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ハンター

「……最初は、ただ人助けしかった。

 自分はお姉さまソックリな、この人の力になってあげたかったの」


 挿絵(By みてみん)

 そう言うと、カスミはスマホの画像をみせ、天使狩りに参加した経緯をオレたちに語りだした。

 そこには、買い物袋を提げて歩く一人の女性が写っていた。

挿絵(By みてみん)

 ――夕暮れの光に照らされる横顔は、穏やかで、どこか優しげだった。

 派手さも力強さもない。ただ誰かのために暮らしている、そんな普通の人の笑み。

 自分がレイプしてしまった、あの娘(木戸あゆみ)と雰囲気はよく似ているけれど、彼女の猛獣のような闘争心の部分をすべてそぎ落とし、代わりに慈愛と母性で満たしたような、慈悲のカタマリのようなまるで菩薩のような人、けれど、どこにでも居そうな普通な女性だった。

 ――けれどその「普通さ」が、どれほど貴重で守られるべきものか、見ているだけで分かるようだった。

 彼女は、自分も以前の体なら、思わず声をかけてしまいたくなるような、男性の理想を煮詰めたようなそんな美しい女性だった。

 

 だけど、説明するカスミの声は、小さく震えていた。


「“#レイプ被害者家族”とか“#救い”ってタグをたどって……最初は、SNSで私はこの女性(ヒト)のパパと繋がったの。 娘が思い詰めているようだけど、自分は男性だから話せないから、何とかしたい。って。 そうしてその男性から紹介されたのがこの人だったの」

 口調は淡々としていたが、その瞳には深い後悔が宿っているようだった。

 カスミはテーブルのスマホをじっと見つめながら、覚悟をきめたように言葉を紡いでいった。

 「その人はお姉さまと同い年で、妹をある性犯罪で失っていていた。

 ――ううん、それだけじゃない、彼女と話して分かったけど、その女性自身もひどい性被害者だった…。その人の話し相手になって、悩みを聞き出して欲しいって父親から頼まれたのよ」


 たしかに、性被害に遭ったのが娘で、加害者が男だったのなら、父親の言葉はどれほど優しくても「男の声」として届いてしまうよな。

 いくら父親とはいえ、加害者と同じ男性の声を聞いて、娘は普通に話せるわけがない。

 ――仕方ないよな。

 彼女にとって、“男の声”はもう恐怖と結びついてしまったんだから。

 ――だから、娘がふさぎ込んでるのを見かねて、娘のパパが同じ境遇の女性であるカスミに頼んだんだ。 同じ女性で、同じような境遇なら普通に話せると思って、SNSで頼み込んだのだろう。

 と、同時に、オレは、カスミさんが見せたどこかで見たことのある美しい女性の画像と、姉妹ともに性被害というシュチュエーションから、スッと昔にバイト仲間から教えてもらったある事件が浮かんできた。


 ――あの有名なバール事件だ。

 バール事件。 それは、ネット界隈では未だに伝説になるほど名の知れた事件だ。


 その事件と言うのは、父子家庭の姉妹と言う家族のアイドル的な天真爛漫な妹が、彼女のちょっとした好奇心から犯人の男に会いに行き、飲み物にドラッグを仕込まれ意識を失い、ホテルに連れ込まれた揚げ句、乱暴され、恥ずかしい画像を取られた。

https://40011.mitemin.net/i1026827/

 犯人の男はその画像をタネにして、売春や動画撮影に少女を出演させ何時ものように稼ぐ算段だったらしい。

 が、その少女は、ドラッグのアレルギー反応か何かで呼吸が止まり、乱暴された格好のまま目を覚ますことはなかったそうだ、永遠に。 


 まあソレだけならタマにある事件で、オレの記憶にも残らなかっただろう。


 だが、その事件はそれだけでは終わらなかった。

 それからが、悲劇の本番だった。

 夜遅くになっても帰らない妹を心配して探していた美人の姉が、その夜、深夜の街でバールが配信する私人制裁系の天使狩りの動画配信中の“人違い”でレイプ被害に遭ったことで、姉妹の事件のことが一気に世間に広まったのだ。


