Between human and angel
波乱の一夜が明けた。
「……昨日は凄い一日だったな……」
ベットの上で目が覚めた。
オレはネコの様に体を丸め、頭まで毛布に包まったまま、昨夜の事を思い返していた。
――ガンガンする寝ぼけ頭のまま。
昨夜、オレはあゆむとデートの果てに、あゆむに唇を奪われてしまった。
――アイツに抱かれ、とろける様な安心感に、オレは力が入らなくなっていた。
そして、そのまま自然の成り行きで、自分はキスを許してしまった。
アイツは男、自分には、その気は無い筈なのに……、何故か、アイツだけは違った。
……むしろ、自分から、お願いしたかのも知れない。
――そして、キスの時には、シトラス系の香りがしていた。
でも、その香りは匂ったことがある……。
その柑橘系の香りは確かに何処かで嗅いだ匂いだった。
――思い出せないけど、確かに自分のなかに記憶がある……。
ホテルでの彼の不可解な態度と言い、あの悪役令嬢(亜由美)とは、深い関係が有る事は間違いなけど、いったい小梨は何者なんだろう?
自分の彼への謎は、深まるばかりだった。
そして、その時に、小梨がふとこぼした言葉、
『何時か殺される運命の天使でも、転生で何とでもなる』
その言葉が、自分の心に引っかかっていた。
あゆむは、確かにその時、真顔ではっきり言っていた。
――転生で何とでもなる、と。
彼のあの表情から考えると、きっと、それは小梨はリップサービスじゃない、本当の事を言ったのだろう。
あゆむとの付き合いは短いけど、其の位はオレでも判る。
アイツはどういう手段か判らないけど、何時か殺される運命の天使でも、裏技的な方法で生き残らせる方法を知っている。
――それが、『転生』と、言う物なんだろう。
もし、そんな手段があるなら、オレはそれに頼ってみたい。
それは、微かな希望、蚊程の儚い夢だけど……。
――でも、それは許される事なの……。
オレが犯した罪、そしてその罰と償い、それを済ませずに逃げることは許される
のかな?
未だ、自分にその答えは出てこない。
――死んでしまった、あの娘の事を考え出すと、胸がキューっと、締め付けられるように苦しくなってくる。
きっと、これが自分が背負っている、罪の十字架なのかもしれない。
そして、キスの後、あゆむは小さく体を震わせていたオレを気遣ったのか、彼にお持ち帰りされる事も無く――……。
――ん?
よく考えたら、オレにはそれからの記憶が無かった……。
ま・さ・か……、自分は、アイツにお持ち帰りされた……!?
――それに、この毛布の感触は自分のお気に入りじゃない、自分のはもっとザラザラで安物だもの!!
嫌な予感に、背中に冷たい物が走り抜けてゆく。
「――此処は!?」
驚きのあまり、オレは毛布から飛び出していた。
自分の目に付くのは、自分が寝ていた漆黒のパイプペット、配管が丸見えのむき出しの天井に、うちっ放しのコンクリートの壁面と言う、インダストリアル風の部屋だった。
そして、窓に向ければ、大きなガラス窓には、漆黒のレースショーツと、ブラ、そして だっぽりしたネグリジェを身に着けた、小悪魔のように華奢な少女姿をした自分の姿が、キョトンとした表情で写り込みんでいた。
「―― 一体ドコだよ此処は?」
窓の外の景色に目を向ければ、眼下には見慣れた自分の住む街の景色が、小さく広がっている。
そして部屋の中をきょろきょろと窺えば、黒を基調としたインダストリアル風の丸テーブル、そして壁に沿うように置かれたオークのチェスト、そして壁にはどこかで見た、ブラックのスーツとカッターが掛けられている。
隣には、これも見たことある萌黄色のワンピースが掛けられていた。
――住人のセンスが冴える、凄くお洒落な部屋……、――だけど、明らかに自分の家じゃない。
ついでに、この下着も自分のじゃない……。
第一、ブラのサイズが違う、自分は此処まで小さくない!
――胸が苦しいのは此れが理由かっ。
「ようやく、お目覚めか?」
オレは声の方へ視線をむけると、部屋のドアを挟んだキッチンに居たのは、見慣れた男の後ろ姿だった。
ジーンズにTシャツ姿の見慣れた茶髪、長身の男。 その姿は、後ろ姿でもスグに判る。
――あゆむだ。
彼は、コンロに向かい、朝ご飯に何やら料理を作っているようだった、肉の焦げる良い香りが部屋に中に漂っている。
「此処は私の住まいだ」
あゆむはチラリと振り返り、オレの様子を一瞥すると、そのまま表情を変えず、フライパンを持ちながら、何かを炒め続けていた。
「此処が、あゆむの家なのは判ったよ。
でも、どうしてオレが此処に、しかも、コンナ格好になってさ !?
