宴会の続き
「しかし、コレを結果良ければすべてよしって感じ?」
「カスミも、旦那の両親のおかげで来れる訳になった訳だしさぁ」
酒を片手に近所迷惑かえりみず、豪快に語る遥。
「遥、ソレを言わないでよ……」
隣にはカスミさんも、何故か恥ずかしそうにする、チビチビと酒を一緒に飲んでいる。
オレとあゆむは、二人の成り行きを見守っていた。
どうやらカスミさんがココに来たのは義理の両親のおかげらしい。
なんでだろ? と思っていたら、
遥さんは、その理由を饒舌な口調で、」暴露始めた。
「アタシがカスミの家に押し掛けたら、たまたまいたカスミの義理の両親のツルの一声で、「たまには友達とノンビリしてらっしゃい」、って言ってさ。で、旦那のゆうじに子供の面倒を押しつけて、カスミを解放するっていう神対応、アレは痺れたねぇ。 実の息子より可愛がられてるんだからさ」
遥がそう語り、チューハイをぐびっとあおった時、彼女の手元のグラスが軽く揺れて、微かに氷が音を立てた。
口元にはニヤニヤした笑いが浮かんでるけど、どこか誇らしげで、まるで“妹の自慢話”でもしてるような顔だった。
そんな調子で、一人でガンガン酒をのみながら さらに話はヒートアップしてゆく。
「まー、あの馴れ初めだったら、そりゃ~、そうなるよねって話」
「……」
「だってさ、カスミの妊娠が発覚したとき、ソレがゆうじの両親のミミに入ってゆうじパパが大激怒! その場でゆうじをフルボッコのうえロープで簀巻きにして車に詰めて、カスミの実家まで直行だよ?」
「ちょ、遥っ、それ言わないでってば……!」
カスミが顔を真っ赤にして制止するけど、遥は全く止まらない。むしろ火がついたみたいにノッてきた。
そしてそのテンションのまま、ぐぶっと酒を豪快にあおり、遥は、更にトンデモない顛末を語り始めた。
「でさ、その場でゆうじの両親、簀巻きのゆうじを正座させ何度も頭をさげ下げながら、『お嬢さんの件は誠に申し訳ございません! どうか息子に責任を取らさせてください! このバカを煮るなり焼くなり、何なら メス堕ちさせても構いません、好きにしてください』って、真っ青になったゆうじのクビ根っこをおさえつけ、もう土下座外交ばりの謝罪よ? そりゃカスミパパも引くよね!」
オレはその場に居たわけじゃないけど、その光景が頭に浮かんで、口を押えて笑うしかなかった。
両親と息子がそろって、カスミさんの所に行って、3人纏めてトライアングルのポジションで土下座し、申し訳ございません。と言ったんだろう。
男に責任取らせて、何なら息子をメス堕ちさせても構わないって、トンデモない強引な手段だけど、誠意としては最上級の謝罪方法だよなぁ……。
相手にとっては、もう、これ以上の責任の取らせ方はないだろうしねぇ。
「そういえば、あの時は屠殺 寸前の家畜のような眼をしたゆうじが、カスミにすがる様な視線を送って居たんだったな……」
ふと、言葉をこぼした あゆむに視線を配ると、目を細め、はるか過去をみつめるような、そんな遠い目をしていた。
――やはり、あゆむは、この件も全部全部知ってるんだろうな……。
その二人の関係が少しだけ、うらやましくて、スッとあゆむにカラダを寄せた。
少しでもあゆむとの時間が近づけるように。
「みんな聞いてよね。 その後がまた凄かったんだから。 奥から出てきたカスミが「アナタには、責任とってコノ子のパパになってくださいね。 それが一番の責任の取り方でしょ?」、って言って簀巻きのゆうじのロープをほどいたんだからね~。 ゆうじの方も カスミの足元に縋りついて、「約束します……」って涙目で言うんだからね。
――もう、殆ど、昔のドラマの世界よ?」
しかし、オレの思いを知ってか知らずか、遥の口は止まらない。
顔が真っ赤になった、カスミをにやにやみつめ、更に饒舌にはなしてゆく。
「極めつけがコレよ、コレ。 その後すぐの結婚の誓約書にさ、ゆうじの名前で――“もし浮気をした場合は、二度と他の女性に手を出せないよう、私はメス堕ちして責任を取ります”って書かされたんだって!」
遥さんが飲んでたグラスの中の氷が、カランと笑うような音を立てた。
カスミはもう、完全に沈黙。顔を両手で覆って、床に穴があったら入りたいって表情をしている。
「ゆうじが……無理やり書かされたのよ。義理の父に。ほんと、あの人たちって強引なんだから……」
震える声で絞り出すように言うカスミ。
でも、恥ずかしがる様子に、遥はますます楽しそうで、場の空気は笑いに包まれていった。
その中で、カスミだけは声色に少しだけ影を含ませ、
「でも、コレは全部、お姉さまが、おぜん立てくれたのよね……」
「……」
カスミのほんの少しカゲのある言い方に、遥の笑い声が止まり、場がふっと静かになる。
あゆむも、表情を消して、カスミさんを見つめていた。
「………そうだよ。 あの人は、全部わかっててやったの」
遥の口調は、冗談の気配をすべて失っていた。
笑っていたはずの目が、今はどこか遠くをみていた。
「ゆうじの両親にカスミの事やサークルの件を伝えたのもあゆみ姉。 バカみたいに、いろんな所から情報集めてさ、誰よりも真剣に――」
「やっぱり、そうよね……。 うすうす判って居たの」
冗談の余韻が残るテーブルの上、カスミは意を決したように静かに息をはきだすと、フッとまじめな表情になる。
そして、そっと横に置かれていた袋に手を伸ばすと、中からアルバムを取り出し、無造作にページを開く。
無造作に開かれたページには、レオタードを着た高校生時代のあゆみ、遥、カスミがポーズを決める姿が写っていた。
「実は、お姉さまが居なくなってから、今までコレを一度も開けなかったんだ……。」
カスミはそう言うと、「でも」、と短く言葉を区切り、
「今日こそは、コレを見ようと決めてたんだ……」
そう言うと、静かにアルバムの最初のページから開きだした。
カスミは、まるで、3人のきずなを再度思い返すような感じで、静かに、最初のページをめくり始めた。