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高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff   作者: さかき原枝都は
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2.指導と育成そして飼育

山内明美さんです。破水後出血が止まりません。血圧も低下しています。

救急隊員からの声が僕の耳からすり抜ける。

奥村医師が彼女を一目見て

「ショック状態、急いで」あの、いつも冷静な奥村医師が声を張り上げた。

次の救急車から負傷者が搬送される。

「こっちは任せろ。奥村、お前はそっちに全力を注げ」

怖いほどの目力で奥村先生は笹山先生に応える。


いちにさん

ストレッチャーから処置台へ患者を移す。

輸液ライン取れました。

「輸量全開」

衣服をハサミで切りその他の負傷箇所を瞬時に見渡す。

「上原、エコーの準備を」奥村医師が指示をする。

「腹部のエコー、胎児の状態を重点的に診て報告しろ。私は挿管する」

腹部にジェルをたらしブローブで伸ばしながら子宮内をエコーで診る

「胎児の心拍を確認して」

奥村医師が次々と指示を出す………追いつかない。だがその状況を分かり切ったかのように

「胎児の心拍は聞こえる?」

「はい少し弱いですが聞こえます」

「解った。エコー変わります」

彼女がブローブを掴んだ瞬間、その映像は瞬く間に変わる。胎児の正面からしか映していなかった映像は側面から背面からと次々に移り変わる。

その速さと的確さ、そしてこの奥村医師の近くにいるだけで震えが止まらない。

その威圧感が僕の体を震わせた。

「帝王切開で胎児を取り出します。母体自体には大きな損傷はない、だが胎児を取り出さなければ母体自体の命に関わる」

基本妊婦が何らかの事故や病気により母体自体の命に関わるとき、母体優先の順位を取る。たとえ生まれてこようとしている小さな命の火を消そうとも………

だが今回は………まだはっきりとは言えない。胎児はまだ生きている。しかしその胎児自体が母体の命を脅かしていた。

次第に胎児の心拍数が落ち始めた。

「時間が無い。緊急オペを開始します」

産婦人科から駆け付けた医師と共に奥村先生はメスを握る。

「上原サポートしなさい」

「は、はい………」

声と言葉は冷静だ。トーンは変わらない。それがかえって僕の体をまた震え上げさせた。奥村医師のその威圧感すべてを僕に注がれているかのように。


「モノポーラ、クーパー、上原もっと術野を広げて」

「はい………」震える手で患部に触れる。

産婦人科の医師が子宮状態と胎児の状態を診る。

臍帯さいたい(臍の緒)が損傷している。ちぎれていなくて良かった。かろうじて酸素は送られていたようだ。それにまだ自発呼吸に移っていなかったのも幸いしていた。取り出すぞ」

その声と共に奥村医師は的確にしかも寸分の狂いもなく手を動かす。

「さすがだね奥村君。救命の二人戦士とはよく言ったものだよ」

産婦人科の医師が口にする。


救命の二人戦士とは

そう、笹山ゆみ医師と奥村優華医師の事だ。

この二人は患者に向かう想いが普通ではない。救える命を、助けられる命を自分たちのすべてを常に注ぎ込み立ち向かう戦士のような外科医だ。

だがその向かう想いは同じだが彼女たちの性質は違う。

笹山医師はその手技を最大限生かしそして自分の信念と共に患者にいや命に向かう。

奥村医師もその手技は笹山医師に引けを取らない。しかし、彼女には常に後がない。そう彼女自身を追い込み常に自分を崖の淵に立たせている。未熟だからではない。自分におごれないために………

後に訊いた事だった。

彼女、奥村医師のその過去にあった外科医としての心の傷を………

その傷を知った時。

僕は奥村優華と言う医師であり人である。この女性の本当の怖さを知った。

今でさえ彼女のその威圧感に僕は脅えている。

笹山医師も怖い………よく僕を怒る。だが、その怒る姿に僕は何かを感じ始めているのは確かな事だ。その何かとは今はまだ解らない。ただ怒鳴られ怒られ、その繰り返しの毎日だ。

もし奥村医師が僕の指導医ならば………多分、僕は


医師としての道を諦めていたかもしれない………


今思う。

僕ら二人のフェローはこの二人の指導医に指導を受け、そして育成されていく。

だがそれと同時に飼育もされていたんだと。

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