 しかも――間違いは“その場”で発覚していたらしい。

 

 聞いた話では、動画撮影中のバールは、夜の街を妹を探して歩いていた姉を、顔が似ており、首のほくろの位置と派手な服装をしているから、「お前は天使のーー、だな?」と決めつけ、

 「人違いです、自分はそんな娘じゃありません。 酷い事はやめてください」、という女性の声にも耳を貸さず、口にタオルを押し込めガムテープで封じた後、彼女を力任せに後ろ手に結束バンドで拘束した揚げ句、廃ビルに連れ込むと地面に押し倒しブラウスを破り半裸にすると、スカートをめくりあげ、ショーツを力任せに引き裂いて、正義の処罰をくだしたそうだ。

 

 だが、それで終わりではなかった。


 犯行後、嬉々とした表情でバールはレイプ報奨金を得るための証拠として、恐怖と混乱で言葉が出ず、涙すらも出ない、感情が止まりマグロのようにぐったりした彼女の脚を無理やり広げ、撮影機材を彼女の血の涙をながす秘所を中心に顔も映るように尊厳を削り取る角度で固定し、天使処刑のフィナーレとして、手作り感満載のゴツゴツしたディルドを彼女の秘所に突き立てる瞬間をライブ配信の“目玉企画”として流したのだ。


 ディルドを彼女のピクピクと小さく痙攣し、赤いものと白い筋を吐き出すサーモンピンクの秘所に突き立てる瞬間、そこに流れるのは、バールをたたえる無数の投稿、いいね、の数。

 瞬く間に、あがってゆく再生回数。

 それに愉悦の表情を浮かべる配信者(バール) 


 しかし、バールが「もう一本っ!」、と言うリスナーからの答えた視聴者サービスとして、彼女の脚をさらに大きく開き、2本目のディルドをローションもなしにもう一つの下の穴に無理やりねじ込み、次は何?の問いに、リスナーが「モンブラン、モンブラン」、と言い、バールは観客のリクエストの声に答え、彼女の肉芽を剥きだしにし、ポケットから取り出したプラの洗濯バサミで挟んだときに、異変は起こった。


 彼女の悲痛な絶望の叫びに交じって、

 投稿コメントに流れる「ホクロ、ホクロ!」の文字列。


 コメントに驚いたバールが彼女の首にあったホクロの場所を見てみると、本来なら、本来首にあったホクロはそこに無く、代わりにホクロがあったのは痛々しく赤く腫れあがったバストの上、さらにはホクロはチョコチョコ動き出し、バストの先端まで登りきると、プイッと羽をひろげ、夜空に消えていった。

 同時に、賞金獲得サイトに証拠画像をアップロードしていたバールの端末が、ブー、とブタのように一声いななき、対象との照合エラーを示したのだ。

 

 「え?」


 バールが慌てて、端末の画面を見るとそこには、

『この天使は存在しません』

と表示され、バールは慌てて人物照会サイトで女性の画像確認をすると、そのサイトには天使ではない別の人物の名前が表示されており、しかもそれは目の前にいる女性だった。


 「あー……別人だった? マジか。ごめん、ごめん……。 ムシの居所が悪かったみたい。」


 そんな最悪の手違いをし、混乱の中、青ざめた顔で画面を見たバールは、女性を一瞥もせず、ごまかすように笑って肩をすくめた。


 「じゃ、俺、行くわ」


 ソイツはそういうと、モンブランを洗濯バサミで挟まれ、まだ2本のディルドが刺さった下半身をさらされたまま、呼吸を荒げ、声も出せず、涙で濡れた頬、震える唇の顔で ただ目を見開いているしかなかった姉を手当てをするどころか、拘束を外す、それ以前にディルドを抜くことも、洗濯バサミをはずしたり、布切れ一枚かけることさえもせず、平然と姉の目の前から立ち去った。

