Starlight's magic
「杏子、着いたぞ」
オレと歩、二人は並んでエレベーターから降り立つ。
此処はホテルの最上階。
窓の外に広がっていたのは、見たことも無いような夜景の大パノラマだった。
「――綺麗、……だね」
オレは絶景に思わず窓まで駆け寄り外を覗き込むと、余りの絶景に声を詰まらせていた。
其処には、ビロードのような漆黒の闇をバックにして、真紅やスカイブルーの無数の色とりどりの町明かりが眼下で小さく輝き、まるで宝石箱のような煌めきを放っている。
気が付けば、オレは何時の間にか目を子供の様に輝かせていた。
――こんな綺麗な物は初めて見た。
「杏子、……お前は子供か?」
「歩、だって こんなにも綺麗な景色始めてだよ」
無邪気にはしゃぐオレを前に小梨は少し顔を歪めた。
これはちょっぴり機嫌が悪くなったかも。
――と、思ったら、歩はマンザラでもない様子だった。
笑顔を浮かべオレの隣まで歩み寄りると、那由多の距離を見るような澄んだ視線で夜景を眺める。
「――確かに、相変わらず此処は美しいな……」
彼は目を細めポツリ呟くと、懐かしい物を語るように更に続けた。
「あの娘も此処には小さい時からよく来てた物だ」
「そうなの?」
「ああ、彼女の誕生日などには、よく両親と弟の4人で此処に来て居たんだ」
コイツの口から聞く、あの娘の今更ながらの新事実だった。
てか、歩は色んな事を良く知ってるよな。
まあ、先に調べたんだろうけど、まったくもって仕事熱心でいらっしゃること……。
――オレがそう思っていると、彼はフッと口角を緩めた。
「丁度その場所だったな」
「ここ?」
オレは思わず頭をコクンと傾ける。
此処は何かあるの?
まさか、殺人現場とかで行ったらヤバい場所だったり?
――まあ、それは無いな……。
そう思ってると小梨は更に続けた。
「ああ、お前が居る場所が彼女お気に入りで、
真紅のフリルマーメイドファルダを着て、ここからの景色を眺めるのが好きだった」
小梨は、オレの姿を懐かしいような物を見る目で語る。
「あの娘がねぇ……」
彼のその言葉に、あの娘がこの場所で悪い目付きで腕を組み、無い胸を張りながら高笑いする姿が目に浮かんだ。
――確かに良く似合ってそうだ。
「そして、いつか素敵な彼氏と来るのが夢だった。
――だが、夢は結局叶う事は無かったがな……」
「……」
気が付けば小梨は寂しそうな表情を浮かべていた。
――何かとんでもない事を聞いたような感じがする。
彼の言葉にオレの心はチクチクと痛み出す、――考えたらこれは、全部オレが悪いんだよな……。
自分が、彼女を食べなけばきっとこんな事になって居なかった筈だから……。
気が付けば、オレの華奢な体は小さく震えだしていた。
「震えているな、――寒いのか?」
「ううん、寒い訳じゃない
ただ、震えが止まらないだけだよ……」
オレは震えながら、ゆっくり首を左右にふる。
「……無理をするな。
これはお前の前でする話ではなかったな、――この話は忘れてくれ」
歩はオレの表情から察したのか、自分の震える小さな肩にそっと手を添えて来た。
――手から肩へ伝わる温もりが判る。
彼の何気ない優しさが、更にオレの心の痛みに塩を塗りつける。
……自分は酷い事をした人間なのに。
「……大丈夫。
――きっと、自分とは場違いな所に来て緊張しただけだよ」
自分は作り笑いをして、咄嗟に嘘を吐く。
浮薄な嘘だ、骨まで透けそうな嘘だった。
確かに半分は嘘、だけど残り半分は本当だ。
――こんな場所に来た事は無いから。
「……そうか……」
小梨はオレに向かい小さく微笑む。
その表情は何かやらかす前に良く見せる表情だ。
「杏子、そのままじっとしてろ」
「?」
オレは、いきなりの事に何の事か判らずきょとんとする。
しかし。小梨は気にする事なくポケットから小瓶を取り出し、しかめっ面とも何ともいえない表情を浮かべ、「エロイムエッサイ○~」と言いながら中身をオレに振りかけてきた。
「何、~~何?」
頭に何か水の様なものがほんの少しかかる。
――冷たい!
オレは有りえない展開に思わず目を見開き、歩を凝視する。
――これは悪魔払いかっ?
まあ、極悪人の烙印は押されたんだけどね……。
「此れで今日はお前には魔法が掛かった」
イケメンの顔にニヤリと口角を歪め、インチキ霊能力者のような事を抜かす小梨。
「――魔法ぉ?」
オレは怪しさメガ盛の事に思わず目尻が引き攣る。
魔法って、何処のオカルトマニアだよ……、うちのイロモノ教師じゃあるまいし。
彼はオレの表情を察したのか、表情を何時ものイケメンの真顔に戻し更に続けた。
「ああ、魔法だ。
今夜だけ、お前の咎人と言う鎖を消し去る魔法だ、其処の窓に写る自分の姿を見てみろ」
彼の言葉に窓に写る自分の姿に目を向ける。
其処には窓からの星明りに照らされる、可憐な美少女のオレと黒のタキシードを身に着けたホストのような歩が写っていた。
――薄暗い中、二人が星明りに照らされる姿は幻想的な光景だった。
「で、それが何だと言うんだよ?」
俺が目を細めポツリ言うと、小梨はオレをつんつん指さしながら更に続けた。
「お前の何処に咎人の鎖が見えるんだ?」
「むぅ~。確かにない……」
彼が言う様に、おれに目に見える鎖など有ろう筈がない。
昔の奴隷じゃあるまいし……。
有ったら其れこそ大問題だ。
オレに首輪が付けられ、鎖でコイツに繋がれていたら、何処の変態カップルのお楽しみ中かと言う事になってしまう。
――オレは目に見えない『レイプ殺人犯』と言う鎖に縛られているだけなのだ。
「無いけどさ……」
トンデモナイことを言う彼に思わずムッとして顔を引きつらせる。
コイツは他人事だと思って無責任な事を言うよ……。
オレがそう思っていると、歩は表情をフッと緩める。
「だから、今だけは私の名の下、お前のやった事を忘れることを許す」
「いいの?」
小梨は真顔で無茶苦茶なことを抜かしだした。
前は忘れたいと言ったら、彼は殺意をむき出しにして、
『忘れると言う事は、お前に永遠に許されて居ない!!』と殺意の籠った壁ドンをしてきたのに。
「ああ、構わない。
でも――今夜、……だけだぞ」
歩はそう言うと複雑な表情を浮かべ、オレの頬を優しくハンカチで拭っていた。
いつの間にか、涙が零れていたみたいだ。
「何か楽になったかも……」
――「私の名の下、許す」って--お前は神かと?
もちろん、彼が言う事に根拠も何もない。
彼がそう言ったところで、オレの何時か殺される天使と言う立場が何も変わる物ではない。
それは判っている。
――けれど、彼のその言葉で何故か自分の心がスッと軽くなった気がした。
何故かは判らないけど……。
「歩、ありがとう」
でも、オレは気が付けば笑顔に戻って、彼にお礼を言っていた。
――まるで魔法がかかったように。
その様子に小梨も嬉しそうに目を細める。
「杏子、それで良いんだ。
お前は、今はこの場を楽しむために居るんだからな」
「だよね~」
「――じゃ、早速中へ行こうか」
「うん♪」
クールに言う小梨にエスコートされ、オレは笑顔を浮かべ店の奥に進んでゆく。