灯火の意味
アリスの話を聞いてから数日たった。
けれど、自分には未だに『灯火』の意味は解らない、
――でも、いつか自分にも判る時が来るのかな?
そして、答えの出ないまま週末になった。
そんなわけで、今日は土曜。
――週休二日の学校はお休みである。
「う~~むぅ~~」
思わず、ホットパンツにTシャツ姿でうなり声をあげる。
朝から頑張って、キッチンで宿題をやっているのだ。
「ぬぅぅぅ……」
苦悶の表情でテーブルに向かいスマホ片手にしかめっ面をしながら数学の問題を解いてゆく。
この恰好に意味は無い、ただ優奈のような恰好でやれば少しはマシかと思ったのだ。
恰好から入るのも有りと言うからね。
――結果。
彼女とじぶんのソロバンとスパコン位のどうにならない性能差は、ぜんぜん変わりませんでしたとさ……。
当然だけど、一問解くのにも時間が掛かって仕方が無い。
ノアとの約束があるから、ズル無しにやるけどさ…。
――ほとんど拷問である。
全部すませた頃には、日は傾きかけていた。
「そっちも成長してるようだな」
「ん?」
声のほうに振り向くと、自分の背後に居たのは小梨。
――毎度ながら、コイツはいったい何処から入るんだろ?
「今日は手土産を持ってきたぞ」
何故か今日は彼の機嫌が良さそうだ、イケメンなツラに笑顔を浮かべていた。
彼は何時ものようなスーツ姿……ではなくタキシード姿。
そして、その手には大きな紙袋を2つ持っている。
――しかも、今回はタキシード姿だ、何処へ行くのやら?
「手土産って何?
それに、お前がそんな恰好とは珍しいな」
「コイツだ。
たまにはこんなのも悪くないだろう?」
笑顔の小梨がポケットから取り出したのはホログラムの入った紙。
彼が見せ付けたのは、ホテル最上階にある有名ビュッフェレストランのチケット、しかもディナーと来たものだ。
――ずっと前に見たから知っている。
もっとも、バイト先でチケットを見ただけだけど……。
メッチャ高くて、庶民には高嶺の華の代物だ。
「ぉ、連れて行ってくれるの?」
「ああ」
「いいねぇ~~早く行こう!!」
美味しいものが食べれそうな予感に、笑顔になっておもわずテンションが高まる。
一度は行って見たかったんだよねぇ~。
庶民の憧れ、天空のパラダイス。
死ぬまでには一度は行きたい食いしん坊のユートピアだ。
「ふっ、此れも仕事の一つだ。
――彼女が好きだった店だからな」
「――そういう事か……」
無邪気に喜ぶ自分を前にして、コイツはニヤリとしながら非情なことをサラリと言い放つ。
--つまり、復讐者が自分に餌を与える為と言う事か…。
美味しいものを食べさせ、美味しいものがある世界を判らせて、その後でバッサリ地獄に……。
――それって、何時ものパターンじゃん。
自分は思わず肩をがっくり落とした。
その様子に小梨はクスクス笑いだす。
「どうせ死ぬなら、うまい物食べから死ぬ方がマシだろ?」
「むぅぅ~、確かにそうだけどさ……」
小梨のむごい言葉に自分は思わず頬を膨らませた。
彼の言葉にちょっぴりテンションがさがったけど、生理的欲求は収まる気配はなし。
腹はぐぅぅぅ~っとムンクのような悲痛な叫びをあげる。
――悔しいけど体は正直だ、ど~せ死ぬなら食ってから死ぬ方が良い。
腹ペコのまま殺されたら、浮かばれなからね。
そして、同時に浮かび上がってくる疑問があった。
――自分の復讐者って一体誰なんだろ?
餌を与えて喜ばせた所で、ばっさり地獄に叩き込むと言う、陰湿きわまりないやり方は悪役令嬢そのものだ。
けど、あの女は既にこの世に居ない。
じゃあ、彼女の遺志を実行しているのは誰なんだろ?