 彼女を撮影している機材は其のままにして。


 「どうして…」


 彼女にとっては、暴行そのものよりも、その“軽さ”が何より魂を抉ったようだった。

 ――自分は“ただの失敗”として処理されたことについて。

 その事実だけが、焼きついたのか、後ろ手に拘束され、肉芽を洗濯バサミに挟まれたうえ、脚を大きく広げディルドが2本刺さったままのあられもない格好で呆然とした表情で顔を背けるだけ背け、ボロボロ涙をながしていた。


 そして、そのまま非道な画像がしばしの時間ながされ、父親らしき人物が彼女に上着をかけ、撮影していたカメラを壊したことでようやく彼女の地獄のような時間はおわった、と言う。


 当然、そんな非道な画像がライブ配信されると、当然のようにネットは炎上したらしい。


 「正義マン気取りの強姦魔」

 「報奨金欲しさに人違いとか草」

 「これは責任案件、草」

 「凌辱好きの変態野郎」

 

 コメント欄はあっという間にバットリアクションと罵声と嘲笑で埋め尽くされ、バールの、

 「ち、違うんだ! 本当に天使だと思ったんだ! 俺はただ……間違えただけで……! 

 そもそもこんな深夜に、おっぱいを強調するような天使が服を着る服を身につける方が悪い。

 それに、誰だって勘違いはするだろ? 俺だって被害者なんだよ!

  なにより、これはムシのせいだ、オレは確認した」、


 という子供じみた言い訳は当然、誰にも通じなかった。


 最後には完全に論破され、居場所を失ったバールはネット、それどころかお尋ね者となり、社会から完全に姿を消した。

 ――だが、彼が残したものは消えなかった。

 誤爆投稿や大失態を揶揄するスラングとして「バール、る」、略して、「バーる」という言葉が流行ったのだ。

 「おい、その自撮りバーってんぞ」

 「またバーったかw」

 そんな軽口が飛び交うたびに、人々はあの事件を無意識に思い出した。


 だから――オレの記憶にも、妙に鮮明に残っていたのだ。 

 あの事件や、衣服をやぶられ、脚を大きく開き尊厳を削り取る姿で画像をUPされた女性の事を。

  ……けれど、あんな事をされてただの「笑い話」や「ネットのスラング」で済ませられるものじゃない。

 画像の中で壊されたのは、ひとりの人間の尊厳だった。

 男のカラダだったあの時はわからなかったけど、この女性の体になってやっとわかった気がする。

 それは他人事ないと。

 完全に自分には関係ないと思っていたけど、アノ女性の姿は、天使にされた自分がいつオモチャのようにさらさてれもおかしくない、未来の姿だとも。



 そう思うと、自分の思考は、あの娘のようにハンターに襲われるイヤなイメージに塗りつぶされ、何もされていない、それ以前にハンターさえ目の前に居ないのに、まるで何かを突っ込まれたようにお腹の下の方がジーンとうづいてくる。 

 きっと、オレも天使として、そんな風に乱暴に狩られたら、想像も出来ないくらいの痛みを感じて泣き叫ぶのだろう。

 オレは、その恐怖がありありと浮かび、涙を浮かべ、青ざめた表情のまま、あゆむのそばにすり寄ると、小さく震えながら彼にアタマをもたれ掛るように体を預けていた。

挿絵(By みてみん)

 「あゆむ、お願いだからすこしこのままで居させて……」


 あゆむのムネから伝わるぬくもり、そして力強いビートが、イヤなイメージで少し冷えたオレの体にじんわりと伝わってきて、恐怖でガリガリ心底消耗した自分のココロがじんわり回復するのが判る。

 彼に甘えることで回復するって事は、いつの間にか、あゆむの抱かれる胸の前のこの場所がオレの一番大切な場所になって来ているのかもしれない。

 どんな事をしても護りたい、ダレにもわたしたくない、自分だけのモノにしたいそんな場所を。


 「まったく、仕方ないヤツだ……」


 あゆむの方は、オレを力強く抱きししめると、ホスト並みのイケメンの面を緩めながら、まんざらでも無い表情でオレの背中を大きな手のひらで、やさしくさすってくれれていた。

