果たせなかった夢
「あゆむ、ぽてち何にする?」
「……ジャンクフードは判らない、杏子に任せる」
煌々と輝きを放つ 夜のオアシスで、オレと小梨の二人ガンクビ揃え、夜食のポテチを吟味していた。
笑顔を浮かべるオレの傍で渋面を浮かべる歩、彼はどうやらこんな物は、生まれて初めて食べるらしい。
どんだけの浮世離れした感覚なんだよ?
「じゃあ、――自分の好みで適当に選ぶけどいい? 何が出ても文句言うなよ?」
シラーとした表情で歩にたずねると、彼は渋面のまま、
「構わん、わかった者が選ぶ方がいいだろう。 では、飲み物の方は私の好みでみつくろっておく」
と返事を返してきた。
彼の言葉に自分もちょっぴり不安になってくる、凄まじい物が出てきそうだ。
――味の好みと、お値段の両方で……。
”
「あゆむ、お待たせ~」
コンビニから笑顔で出てきたオレの手にあったのは、コンビニの袋。
中身はジャンクフードの王様、ポテトチップス、――フライドポテト、コンソメ味だ。
コレは、シンプルな定番だけど、自分の大好物なのだ。
「遅かったな杏子、私の方はとっくに選んで置いた」
店の外でオレを待っていたあゆむは腰に手を当て、胸を張りながら、勝ち誇ったようにニヤリ笑みを浮かべていた。
どこからとも無く、高笑いが聞こえてきそうだ。
オレと歩、ドチラが早く品物を選ぶか? そんな所でも、コイツは負けたくないのかもしれない。
――何という負けず嫌い……。
「むぅ……。 なんか負けた気がする……」
下らないものだけど、負けると自分もなんだか悔しい物だ。
気が付けば、オレは思わず頬をぷうと膨らませていた。
しかし、問題は速さじゃない、中身なんだけど……。
疾風のように早く済ませたコイツが、いったい何を選んだのか、ちょっぴり不安になってくる。
「……で、あゆむは何にしたの?」
そこで、オレが地雷を踏むようなかんじで、恐る恐る尋ねると、
「ん? ホットキャラメルマキアートだ。
……昔から私が良く飲んでる――、いや……飲んでいた私の一押しだ。
マサカ、杏子も知らないと言う事はあるまい?」
小梨は自慢そうに手に持っていたコップをゆらしながら、返事を返して来た。
カップの中からは、キャラメルの甘い香りが立ち込めていた。
なんとも美味しそう……――でも、何か、ちぐはぐな感じがする。
コイツは何時もは、ブラックのコーヒーしか飲んで居ないのに。
それが今日に限って、歩がこんな女子好みのような物をチョイスするとはねぇ。
――明日は嵐でも起きそうだ……。
「自分も一応しってるけどさ、あゆむがそんな物選ぶとは意外だったな。
何時もはコーヒー位しか飲んでないでしょ?」
あゆむは、胡乱な表情のオレの言葉を聞いた瞬間、フッと表情をゆるめ、
「私も、たまにはこんな物も飲みたい事もあるさ……、――こんな夜にはな……」
と空を仰ぎながら、マンザラでもない表情でポツリこぼしていた。
「こんな夜ぅ?」
歩の言葉に、オレは首をこくんとかしげ、思わず聞き返す。
――今夜、コイツに何か有ったっけ?
思い当たるフシは、例の悪役令嬢――木戸亜由美と、狐のような男――北島くらいしか思い当たらないんだけど……。
それが歩と何の関係が……――まさか……。
恐ろしい予感が自分のシナプスを駆け抜け、背中に冷たい何かが走りぬけていくのがわかる。
「……もしかして、あの娘(木戸亜由美)もコレが好きだったの?」
嫌な予感にオレは思わず真顔になり、歩に尋ねていた。
――歩の彼女というのは、木戸亜由美だった……、なら全てまるく収まる。
彼女について、子供の時にエピーソドとか、妙に詳しいのも納得がいくからな。
「……そうだな、あの娘も好きだったからな。
――素敵な彼氏と何時かベンチで肩を寄せ合い、語り合うのが夢……――だったそうだ」
オレの問いに、小梨は、遥か過去を思い返すような、遠い目をしながら言葉を返してきた。
その表情、答えに自分の考えは確証に変わった。
歩の彼女は例の悪役令嬢、木戸亜由美だと。
――じゃあ、あの娘が居たなら、今夜、歩とデートした自分のポジションに居たのは、あの娘だった筈。
本当なら、きっとコイツはあの娘と来るはずだったのだろう。
自分ならそうだもの。
なのに、オレがあんな事をしたから……。
「歩、……もしかして、あの娘は……」
沸きあがる後悔と、罪悪感に、震えながら言うその先を言う事が出来なかった。
思わず罪の十字架に、押しつぶされそうになる。
「杏子、そんな悲しそうな顔をするな、……これは私自身、個人的な事だ。
――お前が気にする事ではない」
真顔の小梨は、オレの悲しそうな表情から何かを察したのか、片手で自分の胸に抱き寄せると、オレの背中に手を添えていた。
そして、落ち着かせるように、やさしく撫でていた。
――そのさりげない優しさが、更に心を締め付けてくる。
「……でも……」
「杏子、今は何も言うな。
――今夜だけ、お前の咎人と言う鎖を、消し去る魔法が掛かっているといっただろ?
