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台所の侵入者

 時は近未来、科学技術は飛躍的な進歩を遂げていた。

 特に、微小機械ナノマシンの分野は著しかった、末期のガンですらナノマシンとDDR(薬品輸送システム)の注射一本打つ事でガン細胞その物を作り替える事により、外科処置せずとも治る時代だ。

 ナノマシンにより細胞1個、遺伝子1ゲノムでの操作が可能になると、不治と言われてきた遺伝病のみならず、人体の変成も可能になってきた。

 切断した四肢もトカゲのように生えさせる事や、機能を失った膵臓や腎臓を再生させる事はおろか、性染色体を操作することで男性から女性の体へ完全に変える事も可能となっている。


 もっとも、未だ不可能なことも多い。

 女性から男性の体は未だ不可能とされているし、もちろん死者を蘇らせる事も出来ない。

 いくら進歩しようとも、科学は万能かみでは無いのだから。

 

 勿論、光の面が強ければその分闇も濃くなる。


 犯罪を犯した者たちにも、強制的な医療的処置も行われていた。

 暴力志向の強い物には、衝動を抑えるように遺伝子の発現を抑え、ネグレクトをする親にはオキシトシン(愛情ホルモン)の発現を高めるようナノマシンによる遺伝子操作をするなどだ。


 そして、極刑の一つとしても用いられて居る。

 

 性犯罪者として贖罪の為、強制的に少女の体に変成された自分達は天使エンジェルと呼ばれている。

 人に非ず、既に昇天(死亡)したものと扱われて居るからだ。

 故に天使。


 死人故に一切の人権は無い、もし復讐者以外がオレを殺したとしてもソイツは罪に問われること無いのだ、ハンターライセンス不所持による幾許かの罰金を払えば済んでしまう。

 ライセンスを持つハンターなら罰金すら来ない、渓流釣りの遊漁券のように正当な権利の行使だからだ。


 理不尽だが仕方ない、俺達は復讐を受ける為だけに生かされているのだから。


 天使と言っても、自分達の生活は基本普通の民間人と何ら変わらない。

 普通に飯を食べ、夜にはベットで寝て、女性の体なのでもちろん月の物も来る。

 学生なら生徒達と混じって学校へ通い、そして望むなら恋愛もできる。


 ――でも、此れは俺達を思ってのことではない、ただ被害者の人生を追体験させるのが目的だ。

 そして、記憶も薄れた頃に償いをさせ、幸せの絶頂から奈落の其処へ無慈悲に突き落とすのだ。


 丁度自分がアノ女に絶望を与えたように、だ。


 生殺与奪、全てが被害者の思うがままの復讐を犯人へ与える事で被害者にも満足し、

 天文学的なハンターライセンス取得料を被害者給付金へ回す事で社会的にも満足し、

 犯罪を犯そうとする物へガス抜きをさせる犯罪抑止力と言う事で防犯的にも満足する。

 

 被害者、社会、そして加虐趣向の一般人。

 近江商人のような三方良しの究極の被害者救済制度、それがこの法律の趣旨なのだ。

 

 ――犯罪者オレの人権は完全に無視した。


 「全く悪趣味な法律だよな」

 

 寝起きでぼんやりした頭のまま寝間着としていた下着姿で、1DKの我が家(勿論、復讐者からの支給品)の台所でぽつり呟くと


 「悪趣味な事を最初にしたのは誰だ?」


 オレのぼやきに反応するように返事を返してきたのは、栗毛の髪をした年の頃25前後のすらっとしたイケメンの男。

 挿絵(By みてみん)

 悔しいがコイツの面構えは、この体に変えられる前の自分より数段良い顔のつくりは認めるしかない。

 どこぞのホストのようにスーツを着こなし、壁を背にして、台所のフローリングの床にすわりながら優雅にコーヒーをのんでいた。

 彼はカップ片手に返事を返す。


 「ちょ、何でお前が居るんだよ」

 「それが仕事だからだ」


 ソイツは此方を気にする事も無く事務的に返事を返してきた。


 「お前が何もやらなければ、そもそも此処に私が居る必要も無いのだがな」

 「そうだけどさぁ、アン時には魔が指したんだよ魔が、男なら判るだろ男なら?」

 「私には判らないな」


 男はクールに返事を返す。

 

 「そ~だよな。 イケメンのお前は女には不自由して無いだろうしな…」

 「個人的なことは黙秘する」


 こいつは小梨こなし 歩 (あゆむ)。

 オレに付けられた観察人ウォッチャー、オレの監視をしている。

 観察人ウォッチャーの仕事は、俺達が逃走などの違反行為をした時に即座に捕獲し、無抵抗の状態で復讐者やハンターに引き渡す役目だ。

 そして、俺達 天使エンジェルは復讐者の思うがまま無残に昇天するする事になるのだ。


 だが何故かただの捕縛者の筈のコイツは女性の事にも異様に詳しい、始まって間もないオレの着替えのときにはブラの付け方が判らず戸惑う俺の体をまさぐり懇切丁寧につけてくれやがった。

 ――傍から見れば、確実に犯罪の現場。

 変態の餌食にされる美少女、イケメンにいいようにされる様はレディースコミックならご褒美だろうが、俺には関係ない。

 こいつに体を触られた様は、今思い出してもおぞましい。


 だが、こいつは欲情することもなく淡々と進めていった、まるで女性の体に興味でもないように。

 不能かホ○か、はたまた触るだけで下着のサイズが判るデザイナーか、どちらにせよ変態に違いない。


 何にせよ謎の多い人間だ。


 「アイツは天使のような凄く可愛い娘だったから、通りがかりに思わずムラッとな」

 「そうだろうな、彼女が町を歩けば男達は振り返り、女は見惚れて我を忘れ、あっというまに人ごみが出来たからな」


 小梨は何故か表情を緩め、まんざらでもない表情を浮かべる。

 

 「でも毒饅頭だった」

 

 俺がむすりとして更に続けると、「ど、毒饅頭?」と彼はイケメンに似合わない仕草で表情を歪め、思わず口をつけていたコーヒーを吹き出しそうになる。


 「そーだ毒饅頭だよ。

 美味しそうな匂いを漂わせておいて、一口でも食べたら苦しみながら死ぬ毒饅頭」


 オレは下着姿のまま思わずテーブルにペタンと臥した。


 「顔に似合わず、性格は正義感ぶって敵の悪役令嬢をいたぶり殺す清純ヒロインだぜ?

  いや歪んだ性格は悪役令嬢そのもの、毒饅頭で十分だよ」


 そう、オレはあの時思わず饅頭を食べてしまったのだ。

 甘い香りに誘われて猛毒入りの毒饅頭を。

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