カスミの直感と揺らぎ 罰の受け方とは?
震えるオレを優しく抱きしめるあゆむ。
だが、カスミの泣きそうなカスミの視線が、痛いほど突き刺さってくる。
いや、ただ見られているだけじゃない。オレの指の動き一つ、バストの上下の動き一つでさえ、自分の心の奥底まで見透かされているような感覚だった。
「……」
カラダはあゆむに抱きしめているけど、オレはグラスを持つ指先に力を込めすぎて、かすかに震えを生んでいた。
呼吸は浅く、視線は定まらない。頭では必死に平静を装おうとしているのに、身体が言うことをきかない。
きっと、顔は真っ青になり、態度で、「自分はあの事件の犯人ですよ」と言って居るような感じだった。
「杏子ちゃん、あなたのその態度。それにその瞳の色と髪の色……まさか、あなたは……」
カスミの推測が、疑惑から確認に変わったのか、彼女の鋭く変わった声が、鋭く空気を裂いた。
その表情は、殺意と悲しみが入り混じった表情、ソレは復讐者の貌をしていた。
そのカスミの鬼気迫る表情をみた瞬間、オレの胸の奥で何かがはじけた。
確実にバレてる――。
声の震え、目の泳ぎ、握った拳の微かな震動。
オレが掴んでいるあゆむのソデをつかむ指の動きひとつすら全部、全部彼女に読まれて、見抜かれている。
――自分が天使であることを
「アンタは姉を壊した連中と……同じ“天使”よね?」
カスミの瞳が、決して逸らさずオレを射抜く。
その視線の中に、殺意と怒り、そして深い哀しみが重なっていた。
「女の子に乱暴し、揚げ句に殺しておいて、裁判の時には何の反省もせずに、「レイプごとき」と言い放てる連中よね?」
カスミから突きつけられた言葉は、刃よりも鋭かった。
心臓を鷲掴みにされたように、息が詰まる。
「アナタ、自分が違うなら、違うと言ったらどうなの?」
――逃げ場は、もうない。
「……」
オレの中で否定の言葉が喉まで込み上げてくるのに、口は開けない。
ノドがからからに乾き、ハートのビートだけがやけに体じゅうに響いてくる。
こんな時は何か言って、自分は違う、と、否定しないといけないのはわかってる。
けど、何の言葉も出てこない。
反論できないのは、カスミの確信が真実に触れているからだ。
静寂の中、オレは、あゆむの腕の中、ただ自分の震えを押し殺すことしかできなかった。
「……同じようにされればいいのよ!
あのレイプ魔たちと同じように、ズタボロにされて……命まで奪われて!
姉が味わったあの恐怖と屈辱を、あんたも受ければいい!」
部屋に泣き叫ぶような声が響き、カスミの容赦のない言葉の刃がオレに突き刺さる。
無数の刃がカラダを引き裂くような、鋭い痛みだった。
「オレは……」
声を発しようとしても、喉が震えて言葉にならない。
その瞬間、あゆむの低い声が空気を断ち切った。
「……カスミ、勘違いするな。
こいつはもう、あんたが言ったような恐怖を受けている。
最初の頃……無理やり身体を支配されるような痛み、そして屈辱をな」
「なにを?」
カスミは驚き、言葉を詰まらせる。
怒りの矛先が揺らぎ、視線があゆむに突き刺さる。
「きょうこに初めての生理が来た時、私は、半ばパニックになったこの娘をベットに押さえつけ、ショーツを脱がし、半ば強引にケアをする事になった事がある」
あゆむはそう言うと、静かに息をふ~っと吐き、後悔をにじませるような口調で続きを語りだした。
「その時、ベットに押さえつけられたきょうこは恐怖のあまりカラダは震え、ショーツを脱がされた時は恥辱にふるえ大粒の涙を流し、更には、タンポンを挿入されると痛みで気をうなっている。
――それでも、カスミ、この子があんたが言ったような恐怖を受けていないと言えるのか?」
あゆむの声が低く響き渡る。
彼の語った光景は、あまりにも生々しく、部屋の空気を凍りつかせた。
「……そんな……」
カスミは一瞬、目を見開き、言葉を失った。
一方で、遥は唇を固く閉ざしたまま視線を落とした。
口には出さなかったが、胸の奥では動揺を抑えきれないようだった。
だが、部屋の凍り付いた その沈黙は長く続かなかった。
涙に濡れた瞳をぎらつかせ、あゆむに向き直った。
「そんな理屈であゆみ姉がうけた恐怖を味わっただって? ふざけないで!」
カスミは感情交じりにそう吐き捨てると、テーブルをドン、と叩き、さらに心の内を吐き出した。
「ソレはコノ娘にとって必要だった事でしょ? それしか方法がなかったのなら押さえつけるのも仕方ない事でしょ?