家族?
婚約者?
まあ考えても仕方が無い事なんだけど。
――そんな場合、食欲優先だよね。
「じゃ とっとと行こう、昼抜いたからおなかペコペコだし」
「だからお前は阿呆だ。そんな恰好で行くつもりか?」
小梨はそういうとオレの服の上下を指さした。
――ホットパンツにTシャツ、普段の服装だ。
普通にこの格好で街でも行けそうな感じがするけど?
「まずいの?」
「確実に周りから浮くぞ?」
「そうなの!?」
「最低でもこの位は着ておかないとな」
にこやかに小梨は袋を手渡してきた。
「これを着れと?]
ふくろの中身を確かめると中は萌黄色のゆったりしたノースリーブ フレア ワンピース。
――後ろにリボンがついている。
北島達がファッション紙で見ていたから知っている、最新モードのファッションだ。
だが、こんな物着れるかよ…。
セーラー服ですら余り好きでは無いのに、しかもハイヒールときた物だ。
何時もはローファーなのに…。
小梨もとんでもない物を持ってきたモノだよ。
「こんな恰好をして、逃げ遅れて殺されたら化けて出てやるからな」
目を細め、じと~っと彼を見つめると、
小梨はニヤリとして上着の内ポケットからシルバーの十字架を出す。
「くっくっくっ、私はエクソシストの資格も持って居る」
「ぉぃ……」
「貴様が出てきたら地獄へ叩き返してやる。
あの娘の たのしい楽しい責め苦が待っているぞ」
そして、彼は勝ち誇ったような余裕の表情を浮かべる。
――これはパーフェクトに負けた気がした。
脳内に自分が釜茹でにされつつ、巨大なフォークであの女につつかれる姿が浮かんでくる。
地獄を旅して、道中の行いで転生先が決まるゲームの光景だ。
しかも、最悪のエンディング。
背後に『あわれ 恭介は じごくにおちて かまゆでにされました』とデロップが流れてゆく。
むごい予感にオレは思わず顔をしかめ、ぽつり呟いた。
「其処までやるか、普通?」
「準備は万全で行うものだ。
それに今日は復讐者は来ないから安心しろ、例えハンターが来ても私が始末してやる」
小梨は何故か自信ありげに言う。
コイツはマジで何者なんだろ?
何故ソコまで判るんだろ?
色んな疑問がシナプスをかけ抜けてゆく。
「マジ?でもどうして判るんだ?」
「どうしてもだ」
小梨は視線を斜めに向け更に続ける。
多分今考えてるのかな?
「あの店は彼女にとって大切な思い出の店だ。
それにお前に餌を与える前に殺したら意味はないだろ?」
なんか言い訳っぽい。
けど、どうやら安心は出来そうだ。
と思っていたら彼は更に続けた。
「そう言えば、彼女が真紅に着飾ってあの店に行けば、一瞬にして空気が凛として変わり、店の雰囲気と格が一気に上がったものだ」
「そうだったのかよ……」
「ああ、そんな黄金の思い出を貴様のような恰好で行って踏みにじると言うのか?
