夜明け前の夢
「たかがレイプごときで、可笑しいだろ!?」
法廷の厳粛な空気の中、室内に激昂した俺の声が響き渡る。
同時に沸き起こる、傍聴席からのどよめき。
「被告人は静粛に」
どよめきを切り裂くように、トーンを落とした裁判長の声が響き渡る。
そして鬼の形相をした閻魔は、オレを家畜でも見るような冷徹な表情を浮かべ、判決文を読み上げてゆく。
「判決を言い渡す。
主文、被告人新井恭介を極刑に処す……」
「その程度の事で極刑!?
――ふざけるな!!」
”
「はあ、はあ。
――また、あの時の夢か……」
朝、目が覚めた。
オレは薄暗い部屋の中、汗だくになったベットの上から半身を起こし、壁にかけてある電波時計を見つめる。
――時計の針は6時28分を指し、秒針は規則的に時を刻んでいた。
コチコチと秒針が規則的に時を刻むのを確信し、自分がまだ生きている事を確認する。
そして、「ふぅ~」と安堵の息を吐いた。
これが何時もの朝だ、この瞬間が一番怖い。
寝ているうちに殺されてしまっていれば、何時もの悪夢から目覚めることが無いからだ。
――復讐者に自分が陵辱され、無残に殺されると言う悪夢――それは自分にとって何時か現実になるリアルな未来だ。
恐怖のあまり、思わず窓に目を向ける。
窓の外には木造の家並みが見え、その先には自分の学び舎であるフェリミス女学院がみえた。
そして、更に遠くには、夜明け前の薄暗い空にそびえる摩天楼が見えている。
微かにドローンの羽音が聞こえて来ると、窓を閉め忘れたのか隙間から初夏のさわやかな風が吹き込んできた。
自分には似つかわしくない、若草の息吹を感じさせる生気に満ちた風だった。
風は悪夢で汗だくなった俺のキャミを、優しく包み込んでゆく。
「――これもまだ夢!?」
あまりの気持ち良さに、思わず自分の腕に目を落とす。
其処には筋肉など付いて居ないように見える、か細い腕がみえ、視線を上にずらすと手首に巻いた青いリストバンドが目に入ってきた。
そこで今、夢でない現実であることを確信する。
そして、その下にある消すことの出来ない烙印があり、自分が犯した罪を償うためだけに生かされている咎人であると言う事を、嫌でも思い出させる。
そして、ベットの傍の白い壁にかけてある鏡に目を移すと、整った顔の純白のキャミを身に着けた栗色の髪、薄茶色の瞳をもった華奢な少女が、ベットから半身を起こし、鏡をじっと凝視していた。
それが今の俺の姿だ。
少女の体の今では俺と言うべきでは無いのかもしれない、俺こと新井恭介もう居ないのだから。
俺は自分が犯した罪で、性犯罪者更生プログラム、通称 レイプ《リベンジ》法によって女性の体に変えられ、荒川杏子と言う新たな名前を与えられたのだから。
そして、罪を償うためだけに天使として生きることが許されている。
復讐する権利を持った者たちに、いつか力ずくで犯され、そして殺される為に。
そうして、今日も生き残るための一日が始まる。
御読み頂きありがとうございました。