間話 ある日の小梨さん
朝、住処で目が覚めた。
此処は閑静な立地に建つ12階建てデザイナーズマンションの最上階にある一室。
むき出しの天井にうちっ放しのコンクリートの壁面、そして大きな窓からは奴の潜む街並みと阿呆の住むマンションが良く見えている。
心地の良い朝だ、ジーンズ一枚の半裸でパイプペットから半身をおこす。
窓ガラスには、まだ薄暗い街の景色をバックに細身であるがスジ筋の自分の上半身が写り込んでいた。
外から見らて居るかも知れないが、この開放感がまた心地よい。
まさかこの私が何時もこの様な格好で寝るようになるとは思わなかった。
以前ならこの様な淫らな格好で寝ようものなら執事のバアヤが「はしたない」と猛反対し、弟は私の姿を見るなり顔を赤らめ回れ右をして逃げ出した物だ。
――今思えば懐かしい。
あの阿呆には、そんな世界が有る事すら想像も付かないだろうが。
私はベットから起き上がり辺りを伺う。
寝室には黒を基調としたインダストリアル風の丸テーブル、そして壁に沿うように置かれたオークのチェスト、そして壁には着替えのブラックのスーツとカッターが掛けられている。
そして、チェストの上には写真立てが飾ってあり、中には仲睦まじい二人が映った画像が入っていた。
――だが、チェストに駆け寄るとスグに画面と入っているデータ―を削除した。
何故ならそれは既に私にとっては過去だからだ、感傷に浸っても仕方が無い。
しかし、自分が記録を今まで消せずに居たと言う事は、未だに私も過去を引きずっているのかもしれない。
其処はアイツでは無いが、私も素直に反省しなければならないな。
そして、写真立ての横が定位置のスマホを手に取り、蠅の呟きを確認する。
これが私の朝の日課だ。
――だが、目新しい更新はこの数日間全く無い。
派手好きなアイツにしては不気味なくらい静かな行動だ、まるで嵐の前の静けさの様に。
最後の更新はショッピングモールからの
『今日の晩飯はドーナッツ、 食いたい物が食えるのはマジ最高!』
と言う頭の悪い食レポ風の物が最後だ。
アイツの行動は不可解な所が多い。しかし不可解ながらも何とか動きを把握しておきたい、奴は野放しにして置く訳には行かない。
しかし、手がかりが無い以上 把握することが出来ない。
残る手段は内勤の山田に投稿ログのデータ―を解析してもらい、少しでも奴に近づくしかないだろう。
――もっとも、それで奴が尻尾を出すとは思えないが……。
無いよりはマシだ。
私は服をスーツに着替え、キッチンへ向かう。
着替えると言えば、あの阿呆と この姿で最初に出会い、アイツに着替えをさせた時は凄まじい物だったな。
その滑稽な姿を思い出し、思わず自分の口角を邪悪に歪めた。
可憐な少女の体に変えられ、病室のベットの上に居たアイツが、ドアを無遠慮に開けた私を見る否や自分がレイプされると勘違いしたのか、まるで殺されると言わんばかりの悲鳴を上げ、手当たり次第に枕や着替えを投げつけ出来る限りの抵抗を試みて来たのだ。
私が自分でも恐ろしいほどの凶悪な形相で、黒い皮製の指貫グローブを身に付け、殺意を滾らせて個室にイキナリ入ったから当然の結果ではあるが。
恐怖に怯える姿は私がアイツに望んだ予想通りの反応だった。
そして、私がそれら等を意に介さず彼女をベットに押し倒し、片手で奴の両手を封じ、白衣や下着を剥いでゆくとアイツは絹を裂くような凄まじい悲鳴を上げ、整った顔に大粒の涙を流し、か細い体をよじり出来るだけの抵抗を試みていた。
――だが所詮、天使、男の体である私の力の前には無駄な抵抗だった。
私が彼女の最期の一枚を剥ぎ取った時点で杏子のブレーカーが落ちたのか、抵抗を止め虚ろな目で呆然とした表情を浮かべたままになってしまっていた。
――アイツは力ずくで私に屈服させられ、まるでレイプされた後の様な呆然自失に陥っていたが、勿論私に貫かれた訳ではない、ただ私に生まれたままの姿に剥かれただけだ。
だが、力ずくで屈服させると言うのは感覚としてはレイプに近いものかもしれない。
もっとも、強姦魔のアイツにはそのような目にあっても自業自得だろう、言うまでも無く奴が先に行為を行ったからだ。
むしろ、色々無事な事を私に感謝をするレベルだろう。
後は、人形の様になったアイツに私が準備した下着を穿かせ、ブラを付けさせた後、用意しておいた服一式に着替えさせるだけだったので手間はかからなかったが。
幼い時、女の友人が着せ替え人形に服を着せて楽しんでいたが、その感覚が今なら判るかもしれない。
自分が思う様に着せ替えさせ、楽しめるのは予想以上に楽しいものだった。
いや、面白い物だ。
――そして、また楽しめそうだと思わず口角を緩める。
もっとも今回は私が着せるまでも無く、アイツが自発的に着てくれそうだ。
奴は武道館で自分で犯した罪の意識に目覚めたようだからな、私がある一言いえば確実に着るだろう。
自分の腹黒さに思わず昔の二つ名が脳裏をかすめた。
しかし、そんな物は今の私には関係ない物だ。
玄関へ行くついでにテーブルの上に置いて置いた大きな紙袋と隣に置いて置いたポーチを手に取る。
紙袋の中身はアイツへの手土産、ポーチの方はそろそろあの阿呆に必要になるものだ。
私には結局必要になる事は最後まで無かったが……。
玄関のドアを開けると薄暗い山並みの上から朝日が昇り始めていた。
目に付くのはまだ薄暗い街の景色、冷たい心地よい風が吹き抜けている。
その中で私は深呼吸をして心地よい空気を吸い込み、伸びをして、体をほぐす。
そして、階段を一段飛ばしで駆け下りてゆく。
――行先は天使の住処。
……紙袋の中身を見た時の阿呆の反応が楽しみだ。
そう思うと、更に足取りは軽くなって行く。