カスミの告白
「……わたしは……天使狩りに、参加していたの」
涙をこぼすカスミの口から出た,かすれながらもはっきりと響いた告白。
――天使狩りに参加していた。
泣き声まじりの彼女のこの言葉で、場の空気が一気に張り詰めていく。
まるでこのリビングが、最後の審判の場のように息苦しいほどの圧が立ち込めてゆき、あゆむの表情や遥の表情も険しくなっていくのが分かった。
カスミの口から出た、”天使を狩って居た”、それはとても重い意味だ。
もちろん、天使を狩るのは、国家から、「コレは、合法です」って言われた上でのレイプ殺人だ。
当然、ゆうなのような天使であった女性を狩っても、どんな罪に問われることもないし、下手すれば報奨金までつく。さらにネット上で拍手喝采なんてこともある。
……でもね、いくら「合法のレイプ殺人」って肩書きをつけても、所詮、レイプ殺人はレイプ殺人。
天使を狩るのを外から見れば、そこらに居る普通の少女たちを乱暴して殺すのと何が違うんだって話になってくる。
だって、狩られる側の天使だって、ただの「獲物」じゃない。
ゆうなみたいに、天使の彼女たちも、笑ったり、泣いたり、怒ったり、震えたり――こっちと同じように感情があって、飯を食って、眠って、夢だって見る。
時には、自分の犯した罪に震え、眠れない夜も過ごすことも。
――そして、ゆうなは自分の娘の為に自分の命を捨て石にして、娘であるゆいちゃんを守った。
そんな事は、普通の母親でも難しいかもしれないのに……。
そんな善良な市民でも難しい事をしていた人間でも、社会正義の錦の御旗をかかげ法の名のもとに狩る。
裁きの場で、極悪非道の烙印を押して、更生の余地がないと判断して、紙切れ一枚で、「こいつは人じゃない」って印を押して。
でも現実は、どう取り繕っても、人間が人間を殺してるだけなんだよね。
だからこそ、カスミがふとこぼした”天使を狩って居た”その一言が持つ意味を、遥は理解してしまった。
次の瞬間――。
「なっ……ナニやってるの!? カスミ!」
遥は椅子をドン、と蹴るように立ち上がり、声を荒げ、カスミに詰め寄っていた。
驚きと怒りで震える声。
遥は、親友の裏切りに、感情を抑えきれないようだった。
「アンタがそんなことするなんて……! あのレナと一緒じゃない!
自分が正しいって思い込みながら、人をムシケラみたいに扱って……結局は弱者をいたぶるいじめと同じじゃないの?!
……カスミがやっていることは、人間として最低だよ?」
「遥、そんな目でみないでよ……。自分は傍でただ見ていただけ……。」
遥に詰め寄らたカスミは俯き、か細い声で絞り出すように、更に続けた。
「それに……仕方なかったのよ。家族を守るため……そうしなきゃ、娘のあゆも、いつかお姉さまみたいに……」
カスミの声は震えていた。
それは、必死に縋りつくような叫びで、罪の告白というよりも祈りに近かった。
「だって、男はケダモノなんだよ。性犯罪者なんて、街で生きてるだけで、いつ子どもが襲われるか分からない……!
あたしたちは怯えながら暮らさなきゃいけない」
カスミは、そう言うと、コブシをぐっと握りしめながら、さらに言葉をつづけてゆく。
「――性犯罪者の再犯率、知ってるの? 三年以内に半分、十年経てば七割がまたやってる。
ロリコンの奴に至っては、ほぼ全員が再犯してるんだよ!
