じごくのその先は
自分は今まで何もわかっていなかった。
レイプのほんとうの残酷さ、その意味を……。
オレは、ソファのクッションに深く、それこそ自分の存在を消し去る勢いで身を沈めていた。
白く強張った指先が、膝の上でみっともなく震えている。
本当なら服をきているのに、自分がまるで服を着ずに下着だけで居るように感じ、カスミさんの一言ひとことが素肌にしみ込んでくるのを感じる。
耳の奥で、カスミが語った詩織さんの「あの日」が、絶え間ない耳鳴りのように響いていた。
――女性のレイプの地獄の火が灯るのは犯人が去ってから、だと。
どんなきれいごとで飾っても、結局のところレイプやSEXの本質は、男女の間で決定的に――それこそ、天国と地獄ほどに、絶望的な距離があるんだよね。
元自分もそうだった男にとっては、レイプを含めSEXそれは極めてシンプルな「放出」の儀式だ。
安っぽい獣じみた興奮。ちっぽけな支配欲。 彼らにとってのクライマックスは、その濁った欲望を吐き出し、中を汚した瞬間に訪れる。
「賢者タイム」なんて便利な言葉があるけれどまさにそれだよね。
女性の中に吐き出す事が済めば汗を拭い、水を飲み、まるで重い仕事を終えた後のように、安らかな日常の眠りへとあっさりと逃げ込むことができる。
彼らにとって、その事件は「射精」した瞬間に完結したエピソードであり、明日にはもう、「いやあ昨日は燃えたね」なんて笑い話のストックにすらなり得る。
でも、女性の方はそうはいかない。
まず最初に突きつけられるのは、あまりにも醜悪な「残差」の処理だ。
自分の身体を自分のものとして取り戻すために、必死で指を這わせ、他者の痕跡を掻き出す。 だが、どれほど洗おうとも、見えない毒が粘膜から染み渡っていくような感覚は消えない。 「病気」という名の時限爆弾が、自分の内側でカチカチと音を立て始める恐怖。
喉を焼くような不快感とともに、もし得体の知れないウイルスを植え付けられていたら——。その疑念だけで、精神が削られていく。
そして、それ以上に絶望的なのが、子宮という名の装置が勝手に刻み始めるカウントダウン。
男は放って逃げれば済むが、女の身体は、望まぬ種子であっても非情に「育む」可能性を維持し続ける。
次の生理が来るまでの、永遠のように長い数週間。 トイレに行くたびに、祈るような、あるいは呪うような思いで下着を確かめる。 わずかな体温の変化に怯え、食欲がないだけで吐き気に敏感になり、「もしも」の二文字が脳内を支配する。
男が「スッキリ」して寝入っている間、女は自分の血が、肉が、他者の悪意によって変質させられていく恐怖と、独りきりで対峙し続けなければならないのだよね……。
男が「終わり」だと満足して寝入る場所で、女は地獄を引き摺りながら、終わりのない「始まり」の朝を歩き出す。
それはただの「事件の被害」じゃない。 自分の人生という物語の主導権を、無理やり他者の手に握らされてしまったことへの、果てしない屈辱の始まりだから……。
オレは自分の股間の奥に、身に覚えのないはずの「熱い痛み」を感じていた。
今の自分は、女性の身体に作り替えられている。
――だからこそ、カスミの言葉が、詩織さんの屈辱の記憶が、自分の子宮を、内壁を、直接突き上げてくるような錯覚に襲われる。
それはまるで、自分があの事件の被害者のようにカラダの中からぐちゃぐちゃにされるような痛みだった。
――自分は、あの詩織さんの事件には関わってない。
でも……自分も、同じことを彼女にしたんだ。
あゆみさんもあの時、オレが無責任に去った後、一歩踏み出すたびに血を流して、誰にも言えない秘密を抱えて、独りで絶望してたのかな……。
そう思うと真っ暗な闇の中で一人震えてるような錯覚をうけていた。
そして、今なら分かる。
あゆみさんが死を選んだのは、暴行そのものが原因じゃない、と。
その後に続いた、終わりのない「終わりない絶望がつづく無残な日常」に、心が削り取られてしまったからだろう。
オレが、彼女の希望のある将来を、レイプによって永遠の地獄に変えてしまったからだ。
気が付けば、オレの瞳から、一筋の涙が溢れ、膝の上に落ちるのを感じていた。
それは恐怖の涙ではなく、自分が踏みにじった「あの人の翌朝」に対する、遅すぎた、そして届くはずのない懺悔の印だった。
そして、何時か自分にも来る絶望的な未来への涙。
気が付けば体に冷たい鎖が絡みつき、自分のカラダを縛り付けるように感じた。
きっと、これが自分の罪の重さなんだ……。
「きょうこ、どうした?」
いつも聞いた、聞き覚えのある、あたたかな声が暗闇の中に響く。
あゆむの声だ。
その瞬間、暗闇のなかにすっと光が差すのを感じた。
「えっ? あゆむ?」
フッ、とわれに返り隣をみると、あゆむが肩を優しく抱きながら 涙を流しながら心配そうにコチラをじっと見ていた。
「きょうこ、大丈夫か?」
「自分は大丈夫だよ、それよりあゆむの方こそ大丈夫なの?」
本心だった。
あゆむがこんな感じで涙を流すのなんて、めったにない事だからね。
「フッ。 きょうこ、お前の方こそ大丈夫じゃなさそうだが? 震えているぞ?」
「………いじわる……」
オレは、スッとあゆむのムネにカラダを預ける
暖かい……。
あゆむの大きな腕に包まれ、震えが収まるのが分かる、
――そして、今ここにある幸せも。
「………」
「………」
遥さんとカスミの視線が少し痛いけど、すり減って行った自分の心が癒されるのもわかる。
――もう、詩織さんのどんな恐ろしい話の続きでもちゃんと聞けそうだ。
「………きょうこちゃんも、もう、大丈夫そうね……、続きを話すわね」
そうして、カスミは詩織さんの物語を語りだした。
地獄のその先を
残りは早めに出します。 こうご期待っ!