――昨日、アレから何があったんだよ?」
オレは、毛布に包まり、青ざめ、声を震わせながら、恐る恐る訪ねていた。
いやぁ~な予感しかしないから……。
――イメージで言うと、飲み物に睡眠薬を混ぜられた娘が、昏睡状態で男の毒牙にかかり、次の日ベットの上で、半狂乱になって、
「いやぁぁぁ~~、私の寝て居る内に何をしたの!?」と、悲痛な叫び声を上げる。
それが一番近い状況だろう。
否。――自分は全く、同じ状況来たよ……。
まさか、コイツに奪われるなんて、予想外だったよ……。
奪われたとしても、まあ、あの成り行きなら当然と言うより、必然だけどね……。
「あの痴態を全く覚えて居ないとは……、――流石、阿呆だな」
オレの問いに、小梨はゴキゲン斜めなのか、チラリとも振り返らず、不機嫌そうな声でムスリと返事を返す。
――阿呆と言いながら。
昨日は、もう阿呆と言わないと言っていた筈だったのに。
オレも釣られたように、思わず、しぶ~い顔をしていた。
「――阿呆、と言わないんじゃ無かった?
それに、痴態って、オレが何をしたんだよ?」
「阿呆、貴様の様な阿呆をあほうと言わずして、誰を阿呆と言うんだ?
昨夜の事は幻、アホウにかかった魔法は、12時を回った時に、既に切れている」
小梨は振り返らず、阿呆、アホウ、あほう、とカラスのように返事を返してきた。
確かに、昨夜だけは特別な夜だったけどさ……、余韻位、ちょっとは残っていても良いんじゃないのかな?
――アレだけ良い雰囲気になったんだし。
そう思っていると、あゆむは背中を向けたまま、不機嫌ありありな声で更に言葉を継いだ。
「昨夜は、貴様が酒を飲み、暴走して大変だったんだぞ」
小梨の声のトーンで、不機嫌メータが振り切れそうになっているのが判る。
よく見たら、彼の背中が振るえ、顔が引きつるのが背後からでも判った。
どうやら、昨日の仲良くなった分を、吹き飛ばす位の事があったらしい。
「――オレが酒を?」
自分には、酒を飲んだ意識さえないんだけど……。
――あゆむが不機嫌になる位って、一体何があったんだよ?
いやぁ~な雰囲気に、オレは顔を強張らせ、恐る恐る訊ねた。
「……しかも、暴走って、一体何があったの?」
オレが尋ねると、一瞬、彼の背中から怒気が湧きあがる感じがした。
――これは、酒の勢いで、自分がマジでシャレにならない事をやったのかもしれない……。
「貴様は、其処もまったく覚えて居ないのか……、流石アホウだな。 貴様が覚えて居ないなら、私が言ってやろう」
と、あゆむは声を強張らせながら、強い口調で昨夜の事を語りだした。
「貴様は、泥酔の揚句、貴様は「暑い、暑い」と言いながら、街中でドレスを脱ぎ、下着姿になったんだ」
「え……」
余りの事に、オレは可愛い顔を引き釣らせると、其のまま固まり、次の言葉が出なかった。
――まさか、ココまでの事態とは予想外だったから……。
オレが、そう思っていると、小梨は怒気をはらみながら、チラリと振り変えることも無く、昨夜の痴態を更に説明を続ける。
「しかも、その後、私に抱きかかえられたお前は、ランジェリーまで脱ごうとしたんだ……、恥ずかしげも無くな。
お陰で、私は、下着姿のお前をお姫様抱っこで抱きかかえつつ、ハァハァ息を切らせながら街中を全速で駆け抜けて、此処まで戻るハメになったんだ」
「……」
彼の腕の中で、下着まで脱ぐか普通……。
――もっとも、自分がやったらしいんだけど……、全く記憶にない……。
凄まじい昨夜の事態に、オレの顔から血の気がす~っと引くのが判る。
「殆ど、さらし者状態だったぞ」
あゆむは、チラリ此方を見ると、怒気を沸き立たせながら更につづけた。
「しかも、こんな時に限って、タクシーも近くに居ないわ、更には奴も動き出すわ、凄まじい夜だった。
――お前に、酒は二度と飲ません!」
昨夜の痴態を語り終えた彼の雰囲気は、正に怒髪天を衝く状態だろうか?