一度やった奴は、必ずまたやるのよ……」
確かにそうだ。カスミさんが言うのも、もっともだと思う。
性犯罪ってやつは再犯率が高い――事実の数字を突きつけられれば、反論のしようもない。
三年以内に半分、十年経てば七割以上がまたやってる、なんて話も耳にしたことがあるし。ロリコンに至っては、ほぼ全員が繰り返すってデータまであるらしい。
性犯罪はここまで再犯率が高い。
そう聞くと、もう「更生」なんて言葉が空しく思えてくる。
どこかで読んだんだ、専門家の話だったか。性犯罪はただの“悪い心がけ”じゃなくて、脳の回路が壊れてる病気みたいなもので、本来なら治療や管理が必要なんだって聞いたことがある。
薬やカウンセリングで衝動を抑えるしかなく、放っておけばまた繰り返す。
――かく言う自分も、本能に従って あの人(木戸あゆみ)に飛びついた訳だしね……、
……そう考えると、カスミさんの「狩るしかない」って言葉にも、一理あるように思えてしまった。
「それに……、あゆみお姉さまのことよ。」
カスミさんは、余程ため込んでいたのだろう、ボロボロ泣きながらそう言い始めた。
「あのやさしいあゆみお姉さまの尊厳すら、法廷であの男に”レイプごとき”なんて言葉で踏みにじられて……あの人が天国でどんなに泣いたか、私は知ってる!」
カスミの目には怒りと涙が混じり、いつの間にか手に握りしめていた折れた紙片を突き出した。
「遥、見てよ、これが……お姉さまの遺書よ。
これを書くときに、どれだけ苦しかったか……どれだけ追い詰められていたか……!
見て! これが現実なの!」
よく見ると、紙はボロボロになり、紙の端は擦り切れ、何度も読み返された跡があった。
どれだけの回数を読み返せば、そうなるのだろう、と言う感じまで古びている。
そして、中の丁寧な文字がつづられ、内容はこのように書かれていた。
”
『あの夜のことは、いつも夢に出てきます。
あの日以来、夜が来るたびに体が震え、息が詰まり、眠ることすらできなくなりました。
人に触れられるたびに、あの日のおぞましい感触がよみがえり、食事もまともに取れず、家の外にも出られなくなりました。
私の世界は、じわじわと壊れていきました。
誰かに相談することも考えました。でも、声にすれば、あの瞬間の記憶がまた開いてしまう。
日々がただ過ぎる中で、心の中の傷は深くなる一方でした。私は笑うことを忘れ、将来を描く力を失っていきました。
手紙を書くのは初めてです。
これが誰かの目に触れるなら、どうか言ってほしい。
あの出来事は偶然ではなく、私を壊すための行為だったと。私は一人きりで、あの夜の後に残された痛みと恐怖を抱えて生きることができませんでした。
もしこれを読む誰かがいるなら――私の死を、ただの偶然や弱さのせいにしないでください。あの夜に受けたことが、私をここまで追い詰めたのです。
私はもう、ここまでです。
この手紙が残るなら、どうか伝えてください。
――これは偶然の死ではない。あの日の暴力が、私を死へ追い込んだのだと。
そして願います。
これ以上、私のような被害者を二度と出さないでください。
同じ痛みを誰にも味わわせないでください。
どうか、厳しい処罰を。
”
オレは震えながら文字を追い始めた。
最初は他人事のように淡々と読んでいたはず、そして法廷でも一度は聞いたはず……。
なのに、なのに、何故か文字の一行一行が体の内側に鋭いとげのように刺さってくる。
紙の薄さの向こう側で、あゆみが夜ごとに目を見開いて震えていた夜が、オレの脳裏ににわかに現れては消えていった。
行間に記された怯えと孤独が、まるで手のひらに触れるように、今すぐそばに彼女が居るように生々しく感じられた。
あの夜、自分が何をしたのか――それがただの「事件」ではなく、生きる糧を、安らぎを、未来を根こそぎ奪ってしまった行為だったことが、言葉の海からゆっくりと浮かび上がってくる。
自分が欲望のまま彼女に押し付けた小さな力が、あの人の世界を壊していったことを、オレは今になって初めて、はっきりと理解した。
それだけじゃない、周りの人たちも巻き込んで、取り返しのつかないことをしてしまったという実感が、ゆっくりと、しかし確実に胸を締めつけていった。
まるで見えない白銀の鎖に縛らているように、体が冷たくなるのを感じながら、吐き気が胸を上がり、呼吸が浅くなる。
「だから、あたしはお姉さまの為に天使を狩るしかなかったのよ。
それにお姉さまを乱暴した外道は、少女も幼女も容赦なく狙った鬼畜よ、そんな人間が女性の体にされていようが、お構いなしでどんな手を使ってでもレイプを繰り返すに決まってる。
――だから、自分たちが平穏に生きる為に駆除しないといけないの!」
イスから落ちるほどの彼女の魂からのその叫びは、言い訳なんかじゃなかった。
恐怖と憎悪と――そして狂おしいほどの愛情がないまぜになった絶叫だった。
カスミは、自分の心の内を吐き出すと、今度は息を荒げながら、今度は遥に詰め寄り、顔をまっすぐに見据えた。
「遥にも、犯罪者を駆除したい私の気持ちが分かるでしょ?」
カスミの問いに、遥は何か思う事があるのか、静かに首を振ると悲しそうな表情を浮かべ無言のままカスミの瞳をじっと見つめかえしてた。
「遥も、ソレは違うと言いたいの?