――つまり、ソレはきょうこちゃんにとって、お医者さんで注射をされるのと同じことじゃない!
それを“あゆみ姉のされた事と同じ”だなんて……姉の屈辱を軽く扱う気!?」
オレは、沈黙の中、きょうこはそっとあゆむの腕を握り返した。
――あの時のことを思い出す。
オレの初めての生理。ショーツを濡らす血が怖くて、ソレをどうしていいか分からなくて、部屋の中で行き場もなくウロウロするだけで半ばパニックになっていた。
そんなオレを見かねたのか、部屋に来たあゆむは「当然のこと」のように手を貸してくれた。
あゆむは、オレをベットに力強く押し倒すと、片手でオレの両手首をもって両手を封じ、残った手でスカートをまくり上げると、深紅に染まっていたショーツを脱がし、アソコをウエットテッシュで清め、パニックになって居たオレのあそこにタンポンを挿入し、生理のケアをしてくれた。
けれど――あの時の身体を無理やり支配されるような感覚に、涙を流した痛みと恐怖は、オレの心を貫いて今でもはっきり覚えて居る。
――誰かにレイプされるのって、こんなイメージなのかと。
でも、ソレはあゆむがオレのためにやってくれた事だ。 ある意味カスミさんが言うように、お医者さんで注射をされるのと同じことだと思う。
必要な処置のための行為で、それをどうこう言うのは筋違いだろう、ソレを言い出したら全国の歯医者さんがみんな残虐行為をすることになるからね。
――それにあゆむがオレにタンポンをいれる時、最初がカラダが真っ二つになるように凄く痛かったのも、オレが恐怖のあまりカラダをカチコチに固くしたから痛くなっただけの事だと思う。
事実、その後の2回目の時は、優しいあゆむのケアで、オレの全てをさらけ出してゆだねられる安心感の元、何も痛みもなく終わったから。
それからは、あゆむに生理の時はお願いするようになったんだよな……。
仕草は柔らかくなり、気遣いの言葉を添えるようになって、安心してこの人に身を預けられる、とおもったからね。
――この人になら、全てをさらけ出してもいい、って。
だから、今となっては、正直な所、あゆむには感謝の気持ちしかない。
「――あゆみ姉はね、好きでもないあの男に無理やり初めてを奪われたのよ!
あの時の姉の気持ち考えたことあるの?」
カスミはオレのそんな気持ちを見抜いたのか、唇を噛み、涙で濡れた瞳をオレに突き刺す。
「好きな人に触れられるのと、姉みたいに無理やり汚されるのと……同じなわけない!」
カスミの声のトーンが高くなる。
「姉は……好きでもない男に尊厳を踏みにじられ、何も残らなかったの!
それに引きかえ、あんたは……好きな人に大事な所をみせて やさしくケアして慰めてもらっていたのでしょ? ソレはご褒美と言わず何と言うのよ?
それでアナタとあゆみ姉が“同じ”だなんて……姉を侮辱することよ!」
その叫びは悲鳴に近かった。
そのオレは胸を刺されるように痛みを感じ、俯いて涙を流す。
沈黙を破ったのは、あゆむの冷たい声だった。
「……何も、違わない」
あゆむの短く、重い後悔を含んだような一言。
その響きに、場の空気が凍りつく。
オレには、その言葉の本当の意味は分からない、けど、遥さんは、無言であるがスッと目を細め、冷たいまなざしであゆむをみつめた。
まるで、犯罪者を見るような冷たい視線だった。
「違わない? ……っ、ふざけないで!
この娘とあゆみ姉が受けた事は違うに決まってるでしょ?! あゆみ姉は何の罪も無いのに……カラダを目当てに、あの男にただの獲物として弄ばれたんだ!
この子は、犯罪者の天使でありながら、好きな男にやさしくケアして慰めてもらっていたのでしょ?
