細め、昨日の事が幻だったように、にべも無く切り捨てる。

 ――まあ、コイツらしいと思えば、そうだけど。


 「そして、死を恐れるその揚げ句、ありもしない手段に頼ろうとする。 貴様は、まったく話にならないアホウだな」


 歩は、手を広げ、静かに首を左右にふる。


 「……つまり、オレは陵辱されて殺される為に生かされていて、その次の人生を頑張れと?」

 「ああ、そういう事だ。

  人間として、全ての権利を奪われた天使のお前に、それ以外の選択肢はあるまい?」


 小梨は、ムスリとしたオレの顔を楽しそうに眺めながら、更に続けた。


 「次が有るとすれば、その前に、お前には、地獄(転生先)での、あの女の楽しい責め苦が待っているだろうがな。

 ふっふっふっ」

 

 そう言うと、小梨は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 「惨い……。

 有る意味、今の状態が地獄だよ、お前と言う獄卒も居るわけだし」


 彼の表情に、思わずオレは、小声でポツリ返事を返す。

 「地獄(転生先)での、あの女の楽しい責め苦が待っている」と、言われると、自分には洒落にならないのに……。

 そう思いながら、更に続けた。


 「それに、ただ、殺される為だけに生きるのって、シンドイと思うよ」


 呟くように口に出したのは、本心だった。

 オレは其処まで強い人間じゃ無いのは、自分でも判っている。

 ――ただの死にたくない、ちっぽけな人間だから。


 「何か目的が欲しいなら、私がお前に目的を教えてやろう」


 あゆむの表情から、嫌な予感しかしない。


 「なに、……なの?」


 オレは微かな希望を持って訪ねると、ヤハリの答えが返ってくる。

 

 「貴様が復讐者の為に生きれば、お前にも生きる目的ができるだろう?」

 「それって、何も変わってないんじゃない……」


 オレは、肩を落とし、俯くと、ポツリ呟く。

 ゆうなみたいに子供(ゆい)が居て、オレにも何か生きる目的と言う、『ともし火』が有れば別だけど、それが無いなら、ただ、殺される為だけに自分が生かされるなんて、有る意味普通の死刑より残酷だよな……。

 殺すなら、一思いで殺せと言いたい。


 おれがそう思って居ると、小梨は真顔で慰めるように、オレの背中を優しく撫でながら、オレの言葉に返事を返す。

 

 「お前にその絶望を与えるのが、この刑罰の趣旨、あの娘の望みだからな」

 「……」


 小梨の言葉に、改めてオレの立場を思い返させられる。

 ――最初に、あの女(木戸 亜由美)に非道をしたのは自分。

 だから、その償いの為、オレはこの姿にされて、殺される為に生かされている、と。

 オレは、罪の意識に、体が小さく震えだしてゆく。


 「――だが、お前の昨夜の一言で彼女も救われた……、だろうな」


 あゆむは、オレの泣きそうな表情をから何か察したのか、憐みとも何とも言えない複雑な表情を浮かべると、更に言葉を継いだ。


 「したがって、貴様の責め苦も、少しは軽くなるかもしれないな」

 「――え?」


 やっぱり、何か恩赦みたいなものが有るのかも……。

 オレは、微かな望みに おもわずイスから立ち上がると、可愛い顔を上げて、あゆむの顔を覗き込んでいた。

 

 「釜茹でから、ムチ打ち位に減刑されるかもしれないな。

 ――お前には、ご褒美だろう?」


 小梨は『釜茹でからムチ打ちに減刑』、と冗談交じりに抜かした。

 ――しかも、真顔で。


 「それを減刑と言うの?」


 自分の顔が引き攣るのが判る。

 オレの脳内に、地獄に堕とされた自分を、例の女(亜由美)が、漆黒のボンデージスタイルの女王様姿で、ムチと蝋燭を持ち、「女王様とお呼び!」と高笑いをしながら、オレをハイヒールでぐりぐり踏みつけにしながら、したたかに鞭でオレをぶったたく。