今夜は、ただ素直に楽しめばいい」
あゆむはそう言うと、すげなく話題を変えてきた。
「――さて、冷めないうちに飲んでしまうか、おあつらえ向きに、この近くの公園を知っている」
と抜かし、強引にオレの手を引いてエスコートし始める。
オレとあゆむ、二人で公園まで向かってゆく。
”
歩に案内され、二人が着いたのは、町外れの海岸沿いにある、夜の小さな公園。
街の喧騒から離れ、街中のオアシスのような場所だった。
青白い水銀灯の照明が1個、ブランコや滑り台の遊具も2~3個しかない、ネコの額程度の公園。
夜のためか、人通りもまばら、泣いても叫んでも誰も来ないような場所だ。
そんな所にある、街灯に照らされた公園のベンチ。
其処に、オレとあゆむの二人で座り、寄り添いながら先ほど買った物を食べている。
「庶民の食べ物も悪くない物だな」
「美味しいでしょ?」
飲み物片手にポテトをつまんでいた小梨は、袋の裏を見た瞬間、ムッとした表情を浮かべた。
なんて物を食べさせるんだって表情だ。
「だが、――添加物まみれのようだが……」
どうやら、あゆむは何時もは無添加の物しか食べないらしい。
そんな物を気にして居たら、庶民は何も食べる物が無いよ?
「……それも味のうちだよ」
オレは目を細め、ポツリそう言うと、歩の持って居るポテチの袋をサッとうばいとる。
『文句をいう奴に食う資格はなし』――これが我が家の格言だ。
コイツに食う資格なし。
「文句があるなら食うなよ……、自分が残り食べるから」
「……誰が、食わないと言ったか?」
歩は、サッとオレの持って居たポテチを奪い返すと、中身をつまみ始めた。
そしてポリポリ器用に食べすすめ始め、そして、
「私は、お前に救われた気がする……」
小梨は誰に言うともなく、遠い目をしてポツリ呟く。
唐突な歩の言葉に、自分は言葉の意味がわからなかった。
――『お前に救われた気がする』って、オレは何かしたっけ?
コイツに関しては、何もしてないきがする。
「歩、いきなりどうしたの?」
「――もしかしたら、昔の私はアイツのようだったのかもな。
全てに憤り、得体の知れない殺気を放っていたのだろうな」
歩は、そう言うと複雑な表情を浮かべる。
「だが、お前のおかげで、忘れていた事を思い出せた」
険のとれた表情の歩は公園の近くにある家を指さした。
コンクリ造り、ド派手な真紅の壁の家だった。
「杏子、其処の家の壁に立ってみろ」
「良いけど? 何かあるの?」
言われるがまま、小梨の言った場所に立つと、彼はスマホでパチリ撮影した。
―― 一体なになんだ?
「やっぱり、貴様によくにあったな」
「?」
半信半疑のまま、彼が撮影した画像を見せてもらうと、其処に写っていたのは純白の羽が生えた天使の姿。
真紅の壁を背景にして描かれた純白の翼、その前に萌黄色のフレアワンピースを着た自分の姿が映っていた。
その様子は、掛け値なしで純白の天使の姿その物だった。
「ちょっと恥ずかしすぎるよ」
気がつけば、オレは自分とは言え、余りの可愛い姿に思わず赤面していた。
「やはりよく似合ったな」
「むぅ……、人を玩具にするなよ」
「昔、適わなかった私の夢だ」
不機嫌そうに頬を膨らませるオレを前にして、小梨は那由多の距離を見つめるように目を細め、壁画を見つめ、ぽつりこぼした。
「お前の?」
「ああ、彼女に『先輩のイメージが崩れるから、止めてください』と反対されてな」
歩は思わず顔をしかめる。
しかし、おれは納得が行ったように、うんうん頷いていた。
――確かにそうだ。
自分がやれば可愛い天使、だけど小梨がやったら、悪魔を召還できる某ゲームに出ていた、筋肉だらけの天使だもんな…。
可愛さもへったくれもあったもんじゃない、そりゃ彼女も反対もするよな。
そう思うと思わず笑みが零れた。
しかし、自分だけオモチャにされ撮影されるのは腹が立つ。
「でもさ、自分だけこんな姿させて良いと思うの?」
オレは歩をシラ~っと見つめ、ポツリと言う。
この際、歩をつれて自爆テロ断行……。
――死なば何とやらだ。
「あゆむもやってみれば?