――それを“同じだ”なんて……認められるわけないっ!」
カスミさんの怒り交じりに吐き捨てた言葉は、正直……もっともだと思った。
オレのせいで姉の尊厳をズタズタにされた暴力と、あゆむがオレにしてくれた「必要なケア」。
同じだなんて、どう考えても違うだろうしね。
あゆむが言うように、オレはあの時、確かに怖くて泣いた。体を押さえつけられて、涙も止まらなかった。
でも……あれは悪意じゃなかった。あゆむはオレを助けようとしてやったことだから。
だからこそ、カスミが怒るのも理解できる。
オレとあゆみが受けた事が「同じ」だなんて言葉は、あゆみ姉の受けた屈辱を軽くすることになる。
カスミがそれを許せないのは当たり前だ。
本当なら、オレが、あの人(木戸あゆみ)が受けたように、恐怖や屈辱を見ず知らず男から受けて、初めて同じといえるだろうから。
オレが感じた あんな些細な恐怖で、彼女と同じと言えるなんて、あさましくもおこがましいと思う。
「それでも尚、きょうこちゃんがあゆみ姉と同じと言い張るのなら、この場で私がこの娘をお姉さまにみたいにしてあげようか?
そうしたら、同じと認めてあげる!」
ガタン、と乱暴に椅子から立ち上がったカスミの瞳が揺れる。
怒鳴り声は涙に震え、テーブルを再び叩く。
よくみたら、爪が割れるほど強く拳を握りしめていた。
「!!」
カスミの言葉、視線が冷たい刃みたいに突き刺さって、オレの体は思わずぷるぷる震えた。
胸の奥が冷たく締めつけられて、息が浅くなる。
カスミさんの「この場で同じにしてやる」――その一言が、オレの心を鬼おろしのように深く鋭くえぐってゆく。
自分の頭の中に浮かぶのは、オレと言う知らない男に廃墟で押し倒され、尊厳を奪われて泣き叫ぶ、あゆみ姉の姿。
そして、今度は、彼女と同じ目に自分が遭わされるかもしれないって想像……それだけで、カラダが震えて動けなかった。
――怖い。
唇を噛んだ瞬間、背中に温かい感触があった。
強い腕が、震えるオレを肩ごと力強く抱き寄せてくる。
「……安心しろ。
何があっても、オレがお前を護ってやる」
低く、けれど確かな声が耳元に落ちた。
その言葉は、刃みたいに張りつめていた胸をじわりと溶かしていく。
「………うん……」
あゆむの顔を見つめながら、恐怖のあまり怖くて震える体を、オレはその腕に預けた。
熱いモノが顔からが勝手にあふれ出して、止められなかった。
「……カスミ。お前が何を言おうと、俺はこいつを護る。
古い仲間だろうが、姉の仇を背負っていようが……関係ない。
今ここで震えてるこの娘を、俺は絶対に二度と怖い思いはさせない。
――今はこの娘を護る、それだけだ」
あゆむが短く言い切ったその一言は、まるで決別の宣言みたいだった。
あゆむの言葉が響いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
「護る」なんて、あんなにも真っ直ぐに言ってもらえるなんて……。
嬉しくて、安心して、思わず涙がこぼれそうになる。
「ありがとう、あゆむ」
でも同時に、オレの胸の奥が痛んだ。
――古い仲間を切り捨ててでも、オレを選ぶ。
それはオレにとって救いだけど、あゆむにとってはきっと重い決断だとおもう。
抱き寄せられた温もりに震えながら、オレはあゆむに辛い選択をさせてしまった自分の心が揺れるのを抑えきれなかった。
「……っ、ケンカを売るつもり!?
あゆみ姉の事を何も知らないあんたが……、あゆみ姉をレイプした犯罪者の仲間であるそのコを庇うって言うの!?」
カスミの瞳が揺れ、怒りとも悲しみともつかない色を帯びる。
「ああ、そうだ。
カスミ、お前がきょうこに手を出すつもりなら、私は全力でこの娘を護る。
――それでも、マダやるのか?」
あゆむの言葉に空気が一気に火花を散らしたように張り詰める。
遥さんが一歩踏み出しかけたけど、息を呑んで立ち止まった。
互いの視線がぶつかり合い、誰も動けない。
そして――涙に滲む声で、カスミが絞り出すように叫んだ
それは、心の奥底を吐き出すような叫びだった。
「……違うのよ……!
私は……もうやめたいの!」
その叫びは、カスミさん自分自身をも傷つける告白だった。
「……もう、天使を狩るのに参加するのを、もう辞めたいの……」
――カスミの その言葉が落ちた瞬間、場の空気は重い沈黙に包まれた。