 彼の温かさ、何気ない優しさが心にしみてくる。

 気が付けば、あゆむのぬくもりに癒されるように自分の体の震えは止まっていた。

 いつもの事だけど、ことあるごとに慰めてもらえるこの人には感謝の気持ちしか浮かばないな。


 気持ちも落ち着てきたので、刺すような視線を感じる方にチラリとしせんをズラすと、

挿絵(By みてみん)

遥さんは、じとぉ~っと、『このバカップルめ、こんな時までいちゃつくなよな。 このままじゃいつか、ズッ婚、バッ婚になるんじゃね?』、と言わんばっかりの半ばあきれ顔で自分とあゆむをみつめていた。

 彼女の視線がハリのようにチクチクささる。

 もっとも、こんな状態を見せつけたら、仕方ないところなんだけど……。

 ーーでも、これは不可抗力、だと思う。 あんな怖いモノを思い出させられたら誰でもそうなるからね。


 「まあ、とりあえずこの二人は置いておいて」


 遥はオレたちをみながらそう言うと、緩んだ空気をひきしめるように机をとトントンと指でたたきながら、カスミのほうに向きなおり、さらにつづけた。

挿絵(By みてみん)

 「カスミ。アンタが父親経由であのバール事件の被害女性と連絡を取って居たのは、判った。

それに、あんたがその女性に力を貸したいと思った、その気持ち自体は否定しないよ。 アタシも同じ女性として、同じ被害者として、大切なモノを喪った気持ちは痛いほど分かる」

 遥は、そう強い言葉でいうと、「けど」、と短く言葉を区切り、カスミをじっと見つめ、

 「カスミ、あんたが、なぜ非道な天使狩りにまで手を染めた経緯が知りたいんだ。悩みを聞く人助けの気持ちが、どうしてそんな非道と結びついた? その娘と何があった? アタシにも最初から詳しく聞かせろ」

挿絵(By みてみん)


 遥は、矢継ぎ早に強い口調でカスミを問い詰めると、カスミは泣き出しそうな顔になる。

 そして、後悔を語るような口調でポツリポツリと語りだした。


 「そうね、遥。 最初あの人と繋がったのは通信アプリだったの」


 カスミはそう言うと、テーブルの上のあるスマホをじっとみつめていた。

挿絵(By みてみん)


 「通信アプリで、数回連絡を取ったらすぐに話が弾んじゃって。 好きなものが驚くほど一緒で、『え、それ知ってるの!?』の連続。それに、年も近くて、大切な人を失ったという抱えてる悩みとかがすごく似てたから、こんなに波長が合う人、初めてかもって、本当にあっという間に仲良くなったんだ」

 カスミはそう言うと、スマホの画面を指さしながら更に続けた。

「それでね、メッセージのやり取りもすごく頻繁になって、ある日、**『こんなに話が合うなら、一度ゆっくりお茶でもしない?』**って相手から誘ってくれたの」

 挿絵(By みてみん)

「もちろん私も会いたいと思ってたから、すぐにOKして。最初はちょっと緊張したけど、初めて会ったカフェでも、メッセージの時と全く変わらず、話が尽きなかったわ。

 そこからは、週に一度とか二週間に一度とか、定期的にカフェで会って話すようになったの。

 ――その時、あゆみ姉が居なくなって、自分はもう永遠に笑えないと思っていたけど、気が付けば自然に笑顔になって、昔みたいにごく普通に笑えていたのに気がついたの。

 それは、向こうも同じだったみたい。 妹を喪って、もう二度と笑えないと思っていたけど、前みたいにいつの間にか笑えるようになったそうよ。 


 ――そして、気が付けば、二人で話すうちに心のキズが癒されて行くのがわかった。 そして二人に姉妹のような関係がこのままずっと続くと思ってた……」


 カスミはそう言うと、「でも」、と短く言葉を区切り、


 「そんな穏やかな時間は、少しずつ変わり始めていったの。

 きっかけは、その人から届いたメール『ちちを止めて』、というものだったの。

 そのメールが来てから、自分たちの運命の車輪は動き出したのよ」


 カスミはそう言うと、何か思う事があるのか、ふ~っと静かに息を吐き出してゆく。


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