――レイプドラッグを飲まされて、一糸まとわぬすがたにされて雄介に身体を奪われかけたじゃない!
お姉さまが助けなかったらアナタはあのまま男たちには弄ばれていたはずよ!
遥は、そんな鬼畜な犯罪者たちを自分たちの安全のために駆除したいって思って思わないの?」
遥の体がびくりと震えた。
彼女のトラウマを思い出したのか、顔色がみるみる蒼白に変わり、「ソレは……」、と、それ以上唇を噛んで何も言えなくなる。
しかし、遥は、うつむいたまま声を震わせ、さらにつづけた。
「……たしかに、あのとき私は怖くなかった、って言ったら嘘になる。 気が付いたらベットの上で裸にされて、男たちの目の前で脚まで大きく広げれていたんだから平気な訳はないよ……。 トラウマになるくらい怖かった」
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遥はそこまで言うと、フッと息を吐きだし、
「でもね、だからって誰かを狩る理由にはしたくない……
あの恐怖を知っているからこそ、私は誰かに同じことをする人間にはなりたくないの……」
「ああ、そう言う事ね」
遥の告白に、カスミは目をフッと細める。
「……そう言えるのも、遥。 あんたが未遂で済んで、処女のままでいられるからでしょっ……!」
カスミの声は震え、唇の端から血が滲むほど噛み締めていた。
「男たちに、こんな筋肉だらけの女どうやってヤろうか、とりあえず剥けばヤれるんじゃね? と言われた挙句、裸にされてもなお、男に相手にされず、そのトラウマを下品なネタでごまかしてるあんたと違って…… 」
カスミはそういうと、あゆみの遺書をじっと見つめ、
「無残に純潔を奪われたあゆみお姉さまや私みたいに、犯罪者に大切なものを奪われていたら、きっと同じように思うはずよ……!」
「……」
カスミは、遥に向かいそういい捨てると、その言葉が落ちた瞬間、遥の体が硬直した。
顔色がみるみる蒼白に変わり、唇がわなないて声が出ない。
「……本当なら、お姉さまの初めては私が奪うつもりだったのに……、あんな男に無理やり奪われるなんて、許せない…… 。
そんなことなら、おクスリを飲ませてでも、あゆみお姉さまの初めてを私が奪って、お姉さまを私のものにしておくのだった……」
カスミは誰にともなく、呟くように本心をこぼすのをオレの敏感な耳がとらえた。
彼女の瞳にちらりと映る、かつて見たことのない狂気の色。
それを見たしまったオレの背筋に冷たいものが走った。
「あゆむ……」
オレは横目であゆむを見る。
彼は声を荒げることもなく、ただじっとカスミを見つめていた。
その静けさが、かえって恐ろしい。
まるで「見ていただけでも同類だ」と言わんばかりに、目の奥が冷たく光っていた。
「カスミ、それがどうした?
私が黙って聞いて居れば、身内を傷つけるつまらない自己弁護ばかり。 お前のそんな言い訳が通用すると思っているのか?」
次の瞬間、あゆむの声が冷たく落ちてきた。
そして、言霊は鋭い刃のように、カスミの言葉を両断してゆく。
「 私は……ただ見ていただけ……。 だと?
笑って見てた奴らも、黙って見て見ぬふりした奴らも、全部同じ穴の狢だ。
“私は手を下してない”だと? “私は知らなかった”だと?