――否、寝ぐせで髪が逆立っているから、文字通りだろう。
確かに、街中でデート中の相手が、しかも泥酔状態で服を脱ぎだしたら、確かにヤバいよね。
しかも、下着姿の彼女を、息を荒くして、お姫様抱っこで街中を疾走する……、――どう見ても、サカリついたカップル。
一歩間違えば、犯罪の香りがプンプンする。
――反省する事しかり……、二度と飲まないようにしよう……。
「ごめん……」
オレは、あまりの痴態に、思わず頭をだらりと下げ、小梨に謝罪の言葉を言うと、自分が覚えて居る所までの記憶の糸を辿りだす……。
思い出したくないのだけど……。
「……思い出した……」
アレからはオレは、あゆむにお持ち帰りされ、其のまま、初夜を迎えような雰囲気だったんだ。
――自分には、まだ覚悟も何も無いのに。
そんなオレは、コンビニで買った酒を飲み、酔っぱらって少しでも怖さと痛さを忘れようとしたんだった……。
――最初は痛いと言うからね……。
前の体のつもりで飲んでいたら、キャパを超えて飲んで、記憶がトンんだみたいだった。
――昔の悪いクセ混みで。
「最初痛いって言うし、……痛いの嫌だったからさ……」
オレが毛布に包まったまま、顔を赤らめ、恥ずかしそうにポツリ言うと、小梨は料理を続けながら「フッ」っと、鼻で笑いがら言葉を継いだ。
「貴様が、イキナリ「酒を飲みたい」と、言い出したと思えば、やはり、そう言う理由か」
「悪い? 痛いのは誰でも嫌いでしょ?」
オレはムスリとしながら更に続けた。
「それと、――昨日は、お持ち帰りされた後どうなったの?
完全に自分の記憶が無くて、自分がこの格好って事は……」
オレが一番気になって居る話のキモを、毛布の中で胸を隠しながら包まり、地雷を踏むような感じで恐る恐る尋ねると、小梨は振り返らず、「安心しろ、貴様には何もしてない」と短く返事を返す。
予想外の言葉に、オレも言葉が出なかった。
――確実に、処女は奪われたと覚悟していたから。
暫くの沈黙。
部屋の中には、あゆむが何かを炒める音だけが響く。
そんな中、先に静寂をやぶったのは小梨だった。
「――反応の無い、人形の様になった貴様を貫いても、面白くも何もないからな。
肉体だけを屈服させても、意味が無い」
そして、小梨は鼻でフッと笑い、言葉を継ぐ。
「――ただ、汗だくになっていた貴様を風呂場で剥いて洗い、着替えさせただけだ」
「本当なのぉ?」
あゆむの聖人のような答えに、オレは思わず目を細め、不審そうな声を上げた。
目が覚めたら、男の家に連れ込まれて居て、こんな格好にされて、何もされてないって確実に怪しいよ……。
そう思っていると、小梨はオレの気持ちを察したのか、小さく笑いながら言葉を続ける。
「ふっ、私に、お前の意識が無いうちに、『貴様の処女を奪った』と、でも言ってほしいのか?
――安心しろ、本当に何もしていない」
「……こんな状態で、信じろと言う方が無理じゃない?」
オレは、思わずジト目であゆむを見ていた。
小梨は何もしていないと言うけど、どうしても信じられなかった。
前の自分なら、こんな状態に出くわしたら、ネコの前に置いたカツオ節の状態だろうから、間違いなく女の子にムサボリついて居る筈。
据え膳食わぬは何とやら、だから。
――もっとも、そんなシーンは想像だけで、一度も無かったんだけど。
「――全く、お前と言う奴は……」
歩は、呆れたようにため息を一つ吐く、そして天使の事を説明を始めた。
「天使の場合、元より体が小さくなった分、神経密度が増し、触覚、痛覚などの感覚が鋭敏になるんだ」
「へぇ……」
小梨から聞く、改めての新事実。
そう言われてみれば、そんな気もするよ、感覚が敏感すぎて、ザラザラな毛布も少し痛いもの。
そう思っていると、小梨はトーンを落とし、怪談を話す様な感じで更に続けた。
「――つまり、体中の感覚が鋭いと言う事は、あの時の痛みも激しいと言う事だ」
「そうなの?」
此れから体験するであろう、いやぁ~な事を聞いてしまい、思わずオレの表情が歪む。
――そんなバットニュースは、聞きたくなかったなぁ……。
「ああ、耐え難い痛みらしいな、気丈なゆうなですら、痛みの余り気を失ったそうだ」
「……」
あゆむは、チラリ振りかえり、オレの表情を見ると、満足そうに口角を邪悪に歪め、説明していた。
――耐え難い痛みで、あの気丈な ゆうなも気を失ったと……。
それって、どんだけ痛いんだよ……?
