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違和感の正体

 違和感、それは本能だ。

 オレのような人間は頭で考えるより先に、何かが引っかかってゆく。 言葉にできないその感覚は、何時もただ静かに、胸の奥に小さな棘を刺すような感じでのこってゆくから。


 ――今のゆめのの一言も、まさにそれだった。

「バイトあがりの北島と()()()()()()()がホテルから出るときに、一緒に帰ればよかったな……」


 その言葉を聞いた瞬間、せすじに微かな悪寒が走った。

 あゆむが、ずっと人物認証で追っていたのは、セーラー服の由紀と、それに普通の男物の普段着を着ていたヒロユキ。

 つまり、あゆむはスマホアプリで街灯のカメラをリレーでつなぎ、二人の追跡をする際、大分類で『男女のペア』を検索し、その下の分類に、セーラー服の由紀と、情けない顔のヒロユキの画像を入れていた。

 つまり、ヒロユキが“女装”して由紀と入れ替わって、女の子二人組になれば、スマホのサーチの範囲からスルーされるって事じゃないのかな?

 

 「あ、あゆむ!」


 オレは思わず彼の袖をつかんでいた。


 「あのセーラー服の娘がもし女装したヒロユキだったら?」

 「きょうこ。 お前が予想した通り、そういう事だ……」 


 オレの言葉に、あゆむはため息交じりに一瞬目を伏せ、心をおちつかせるように深く息をつくと、スマホをいじり始める。

 

 「きょうこ、見てみろ。 検索の設定を変えてみれば、一発で引っかかったぞ」


 あゆむの指がスマホの画面を滑る。

 数秒後、ラブホテル外の監視カメラ画面には──確かに、二人一緒にホテルから出て由紀の後ろに並んで歩く2人の女性が映っていた。

 セーラー服。だが、化粧や歩き方と姿勢がどこかぎこちない。 なんかオドオドしたどこかで見た歩き方だった。

 そして何より──その輪郭、ラノベに出てくるお姉さまキャラの女性のように異様に大きいムネの大きさ、そして瞬間的にカメラを見上げた“表情”。


 「あの顔は間違いなく……ヒロユキ、だな。 あのバカ、そこまでして逃げたいのか?」


 あゆむが女装姿のヒロユキの姿に余程腹がたったのか、低く、悔しげに呟いた。

 その真意は、自分も判らなかった、けど、本気で悔しがっているのだけは判った。


 「クソっ。由紀の性格からして、ヒロユキを女装させる事も考えておくべきだった。 その為に逃走手段にホテルを選んで着替えるのは合理的だし、ヒロユキなら黙って手伝う。 

 気づいてたのに、想定の範囲から外してた……。 取り逃がしたな……」


 忌々しそうに、スマホの画面をのぞき込むあゆむ。

挿絵(By みてみん)

 オレがのぞき込むと、画面には、リレー方式で追尾された由紀と女装したヒロユキの姿が数多く並んでいた。

 ――そして、並んだ画像の最後。


 「これ最後って事は……これって、監視カメラのない下町に逃げ込んだって事?」

 

 オレがそう口にすると、あゆむは荒々しくスマホを閉じ、鋭く頷いた。


 「だろうな。古い住宅地や、再開発が止まってるあの一帯……カメラ網もスカスカだ。いくら追尾AIでも、物理的に目がなきゃ追えない。 やられたな……」


 あゆむは深く息を吐き、ほんのわずかに唇をかみしめた。


 「ヒロユキって……あの子、そんなに頭まわる人なの?」

 「いや。頭っていうより、“逃げることだけには本能的に優れてる”んだ。あいつは昔からそうだった。

 ──何かに責められると、言い訳もしないで、ただ静かに暫く姿を隠すクセがあるんだ」


 顔を引くつかせながら、画面をいまいましそうに眺めるあゆむ。

 ヒロユキが、まさかソコ(女装)までして逃げ延びたいとは、思わなかったのだろう。

 その顔には、怒りでも諦めでもない、ただ無言で悔しさを噛み殺すような色が浮かんでいた。


 「……オレが甘かった。あいつの“見えない必死さ”をナメてたんだ」


 そう言ったあゆむの声には、自嘲とも後悔ともつかない響きがあった。


 「たぶん、あれ……由紀が言い出したんじゃないかも。 ヒロユキ自身が、自分でそうしようって選んだのかもね。  ──“捕まるくらいなら、プライドなんてどうでもいい”って、そんな必死な顔をしてるし」


 オレが指さしたモニターの一コマ。そこには、カメラに向けてほんの一瞬だけ振り返る、ヒロユキの横顔が映っていた。


 女装していても、その目の奥だけはあの時のままだった。恐れと警戒と、わずかな希望の色──それが全部混じり合っていた。


 「……逃げるためなら、プライドさえ捨てるのか」


 思わず漏れた自分の声に、あゆむは静かにうなずくと、さらに言葉をついでゆく。


 「おもえば、逃げることが、あいつの生き残り方だったんだ。ずっとな。──たとえ、どんな格好してでもでもな……」


 その瞬間、ふと背筋に寒気が走った。

 ──この逃走は、もしかすると、ただの“追跡”じゃ済まないかも。

 

 「でもさ……あの二人、どこに向かってんのかな?」

 「あれば苦労しない、見てみろ……」


 あゆむの指がもう一度画面を操作する。


 けれど、それ以上のカメラリレーの記録はなかった。カメラの網を抜けた先、そこから先は空白だ。


 闇の中に消えた二つの影。

 由紀と、“女に化けた”ヒロユキ。


 その行き先は、誰にもわからなかった──。

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