――しかも、本気で……。

 あの女には、ジャストフィットの役柄だ。

 一方のオレは、鞭でぶっ叩かれるたびに、「あんぎゃぁ~」と、本気の絶叫をあげる姿が、目の前にありありと浮かんできた。

 想像するだけで、痛い光景だ。

 これぞ、まさに地獄。

 これならまだ、かまゆでの方がマシかも知れない。 落語では、エライ坊主が法力で、いい湯かげんに冷ましてくれてたから。

 ――もっとも、今の生臭ボウズには、そんなご利益は無いんだろうけど。


 でも、考えたら、地獄で、釜茹になろうが、ムチ打ちになろうが、根本的な所がまったく変わってない。

 枝葉が違っても、オレが陵辱されて殺されるという、大元が変わらなきゃ、全く同じなのだ。


 「……自分に、その趣味は無いよ……。

 それより、本当に、ホントに、天使が生き残る方法は無いの?」


 オレが、がっくり肩を落としながら、あゆむに更に食い下がる。

 彼は何か思うことがあるのか、静かに目を閉じた。

 

 ほんの少しの沈黙。

 広いキッチンの中に、時計の秒針の音だけが、カチコチ響く。


 「――有るはずが無い、諦めろ」


 沈黙を解いた小梨は、真顔でそう言うと、片手でオレを正面から軽く抱きしめ、もう片方の手で慰めるように背中を撫でながら、重い口調で更に続けた。


 「こぼしたミルクは、元に戻らない」


 「そうだった、……よね」

 

 非情だけど、的を得た彼の言葉に、オレは天を仰ぎながら、虚ろな表情に涙を浮かべ、うわ言の様に返事を返していた。

 ――覆水盆に返らず、時は戻せない。

 最初に、彼女に非道レイプをして、死に追いやったのは自分。

 その事実は消し去れない。

 これは、冷酷だけど真実だ。


 気がつけば、自分の力が抜け、泣きそうな顔で、あゆむに寄りかかるように体を預けていた。

 

 「……」


 哀れみを浮かべた小梨は、そんなオレを無言でぎゅっと、力強く抱きしめる。

 Tシャツ越しに伝わる、彼の胸の温かみ、心臓のビート、そして、シトラスの香りが、じわりとオレに伝わりってきた。

 自分の鼓動も、早くなるのが判る。

 ――何時か殺される自分だけど、まだこの瞬間だけは、オレはマダ生きている、と言う確かな命の感覚だ。

 オレとあゆむ、お互いから伝わる、確かな生の感覚に、オレの体は小さく震えていた。

 自分が奪ってしまった、あの娘の命への罪の意識と、これから奪われる、オレの命への恐怖からだった。

 自分は、このまま、ずっと生きていたい。 

 ――けれど、天使である自分には、望んでは行けない事なのだろうけど。


 涙を溢すオレを抱きしめたまま、あゆむは、「だが」と、小さく言葉を区切り、真顔で重い口調で、更に言葉を継いだ。


 「――お前が変わり続けるなら、時間はいくらかかっても、その結末まで見届けるのが、復讐者の望みでもある」

 「……ありがとう、あゆむ……」


 オレは気が付けば、涙声で返事を返していた。

 あゆむの言葉に、少しの希望、そして同時に、彼の腕が、逃げようのない鳥かごのケージのように思えてくる。

 自分は、その中に囚われた、カナリア。

 オレは、この檻から、ずっと出る事が出来ないんだ、と。


「礼は要らない。 心の安寧を保つ、これも、仕事の一環だ」


 小梨はすげなく切り捨てると、自分のスマホに目を落とす。

 

「……ちっ、通信障害か?」


 小梨の表情が苦い物へと変わった。

 

 「……嫌な事を思い出した、あの時も通信障害だったな……、

 ――博之(ひろゆき)に頼んだ例の荷物が、未だにドローンで届かないのもコイツのせいか……」


 急に真顔になり、どこともなく殺気も放っていた。


 「最近、たまにあるよね」


 そう、最近通信障害がたまに起こっていた。

 ――スグに収まるから、気にしてないけど……。

 でも、コレが全ての始まりだった。

 ――終わりの始まり。

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