表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/115

信頼のその先へ

 オレとあゆむ。

 月明かりのもとで交わされた、静かな口づけ。

 言葉よりも、涙よりも、あたたかな気持ちが胸の奥に広がっていった。

 おれとあゆむ、ふたりの呼吸がしずかにとけあい、部屋の隅の時計が、カチコチと時を刻むだけの静かな空間。

 挿絵(By みてみん)

 おたがい何も言わずに、そっと肩を寄せ合っていた。

 このままずっと永遠に続いて欲しいと願う、そんな宝石のような静かな時の流れだった。


 でも──その静けさは、長くは続かなかった。

 オレの胸の鼓動がようやく落ち着いてきた、そのときだった。


(……あ)


 オレの下腹部に、じっとりと重たく湿った違和感がひろがってくる。

 それが何か、自分にはすぐにわかった。――女性のカラダなら毎月くるアレだよ……。

 いつか来るとは思ってたけど、こんなタイミングで来なくても良いのにな……。


 オレは、やわらかく息をのんで、そっとあゆむの耳元でつぶやいた。


 「……あゆむ、ごめん……たぶん、来たかも……」


 あゆむに言ったそばから、顔が熱くなる。

 ミミまでまっかになり、自分の声色がワントーン上がってるのが分かった。

 こんなことをカレに伝えるのも恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。

 

 「……気にするな、女性のカラダなら自然の事だ」


 けど、あゆむはわずかにまぶたを伏せて、それから立ち上がった。

 その動作には、驚きも迷いもなかった。ただ、当たり前のように。


「きょうこ、今は無理をしなくていい。 生理初日は量が多いはずだからな。お前はそのままソコのイスにあさく座っていろ、何時ものようにしてやる」


 あゆむのその声はどこまでも淡々としていて、だけど、やさしかった。

 保健室で風邪薬を配る先生みたいに、よけいなことは言わない。


 「いつもの、ね。」


 オレはコクリと小さくうなずいて、言われるままにキッチンの椅子にあさく腰を下ろした。

 座ったとたんに、汗ばんだ背中がシャツ越しにひんやりと感じた。

 身体の奥にきゅうっとした重たさと、どこか熱っぽい違和感が広がる。


 ほんと、情けないな……。

 オレは、心の中で、そっとつぶやいた。

 自分でできないなんて、みっともない。

 でも、それでも──あゆむにしてほしいって、思ってた。

 こんなふうに誰かに“預ける”ことが、どれほど心をほどいてくれるのか。

 今まで知らなかった。


 羞恥と依存と安堵が、胸の奥でぐるぐると絡まっていく。

 お腹の奥が、きゅうっと鈍く痛む。

 

 「きょうこ。モノとショーツの替えはあるか? 」

 「ごめん、今は無いかも……。」

 「仕方ない、スグに取ってくる、其のままで居ろ。 お前は、まだ初心者用で良かったな?」

 「……うん」


 あゆむが部屋の奥に行き、オレのモノの探して準備をするそのわずかな時間が、やけに長く感じた。

 その間にも、戸惑いながらも、オレは片手でショーツのゴムを引っ張って、足を少し開くと、スースーする太ももに空気が触れて、なぜか心臓がどくんと跳ねた。

 オレの心臓はバクバクと音を立てていて、額にはうっすら汗がにじんでいた。


 「……あのさ、あゆむ。ほんと、何時も悪いよね……」


 部屋の隅でゴソゴソ何かを探し、手指の消毒するあゆむに、ぽつりとつぶやいた言葉は、半分自分に向けたものだった。

 だけど、あゆむは返事をしなかった。

 ただ、そっと目線を合わせて、うなずいてみせた。

 その無言のうなずきが、「そんなこと、気にするな」と言ってくれている気がして、

 なんだか、それだけで胸がいっぱいになった。


 「待たせたな、今から入れてやる」


 あゆむの指が、布越しに軽くオレの腰を押さえた。

 その手はとてもあたたかくて、微かな体温がじんわりと肌を通して伝わってくる。

 でも、イヤじゃない……。 

 タダ、大きな何かにつつまれているようなぬくもりだけが伝わってきた。


 「少し冷えてるな。……緊張してるか?」


 あゆむの低くて落ち着いた声が、空気を震わせる。

 オレは無言ではずかしそうに、うん、と小さくうなずくのが精いっぱいだった。


 (緊張するに決まってるよ……)


 心の中でそう返しながらも、

 その声に、少しずつ、不思議な安心感が芽生えていた。


 「んっ……」


 プラスチックのアプリケーターが、そっと触れた。冷たさが肌に伝わる。

 挿入される瞬間、思わず肩に力が入った。

 でも、あゆむの声がまた響く。


 「だいじょうぶだ。少しだけ、呼吸をゆっくりにしろ──」

 「うん……。わかった」


 あゆむのその言葉に合わせて、オレは深呼吸をひとつした。

 自分の中にある恐怖や恥ずかしさが、ふっと、あゆむのことばの前に空気のようにそっと、魔法のようにとけてゆく。

 のこったのは、この人ならだいじょうぶという安心感だけだった。


 あゆむはオレのコトをつづけてくれている。

 ――どこまでも淡々としていて、だけど、やさしかった。


 「力抜いて。奥まで入れると痛いから、角度は……ほら、こうだ。

 ……ちょっと違和感あるかもしれないが。痛かったら、すぐ言え」

 「……んっ……」


 アソコに何かが押し込まれる感触。身体の中に何かが入ってくる、男の時にはかんじたことのない感覚。強くはないけれど、明らかに“異物”とわかるものが、自分の中に居場所を探している。

