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遺された記憶の意味

 夕方の校内をオレはしょんぼり一人で歩いていた。

 薄暗くなった校内は既にクラブ活動が終わり、生徒の姿は殆どいない。

 ちらほら生徒が足早に下校して行く位である。


「何だよ、アイツは……」


 気づけば、オレは思わずそう呟いていた。

 ハンターや復讐者(リベンジャー)も怖いけど、さっきの(小梨)の姿はもっと恐ろしかった。

 ――悪魔のような形相で彼が放ち、オレの顔を掠めた一撃は確実に殺意が籠っていたからだ。

 首に当たれば少女の体であるオレの首は楊枝をへし折るくらい簡単に出来ただろう。

 其れが彼の本音、イザとなったらオレを好きな時に始末できると言う。

 さっきの震えるオレにアイツが手を差し伸べてくれたのも、恥ずかしがっているこの姿をさらし者にするため。

 ――単に復讐者の為に餌を与えているだけの偽りの優しさだ。

 そう思うと、彼の呼びかけを無視して一人で歩きだしていた。

 何時殺されるか判らない死神と一緒に動ける筈もない。

 

 「荒川さん、不用心よ」

 「えっ?」


 校内を歩くオレが振り向くと背後に居たのは、銀髪の女性、アリスだった。

 ホットパンツにTシャツ姿にエプロンと言う姿の私服に着替えていた彼女は、何時ものように整った顔に虚ろで憂いを帯びた表情を浮かべていた。

 オレが(何で彼女が此処に居るんだ?)と思う間もなく彼女は更に続けた。

 

 「こんな時に一人で居るなんて自殺行為そのものよ」

 「自殺行為?」

 

 何も知らず首をこくんと傾けるオレに向かい、アリスは銀髪を揺らしながらため息を一つ吐く。

 そして、まるで何も知らない子供に危険な事を教える親の様に更につづけた。


 「そうよ自殺行為、うす暗くなる夕まずめ時間はハンターの格好の狩り時間なのよ、

 ――死にたくなければ何時もの彼と居なさい」

 「ヤダ……――あんな奴と一緒に居る方がもっと怖いよ」


 アリスは子供を諭すように此れを小梨と一緒に居なさいと言うが、一人では怖いのは判っている。

 襲われやすいのも判っている……、でもそれ以上に彼の方が怖いのだ。

 気が付けば、駄々っ子のように頬をぷぅ~と膨らませていた。

 オレのその様子にアリスは状況を察したようだ。

 彼女は虚ろな表情の中にも小さな笑みを浮かべて話し始めた。


 「荒川さん、彼と何かあったの?」

 「実はさっき――」


 オレがさっきの事をアリスに説明すると彼女は目を細め、呆れるような表情を浮かべる。


 「そういう事ね、それはあなたが悪いわ」

 「どうして?」


 彼女にオレが悪いと言われても、自分にはその理由は判らない。

 ただ忘れられたら、彼女アリスみたいに悔恨で苦しむことがないと思った。

 その事をポツリと口に出した、――それだけだ。

 やましい事は何もしてない筈。


 ムスリと頬を膨らませ不機嫌を露わにするオレに向かい、

 彼女(アリス)は全てを見通す様な紅の澄んだ視線で見つめ、悲しみの表情を深くしながら更に続けた。


 「――貴方には分かるの? 自分の記憶が残っている意味」

 「……考えた事も無かった……」


 オレは思わず渋面のままぽつり呟く。

 自分には彼女に言われた『自分の記憶が残っている意味』が判らなかった。

 昔の偉い人が『コーギトー・エルゴー・スム』とか何とか抜かして居たようなものと似たような物じゃ無いかと思うくらいだ。

 今考えているから自分がある、過去なんてもう変えようがないから役に立たないものだ。

 ――そのレベル位だった。


 「記憶が残る意味。

 ――それは過去に犯した過ちを反省し、もう二度と同じ間違い犯さないために残るのよ」


 アリスはオレをたしなめるようにそう言うと、優しくオレの顔に付いて居た涙の跡を優しくハンカチで拭って居た。


 「あなたはやっと自分の犯した罪の重さに気が付いたんでしょ?」

 ――間違いに気が付いたその証が其の涙の跡よ。

 でも、その事はあなたが忘れて良い物じゃ無いのよ、ずっと覚えておかないと行けない事なのよ」


 「……もう二度と同じ間違い犯さないために?」

 「そうよ」

 

 オレの問いに静かに頷くアリスは更に続けた。


 「それを忘れたいと言う事は、もう一度同じ過ちをすると言う事よ。

 私には記憶が残っていない、だから同じ状況になれば私は同じ事を同じ過ちを犯してしまうと思うわ。

 ――それはすごく悲しい事よ」

 

