普通の意味
「小梨、こんな物でどう?」
オレは何とか寝室での着替えが終わり、キッチンのドアを開けて現れた。
そして、入り口でくるりと一回する。
セミロングの茶髪がさらりとなびいていた。
「悪くは無いと思うけどな……」
キッチンの窓ガラスに目を向けると、其処には萌黄色のゆったりしたフレア ワンピースに身を包み、恥ずかしそうに顔を赤らめる可憐な美少女が映っている。
その姿は可憐なエンジェルの様な感じがした。
可憐な姿に思わず自分でもキュンと来るものが有る。
でも、これが今の自分の姿だ。
――もっとも、復讐者やハンターに楽しんで狩られる為の可愛い姿なんだけどね……。
「ほぉ……」
小梨もオレの可憐な姿に目を細め、思わずため息をつく。
コイツが選んだ服が、予想以上にオレに似合っているのが嬉しいのかご満悦の様だった。
椅子に座ったまま、イケメンなツラをほんの少し、けど、確実に緩めていた。
しかし、彼好みの服に着替えされたと言うのは、何となくムカつく物がある。
――自分はコイツの『着せ替え人形』かと?
「後、このイヤリングも着けてみたらどうだ?」
小梨は自分の気持ちを知ってか知らずか、上着のポケットから小箱を取り出した。
中には有ったのはイヤリング。
――小ぶりだけど上品な装飾が施されたシルバーのイヤリングだった。
きっと、派手な娘には似合わない、そんな感じのアクセリーだ。
「貴様には似合うと思うぞ」
小梨はそう言うと、こちらに来て装飾品をオレの耳に優しくつけてゆく。
ガラスに映ったイヤリング姿の自分は悔しいけど、よく似合っていた。
……しかし、自分が何となくコイツ好みの娘に調教される感じがしてくる。
――何時か、オレがベットの上で色っぽいネグリジェ姿にさせられ、三つ指をついて、『ご主人様、ご奉仕させてください』と言わされそうな気がして来た。
まあ、自分は死んでもいわないけどな。
「しかし、阿呆にも衣装だな、阿呆を見違えたぞ」
「……ありがとう」
小梨は阿呆、アホウとカラスのように阿呆を連呼しながらも、口角をゆるめ、小さく笑っている。
――馬子にも衣装ならぬ『阿呆にも衣装』、これが彼にとって最大限の褒め言葉らしい。 そこは自分も判っているから、褒められて思わず感謝の言葉を出してしまうんだけどね。
でも、阿呆と言われるとちょっぴり機嫌が悪くなってくる。
彼の言葉に、思わず顔をしかめて居た。
「――だが、貴様は阿呆だな。
天使の様な可愛い顔も、そんな『ムッ』とした顔をしては可愛さも半減だぞ?」
小梨は目尻を少し引き攣らせ、横にあるテーブルを指でコツコツ叩く。
彼もちょっぴり機嫌が悪くなったかも。
「阿呆は余計だよ、普通に言えばこんな顔をしないんだけどね」
「ほぉ……、それが貴様の望みか?」
しかめっツラをしたオレの言葉に小梨は小さく薄笑いを浮かべる。
なんか嫌な気配が漂始めてきた。
――なんか、企んでいる気がする……。
「……普通に扱って欲しいだけだよ」
「成程」と目を細め、クールに頷く小梨。
「――じゃあ、貴様を今夜だけは『普通』に扱ってやろう。
それで文句は無いな?」
「無いよ、普通に接して欲しいだけだしね」
自分は『阿呆、阿呆』と言われなければそれで良いのだ。
テンションの問題だけど、結構重要なのだ。
気分は大事だしね。
「約束したぞ。
此方も普通に扱ってやるから、貴様も普通に振る舞うんだな」
「約束するよ」
「二言は無いな?」
「無いよ」
頷くオレの言葉に小梨の表情がイケメンらしくない邪悪に変わる。
ヤツの目が邪悪に光った感じだ。
いやぁ~な予感がする、……これは確信だ。
――なんか、自分の墓穴を掘ったかもしれない。
「お嬢様、此方にどうぞ」
小梨はそういうと、タキシード姿にぴったりな優雅な作法でお辞儀をして此方に歩み寄る。
彼のとんでもない言葉に、顔を引き攣らせ思わず固まるオレ。
普通に扱うと言う意味が違うだろ?
――普通の意味が。
「ぉぃ……、何か違わないか?」
「ん?
――普通の私の彼女として扱ってやると言う意味だが、
貴様、もとい杏子もそれで二言無いと言ったよな?」
「……言ったけど……」
くぅ……、そういう意味だったんだ。
――ハメられた感がハンパじゃ無く漂ってきた。
これは覚悟を決めるしか無いのかもしれない……。
そう思うと、自分は思わず肩をがっくり落としていた。
「じゃ、行くぞ」
「えっ!?」
小梨はにこやかにそう言うと、オレの手を持ち、優雅に玄関までエスコートしていく。
――もう片方の手はオレの腰に手を当てながら……。
しかし、コイツに今まで上も下も触られていたと言う、世にもおぞましい現場は今思い出しても身の毛がよだつ。
今夜から、寝る前にはチェーンロックもかけよう。