 片手で数えるくらいしか経験ないけど、やっぱりこの感覚はやっぱり慣れないな……。


 「……っ……」


 あゆむはオレのアソコをゆっくりと押して、アプリケーターの先をそっと奥に進めていく。

 そのたびにオレは思わず声を漏らしてしまうけど、あゆむの声はどこまでも冷静だった。


 「……きょうこ、痛くないか?」

 「んっ……うん、平気」

 「そうか。なら良かった」


 そう言ってまた少し角度を変えて押し込む。その繰り返しが何度も続くと、やがて、オレのアソコはプラスチックのアプリケーターをすっぽりと受け入れた。


 「うん……ちゃんと、入ったな」

 「……よし、入ったぞ。あとは、ここを押すと――そうそう、これで芯だけ残って、外筒は抜くぞ。

 ――よし、コレでおわりだ。 大丈夫だったかきょうこ?」


 「……平気だよ……」

 

 オレはあゆむに小さくうなずくと、呼吸が落ち着くまで、数秒だけ、目を閉じていた。

 お腹の奥に、小さな石が沈んだみたいな感じ。違和感というよりは、「変化」と呼ぶべきものかもしれない。

 ――痛くは無いんだけど不思議な感覚だった。


 「もし違和感あったらすぐ言うんだぞ。無理は禁物だからな」

 「わかってるよ、あゆむ。 それと、いつも変な事をさせてごめんね」


 オレを心配そうにみつめるあゆむにオレは、感謝の言葉をだしていた。


 あゆむの柔らかく、そして確かな手つき。

 “慣れてる”というのは、技術の話じゃない。

 誰かの痛みに、ちゃんと向き合えるってことだ。

 処置が終わったことを合図に、あゆむはそっと腰に添えた手を離した。


 (……ああ、終わったんだ)


 オレは、そっと息を吐いた。

 恥ずかしくて、情けなくて、それでも──ありがたくて。

 自分は今、女の身体で、女として生きてる。

 でも、オレはそれは、時々、ひどく怖くなる。

 知らないこと、できないことばかりで、不安で、そして恥ずかしい。


 それでも、この手に触れられてるときだけは──


 ああ、オレは──ちゃんと守られてる。

 この人になら、ぜんぶ見せても、大丈夫だって思える。


 その事実が、なによりも、あたたかかった。


 「……ありがとう、あゆむ」


 オレの声が、すこしだけ震えていた。


 あゆむは、なにも言わなかった。

 ただ、優しく、オレの頭を一度だけ、撫でてくれた。


 (……ずっと、こうしてもらいたかったんだ)


 その手の温もりが、胸の奥までしみこんでいくようだった。

 撫でる手が離れても、そのぬくもりは、まだオレの中に残っていた。


 「……」


 ふと気づけば、窓の外から流れ込む夜風が、少し冷たく感じられた。


 「きょうこ、少し待って居ろ」


 あゆむはそう言ってキッチンに向かう足音が、部屋の静けさに溶けていく。

 しばらくすると、コト……とマグカップの触れ合う音が、部屋の静けさにやさしく響く。

 やがて、湯気の立つマグカップと、ふわりとしたカーディガン、が差し出された。


 「あゆむ、これって――ハニージンジャーティーじゃん……」


 オレは飲み物を前に表情をほころばせた。

 このいいショウガと甘いはちみつの香りはハニージンジャーティー 、オレが好きなドリンクの一つだ。

 そういえば、前に一度だけあゆむの前で美味しいって言ったことがあったっけ?


 ――オレのそのたった一度の言葉を覚えて居てくれたんだ……。


 「おまえが好きだったハズだ。温かいの、飲め。……あと、カラダを冷えないようにな、アノ痛みがひどくなるぞ」


 そう呟いてあゆむは、カーディガンをふわりとオレにかけると、自分の分の飲み物を用意するわけでもなく、ただこちらを見ていた。

挿絵(By みてみん)

 「ありがと……」


 その声はいつも通り、無愛想なほど淡々としていたけど──

 オレにはちゃんとわかっていた。

 この人は、こういうふうにして、ずっとオレを守ろうとしてくれている。

 胸の奥がじんわりと熱くなって、涙とはちがう何かが滲んだ。


 ――ずっとこの人に護られていたんだ……。

 あゆむにカラダを預けようとしたその瞬間……。


 「カチリ」


 ドアノブが、小さく音を立てた。

 そのわずかな音が、月明かりの中に浮かぶ静けさを、現実の空気でふっと引き裂いたような気がした。


 (──え?)


 続く、爆音。


 「みつけたぁぁッ! 愛と友情の届け便が参上でーす!!」

挿絵(By みてみん)

 大声と共に、遥が山ほどの酒を抱えて部屋になだれ込んできた。

 顔は赤く、声はでかい。

 完全に出来上がっている。


 「……ちょ、遥!? 空気空気……!」


 その後ろから、紙袋とお惣菜をいそいそと抱えたカスミが顔を出した。


 「……お、お邪魔しますね……?」


 オレとあゆむは、びくっとして体をぱっと離した。

 二人とも顔がまっか。


 「……えっ、え、えっ? 泣いてた? してた? 何この雰囲気!?」


 遥はニヤニヤと笑いながら、意味深な視線を送ってくる。


 「な〜んかぁ……いいとこだった? ま、いーけど?

 今日は飲むために来たんだから、キッチリ付き合ってもらうからね!」


 こうして、半ば強制的に宴会が始まるのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