これからの痛い予感に、思わず、オレは、めを見開き失笑するのが判る。
「――それって……、どの位、痛いの?」
オレが、おそるおそる尋ねると、あゆむは間髪居れず返事を返してきた。
――よく御存じだ事……。
「普通でも、体が真っ二つにされるくらい痛い」
「……」
ぉぃぉぃ……あゆむは、何という恐ろしい事をおっしゃられるんだよ。
――アノ時は、体が真っ二つにされるくらい痛い、と……。
気が付けば、自分の体がふちぷる、コジカの様に震えているのが判る。
――こえぇぇぇ~~~、聞くんじゃなかったなぁ……。
あゆむは、此方を満足そうに見つめながら、更に続けた。
「天使では、敏感な分、体を八つ裂きにされる位、痛いそうだ。
――故に最初に貫かれた瞬間、眠っていても激痛の余り飛び起きる。
そうやって、朝までよく眠れたことが、お前が無事だった何よりのあかしだろう?」
「ぉぃ……」
歩はニヤリとして、トンデモナイ理屈で自分の潔白を説明した。
オレが朝まで、よく眠れた事が昨夜は何も無かった証拠だと。
――確かにそうだろうけど……、別の言い方もあっても良いような気がした。
半分は、オレを怖がらせるのが目的かも知れない、――やはり、コイツは底意地の悪い極悪な性格のようだ。
「……取りあえず、貞操の危機は無かったって事なんだよな……」
「そう言う事だ」
小梨の答えに思わず、オレは安堵の息を吐いていた。
彼の言葉を聞いて安心したような、不安がつもるような複雑な気分だった。
――コイツの話では、自分も、時期にアノ激痛を味わうと言う事だし。
剥がされたつもりのバンソウコウが、まだ張り付いていたと言う感じだろうか?
痛いのなら、一瞬で終わらせて欲しい。
――じわりじわりと、剥がされるのはたまらない痛みだしね。
「でも、やっぱり……。 痛いのは嫌だなぁ……」
オレが渋ーいかおをして本心をポツリ言うと、小梨は料理片手に、言葉を続けた。
「流石、貴様は阿呆だ。
――その痛みも、愛が有れば嬉しい物なんだぞ」
「どうして? 」
キョトンとして、首をかしげるオレを前に、あゆむは、一呼吸置いた後、静かに語りだした。
まるで、昔話を語るような感じで。
「娘との恋愛はあっても、男との色恋沙汰なぞ、自分には生涯縁が無いと思って諦めて居た、……娘が居た。
――そんな娘にとっては、その痛みも、嬉しいものだった。
確かにその瞬間、諦めていた女性として幸せが、自分に掴めている証拠だったからな」
「――そう言う物か?」
あゆむが言うのは、オレには判らない感覚だった。
自分は、痛い物はどういう理由であっても嫌だしね。
――そもそも、自分は元男だし、その感覚は判ろう筈も無い。
「貴様には、判らないだろうな。
――女が娘にモテテも、その痛みとは無縁だからな。
その娘は、ソコから始まるかも知れない恋愛に、一瞬、愚かにも胸をときめかせてしまっていた」
小梨がフッと鼻で笑う傍で、オレは一瞬考えてしまった。
――娘にもてても、男にまったく縁が無い……。
一体、どんなヤツだと。
「……だが、……それは踏みにじられた……」
小梨は、何かを思い出したのか、イケメンの横顔に、何時ものクールな表情、否。
――それは、感情を無理やり押し殺している表情を浮かべていた。
少しだけ、怒気、殺気をはらんでいるのがわかった。
「その娘って……」
嫌な予感に、オレが思わず、トーンを落として恐々聞き返すと、小梨もオレの声の感じから何かを察したようだ。
「話しすぎたな……。
――とりあえず朝飯が出来た、冷めない内にさっさと食べるぞ」」
小梨は誤魔化すように事務的にそう言うと、振り返らず、フライパンの中身を皿に盛りつけ始めた。
どうやら、メニューはカリカリベーコンと、目玉焼き、そして焼きたてのトーストの様だ。
「そうだね。
それと、昨日は、ありがとう……」
オレが、表情を緩めながら言う言葉は、複雑な本心だった。
天使である自分にとって、昨夜の様な人並みに幸せな事は、自分にはきっと過ぎた事なのだろう。
なのに、そんな素敵な夜をエスコートしてしてくれた、あゆむには感謝の気持ちしか湧いてこない。
――きっと、彼は自分の気持ちを押し殺して、オレに接してくれたのだろうから。
彼の本当の気持ちは、きっと……。
「貴様に、感謝される理由は無い。 昨夜の事も、仕事の一つだからな」
「だよね~」
小梨は、何かを察したのか、何時ものイケメンな面にクールな表情を浮かべ、ぶっきらぼうに返事を返してきた。
でも、その態度が自分には心地よい。
優しくされたら、きっと辛くなるから。
「――スグにそっちに行くね、料理は冷めたら美味しくないしね」
オレは、笑顔で、そう言うと下着姿のままキッチンへ向ってゆく。