――さすがレイプ犯、其処まで踏みにじるとは何処までも外道なんだな?」
小梨は遠い目をして、ポツリ自分の痛いところを突いて来た。
暗に、『この服に着替えろ、普段着で行くな』と言っている。
そう言われると、返す言葉が無い。
そして、小梨はトドメを刺すように更に続けた。
「それに死んだあの女はもう着ようと思っても着ることすら出来ないんだぞ、
流行に敏感だった彼女はきっと……」
小梨は目頭をワザとらしくおさえる。
良心がチクリチクリと痛む。
――それが確実にわかっている分コイツは性格が悪いよ。
しかし、あの女は絶対こんな服は着ないと思う。
胸がない分絶対に似合わない。
だけど、確実に負けた気がした……。
「判りましたよ、着ればよいんでしょ?」
諦めながらポツリ呟き、袋のなかを覗き込んだ。
でも、今着ているいんなーのサイズ、胸が苦しいって事は少しは大きくなってるかも。
人間成長があるからね。
「サイズ合わないかもよ?」
「心配するな、お前の学校での身体測定結果を調べおいた、抜かりは無い。 B…」
悪気もなく抜かす小梨に 思わず顔を引きつらせる。
観察者とはいえ、幾らなんでも そんな事をしたら苦情殺到だぞ…。
むしろ学校にお出入り禁止になるレベルだ、
「他の娘の見たって事だよな、
流石にそれはやり過ぎだろ?」
「お前は からかい甲斐があるな、わたしがそんな不確実な事をする訳が無いだろう」
小梨は何時ものようにフッと鼻で笑う。
その表情に思わず自分は溜飲をさげる。
――流石にそんなことは出来ないよな。
「だよなぁ、でもどうやって調べたんだ?」
何でも知っている小梨に思わず自分の頭に疑問符が浮かび、首をコクリと傾ける。
しかし、その答えは直ぐに、コイツが悪びれずクールにポケットから出した道具で判明しやがった。
アイツが出した道具は、細長い金属の薄い板が何枚も重なった代物。
トルキングツールと同時に使う、鍵屋が使うアレだ。
何でも開くから別名『最○のカギ』。
もっとも、開くかどうかは個人のスキル次第なんだけど。
「昨夜、私がコイツ(不正開錠具)で鍵を開け、お前が寝てい…」
「---!!」
ドガッ!!
オレは声にならない悲鳴を上げると、目の前の変態を紙袋を諸手で持ってぶっ叩く。
犯人が物証と共に自白してるんだから間違いない。
これは完全に犯罪の現場だ!
何時も進入できる理由は此れか!!
「はぁはぁ……、油断もすきも無いとはこの事だよ」
荒く息をして思わず袋で胸を隠すオレを前に、小梨は意に介さないのか、イケメン顔そのままにフッとクールに鼻で笑う。
この表情、嫌~な予感がした。
「まったく、今更だ。
それごときの事で何を驚く」
「今更? それごとき?」
表情を変えない彼の言葉に嫌な予感は確信へと変わる。
可愛い顔も思わず引きつりだしてきた。
「--私はお前の体を毎週、上も下も欠かさず調べている」
「な…」
思ったとおり、
――否。
予想以上の答えに思わず赤面、耳まで真っ赤になるのが自分でも判る。
普通其処まで調べるか!?
「……下もかよ!?」
「貴様のモノは嫉妬するくらい綺麗な色と形をしてるからな、此方も見ていて飽きないぞ」
小梨は悪びれる事もなく、イケメンの面頭に薄ら笑いを浮かべ、かすり傷をつけたままサラリと答えた。
その表情に思わず怒りが込み上げる。
ふざけるな、と。
「てか、手前は今まで毎週触ってやがったのか!!」
イスの上に立ち上がると、紙袋をもったまま腕を組み、目を吊り上げ、コイツを見下ろした。
多分、可愛い顔も台無しくらいの恐ろしい表情をして、殺意の波動を纏っている事は間違いない。
漫画で言うと、擬音で『ゴゴゴゴ』って感じ何だろう。
「そうだ、観察者だからな。
一切の人権は無い貴様のショーツを剥ぐって、処女かの……」
「いい加減にしろっ!!」
ドガ! ドガ!
変態野郎は表情一つ変えず全く反省の意思すら無い。
アイツの言葉を遮るように凄まじい形相をした俺は袋で小梨の頭を往復で叩く。
この変態やろうが!!
更に下のほうまで触って……否、見ても居やがった……。
そう考えると、更に2発蹴るのも追加した。
さらに奴の傷が増えたのは言うまでも無い。