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摩天楼にて

「杏子、着いたぞ」

 

 小梨と自分の二人はホテルの入口まで着いた。

 彼がエスコートする自分の目の前には、何時も遠くに見ていた白い摩天楼が広がっている。

 それは、満天の星空をバックにして、広い敷地の中ゆったりと天高く誇るバベルの塔のように威容を誇っていた。

 

 「すげぇ……」


 オレは余りの威容にオレは思わず目を輝かせ歓声をあげる。

 正面から見たら、此処がこんなにデカいとか思わなかった。

 ――家から見たらあんなに小さいのに……。

 しかも、家から此処に来るまで、クアッドコプターのハイヤーで一っ飛びと来たものだ、

 ―― 一体ドレだけかかったのやら……。

 コイツの後ろにある財力にちょっぴり怖くなりながらも、プリンセスのような豪勢な待遇に否が応でも自分のテンションは高まってゆく。

 

 「ここかよ~、

 ここが例のキングホテルなんだな……」

 

 気が付けば、海が近いのか潮の香りが仄かに漂ってくる。

 さすが、各国首脳を迎えた事もある国内有数のホテルと言うだけある。

 海に向かい、そそり立つその姿は正に城塞。

 ――キングの名前は伊達じゃなかった。


 「凄いね……」


 自分がきょろきょろ辺りを見渡して居ると、ホテルのエントランスには続々とボーイの案内でホテルの中に入ってゆく。 みんな正装をして着飾った人たちや、いかにも金持ちそうな外国人観光客たちばっかりだ。

 ――確かに、ホットパンツにTシャツ姿の普段着だったら確実に浮くな……、

 コイツが言っていた意味が判った気がする。

 しかし、まさかこんな場所に来るとは思わなかった……。

 このホテルにはイベントの荷物搬入のバイトで裏口からは何度か入ったけど、エントランスから入るとは夢にも無いと思っていた場所だ。


 ――しかも、こんな姿(少女)で来るとは……。


 「杏子、きょろきょろするな」

 「ごめん……」

 

 早速、コイツのダメ出しを喰らってしまったようだ。

 本能的に思わず謝るオレ。

 ――ノアによく怒られて身に付いた、悲しいサガだ。

 小梨はオレの手を引きながら、イケメンの面を少し歪ませ、更に続けた。

 

 「――まったく、お前は子供か?」


 コイツにそう言われても、こんな場所には来るのは初めてだから仕方ないよねぇ。

 小梨やあの(あゆみ)みたいに、何回も来てたら違うんだけど……。

 ――まあ、庶民には縁のない場所だから判りようもない……。


 「小梨。だってさ、自分はこんな場所始めてだよ、どうしたら良いの?」

 「お前はきょろきょろせずに上品にしていれば良い。

 見てみろ、その恰好なら浮く事もないだろう」

 

 彼の言葉にガラスの入口ドアに移りこむ自分達の姿を見た。

 其処には可憐な美少女が茶色のハイヒールをぎこちなく履いて、萌黄色のゆったりしたフレア ワンピースに身を包み、黒のタキシードを身に着けたホストのような歩に手を引かれながらも、恥ずかしそうにエスコートされる映っている。

 ――言うまでも無く此れが自分達の姿だ。

 しかし、これは逆の意味で浮くかもしれない……、ミケランジェロの彫刻のように端正な顔立ちの小梨と、その隣を彩るスミレのような可憐な美少女の取り合わせ。

 どこぞの芸能人のカップルが来たような雰囲気だった。

 ――コイツは周りより数段良い面構えなのは、悔しいが認めるしかない。

 確実に、前の自分より格段に造りがよかった。


 「小梨、二人の姿を見ると、なんか別世界の感じがするよね」

 「今はお前の世界だ……、――それに今夜は(あゆむ)でいいぞ」


 歩は此方を見ず、クールに答える。

 悔しいがその仕草すらも、良い面もあって似合ってる。

 まあ、この姿にされた以上、コイツを羨んでも仕方がないんだけどね。

 ――こうなったら、コッチも歩に合わせるしか無いかも……。


 「じゃ、歩……」

 

 そんな訳でオレが小さく笑顔を浮かべ、もじもじ子供の様に可愛く言うと彼も表情を緩める。

 どうやら、彼もマンザラでは無さそうな感じがした。

 コイツは子供好きかも知れない、この調子で行こう。

 

 「……中まで案内お願いね」

 「それで良い杏子、行くぞ」

 

 歩はそう言うと笑顔を浮かべつつ、半ば強引に俺の手を引きぐいぐいエスコートしながらホテルの奥へ進んでゆく。

 彼は、こっちの事はアンマリ気にかけて無いようだ。

 自分はハイヒールなのに……、おかげでちょっぴり引かれる自分の手が痛い。


 「ちょ、もっとゆっくりお願い」

 「強引なエスコートも悪くないだろ?

 それに、お前をお姫様抱っこしても良いんだぞ?」


 小梨はニヤリとして、エライ事を抜かす。

 自分としては、それだけは何としてでも避けたいかもしれない。

 お姫様抱っこの格好でホテルに乱入するって、何処の盛り着いたカップルだよ……。

 下手したら、そのままニヤ着いたボーイに客室まで案内されて……以下略……。

 絶対に其れだけは嫌かもしれない。

 ベットの上に上がる、その覚悟も何も全然出来ないしね。

 ……まさに、『死んでも断る』状態かもしれない。

 ――もっとも、自分はいきなり犯されて殺される可能性のある天使(エンジェル)と言う存在なんだけど……。

 

 「――お前にダッコされるのだけは断る……」

 

 歩は、ムスリと言うオレの顔を見ると「フッ」と鼻で笑う。

 これもコイツの作戦の内か……。


 「冗談だ、お前のそんな顔が見たかっただけだ」

 「ぉぃ……」

 「心配するな、今日は普通に扱ってやる」

 

 歩はそう言うと笑顔のまま、ゆっくり歩み始めて行く。


 「ありがとう、歩」


 ――しかし、今日の彼は妙に優しい。

 何故なんだろ?

 オレは不思議な感覚を胸に、二人、ホテルの奥へ進んでゆく。

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