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救われなかったモノ 救いきれなかったモノ 救いようのないモノ

 オレとあゆむの二人は例の場所についた。

 由紀とヒロユキの二人が逃げ込んだホテルのある通りは、昼間なのにまるで夜のような陰鬱な雰囲気が漂っており、薄汚れた看板が昼間なのにチカチカと点滅し、LEDの光が荒んだ街並みに不気味さを際立たせている。

 昼間なので、ゴミが散らかった通りには行き交う人も少なく、たまに居る派手な服装をした彼女たちもぼんやりした視線で、そのほとんどが俯きがちに歩き、足早にその場を離れようとしていた。

 そして、道路沿いには風に吹かれて転がる空き缶が不安定な音を立てている、ガラの悪い場所だ。

 町の雰囲気があまりにもヤバいので、オレはあゆむのウデをぎゅっと握っていた。

 オレとあゆむの二人が、由紀たち二人を追ってたどりついたのは、いわゆる風俗街、そんな雰囲気の場所だった。 


 「あゆむ……、こんな場所にホントに入るの?」


 上目づかいであゆむに恐る恐る声をかけるオレの目前にあるホテルは、看板がかすれて見えないが、年季が入った入り口には長いカーテンがかけられ、窓ガラスには黒いブラインドがかかっているため、内部の様子はうかがい知ることができない。

 中で何をやってるかは言わずとも、だけどね。

 ――もし、男女が一緒に中に入ったら、確実に「合意アリ」と言われる、そんな雰囲気の場所だ。


 「ああ、当然だろう。 アイツらを追ってきた以上ここまで来て入らない理由は無い、部屋の中までいくぞ」


 スーツ姿のあゆむはホテルの中を真っすぐな視線で見つなめながらはっきり言いきった。

 入らない理由は無い、部屋の中までいく、と。


 「……そうだよね……」


 オレはうつむき加減で恥ずかしそうにポツリ呟いた。

 そうだよね、オレとあゆむ、二人は一緒にあゆむの家で暮らしている。 

 けど、思えば、それは新婚カップルのような感じでなく、どちらかと言えば幼馴染、むしろ女友達のような感じだったな。

 着替えの時でも、あゆむとオレがお互いトランクスとショーツとブラの格好でもソコまで気にすることなく、女子更衣室のようにお互いフツウに着替えていた。

 あゆむがオレのブラをつけるのに手間取っていたら「まだ慣れないのか、仕方ないヤツだ」と、ブラにバストに入れるのを手伝ってくれて、ぎゃくにあゆむのネクタイがねじれていたら、

 「あゆむでも、慣れていない事があるんだね」、と言って、きちんとなおし、それどころかオレもあゆむに平気で月のモノの話ができる、まるでお互いを男と女として意識しない、女同士のルームメイトそんな関係だ。


 けど、いくら聖人のような人格者で女性のからだに興味がないようなあゆむでも、男の人。

 ――そして、オレは天使にされたとは言え、今は女性の体。

 そんな二人が一緒に居たら、ずっとそんな関係でいれる訳じゃ無いのはわかってる、いや、頭では判って居たつもりだった。


 いつかは、二人が超えてはいけない一線をこえてしまう、今日みたいな日が来る事は。

 けど、まさか、こんな急に来るなんてまったく考えて居なかったな……。

 でも、あゆむとこんな所に入るコトになって、全然イヤじゃない、むしろ、そんな場所に入れるコトが嬉しいと思う自分もいる。

 ずっと望んでいて、やっとその日がきたような感覚。

 丁度、結婚式場で幸せの絶頂にいる新婦が、純白のドレスをふんわりまとい新郎からキスを待っている、そんな感覚った。

 レイプ殺人という許されない罪を犯し、天使(エンジェル)にされた自分には、どうやっても手に入らない、手に入れようと望むことも許されない幸せの時間が思いもよらない幸運で転がり来たような感覚。

 これは、今までぼんやりでわからなかったけど、ずっと夢見てた自分になれたのかな ?