――そんな言い訳で罪が消えると思ってるのか? お前も同罪だ」
カスミの肩がびくりと震え、喉の奥で言葉が絡まった。
「っ……」声にならない吐息だけがこぼれる。
「同罪って、なっ……なんて失礼なことを言うのよ……」
あゆむは驚きを隠せないカスミに向かいさらにつづけた。
「……“見ていただけ”だから違う? それは通らない。
ハンターの隣で黙っていた時点で、もう同じ立場にたっている。
狩られる方から見れば、殴った手と、見て見ぬふりをした目の区別なんてつかない。
お前の、何もしない、その沈黙こそがなによりの加担だ」
あゆむはチラリ外を見て、さらに言葉をつづけた。
「おまえのその傍観が、この世界の地獄を支えてる。
――今夜も町のどこかで、天使にされた少女たちが合法的に乱暴され、時には命まで奪われるという、地獄をな。
そして、こんな人間が人間を狩るクソみたいな制度が続いてるのは“犯罪者は駆除すればいい”――そんな短絡的な連中と、それを“黙って見てる連中”が大勢いるからだ。」
厳しい言葉をなげかけれたカスミは目を見開いたまま、まるで身体の芯を突かれたかのようにがっくり肩をおとしてた。
あの言葉が、何より自分自身に突きつけられた刃だと悟る。
「あゆむ。 あたしも……わかるよ、見たことあるもの」
隣の遥もそう言うと、複雑な表情で頷くと、自分の体験を語りだした。
「あるシーフの仕事の合間に、大きな屋敷の地下に天使にされた娘が監禁されてるのを見たことがある。
地下室に天使と呼ばれた少女が希望を失った目で、でこぼこのない体にアザや傷を無数につけ、一糸まとわぬ姿で、首にチェーンをつけられ、冷たいコンクリートの床につながれていた。
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そして、部屋に立ち込める、血といやらしい体液が混じった生臭いあの匂い。 ここで彼女に何があったのか、アタシにも直ぐ分かった」
遥はそう言うと、顔をしかめながらさらにつづけた。
「天使の横に居たムチやディルドをもった男は、これは“法に従った再教育、そしてこれは正義だ”だなんて言われてたけど、どう見たってただの陵辱で……正義なんかじゃなかった。
でも、そんな明らかにおかしい光景をみても、家の住人たちは誰も助けようとせず、見て見ぬふりをしていた。
だから、そんな光景にあたしは我慢できなくて、その子を逃がした。
――だからこそ、あゆむの言ってることが痛いほどわかる。あの地獄を黙って見てるだけの奴は、加担してるのと同じだって」
「遥の言うとおりだ、黙って見てるだけの奴も同罪だ、
そして法の抜け穴をついて、自分の歪んだ欲望を果たしてるにすぎない」
あゆむの声は冷たく、感情を押し殺したまま場に突き刺さった。
オレは背筋を氷でなぞられたように震えていた。
カスミだけじゃない――この場にいる全員に、いや、見える景色全ての人間に向けられた言葉のように聞こえたからだ。
あゆむが言うように、笑って見てた奴らも、黙って見て見ぬふりした奴らも、全部同じ穴の狢で、“自分は手を下してない”“私は知らなかった”……そんな言い訳で罪が消えるわけがない。
それは、たしかにそうだよね。
たとえば――SNSの炎上だ。
一人が叩かれ始めたら、無数の人が面白がってリツイートし、罵声を浴びせる。
直接石を投げていないからって、“見てただけ”“押しただけ”で済むのか?
結局その無数の沈黙や冷笑が、火を大きくし、誰かを追い詰めていく。
……この地獄も、同じなんだ。
“犯罪者は駆除すればいい”なんて短絡にうなずき、黙って見てる連中が大勢いるからこそ続いている。
その沈黙が、この世界を支えてしまっているんだ……。
遥があゆむによくそんな事を言えたものね、と冷ややかな視線を送るなか、
あゆむは「……カスミ。何があったのか――全部話せ。ハンターのことも、包み隠さずにな」
尋問のようにカスミに問いかけた。
でも、その言葉は刃のように鋭く、しかし同時に救いの綱のようでもあった。
場の視線が一斉にカスミへと集まり、彼女は小さく肩を震わせながら、ポツリと語りだした。
「アナタは不思議な人ね。 まるで、あゆみお姉さまのように大きな包容力があって、全てを打ち明けてもいいって思ってくる」
カスミはそう言うと、覚悟を決めたようにフッと息を小さく吐きだし、天使狩りの事を語りだした。
「……最初はSNSだった。
“#レイプ被害者家族”とか“#救い”ってタグをたどって……私は、一人の男と繋がったのよ」
そう言うと、カスミは天使狩りに参加した経緯を語りだした。
あまりに長くなりそうなのでココで投稿、残りは早めに出します。
こうご期待!
画像はヤバいのでアドレスのみです。