今からでも遅くないでしょ?」
「むっ、マサカ私のそんな姿を撮影するするつもりか?」
「そうだよ、死なば諸共だよ」
オレは口角を邪悪に歪め、むっとする彼の手を引き壁画の前まで連れてゆく。
「此処に立ってみろよ」
そうして小梨を立たせると。
「ほぉ……、似合ってる」
――意外と悪くない。
真紅の壁を背景にして、漆黒のスーツの背後に広がる白い双翼。
彼のイケメンと相まって意外とかっこいい。
堕天使ルシフェルっぽいけど。
「……私だけ、こんな恥ずかしい姿をさせられると思うか?」
小梨は恥ずかしそうにそう言うと、抱き合う様にオレを両手で思いっきり抱きしめてきた。
「――貴様も道ずれだ……」
そう言うが、マンザラの表情でもない小梨。
「しかし、ここで自分が叫んだらどうなるかなぁ?
――言わずともだよなぁ……」
オレはニヤリとしながら、邪悪に口角を歪める。
「口を塞ごうにも、あゆむ、お前の両手は塞がってるだろ?
大人しく解放しろよな」
この状況でオレの口を塞ぐ手段は無いよなぁ……。
そうなれば解放するしかない。
此れは、勝った!
「――それを阿呆の浅知恵と言うのだ」
歩は、ニヤリと自信ありげに抜かす。
何かやるつもりか?
「どうするんだ?」
「やってみろ、やれば判る」
自信満々にお抜かしになる小梨。
其処までなら、ほぉ……、挑戦うけてやる!
「いやぁぁ~ 冥府魔道に引き込まれる~」
オレはワザとらしく、歩の顔を見つめながら体をよじってみた。
――勿論本気ではない。
しかし、何となくこれは、堕天使に誘惑される、可憐な美少女。
これはこれで、絵になりそうな光景だ。
――でも、人はそれをバカップルと言うのかもしれない。
「甘い。 何も口を塞ぐのは、手だけとは限らないんだぞ」
歩はそう言うと、オレの唇に顔を近づけてきた。
えっ……普通そう来るかぁ?
「ちょ、ちょっと……」
――自分の鼓動が、ビートのように体内に鳴り響く。
彼の体温がオレの体に伝わり、歩の鼓動も伝わってくる。
逃げようにも、抱きしめられているから、逃げようも無いんだけど……。
「……目を閉じた方がいいの?」
「好きにしろ……」
オレの可愛い顔、それどころか、耳まで真っ赤になって居るのが自分でもわかる。
だが、あゆむはイケメンにクールな表情を浮かべたまま、唇を重ねようとしていた。
ヒューヒュー。
気が付けば人が集まり周りから口笛が吹かれている。
何時のまにかカップルたちのギャラリーで人垣が出来ていた。
その数、両手の指より多い数だ。
「あゆむ、このふんいき……」
「むっ!」
何となく、気まずい雰囲気だ。
早く、告白とか決めるなら決めろという感じの視線だ。
どうやら、此処はカップルの間では有名な場所だったらしい。
――ウゥ~~~ウゥ~~~~。
と思って居ると、パトカーのサイレンの音が聞こえる。
遠くには赤色灯が煌めき、此方に向かうのが見えていた。
同時に蜘蛛の子を散らすように逃げてゆくギャラリー。
――どうやら、此処は私有地で入ると通報される場所だったらしい。
勇者じゃあるまいし、民家に不法侵入したら、普通は通報されるよな……。
「むっ……」
「うん……」
オレと歩の二人は顔を見合わせると、同時に頷く。
ヤバイ。
――三十六系にげるにしかず、と言わんばっかりに
「杏子、逃げるぞ!」
「言わずともだよ、歩こんな場所なら早く言って欲しい!
自分は捕まると、復讐者に引き渡されて、殺されちゃうかもしれないんだよ!!」
「杏子、そうならない様に、全力で逃げるぞ!!」
焦りの表情を浮かべたあゆむは、オレの手を引きながら全力で公園を後にする。
俺たちは全速で逃げ出し、慌しく夜は更けてゆくのであった。