 気が付けば、体がほてっているのが分かった。 

 固くなった敏感なバストの先端がブラに当たるのがわかる。

 ――同時に、心の奥底に感じる、オレのちいさなカラダをしばりつけるような冷たい鎖のような感覚も。

 

 「きょうこ、どうした?  何を照れている? 早く入るぞ」


 あゆむは恥ずかしがるオレの手をぎゅっと握り、強引にホテルの入り口に引っ張っていった。

 オレはその勢いに流されるまま、カーテンをくぐり、あゆむと一緒にホテルの中に入っていく……。

 

””

 「いらっしゃいませ」


 オレとあゆむ、二人がカーテンをくぐりホテルに入るとすぐにフロントがあり、フロントの横にはエレベーターの入り口があった。

 そして、そのフロントには中年の男性が待ち構えていた。


 「……」


 あゆむは無言のままフロントの前に進むと、「長い方でたのむ」、と、慣れた様子でホテルのチェックインをする。

 そして、男性スタッフから無言で手わたされたルームキーを受け取った。

 ――そのキーホルダーには201と書かれていた。

 そして、当然のようにあゆむとオレはエレベーターに乗り、1階から2階まで上がってゆく。


 「……」

 「……」


 その間、あゆむはオレの方を一切見ずに、真面目な表情でフロントでもらったルームキーをずっと見ている。

 オレは、うつむき加減であゆむのウデの裾をぎゅっと握りしめていた。

 ――恥ずかしくて、カレの顔が真っすぐにみられないから。


 「よし、この部屋だ」


 エレベーターが目的の部屋の前に着くと、あゆむはさっき渡されたルームキーを使って部屋のドアを開ける。


 「……こんな感じなんだ……」

 

 あゆむの上着の裾を持ちながらおそるおそる部屋に入ったオレが、ゆっくり顔を上げるとその部屋は一昔前のラブホテルのような作りだった。

 部屋はあたたかく、壁紙はピンクで統一され、部屋の中央にはキングサイズのベッドがあり、ベッドの枕元にはお手拭きのような何かのコブクロが置いてあるのが見える。

 そして部屋の片隅にあるガラス張りのお風呂からはブラインド越しに外の景色が一望できるようになっていた。


「よし、さっそく始めるぞ」


 ベットのそばで、あゆむは平然とそう言うと上着を脱ぎ、白いシャツになった。

 ――これから、オレはあゆむのモノになるんだ……。

 期待と不安から、ムネのビートが高まるのが自分でもわかる。 あまりのビートの高まりにそれだけで死んじゃうかもしれないくらいドキドキしてる。


「……あゆむ……、なんでこんなことをするの?  あゆむはそれでいいの?」


 オレはこれから起ころうとしている事の不安から、真っ赤になった顔もあげずに思わずあゆむに問いかけた。

 

 「大丈夫だ、何も怖くない。 きょうこ、お前は何も考えなくていい」


 すると、あゆむはオレを落ち着けるよう片手でそっと抱きしめてきた。

 あゆむの腕のなかはあたたかく優しいにおいがする。

 ――カレのやさしさに包まれ、カラダに力が入らない……。


 「――ありがとう、あゆむ。 

 あの時はお酒を飲んでダメになったけど、今度は最後まで行くんだよね? 」


 オレがあゆむの頼りがいのあるムネに頭をかるく押し付け、呟くようにあまくささやくと、あゆむの体の震えが大きくなる。

 ――同時に、あゆむの呟くような言霊がオレの敏感な鼓膜に届く。


 「もし……許されるなら、お前の望みをかなえ、私もこのまま流れに身を任せたい……」

 「えっ?」


 オレは思わず見上げた。

 そこにあったあゆむの顔は、憂いをおびた顔で遠い目をしてオレをじっと見つめていた。

 まるでカレが何かすごく悪いことをして、誰かに後ろめたいことしてるような表情だった。


 「――そうだよね……。」 


 オレは、あゆむから視線をそらし、うつむき加減で呟くように言葉を吐き出した。

 思えば、当然だよな……。

 今、オレがコレからあゆむとしようとしていることは、あの娘(木戸あゆみ)のカレだったあゆむとベットを共にすること。

 ――本当なら、この場所はあの人(木戸あゆみ)がいて、彼女の大切なモノをあゆむにうばって貰っていたのに。

 そして、あの娘をレイプして自殺に追い込んだ張本人のオレが、あの子の代わりにあゆむと恋人みたいに優しくしてもらい、さらに、あろうことかこんな風にあゆむと初夜を迎えようとしてるなんて、どう考えても許されることじゃない。