 彼女は表情を緩め、澄んだ瞳でオレを凝視しながら更に続けた。


 「でも、貴女は違う。

 ――記憶が残っていれば変わることも出来るわ」

 「変われるの?」

 「変わる意思があるなら……。

 でも、あなたは其れを忘れることで放棄しようとしたのよ」


 アリスは虚ろな瞳の中に悲しみを映して語る。

 彼女の子供向けのように切々と説明され、やっと小梨が激怒した理由が判った気がした。


 オレがあの人を傷つけ、どういう理由であれ死に追いやってしまった。

 ――これは忘れて生きて行って良い物じゃ無かったんだ、ずっと背負わないといけない罪の十字架。

 きっとアイツは大切な人を、オレのような奴に奪われたのかもしれない。

 それなのに自分は全てを忘れ、反省の意志を捨て、過去を全てをチャラにして幸せに生きようとしたから彼は、「ふざけるな」と思わず殺意を露わにしたのだろう……。

 もう、彼の大切な人は何も出来ないのに。


 その時やっと小梨が激怒した理由が判った気がした。

 最悪だ……。

 自分自身が嫌になってくる。

 気がつけば思わずオレは小さな体でがっくり肩を落としていた。


 その様子にはアリスも小さく微笑むとオレの頭を優しく撫で撫でしてくれた。

 殆ど子ども扱いである……。


 「その表情、貴女にもやっと判ったようね」

 「うん……」

 「私達は誰かの大切なものを奪ってしまっている、だから償わなければいけないの……」


 静かな声で語るアリスは虚ろな瞳の中に悲しみを更に深くしていった。

 彼女は記憶にない自分の罪と向き合い、それを今も償っていて、此れからも行くのだろう。

 忘れたいと言って居た自分が恥ずかしくなってきた。


 「自分はどうしたら良いんだろ?」

 「そうね……」


 顎に指を当てながら考える仕草のアリスが見つめる先には、小梨が居た。

 彼は、校門近くでうろうろ冬眠前のクマの様にせわしなくうろつく姿があった。

 どうやら、アイツははオレが出てくるのを待ち構えているようだ――何時もはクールな彼も焦りの表情が浮かんでいる。

 

 「とりあえず、素直に謝ってみたら? 先ずは其れからよ」

 「……ヤダ……」

  

 オレは顔を子供の様にプイと背け、即答する。

 自分が悪いのは判ってる、けど先に謝ると言うのはやっぱり腹の虫が収まらない。

 ――感情はやっぱり大事なのだ。


 その様子にアリスは腕を腰に当て、その顔はムッとした顔を作っていた。


 「素直に謝りたくない。

 けど、謝らないと始まらないわよ」

 「そうだよね、行ってくるよ」

 

 たしかに此方から行かないと始まらない。

 ――道理だね。

 

 「じゃ、それにちょい足しでもっと良くなるわよ」


 アリスは邪悪に口角をほんの少し歪めアドバイスをくれた。



 「さっきはゴメンにゃん♪」

 「き、貴様、何のつもりだ?」

 

 オレは自分のセーラー服の胸元を大きく開けたまま小梨に駆け寄り、整った顔に涙を浮かべ、うるんだ上目使いで彼を見上げ、大きな腕にすり寄りながら甘えるように囁いていた。

 ――これはアリスのアドバイスだけど……、ネコの様に彼に甘える姿に思わずやってる自分も恥ずかしくなる。

 でも、効果はあったかもしれない。

 小悪魔のようなオレの姿に何時も冷静さを崩さない小梨も動揺を隠せないようだった、イケメンも形無しな位声を詰まらせた。

 ――勝った……。


 「もう二度と忘れるなんて言わないにゃん♪ 

 だから許してね……」

 「阿呆」


 更に胸を押し付け、可愛く言葉を吐くが、次の瞬間、真顔になった小梨に一喝された。

 ――彼には効果は有りませんでしたとさ……。


 「しかし、其処が判るとは今日の阿呆は何時もよりはマシだな……」

 そして彼はバツ悪そうにポツリ呟いた。


 「――此方も済まなかったな」

 「えっ?」


 クールな表情のまま放たれた小梨の言葉に自分は思わず耳を疑う。

 あんな言葉、初めて彼の口から聞いたかもしれない。

 何時もはそんな事は絶対言わないのに……。


 「お前さっき何か言った?」

 「阿呆の空耳だ、気にするな……」


 オレが傍に寄り添ったまま、彼はいつしか表情をゆるめていた。

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