 所謂、NTR。という感じだろう。


 なのに、なのに、カレはオレを抱いてくれようとしている。

 本当なら、あの娘の仇と言ってあゆむに殺されても仕方がないことなのに。

 それを、あろうことか、あゆむが自分の恋人の仇をうつどころか、恋人をレイプして自殺に追い込んだ張本人とベットに共にしようとすれば、後ろめたくなるよな……。

 恋人が殺されても、犯人がカワイイ娘なら、過去を切り捨てて犯人であろうともアッサリ新しい娘に乗り換えるのか? と。


 恋人が誰かに殺されても、その犯人がかわいい娘ならすぐに許して、その娘を恋人の代わりにベットを共にする。

 ―そんなことができるのは普通の人間の考えじゃないよ、そんな鬼畜な事ができたら、マンガでみた血も涙もない魔族のような連中の考えだよな。


 ――でも、レイプした娘の彼を奪おうとしている自分もあるいみ同類……。

 

 「ごめんね、あゆむ。 

  ――天使には、そんな事は許されないはずだよね……」


 オレは声をふりしぼり、消えそうな声でそう言うと、カレからくるりと背をむけた。

 自分の顔から温かいものが、したたり落ちるのがわかった。

 体の震えがとまらくなっていた。


 「……」

 

 でも、あゆむはこんな時でも、自分が知ってるカレのままだった。

 あゆむは無言のまま、ふるえる体で涙をうかべるオレを後ろから優しく抱きしめてくれていた。

 ――自分は最低なことした天使なのに。

 あゆむの大きなぬくもりにつつまれ、ふるえがおさまってゆくのが分かった。

 オレの気持ちを汲んでなりゆきにまかせる事が、殺された恋人である彼女(木戸あゆみ)の気持ちをふみにじることになることが分かっていても、あゆむはオレのために自分の気持ちをかくし、優しく抱きしめてくれていた。


 正直、その気持ちが本当にうれしい……。 

 けど、あゆむにつらい思いをさせていることが、もっと辛い……。

 なじられてくれた方がよほど楽なのに。


 「……すまない……」

 「えっ?」


 刹那、オレの耳元で何かささやかれた言葉にオレは表情を止め顔を上げた。

 ――あゆむは一体なにをオレに謝ることがあるの……?

 その次の瞬間、あゆむがふぅ、と、大きく息を吸い込むがわかった。


 そして、あたまをゆっくり大きく左右にふりおえると、一言、「このアホウ」、とキッパリ言い放った。


 「ぇ……」


 オレがあぜんとしてあゆむの方を振り返ると、カレの表情はいつもと変わらない真面目なものに戻っており、その目には決意のようなものも感じられた。 


 「きょうこ、お前がココで何を期待していたのか判らないが誤解させて悪かったな」 

 あゆむは作ったようなあきれ顔でそう言うと、抱きしめていたオレをベットの端にちょこんと座らせ、

 「残念だが、私が今から始めるのはヒロユキたち監視の事だ、あいつらが出口から出たとこを押さえるつもりだ。 

 自分が上着を脱いだのもその為だけだ」、と目を細め、ハナで笑いながらしめくくった。


 「まったく……紛らわしい事をするなよ……。 こんな場所だしさ、本気であゆむに抱かれるかと思ったよ。」

 

 自分も、イタズラっぽくあゆむに軽口で返事を返す。

 ――コレからアブないことが起こりそうだったのは、オレの考えすぎだったのかな? 

 でも、さっきのあの表情、声色は、間違いなくあゆむの本心だった。 付き合いが短いけどそれ位はわかる。

 

 でも、今はあゆむがそう言ってくれて良かったのかもしれない。 

 まだ、自分の気持ちが分からないから。 自分の本心が分かるその時までは。


 「――あゆむの……バカっ……。 でも、ありがとうね……」


 オレは声にならない声でささやいていた。

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